灰煙の使徒   作:vananana

3 / 5
【第二話】燃え残る火種

 

煙司は、仕事が終わると必ず自販機で缶コーヒーを買い、喫煙所に立ち寄る。

それはもはや習慣というより、ひとつの儀式だった。

 

灰皿の前に立ち、タバコに火を点ける。

ゆっくりと吸い込んだ煙が肺に満ちていく。

その瞬間、身体の奥がわずかに熱を持つのを、彼は確かに感じていた。

 

「吸えば落ち着く。けど……それだけじゃない」

 

火を灯すたび、彼の内側で何かが目を覚ます。

煙の通り道を伝って、獣のような“気配”が体内を巡っていく。

それは目に見えず、言葉にもできない感覚だ。

だが煙司は、確信していた。

 

(俺の中には“何か”がいる)

 

タバコの煙は、ただの嗜好品ではなくなっていた。

それは鍵であり、導火線であり――彼の“能力”を引き出す媒体。

 

「……灰ノ壱、イグニス・ウルフ」

 

小さく呟いた瞬間、吐き出した煙が赤く染まり、一瞬だけ形を帯びる。

狼のような輪郭を持った煙影が、闇の中に浮かんでは消えた。

 

あの日、黒煙災害の余波を浴びてから、半年が経つ。

煙司はその力を、誰から教わるでもなく、自ら試し、研ぎ澄ましてきた。

 

週末になると、郊外の山へ車を走らせる。

人気のない場所で焚き火を焚き、煙と向き合う。

そこでは誰にも見られず、思う存分、自分の“ギア”を操ることができた。

 

狼の形を維持すること。空気の流れを読み、揺らがない構造を作ること。

時には風上から風下へ、煙を刃のように飛ばしてみる。

まるで剣を振るうかのように、狼が咆哮するイメージで煙を動かす。

 

(まだ……足りない)

 

頭にこびりつくのは、あの夜の記憶。

喫煙所で出会った赤いジャケットの男――彼の灰煙ギアは、まるで獣そのものだった。

鋭い爪、牙のような煙。暴力的で、鮮烈だった。

 

(俺はまだ、“牙”の使い方を知らない)

 

イグニス・ウルフは確かに美しく、炎を宿す存在だ。

だが実戦で牙を剥くには、まだ力が足りない。

今のままでは、あの男には届かない。

 

それでも煙司は確信している。

 

(俺の煙は、もっと鋭くなる。まだ火種の段階だ)

 

繰り返す日々の中で、ひとつの仮説が形を成してきた。

黒煙災害。それは異世界との偶発的な接触であり、

その煙には、“黒煙因子”と呼ばれる未知の粒子が含まれていた。

 

極めて低確率ながら、その因子に“適合”した人間だけが、灰煙ギアを発現させる。

 

そして――

 

(あの災害で、目覚めたのは俺だけじゃない)

 

同じように目覚めた者が、必ずどこかにいる。

それが一人か、十人か、百人かは分からない。

だが、世界はすでに変わっている。

 

煙司は知らなかった。

その“変化”が、偶然ではなく意味を持っていたことを。

 

そして、その中でも選ばれし十二人――

『灰煙の使徒』と呼ばれる者たちの存在が、

やがて世界の構造を揺るがすことになることも。

 

その夜もまた、煙司は静かに火を灯す。

誰にも邪魔されず、一人で煙と向き合う。

 

吸い込み、吐き出す。

ただそれだけの行為に、命を燃やすような実感があった。

 

> 火種は、確かに燃えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。