八雲兄妹との食事会から数日後。
「十六夜君、ちょっといいかな」
鏡次がいつものように業務に勤しんでいると、ガッチリした男性の先輩職員から声を掛けられた。
「なんでしょう?」
「近々、サークル等級の冒険者向けにダンジョン探索の実地演習が行われることになっていてね」
「あーはい、聞いています。一週間後でしたね」
スクエアやフレーム等級の冒険者が、サークル等級の冒険者を引率する、初心者向けのイベントをギルドが企画しているのだ。
「そう。悪いんだけど、十六夜君も引率側として参加してもらえないかなぁ」
「えっ、自分がですか?」
鏡次はサークル等級なので、ギルドに残って仕事を言い渡されていた。
大して強くもないし、むしろ引率される側で参加させた方がいいくらいである。
しかし、鏡次にはただのサークル等級冒険者より使える点が一つだけある。回復魔法が使える事だ。
「そう、十六夜君は一応ヒールを使えたよね? だからサークル等級にも関わらず白羽の矢が立ったんだ」
「一応、は余計な一言だと思いますが」
怒り口調で横から入ってきたのは、茅野唯だった。
彼女は基本的に一階の受付で仕事をしているのだが、鏡次のフォローに付くこともある。
鏡次をギルド職員の道に誘ったのは他でもなく彼女であり、彼が冒険者業でやっていけなくなったダブルのパーティーを紹介したのも彼女である。
それに対して責任を感じているのか、ちょくちょく鏡次の世話を焼き、肩入れしているのだった。
そして、今回のように心ない言葉を吐く人に対して、睨みを入れている。
「十六夜さんはヒールという魔法を使えます。ギルドカードにもしっかりと記載されています。なのに『一応』とはどういうことですか?」
「あ、ああ、うん、そうだね。僕が言葉を間違えたよ、すまない」
「謝罪なら十六夜さんにしていただけますか? 私にされるのはお門違いです」
「茅野さん、自分は気にしてませんから……」
鏡次のこととなると唯はムキになり、見境なく誰が相手でも噛みつくようになってしまった。
そして、それを鏡次が宥めるのが定番のパターンと化していた。
「十六夜さんがそう仰るなら……」
最後にはこう言って去ってゆくのである。
仕切り直すように鏡次が話を戻す。
「それで、ヒールは確かに使えますが……他のヒーラーの方より効果は落ちますよ?」
「今回は数十人という大規模なパーティーでの行動になる。これだけの人数が動員されるのは、ギルドの出すレイドクエスト以外じゃまずない」
レイドクエストとは、数人のパーティー規模では討伐できないような強力なダンジョンボスが現れた際に発令されるクエストだ。
高い等級のパーティーを複数集めて、数十人規模で強力なボスを討伐する。
「で、引率者の中でもヒーラーの手が全然足りてなくてね……もちろん、ポーションの用意はそれなりにしてあるけど、持っていける数には限りがあるからヒーラーは一人でも多く連れていきたいんだ」
ポーションは使った時点で無くなるが、ヒーラーの使う回復魔法で消費するのは当人の魔力のみで、その魔力も時間が経てば勝手に回復してゆく。
この話だけでも、ヒーラーのありがたみがよく分かるだろう。だからこそヒーラーはどこでも引っ張りだこなのだ。
「まぁ身もふたもない言い方をすると、要はコスト削減のためだね。それに、十六夜君のヒールは確かに即効性はないけれど、代わりに高い魔力のおかげか使える回数は多い。人数が多い分、ゆっくり回復できる時間も取れるハズだ。後方支援のポジションだから安全なうえに、参加した分の報酬もでるんだ。だから、どうかな? 引き受けてもらえないだろうか」
彼の言うことにも一理ある。
サークル等級である鏡次の戦闘力はたかが知れているが、今回のような実地調査であれば、戦闘は他の面々が受け持ってくれるのでヒーラーが戦う必要はない。
十人以上のサークル等級冒険者を戦闘メンバーが守ることになるが、そこに鏡次一人が加わったところで大差はなく、むしろ回復役が増えるので負担は減るはずだ。
なにより、潜るのはT市南ダンジョンなので、そもそも雑魚しか出てこない。
そのあたりのことを鏡次は考え、数秒ほどで口を開いた。
「……分かりました。自分でよければ参加させてもらいます」
「そうか、よかったよ! それじゃあ、知ってるとは思うけど演習は一週間後、出発時間は午前九時頃。詳しい連絡が後で行くと思うから、確認しておいてくれよ」
それだけ言うと先輩職員は去っていった。
「……うーん、ダンジョンアタックの演習か」
ぽつりとつぶやきながら、鏡次の頭にあるのは演習に必要なものについて。
二ヶ月以上もダンジョンに入っていないので、装備の手入れはしていないし、アイテムバッグには何も入っていない。
帰りに買い物に寄ろうか。そんな風に鏡次が考え事をしていると、いつの間にか戻ってきた唯が声を掛けてきた。
「十六夜さん、ちょっといいですか?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「今日の夜って空いてますか?」
「え? あ、はい。大丈夫ですけど……」
本当は買い物に行きたかったかも、と思いつつも休みの時がいいかと考えを変える。
そして、唯の口からは意外な言葉が飛び出した。
「では、今日は私と一緒に食事に行きましょう」
「……えっ?」
なぜ、唯が食事に誘ってきただけで意外なことなのか。
それは、彼女は男性職員から食事に誘われた際、必ず断っていたからだった。