三日後。
そう、鏡次がプラクティスルームを利用してから三日後である。
あの後、鏡次のスマホに連絡があったのだが、お互いの都合によりダンジョンアタックは今日になったのだ。
昼食を摂った鏡次は、白のローブに身を包み、やや短めの剣と丸盾とウエストバッグを腰に装着した。
プラクティスルームへの案内だけでなく、真央に色々アドバイスをもらって装備も整えたのだ。
……この男、防具も用意せずにダンジョンへ向かおうとしていたのである。真央がいなかったら、あらゆる面で恥をかいていただろう。
ギルドへやって来た鏡次は、エントランスの数あるイスの一つに腰掛け、スマホを取り出した。
パーティーメンバーとの待ち合わせ場所がエントランスなのだ。
連絡を取ろうとしてスマホを操作していると。
「あの、十六夜さんですか?」
声を掛けてきたのは、鏡次と同じ年頃の男女二人組。
どちらも黒髪で、男の方は鉄の鎧に槍を背負っており、いかにも戦士風といった特徴。
女性の方も、男より軽装ではあるが鎧を装備しており、同じく槍を背負っている。
そして、二人とも大きめのウエストバッグを腰に着けていた。
「……もしかして、八雲さんですか?」
「ああ、やっぱり! そうです、僕らが今日パーティーを組ませていただく八雲零と」
「妹の八雲理沙です。よろしくお願いします」
二人が丁寧に挨拶してきたので、鏡次も席を立って握手を交わす。
「十六夜鏡次です、今日はよろしくお願いします」
「ええ、よろしく! それで、準備とかは大丈夫ですか? 何か必要なものがあれば、ストアに寄りますが」
冒険者がストアと言ったら、それはギルド内にある冒険者向けのお店の事だ。
回復ポーションなどのアイテムから基本的な装備品など、さまざまな品を取り扱っている。
ダブルの冒険者までは装備品をストアで間に合わせるが、スクエア以上の冒険者は専門の武具店で装備を整え始めるのが通例だ。
その専門武具店も、基本的にはギルド内に店を構えている。
ギルドの建物が大きいのは、そういった専門店から娯楽施設まで、さまざまな冒険者専用施設があるからだ。
「いえ、大丈夫です。さっそく行きましょう。場所はT市南のダンジョンでしたね」
「ええ、では向かいましょう」
こうして三人はギルドを後にした。
★
T市南ダンジョン前。
ここは元々大きな公園だったのだが、ど真ん中に設置されていた噴水の場所にダンジョンが出現したのだ。
元からあった噴水は粉々に……なったかどうかは定かではない。
ダンジョンは、まるで元々あった物体を無視し、突如として出現する。
そして、ダンジョンの周囲に元あった物体の破片などは発見されず、どうなったのかは不明。
ダンジョンの中に取り込まれたのか、それともダンジョンと場所が入れ替わったのか……いくら調査しても答えが見つからず、今もダンジョン学者たちがあーでもないこうでもないと、知恵を振り絞っているのだろう。
「じゃあ、入り口で受付して入りましょう」
男の方、八雲零がそう言うと、三人は中央にある四角い建造物へと歩き出した。
あれはダンジョンを覆う為に作られた、いわば防壁だ。ダンジョンを通る為の門として、ゲートと呼ばれているらしい。
中からモンスターが地上に出てこないようにする為というのが主な理由だが、一般人が勝手に中へ入らないようにする為でもある。
そのゲートの横に、運動会などでよく見るパイプテントに机とイスが設置されており、そこに座っている男たちの一人が、鏡次たちの姿を見るなり声を掛けてきた。
「冒険者のパーティーだな。ギルドカードを」
言われるまま三人はギルドカードを取り出し、三枚とも差し出した。
それを受け取った男は、机にあるデスクトップパソコンのような機械に次々挿入してゆく。
そして、備え付けられたモニターで情報を確認。
「……うむ、問題ないな。今日は何階層まで?」
「パーティーが初めての方と一緒なので、今日は一階層の探索を」
「うむ。気をつけてな」
そう言いながら受付の男はギルドカードを三人に返す。
そしてゲートの扉が開き、三人はいよいよダンジョンへと足を踏み入れた。
階段を二十段ほど降りると、開けた場所に出る。
「……いかにも洞窟って感じなのに、中は意外と明るいんですね」
地下にある割に、ダンジョンの中は明るかった。松明やライトなどの光源が無いにも関わらず、明るい部屋にでも居るかのごとく、くっきりと見渡す事ができる。
ギルドのエントランスほどではないが、かなり広い空間だ。何も置かれていないが、人が十人同時に通れそうな横幅の穴が三つ、奥へと続いている。
「はは、不思議ですよね。最初に見た時は、僕も同じ事を思いましたよ。でも、下を見てください」
零に言われるまま、鏡次は地面に視線を向ける。
すると、三人の影がそれぞれあらぬ方向を向いていた。
「これは……」
「不思議でしょう? 上から光源となる光が降り注いでいるらしいんですが、今度は上を見て下さい」
再び言われるまま視線を上げると、天井は闇に塗り潰されたかのように真っ暗であった。
壁が明るい事もあり、鍾乳洞で見るようなつらら状の石が天井一面に広がっているのが、辛うじて分かる。
「多分、これらが無数に天井から下がっているせいで、場所によって光源が変わり、影が滅茶苦茶になってるんじゃないですかね。ま、光源がなんなのか、そもそも分かりませんけどね」
「へぇ……なるほど……」
さっそくダンジョンの謎に触れた気分になる鏡次。
そもそも、ダンジョンの存在自体が謎なのだ。考えるだけ時間の無駄であり、そういった考察はダンジョン学者に任せる他ない。
「さ、ダンジョンの奥に進みますよ。この入り口付近は大抵安全ですが、すぐそこの通路からいつゴブリンが現れるか分かりません。十六夜さん、抜刀して周囲の警戒を怠らないで下さい」
「わ、分かりました」
言われるまま鏡次は盾と剣を両手に持つ。零と理沙も同様に槍を手に持った。
「理沙、お前は後方の警戒を頼む。僕は先頭を歩きますので、十六夜さんは間に立ってフォローをお願いします」
「はい!」
言われた通りの陣形を組み、三人は右手の入り口から奥へと進んでゆく。
左手と正面にも道はあるが、そちらは奥で繋がっているうえに行き止まりであると、八雲兄妹が情報を持っていたので、右手側から進む事に。
「……敵だ!」
最初の角を曲がったところで零が叫ぶ。
奥のT字路の右手側から、ゴブリンが三体走ってくるのが見えた。
冒険者の間でも、全モンスターの中で最も弱いとされる人型種のモンスター。
大きさは百三十センチほどだが、必ず二匹から四匹で現れる。
力は十歳の子供と変わらないほど非力だが、厄介なのは殺す気満々で一切の躊躇なく攻撃してくるうえに、死ぬ事を全く恐れていない点。
十歳の子供など、体も小さく非力なので殴りかかられても大した事はないが、ゴブリンは小さな棍棒を必ず持っている。
二、三キロはあるそれで容赦なく殴られたなら、非力だとしても当たり所が悪ければ冒険者といえども死にかねない。
「行きます! 続いて下さい!」
先頭の零が走り出し、鏡次と理沙も後に続く。
接敵と同時に零はゴブリンの手元を槍の柄で払い、武器を落とさせた次の瞬間には穂の部分で叩き斬った。
後続の二匹も突っ込んできたが、零の左右から鏡次と理沙が飛び出す。
鏡次は盾による突撃〈チャージ〉で怯ませた後、そのまま剣で叩き斬った。
理沙はというと、柄の最も下の部分をしっかりと握り、ゴブリンの攻撃範囲の外から喉元を一突きで仕留めた。
現れた三匹のゴブリンをあっという間に全滅させたが、三人は油断なく構えたまま周囲を警戒する。
「……大丈夫そうですね」
零の一言で三人は警戒を緩めた。そして、零は鏡次の方を振り返り。
「いや、驚きましたよ十六夜さん! とても初めてとは思えない立ち回りでした!」
「ホントホント! 私たちなんて全然動けなかったのに! 将来有望ですね!」
「いやぁ、ははは……」
褒めちぎられて何だかむず痒い気持ちになる鏡次。
実際、かなり良い動きであったが、二日間プラクティスルームに通い詰めて色々と学んだからである。あの場所にいる大体のベテラン冒険者は新人に優しい。
逆に八雲兄妹は初めてにも関わらずいきなりダンジョンアタックに行ったので、上手く立ち回る事が出来なかったようだ。
無論、何度もダンジョンアタックを繰り返し行った今では、サークルの等級にしてはしっかりとした実力と知識を備えているが。