東京、深夜。
終電も過ぎ、人通りのなくなったオフィス街の片隅。
その喫煙所だけが、まだ生きているように小さく灯りを灯していた。
七星煙司は、自販機で買った缶コーヒーを片手に、タバコに火をつける。
一口吸って、ふうと長く息を吐いた。
「……やっと、呼吸できる」
その瞬間だった。
「いい煙、出してんじゃねぇか」
不意に背後から声が響く。
煙司が振り返ると、そこには赤いジャケットを羽織った男――赤城烈牙が立っていた。
鋭い眼光と、どこか獣のような気配を放つその男は、まるで“狩人”のようだった。
「その煙……牙、隠してんだろ?」
言葉の意味を図りかねて黙る煙司に、烈牙は不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ、どうする?――逃げるか、燃え尽きるかだ」
次の瞬間、烈牙の足元から煙が噴き上がる。
赤黒い炎を纏った、巨大な狼のような煙影が姿を現す。
「――灰獣ギア『ルガル・ファング』」
その異様な存在感に、空気が震える。
だが煙司は、まったく動じなかった。
ゆっくりと銀色のジッポを取り出し、火をつけ、タバコを咥える。
「出ろ――灰ノ壱・イグニス・ウルフ」
白い煙が赤く染まり、実体を持ち、もう一匹の狼を形作る。
赤く燃える狼――イグニス・ウルフが、烈牙のルガル・ファングと対峙する。
烈牙が踏み込む。
煙司もまた、静かに応じる。
炎と煙が衝突し、夜の喫煙所が火花と衝撃で軋む。
烈牙の拳に纏った炎の煙が迫るが、煙司はギリギリで交わし、
イグニス・ウルフが烈牙の死角をついて反撃する。
「へぇ……お前、初見で俺の間合いとタイミング、読んでやがるのか?」
「この程度の煙、何度も吸ってきた」
戦いは拮抗していた。
だが、まだ烈牙は本気ではない。
「ちょっと火遊びのつもりだったが……面白ぇ。もっと牙を剥いてもいいかもな」
烈牙の表情がわずかに変わり、獰猛な“狩人”の顔になる。
再びルガル・ファングが咆哮し、地を蹴る――その瞬間、
ピーポーピーポー――
遠くからサイレンが鳴り響く。
誰かが通報したらしい。警察が近づいてきていた。
「……チッ、野暮なタイミングだな」
烈牙は肩をすくめ、煙をくゆらせながら一歩引いた。
「まぁいい。小手調べには十分だった。次は――もっと燃えろよ、七星煙司」
「……俺、名前名乗ったっけ?」
だが烈牙はもういない。
ルガル・ファングと共に、夜の闇へと溶けていった。
煙司はしばらくその場に立ち尽くし、
残った煙を吸い込み、静かに呟く。
「……火種は、まだ小さい。けど……燃え尽きるまで吸い続けるさ」
夜風にあおられ、灰と煙が静かに宙を舞った。