最弱ヒーラーの激昂   作:勇(気無い)者

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6.小さな異変

 場の沈黙をどう和ませるか、と鏡次は考えていたが、不意に零は物音がする事に気付いた。

 

「どうしたの、兄ちゃん?」

「シッ! ……何か聞こえる」

 

 零は耳を澄ませるが、明らかにゴブリンの足音ではない。まるで四足獣が走るような走るような軽い音。

 正体を特定するよりも早く、それは現れた。

 狼のようなフォルムの、全身真っ黒な四足獣が三匹。地下の階段から飛び出して来て、まっすぐ三人の方に向かってくる。

 

 「ッ! ウルフだ! 戦闘用意ッ!」

 

 叫ぶと同時、零は飛び掛かってきた一匹のウルフに向けて槍を突き出す。

 その穂先は口を通って串刺しにしたが、ほぼ同時にもう一匹が飛び掛かってきて、左腕を防御するように差し出すことでわざと噛ませた。

 そして、数瞬の後に理沙が噛みついたウルフの首を両断。

 更に三匹目が遅れて飛び掛かり、零が蹴り飛ばして迎撃。吹き飛んだウルフに理沙があっという間に接近すると、その首を跳ね飛ばした。

 まさしく一瞬の出来事であった。鏡次が全く反応できなかった程に。

 零は未だ左腕に噛みついたままのウルフの首を剥がして。

 

「いてて……ふぅー。十六夜さん、大丈夫でした?」

「あ、はい……いや、零さんの方こそ怪我を……!」

「あー、大丈夫ですよ、これぐらいなら」

 

 そんな鏡次たちのやり取りに加わらず、理沙はウエストバッグから霧吹きを取り出して、傷口に数回吹き掛けた。

 ポーション……ではなく、化膿止めの消毒液である。

 

「サンキュー、理沙」

「気にしないで。それより、包帯巻くからそこに座って」

「あっ……待ってください!」

 

 包帯を取り出した理沙を止め、零の元へ駆け寄る鏡次。

 そのまま傷口に手をかざすと、淡い光が発生して零の左腕を優しく包み込む。

 そして、傷口が徐々に塞がってゆき━━十秒ほどで完治した。

 

「これは……十六夜さん、回復魔法を使えたんですか!?」

「ええ、人に使うのは初めてですけど」

「すっごーい! ヒーラーなんて、どこのパーティーでも必ずと言っていいほど募集してるから、どこででもやっていけますよ!」

 

 理沙が興奮気味に言う。

 ヒーラーはパーティーに一人いれば充分という意見が多い中、それでもヒーラーを加えられないでいるパーティーは多い。

 単純に回復魔法の使い手がさほど多くないのだ。故にヒーラーは引くて数多なのである。

 

「ありがとうございます、十六夜さん。おかけで痛みを我慢しないで済みました」

「いえ、気にしないでください。さっきの襲撃で、自分は何もできませんでしたし……何より、その怪我は自分のせいですから……」

 

 自分を責める鏡次。

 零の実力ならば、ウルフの攻撃をかわすのが容易いことを鏡次は理解していた。

 二人が八階層まで到達していることを事前に聞いており、二階層から出現するウルフ程度の攻撃を避けられないはずがないからだ。

 それだけ八階層と二階層では、戦闘難易度にそれだけ大きな違いがあることぐらいは、ダンジョンが初めての鏡次も知っている。

 そんな零がウルフの攻撃を許してしまったのは、背後に控えていた鏡次を気遣ってのことだった。

 攻撃を避ければ、そのままウルフが鏡次に牙を剥きかねない……だから避けなかったのだ。

 落ち込む鏡次を慰めるように、零は務めて明るい声を出す。

 

「それこそ気にしないでください。僕らは十六夜さんよりも先輩ですから、自分から誘った後輩を守るのは当たり前のことなんですよ」

「ふふっ、兄ちゃんってば、まだサークルなのに先輩風吹かせちゃって」

「茶化すなよ……ま、そんな訳です。というか、ヒール掛けてもらって感謝してるくらいですよ」

「零さん……はい、ありがとうございます」

「さ、そんな事よりウルフから手早く魔石を剥ぎ取って、少しだけ二階層の調査をしましょう」

「二階層の調査、ですか?」

 

 鏡次は疑問符を浮かべる。

 

「ええ、このT市南ダンジョンでは、ウルフは二階層から出現するモンスターです。一階層に現れる事はありません」

「でも……階段で繋がってますし、さっきみたいに上がってくる事は……」

「いえ、それでも本来はあり得ない事なんです。ダンジョンによって出てくるモンスターが変わるのは知ってますよね?」

「ええ、同じ一階層でも、ここみたいに最弱のゴブリンから始まるダンジョンもあれば、ダブルやスクエア以上の冒険者と同等の強さのモンスターがいきなり現れるダンジョンもあるとか」

 

 T市には二つのダンジョンがある。三人が現在潜っている『T市南ダンジョン』と『T市北ダンジョン』の二箇所だ。

 ここ南ダンジョンは最弱モンスターが出現する初心者向けで有名なのだが、北の方はスクエア以上の冒険者でなければ入場できない。それだけ強いモンスターがいきなり出現するのだ。

 初心者が勝手に入らないか心配になるが、スクエア以上である事が証明できなければゲートで止められて入場はできないので安心である。

 

「それぞれダンジョン毎に法則が違うんですが、それでも共通している事はあります。それは出現するモンスターの種類が階層ごとに必ず決まっていて、別の階層に移動して現れる事は無い、という点です」

 

 例えば、T市南ダンジョンは一階層でゴブリンのみが出現する。二階層に降りると、ゴブリンとウルフが出現する。

 三階層に降りると、ゴブリンが消えてウルフとホーンラビットという鋭いツノを持ったウサギが出現する。

 ……といった具合に、二種類のみ出現するという法則の元、モンスターが入れ替わってゆくのだ。

 つまりは、ゴブリンが三階層以降に出現する事はないし、ホーンラビットが一階層に出現する事もあり得ない、という訳だ。

 

「……なるほど、零さんの説明でダンジョンの仕組みは分かりました。そして、ウルフが一階層に上がってきたという事実の特異性も。すぐにも調査を始めた方がよさそうですが……」

「いえ、魔石は剥ぎ取っていきましょう。魔石が入ったままの死体は数十分と消えないんですが、十分ほどで凶悪な瘴気が死体から漏れ出て、場の空気を汚してしまいます」

「兄ちゃんの言うとおりで、瘴気を他の人が吸い込んだら体に毒ですから。魔石を剥ぎ取っておくのは、冒険者としての義務なんです」

 

 なるほど、と鏡次は頷いた。

 三人はウルフの魔石を剥ぎ取ると、そのまま階段を降りて二階層へと足を踏み入れた。

 そして、鏡次は疑問を口にする。

 

「ところで、調査って何をすればいいんですかね? ウルフが一階層に上がってきた原因を探るのだと思うのですが……」

「とりあえずは周囲に異常がないかのチェックですね。不審な人や物がないかどうかなども、です」

「なるほど、じゃあ手分けした方がいいですかね」

「何言ってるんですか十六夜さん、一緒に行動するに決まっているでしょう。モンスターに襲われたらどうするんですか」

「あっ、はい……すいません」

 

 それから三人は周囲に異変や怪しい物などが無いか調べたが、特に何も見つからなかった。

 

「……これ以上は調べても何も見つからなさそうですね。地上に戻って今回の事を調べましょうか」

 

 零の言葉で、三人は地上へ戻る事に。

 道中のゴブリンを始末しながらダンジョンを出て、ゲートに待機する人たちに今回の異変を報告しておき、それからギルドへ向かう。

 異変の報告もあるが、魔石の換金も行わなければならない。

 

「しかし、結局なんでウルフは二階層に上がってきたんでしょうね?」

 

 道中で鏡次が疑問を口にした。今までに無い事象が起こるなど、確かに不可解である。

 

「……少しだけ、というか……もしかしたらそうかもしれない、ぐらいの気持ちで疑っている事はあります」

「えっ、そうなの兄ちゃん?」

「それは、一体なんなのですか?」

 

 鏡次の問いに、零は言うかどうか少し迷って、結局それを口にした。

 

「……ダンジョンのオーバーフローです」

「ええっ!?」

 

 キョトンとする鏡次とは対象に、理沙は驚きの声をあげた。

 

「いや、だって兄ちゃん……そんな事ある!?」

「分からない……けど、それしか思い浮かばないというか、一度疑ってしまうとそうなんじゃないかという気持ちが強くなるというか……」

「……ダンジョンのオーバーフローというのは?」

「「ええっ!?」」

 

 今度は零と理沙が同時に声を揃えた。

 

「十六夜さん、ダンジョンのオーバーフローは試験の内容にも出てたはずですよ……」

「あ、いや……その、ほとんど一夜漬けで覚えたので、忘れてしまったと言いますか……」

「マジですか……命に関わる事やトラブルにもなりかねないので、もう一度勉強しておく事をおすすめしますよ……」

「あっ、はい……すみません……」

 

 ため息を吐いた後、零は説明し始めた。

 

「ダンジョンのモンスターは、どれだけ倒しても絶滅する事はありません。それはダンジョンがモンスターを生み出しているからと考えられています」

「そうですね、勉強した時にそんな記述を見ました」

「そして、そのモンスターを狩らずに放置し続けると、やがて中のモンスターが飽和状態となり、溢れて地上に出てきてしまうんです。それがダンジョンのオーバーフローと言われています」

 

 漫画や小説などでは、近い現象の事をスタンピードやランペイジと呼ばれているだろう。

 だが、それらとは少し違う。

 ダンジョンのオーバーフローとは、増え過ぎたモンスターが地上に進出する事……ではなく、出現階層が繰り上がってしまう事を指している。

 T市南ダンジョンで例えるなら、ホーンラビットは二階層から出て、ウルフは一階層から出現し、行き場をなくしたゴブリンが地上へ追いやられてしまう……そんな状態の事である。

 これを更に放置すれば、どんどんと繰り上がってウルフやホーンラビット達も地上へと出てきてしまうようになる。

 

「それは……やばいですね」

「でも兄ちゃん、それだったらゴブリンが地上に出ようとしてないとおかしくない? ゲートの内側と一階層を繋ぐ階段にはゴブリンもいなかったし」

「ああ、だから何も証拠はないし、そもそも勘違いの可能性の方が高い。……だから、ウルフの事だけ報告して、余計なことは言わないつもりだ」

 

 仮にオーバーフローの事を言ったとしても、サークルの冒険者では信用されない可能性が高い。

 なので、零の判断は正解である。所詮はただの推測に過ぎないのだから。

 その後、三人はギルドで換金と報告を行い、解散してそれぞれ帰路に就くのだった。

 

 

 

 そして。

 

「この役立たずのヒーラーが!」

 

 そんな言葉を、鏡次は投げ掛けられてしまう。

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