新学期
府中市にある日本ウマ娘トレーニングセンター学園通称「トレセン」
人やウマ娘に留まらず、蜂や蟻も忙しなく働く、春本番のあるお昼時。
シンボリルドルフの背は小さな小料理屋の扉の前にあった。
「いらっしゃい。ルドルフちゃん」
ルドルフがやや年季の入った木目の引き戸を開けると、白衣姿の坂村吉昭《さかむらよしあき》が出迎えた
「お世話になっております。坂村さん」
ルドルフが、学生にしては非常に美しい所作で礼をする。
「そんな畏まらなくてもいいんだけどね。さ、中に入んなさい。今日は質のいい菜の花が入ったんだ。天ぷらにして出してあげよう」
そい言いつつ、坂村は奥の厨房へと戻っていった。
入り口から向かいにある5つのカウンター。その左から3番目が中央の席が”今の”彼女の指定席だ。
席に座り、端末をほんの少しだけ見た後、ゆっくりと辺りを見回す。カウンターの後ろ入り口を挟むように、横向きに置かれた4つのテーブル、壁や棚には彼女をはじめとした名ウマ娘達の色紙や小物。そして、坂村が毎晩磨いているであろう銀色に輝く厨房。
「毎年来てたら珍しいものもないでしょう?」
盆を持った坂村が笑顔で厨房から出てくる
「いえ、毎年増える色紙を見るのが好きなんです。生徒会長として、支える立場になってからは尚のこと…これは…すごいですね」
盆にはよりどりの天ぷら、側には味噌汁と漬物。ルドルフが感嘆のため息をする。
「支えるって言ったって、まだ現役でしょうに」
呆れたような口ぶりで坂村が続ける
「菜の花は、貰い先の農家曰く会心の出来とのこと。香りのいいものなんで、塩で食べてください。他はふきのとうにサワラとアスパラガス、あと桜エビのかき揚げ。どれも春の恵みです」
ルドルフが姿勢を正し軽く会釈してはいたが、その瞳は凛とした雰囲気に見合わぬほど忙しなく、目の前の料理に対して待ちきれないのが見て取れる。
「さて、ご飯は…」
「お…普通でお願いします」
「今、大盛りって言いかけたでしょ」
「…………」
「今日のお米……炊き立てだよ」
「お願いします」
即答だった。
「いただきます」
左手にご飯茶碗を持ち、坂村が推していた菜の花に箸を伸ばす。苦味のある葉物は、天ぷらにすればその苦味深い旨みとなり、不思議とご飯が進むものだ。漬物を箸休めに、桜エビのかき揚げをめんつゆにたっぷりつけてひと齧りすれば、華やかな香りが広がり、ルドルフは思わず目を閉じた。
「菜の花もふきのとうも苦味が強い山菜だけど、案外イケる口みたいだね」
暖かいお茶を飲みながら一息ついたのを見計らって坂村が声をかける
「坂村さん、ご馳走様でした。毎年、この時期に無理を言って申し訳ありません」
「なんのなんの。俺とルドルフちゃんの”勝負”だからね」
「ええ。本当に感謝しています」
ルドルフが頬を綻ばす。
「ところでさっき、”支える立場”なんて言ってはいたけど、もう走らないのかい」
「……そのつもりです」
朗らかな雰囲気とは打って変わり、空気がやや重くなる
「ま、生徒会長なんてたいそうな役を務め上げるんなら仕方ないか。頑張りなさいね」
坂村がぱちんと手を叩き思い空気を散らした。
「はい!」
⏰⏰⏰
その数日後、坂村が仕込みをしていると何やら外が騒がしくなった。
「たのもー!!」
引き戸が勢いよく開けられ、ウマ娘が入ってくる
「誰かと思えば、じゃじゃウマ娘」
彼女は今年のクラシック三冠候補のトウカイテイオー。坂村が怪訝な顔を向ける気にも留めず、テイオーはずい、とカウンターから身を乗り出した。
「ねーねー!ここに来ればカイチョーとレースできるって本当?」
「そんなわけないし、100年早いわ」
坂村は爛々とした目を向けるテイオーを軽くあしらいつつ仕込みを続ける
「えー!”G1ウマ娘しか来れないカイチョーお気に入りの店”だって言うから来たのにー!つまんなーい!」
「それは学生達が勝手につけた異名だし、第一それが本当ならキミは来れないでしょ…あ」
坂村は、ふと手を止める
「ちょうどいい。トウカイテイオー、キミはルドルフちゃんと仲がいいんだってね」
「うん」
「それなら頼みたいことがある――」
⏰⏰⏰
「カイチョ〜!楽しみだねぇ」
「そうだな」
テイオーが坂村から与えられたミッションは
『今週末の夕方、ルドルフちゃんを連れて来店すること』
約束通り、テイオーはルドルフを連れて店に入った
「いらっしゃい。2人とも」
坂村は厨房から出て2人を迎える
「やっほー!」
「こんばんは、坂村さん」
「さ、今日はテーブルに座ってね」
促されるまま、2人はテーブル席に座る
「すぐにできるから待っててな」
そう言い残し、坂村は厨房に戻る
「何が出てくるのかなぁ」
「ふふっ。ここに座ると懐かしい気持ちになるな」
なんでー?と言うテイオーの言葉と同時に、坂村が厨房から盆を持って出て来た。
「春は日中こそ暖かいけど、夕方にかけて寒くなるからね、はい、お待たせしました。」
2人の目の前に置かれたのは、しょうゆラーメン
「わぁ…!美味しそう!」
「…………」
テイオーは無邪気に喜ぶが、ルドルフは怪訝な表情を坂村に向けた。
「いっただっきまーす!」
そんなことも梅雨知らず、テイオーはまずうす茶色に透き通ったスープをひと飲み。
「カイチョー!これ美味しい!」
「そうだね」
ルドルフは2つある輪切のチャーシューをひとくち。
「懐かしい……」
「懐かしい?」
少し目を潤ませたようなルドルフの瞳にテイオーは首を傾げる
「ま、細かいことは食べてからにしなさいな」
坂村がグラスに少し減っていた分の水を足した
「はーい」
⏰⏰⏰
「ごちそーさまでしたー!」
テイオーが満足気に声をあげるが、ルドルフはラーメンを食べ終えた後もどこか遠い表情をしている。
「さて、テイオーちゃん、君は三冠ウマ娘を目指しているんだよね」
食器を下げた坂村がテイオーに声をかける
「もちろん!ボクはカイチョーみたいなすっごいウマ娘なるんだ!」
前に突き出された3本の指、坂村は満足そうに頷いた
「それなら俺と”勝負”をしないかい?」
「坂村さん…!」
ルドルフが驚いたような声をあげる
「皐月賞に勝ったら、ウチのカウンターの左端。ダービーを制したら2番目」
「三冠ウマ娘になれば、カイチョーの特等席!」
「やってみる?」
テイオーは先ほどとは少し違う、燃えるような眼差しをして頷いた。
「実はこの”勝負”ルドルフともしたことがあるんだ」
「カイチョーと!?じゃあ今の特等席は…」
「そう、彼女が勝ち取ったんだ」
しみじみと懐かしむ坂村と驚き続けるテイオー
「……坂村さん」
ルドルフがつぶやいた
「ルドルフちゃん、生徒会長で忙しいとは思うが、それでも現役だ。足を止めるには早いと思う」
坂村が真剣な眼差しを向ける
「じゃあカイチョー!ボクが三冠を取ったらさ、レースでどっちが中央の席をとるか”勝負”しようよ!」
ルドルフが驚いた表情でテイオーを見やる
「カイチョーからここの特等席、とっちゃうもんね!」
「それは…だめだ」
「えー!」
⏰⏰⏰
その後
食堂に足を運んだテイオー。その特等席は左から
2番目。そして、左足にはギプス。
「うわぁーん!!カイチョーと走れなかったー!!」
「骨折なら仕方がない。そもそも走れなかった予定をギリギリどころか夏合宿までに間に合わせたトレーナーの腕に驚いたよ」
「でもさでもさ、テンチョーもボクの足が折れる前、おかしい所に気づいたんだよね」
「そりゃ…元プロですから」
「へぇ?」
「ほら、レース始まるぞ」
テイオーの追求を逃れるようにテレビに目を向ける
その視線の先、ゲートに入ってスタートを待っていたのは、絶対なる皇帝ではなく、坂村がよく知っている
おまけ
「で、元プロってなんなのさ」
「ウマ娘レースの現場医療チーム」
「へー…めっちゃすごいひと!!」
おわり
終盤駆け足 ᐛ )✌︎