「お疲れ様でした」
一日の業務を終え、上司や同僚に挨拶をしてから鏡次はギルドを出た。
今はギルド職員の服装だが、着替えるのも面倒なのでそのまま直帰である。
時刻は午後六時過ぎ。帰る前にどこかで夕食を摂ってしまおうかと考えていた鏡次だが、不意にスマホが鳴った。
取り出して画面を見れば、そこには八雲零という名前が映し出されている。
「もしもし」
「鏡次! 久しぶりだな! 元気してたか?」
「ああ、元気だよ」
かなり砕けた態度で接しているのは、ちょくちょく連絡を取り合ったり、たまに会って食事をしたりと交友を重ね、冒険者という立場を抜きに友人関係へと至ったからだ。
「でも、急に電話なんてどうしたんだ?」
「ああ、実は俺たち今、T市に来ててさ。で、飯でも一緒にどうかなって思って」
「えっ、そうなのか?」
八雲兄妹は鏡次と別れた後、O市に拠点を移していた。それがなぜ、今はT市にいるのか。
まぁ、車で一時間も掛からない程度なので、大した距離ではないのだが。
それにしても急な連絡である。最後に会ったのも三ヶ月前だ。
「なんでまたこっちに……いや、話は会ってからでいいか。今どこにいるんだ?」
「T市のギルド近くだ」
「ギルドの近く? ……あっ」
鏡次もギルドの近くにまだいたので、辺りをキョロキョロと見回してみれば、そこに見覚えのある二人の人物を見つけた。
向こうも少し遅れて気がついたようで、鏡次の方へ駆け寄ってくる。
「鏡次〜!」
「鏡次く〜ん!」
「おわぁっ!」
零と理沙、二人が同時にハグしてきた。
久々に会ったからか、更に二人は鏡次を揉みくちゃにする。
「っとに久々だなぁ!」
「久々だねぇ!」
「やめろぉ〜! はなせぇ〜!」
ひとしきり弄った後、二人は鏡次を開放した。
「全く……えらい目に遭った」
「ははっ、すまんすまん」
「鏡次君と会うの久々だったからさぁ」
「久々だからって何しても許されると思うなよ。……まぁいいや、とりあえず近くのファミレスにでも入ろう」
そうして三人はファミレスに入り、適当に注文を済ませると、鏡次はさっそく核心に触れる。
「……で、事前連絡もなしに、なんでいきなりT市に?」
「うん、それなんだけど……鏡次はもう、冒険者には戻らないのか?」
零の言葉に鏡次は目を丸くした。
冒険者を引退してギルド職員になったのは十ヶ月近くも前のこと。
当時、二人には話していたし、今さら蒸し返してくるとは思わなかったのだ。
「戻るもなにも……俺はパーティーを組めるような状態じゃないし……」
「そんなことないよ! 今さら鏡次君のことを覚えてる人もいないと思う! 自意識過剰だよ!」
「いや、理沙……さり気なく俺のことディスってない?」
「えへへ、ごめんわざと」
冗談めかして言う理沙だが、それくらいのジョークが言い合えるほどには仲がいいのだ。
「まぁ、理沙の話はともかく……俺としては、鏡次と一緒にパーティーを組みたいと思ってるんだ」
鏡次は再び目を丸くする。
「……いや、俺はサークルのまんまで、ギルド職員になってからはダンジョンもほとんど行ってないんだぞ? それに比べてお前らはダブルになってから、かなり経ってるだろ? 今さら俺なんか加えてどうするんだよ?」
鏡次の意見はもっもとである。
八雲兄妹が昇格したのは十ヶ月ほど前のこと。それからもダンジョンアタックを行なっていたので、二人はそろそろダブルからスクエアに上がってもおかしくない頃だ。
「ああ、だから鏡次が俺たちのパーティーに入ってくれるんなら、まずは鏡次の昇格を目指す」
「俺の……?」
「そ、私と兄ちゃんでフォローして、ダンジョンで鏡次君にモンスターを倒していってもらうの」
モンスターにトドメを刺した者が最も強くなりやすいという通説がある。
以前にも述べた通り、モンスターを倒すと昇格値を得られるという考え方が浸透しており、その中でもトドメを刺した者が最も多く昇格値を得られ、共に戦った者も微力の昇格値が得られるらしい。
これも有志たちが調査した結果であり、信憑性はかなり高い。
そして、等級の高い者が等級の低い者を引き連れ、モンスターを弱らせてトドメを刺させることをパワーレベリングと呼ぶ。
「……俺のランクをパワーレベリングで上げるって事か?」
「その通りだ」
「なんだってそんなことを……」
「私たち、O市で色々な人とパーティーを組んだんだよ。でもね、ずっと組みたいって思う人はいなかったんだ」
基本的にはギルドで募集した者と一時的にパーティーを組むことが多い。これは冒険者のほとんどが同じである。
しかし、意気投合して固定のパーティーを組む者たちもいる。
零と理沙などは兄妹なので、初めからずっと一緒だった。
「で、俺たちが唯一固定のパーティーを組みたいって思ったのが鏡次だったんだ」
「そうなのか……」
鏡次としては嬉しい申し出である。
しかし、二人と違ってダンジョンにはあまり潜っていない。
全く入っていないわけではなく、ギルドでダンジョン調査を行う時には同行しており、その時に多少の戦闘は経験していたので、一人で三階層まで行ける程度の実力は付いた。
とはいえ、零と理沙に比べたら大人と子ども以上の実力差はある。
仮にパーティーを組んでパワーレベリングを行なっても、二人に追いつくまで半年以上は掛かるだろう。
二人の時間を浪費するようで、鏡次としては忍びなかった。
考え込む鏡次を見て、理沙が痺れを切らしたらしい。
「ねぇ〜、鏡次君お願ぁ〜い。入ってくれたらチューしてあげるからぁ〜」
「いらんいらん、やめい。寄るんじゃない」
「だったら俺からもチューしてあげるからぁ〜」
「マジでやめろ! むしろそれ罰ゲームじゃねーか! 寄ってくんじゃねー!」
と、ふざけ合うぐらいには仲のいい三人である。
二人を席に戻して、鏡次は咳払いを一つ。
「……んんっ! まぁ、なんだ。二人の申し出はありがたいけど、ギルドには拾ってもらった恩もあるから、それを返しておきたいんだ」
「……そうか。全く、鏡次は頑固なんだよな〜」
「そうだね、でもその分義理堅いよね」
「だな。だから信用できるし、パーティーに引き入れたいって思ったんだけどな」
「お前ら……恥ずいだろ、面と向かってそんなこと……」
やや顔が赤くなる鏡次。それを見逃さない零と理沙。
「お? 照れてんのか鏡次? 赤くなってんぞ」
「や〜ん、鏡次君か〜わ〜い〜い〜♡」
「くっ、茶化すんじゃないよ」
更に弄ろうとした零と理沙だったが、注文した料理が運ばれてきたので断念した。
それからは食事をしながら近況報告と雑談を交え、楽しいひと時を過ごすのだった。
「いやー、楽しかったな」
一時間ほど語り合った後、三人は店を出て歩きながら喋る。
零の言葉に鏡次が頷いた。
「そうだな……こんな楽しい食事は久々だったよ」
鏡次もギルドの人と食事や飲み会に行ったりはする事はあるのだが、やはり仕事場の人と友人とのひと時は別物だろう。
「あー、でも鏡次がパーティーに入ってくれたらなー」
「まだ言ってるのか……ま、俺も二人と一緒に組めたら楽しかっただろうなとは思うけど」
「お? じゃあやっぱりパーティー組もうぜ。今なら理沙がちょっとエッチな服を着てくれる権利を進呈しよう」
「ちょっと兄ちゃん、何バカなこと言ってんのよ! 鏡次君だって別に見たくないわよそんなもの」
「うーん……そいつはちょっと気持ちが揺らいじゃうなぁ」
「えぇっ!? な、なに言ってんの鏡次君まで!?」
赤くなる理沙に、鏡次と零は声高らかに笑う。
「じゃ、また連絡するよ」
「ああ。っても今度は事前に連絡ほしいけどな」
「はは、ごめんって。じゃーな、鏡次」
「バイバイ、鏡次君」
「ああ、また今度な」
そうして鏡次と八雲兄妹はそれぞれ帰路に就くのだった。