「それでは、ゴブリンの死骸から魔石を取りましょうか」
そう言って八雲兄妹はショルダーバッグからナイフを取り出す。鏡次は初めてなので、まずは零が手本を見せるようだ。
「ゴブリンは心臓の位置に魔石がありますので、こうやって……あっ」
パキィッと何かが砕ける音。ナイフが折れた……訳ではなく。
「ちょっと、兄ちゃん! 魔石砕いたでしょ!」
「あ、あぁ……すまん……。いや、違うんですよ? いつもはこんなミスしないんですけど、今のはたまたまで……」
「そんなこと言って、この前も五階層でスケルトンの魔石砕いたじゃない! あんな剥き出しで簡単なやつを!」
何やら言い訳をしていた零だが、理沙に一蹴される始末。剥ぎ取りはあまり得意ではないようだ。
手先が器用そうだと思っていただけに、鏡次は少し意外に思った。
「ま、まぁまぁ。今度こそしっかりやるから……」
「私がやるわよ! どいて!」
叫びながら零を蹴り倒す理沙。ちょっと酷い。
「十六夜さん、しっかり見ててくださいね。まずは魔石に近い部位を切って━━」
自分も蹴られるかもしれないので、鏡次は理沙の近くにしゃがみ込んで手元をよく観察する。
その説明は丁寧で分かりやすく、残った一体は鏡次が魔石を取り出した。
その様子を見守っていた理沙が、鏡次の手際の良さを褒める。
「とっても上手ですね、十六夜さん! 飲み込みも早いし、将来有望ですね!」
「いやぁ、理沙さんの教えが上手いからですよ。とっても分かりやすかったです」
「いえいえ、私は自分が教わった事をそのまま十六夜さんにお教えしただけです。私なんて全然ですよ」
「そうそう、初めての時は二人とも魔石を砕いちゃったもんな」
「……それは兄ちゃんだけだったでしょっ!」
「イデェッ!」
再び蹴られる零。仲の良い兄妹のやり取りを前に、鏡次は自然と笑みがこぼれる。
ふと、鏡次はゴブリンの死体の異変に気付いた。最初に零が魔石をダメにした死体が、唐突に黒い闇に覆われたのだ。
そして、炎を近付けられたアイスクリームのようにとけてゆき、地面に染み渡るかのごとく全てが消えてしまった。
血痕の一つも残っておらず、その場にはシミひとつない地面のみ。
「い、今のは……?」
「ああ、魔石を取り出したモンスターの死体は、ああやって消えてしまうんですよ。不思議ですよね」
本当に不思議な現象ではあるが、一部を除いて誰もが『ダンジョンだから何が起こってもおかしくない』と思考を放棄した。
ダンジョン自体が何なのか、出現から九年経った今でも分かっていないのだ。一般人は考えるだけ無駄である。
「それじゃ、探索を続けましょうか。先ほどと同じフォーメーションで動きましょう。理沙は後ろを、十六夜さんは僕たちのフォローを」
「うん!」
「はい!」
それから三人はしっかりと警戒しながら歩を進めてゆき、たまに遭遇するゴブリンを瞬殺していった。
八雲兄妹は何度もダンジョンアタックを行っており、すでに八階層まで到達しているほど。
二人だけでそこまで到達した訳ではないが、それだけの経験と実力を備えているのだ。
また、T市南のダンジョンでは、苦戦せずに十階層を探索できる実力を身に付ければ、大抵はサークルからダブルに昇格できる。
昇格はギルドでお金を払えば、初めに登録した時と同じ要領で受ける事ができるが、実力が足りなかった場合は昇格できない。
その事を冒険者たちは『昇格値が足りない』と言っていた。
モンスターを倒した際に昇格値を得ているという仮説があり、それが基準に満たないから昇格できないという説だ。
そもそも鑑定機がダンジョン産の物なので詳しく分かってはいないが、冒険者の有志が何百人も集まって実験していたらしく、かなり信憑性のある説として有名である。
要はロールプレイングゲームのように、モンスターを倒して経験値を得ることでレベルアップする、というシステムと同じようなものと考えられているのだ。
また、ギルドで昇格を行わなかったとしても、モンスターを倒し続けていれば冒険者の実力は上がるようなので、鑑定機による昇格はあくまで現在の実力を測るためのものでしかない。
しかし、冒険者の実力は胸元に刻印されたシンボルやギルドカードによって判断されるので、昇格は必須だったりする。
ダンジョンごとに必要な実力はまちまちであり、最初の階層からダブルやスクエア以上の実力を要求されるダンジョンもあるのだから。
閑話休題。
「十六夜さん、ここが一階層の終わりですよ」
零がそう言いながら指差す先には、更なる地下への階段がある。
あれから三十分ほどで、鏡次たちは一階層の最奥にたどり着いた。
曲がり角はそれなりにあり、行き止まりや同じ場所に戻る道があるにも関わらず、この程度の時間でたどり着けたのは八雲兄妹が道順を知っていたからに他ならない。
初見のパーティーであれば大抵二時間ぐらい掛かるし、そもそも一介の冒険者では一回の探索で一階層を踏破できないこともザラだ。一階だけに。
「ここはダンジョンの入り口と同じくらいにはモンスターが入ってこないので、ちょっと休憩しましょう」
「わかりました」
その言葉が鏡次にはありがたかった。同じサークルの等級であっても、鏡次と八雲兄妹の実力はそれなりの隔たりがある。
最弱であるゴブリンごときが相手だからこそ、三人の戦いに大きな違いが無い。
しかし、体力において八雲兄妹はまだまだ余裕があるものの、鏡次は少し休みたいと思うぐらいには消耗していた。
ダンジョンアタックに慣れていないというのもあるが、そもそも八雲兄妹と鏡次には昇格値に差があるからだ。
ゲームに例えるのなら、八雲兄妹は八階層まで到達して苦戦せず戦えるので、レベル八。鏡次はまだ潜ったばかりなので、レベル一という具合。
目に見える基準ではないが、八雲兄妹と鏡次にはそれだけ身体能力に差があり、体力の違いもそれによるところが大きい。
三人は石の上や地面に座り込んで休憩することに。
その際、いざという時に備えて武器を手放してはいない。敵が入って来づらいというだけで、絶対に来ない訳ではないのだから。
鏡次を壁際に座らせて、零は油断なく周囲を窺いながら声を掛けた。
「それにしても十六夜さん、本当にダンジョンアタックが初めてとは思えない動きでしたよ。何か運動とかされていたんですか?」
「いえ、そういうのは特に……昨日一昨日と、プラクティスルームに通って色んな人に、色々な事を教えてもらったからかもしれません」
「へぇー、そうなんですね。どんな人に教わったんですか?」
「えっと、特に色々教えてもらえたのが真央さん……ああ、佐伯真央さんという、五芒星〈ペンタグラム〉の女性の方で」
「えぇーっ!? あの佐伯真央さんに!?」
唐突に大きな声を出したのは理沙である。彼女はグイグイと鏡次に詰め寄りながら。
「あの佐伯真央さんに教わったって本当ですか!? 羨ましいぃ〜! 私も色々と教わってみたいです! 真央さんって優しくて可愛くて綺麗でそれでいて美人でスタイルが良くて色気もあって本当に素敵な方ですよね! 上位等級の冒険者なのに偉ぶったりしないどころか初心者にも優しくレクチャーしてるし! そう思いませんか!?」
更にグイッと詰め寄ったところで、理沙はハッと我に返った。
ゆっくりと元の場所に戻りながら咳払いを一つ。
「んんっ! ……えっと、何の話でしたっけ?」
「……お前が佐伯真央さんのオタクだって暴露する話だったよ」
「んなぁっ! 心外! 私はただ、佐伯真央さんが素敵な人だなって思ってるだけで、オタクな訳じゃ……!」
「非公式の佐伯真央さんのグッズとか買い集めてる時点でオタクだよ、いい加減認めろって……」
「私そういうのじゃないもん! 違うもん!」
零の言葉を頑なに認めず、理沙はそっぽを向いてしまった。
「なんかすいません、十六夜さん……こいつ、佐伯真央さんの大ファンで、話を振るとこうなるんです」
「あ、あはは……」
何とコメントしたらいいか分からず、乾いた笑いを漏らす鏡次。妙な沈黙が場を支配する。