魔法少女まどか☆マギカ -Kaleidoscope- 実績「時をかける魔女」獲得実況プレイ   作:Hotpepper_N

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さやか・仁美の恋路にひとまず区切りがつきます。


Part6(11/18)(さやか・仁美告白②)

さやかと恭介。

高台には、二人だけが残されていた。

 

しばらくのあいだ、どちらも口を開かなかった。

風が吹き抜け、木々の葉がさざめく。

 

やがて、恭介が静かに口を開く。

 

「……さやか」

「どうして、こんなに危険なことをしたんだ?」

「たった一つの願いなんかで、命を懸けて戦うなんて……そんなの……」

 

その声には、困惑と――ほんのわずかな怒りが混じっていた。

さやかは少しだけ俯き、両手を強く握りしめる。

 

「……恭介のため、だよ」

 

「え……?」

 

恭介の目が見開かれた。

さやかは顔を上げられないまま、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいく。

 

「また元気になってほしかった」

 

喉の奥が、かすかに震える。

 

「もう一度、バイオリンを弾いてるところが見たかった」

 

もう戻らないのだと、恭介自身が諦めかけていた未来。

それを取り戻せるのなら――自分にできることなら、何だってしたいと思った。

 

「それに……昨日みたいなことがあったときにさ。 誰かが傷つくのを、ただ見てるだけなんて嫌だったんだ」

「みんなを守れる力が……欲しかった」

 

恭介は何も言えず、苦しそうに唇を噛む。

 

「……そんな理由で……」

 

絞り出すような声だった。

 

自分のために、さやかが命を懸けた。

その事実を、どう受け止めればいいのか分からない。

 

さやかは、しばらく次の言葉をためらうように口を結んでいたが。

やがて決意したように、小さく息を吐く。

 

「……っていうのが、建前」

 

さやかは、ほんの少しだけ笑った。

しかしそれは、笑顔と呼ぶにはあまりにも歪な――今にも崩れそうな笑みだった。

 

「本当は…………ほんとは、ね…………」

 

声が、喉の奥で震える。

 

一度、深く息を吸う。しかし、胸の震えは止まってはくれない。

 

「………恭介に、振り向いてほしかったから」

 

「…………っ」

 

恭介の身体が、目に見えて強張った。

 

さやかはゆっくりと顔を上げ、真正面から恭介を見つめた。

逃げることも、誤魔化すことも、もはや叶わない。

 

「もう、この際だから言っちゃうね」

 

目尻に溜まっていた涙が、一筋、頬を伝う。

 

「あたし、恭介のことが好き」

 

呟きのような、小さな告白。

しかしその一言は、彼女が喉の奥に押し込めてきたあらゆる感情が決壊するかのような、激しさと重みが込められていた。

 

「さやか……」

 

恭介の声は、ひどく頼りなかった。

なんと返せばいいのか分からない、そんな戸惑いが滲む。

 

さやかは涙を拭おうともせず、自分を指差す。

 

「でもさ、あたしって、ただの幼馴染じゃん」

「小さい頃から隣にいただけで、それ以上でも、それ以下でもなくて」

「仁美に勝てるところなんて、ひとつもないもん」

 

「……そんなことは……」

 

恭介の言葉を遮るように、さやかは続ける。

 

「顔も、スタイルも、性格も、家柄も」

 

ひとつ言葉を紡ぐたび、自分の胸の奥へ刃を深く突き立てていくようだった。

 

「頭だっていいし、上品だし、何でもできるし……全部、仁美のほうが上」

 

喉が締め付けられ、声が次第に掠れていく。

 

「さやか、僕はそんな――」

 

「だから、思ったの」

 

彼女は頑なに首を振った。今は優しい言葉なんて欲しくはない。

そんなもので、この醜い本音を覆い隠されたくはなかった。

 

「あたしが、恭介の人生を取り戻せたら」

「あたしが恭介の腕を治したら、ひょっとしたらって」

 

息をするたび、胸が痛んだ。

 

「あたしのことを、ただの幼馴染じゃなくて……特別な誰かとして見てくれるんじゃないかって」

 

恭介が息を呑む。

堰を切ったように、さやかの両目からとめどなく涙が溢れ出していく。

 

「バカみたいだよね」

 

さやかは笑った。 涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま。

 

「勝手に願って、勝手に期待して命まで懸けて、見返りが欲しいなんてさ」

 

喉の奥から、ひどく弱々しい笑いが漏れた。

 

「気持ち悪いよね」

 

「そんなこと言うなよ!」

 

恭介が思わず声を上げる。 しかしさやかは止まらない。

感情を抑えることなど、もはや不可能だった。

 

「あたしだって、こんなこと考えたくなかったよ!」

 

感情的に声を張り上げ、胸元を強く掴む。

 

「みんなのためだって、そう思ってたかった!」

「正しいことをしたんだって、胸を張っていたかった!」

 

すべてが嘘だったわけではない。

 

恭介に元気になってほしかった。

もう一度、バイオリンを弾いてほしかった。

誰かを守れる力が欲しかった。

 

そのどれもが、偽りのない本心だった。

しかし、その奥底には確かに――見返りを求めてしまう自分がいた。

 

「あたしを見てほしかった。あたしを選んでほしかった」

 

「これが、あたしの……嘘も偽りもない、本音だよ」

 

恭介は何も言えなかった。

ただ、目の前のさやかを見つめることしかできていない。

 

今までに見たこともない、幼馴染の表情。

いつも笑い、明るく振る舞っていた。

その笑顔の裏で、どれほどのものを抱えていたのか。

 

恭介は、今になって初めて思い知らされていた。

 

「あたしを選んでくれるなら……」

 

さやかの口から、掠れた声が漏れる。

 

「たとえ、すぐ死んじゃうかもしれなくても……」

「恭介が、あたしを好きだって言ってくれるなら……」

 

「さやか……?」

 

涙が溢れ、視界が完全に滲んでいく。

 

「それだけで、全部報われるって思ってる」

「あたしを選んでくれるなら……死んでもいいって、本気で思ってる」

 

「やめてくれ……!」

 

恭介の叫びにも、さやかは首を振る。

 

「ほんの少しでもいい。 短い間だったとしても……」

 

涙で歪んだ網膜は、もはや想い人の姿すら映してはくれない。

嗚咽に遮られながら、必死に言葉を絞り出す。

 

「恭介の隣に、立っていられるなら……それでいいって……思ってるの……!!!」

 

堪えきれず、嗚咽が漏れる。

もはや、これ以上言葉を紡ぐことは不可能だった。

 

さやかは両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込む。

 

細い肩が、大きく震えていた。

これまで押し殺してきた感情が、一度に溢れ出していく。

 

恭介は、その場に立ち尽くしていた。

目の前で泣き崩れる幼馴染を前にして。

 

何ひとつ、言葉を返すことができないまま。

 

 

(僕は……何も知らなかった)

 

さやかが、どれだけ苦しんでいたのか。

どれほど長いあいだ、想いを抱え続けていたのか。

どれほどの覚悟で、あの願いを叶えたのか。

 

何も知らずに、自分はただ――取り戻した腕で、もう一度バイオリンを弾くことばかり考えていた。

 

(本当に、何も……)

 

しかし、彼女の本心を聞いてしまった今。

何かを言わなければならない。

彼女の想いに、応えなければならない。

 

ありがとう、と。 君のおかげだ、と。

あるいは――好きだ、と。

 

そう告げれば、きっとさやかは救われる。 少なくとも、今この瞬間だけは。

けれど。

 

(……違う)

 

それは、彼女の覚悟に押されて返す言葉だ。

感謝と罪悪感と、目の前で泣く彼女を放っておけないという気持ちを、恋だと思い込もうとしているだけだ。

 

生半可な返事をしてしまえば、きっと後になって、もっと深く彼女を傷つける。

 

恭介は長い沈黙の末、ひとつの結論に辿り着いた。

ゆっくりと歩み寄り、しゃがみ込んださやかの前に膝をつく。

 

「……さやか」

 

「……っ」

 

呼びかけに、さやかが顔を上げる。

涙で濡れた顔が、怯えるように恭介を見つめていた。

 

期待している。それと同時に、拒絶されることを何より恐れている。

その両方が、痛いほど伝わってきた。

 

「今、君の話を聞いて……初めて分かった」

 

恭介は、ひとつひとつ確かめるように言葉を紡ぐ。

 

「君が、どれだけ苦しんでいたのか」

「どれだけ長いあいだ、僕のことを想ってくれていたのか」

「どれほどの覚悟で、僕の腕を治してくれたのか」

 

「……」

 

さやかは何も言わない。ただ、震える唇を固く結んでいる。

 

「僕は、何も知らなかった」

 

恭介は、自らの無知を恥じるように目を伏せた。

 

「君が毎日、どんな気持ちで病室に来てくれていたのかも」

「僕がもう一度バイオリンを弾けるようになるために、君が何を差し出したのかも」

「何ひとつ、知らなかったんだ」

 

その声には、深い後悔が滲んでいた。 しかし、それを言い訳にはしない。

しばらく自分の言葉を探したあと、恭介はゆっくりと顔を上げ、まっすぐにさやかを見る。

 

「……ありがとう」

 

「……え?」

 

予想していなかった言葉に、さやかの瞳が揺れた。

 

「僕の腕を治してくれたことも」

「もう一度、バイオリンを弾けるようにしてくれたことも……本当に、感謝してる」

 

そこで一度、言葉を切る。

 

「でも……」

「それだけで、終わらせたくないんだ」

 

「…………」

 

「君が僕にしてくれたことを、『ありがとう』って受け取って、それで全部きれいな話にしてしまったら……」

「君が今、僕に話してくれたことまで、なかったことにしてしまう気がする」

 

さやかの覚悟も、苦しみも。

その中に混ざっていた、彼女自身が醜いと罵った感情さえも。

そのすべてが、彼女の本心だった。

 

「君は、ただ僕を助けるためだけに願ったんじゃない」

「僕に振り向いてほしかったって……そう言ってくれた」

 

「……うん」

 

掠れた声が返る。

恭介は一度、息を吸った。

 

次に口にする言葉が、目の前の少女を傷つけることになる。

それを分かったうえで、それでも誤魔化してはいけないと思った。

 

「だから……今ここで、『好きだ』とも言えない」

 

「……っ」

 

さやかの表情がわずかに歪んだ。

その様子を見て、恭介の胸が締めつけられる。

しかし視線だけは決して逸らすまいとしていた。

 

「好きっていう気持ちは……誰かがどれだけ自分のために尽くしてくれたかで、決まるものじゃないと思う」

「命を懸けてくれたから。 僕の人生を取り戻してくれたから」

「だから、その人を好きにならなくちゃいけない……そんなふうに決めるものじゃない」

 

「…………」

 

「さっき、一瞬だけ思ったんだ」

 

声が、わずかに震える。

 

「君に『好きだ』って言えばいいんじゃないかって」

「そうすれば、少なくとも今は……君をこれ以上泣かせずに済むんじゃないかって」

 

さやかの瞳がわずかに見開かれる。

 

「でも、それはたぶん……君を好きだからじゃない」

 

恭介は、胸の内にある感情を一つずつ確かめるように続けた。

 

「君に感謝してるから。 君を泣かせたことが苦しいから」

「これだけのことをしてくれた君に、何か返さなくちゃいけないって……そう思ってるからだ」

「そんな気持ちを、恋だってことにして君を選ぶのは……」

「きっと、君に失礼だと思う」

 

さやかの頬を、新たな涙が伝う。

 

「でも」

 

恭介は、そこで初めて少しだけ声を強くした。

 

「君の話を聞いてしまった今、何も知らなかった頃と同じ気持ちでいることもできない」

「君のことを、ただの幼馴染だって簡単に片づけることも……もう、できない」

 

「……恭介……」

 

「だから、今すぐ返事をするんじゃなくて」

 

恭介は逃げることなく、真正面から彼女を見つめた。

 

「君が命を懸けたからじゃない。 僕の腕を治してくれたからでもない」

「僕自身が、君をどう想っているのか。 それを、ちゃんと考えたい」

 

そして最後に、噛みしめるように告げた。

 

「そのうえで、自分の言葉で、君に答えを返したいんだ」

 

 

「……………………」

 

さやかは、その言葉を聞いて――しばらく、何も言えなかった。

 

(……そっか)

 

胸の奥が、強く締めつけられる。

 

期待していなかったわけではない。

ほんの少しだけ。 もしかしたら、と願っていた。

 

自分の想いをすべて打ち明ければ。 命を懸けた理由まで、何もかもさらけ出せば。

 

自分を選んでくれるのではないかと。

そんな淡い期待が、心のどこかに残っていた。

 

だからこそ、胸が痛かった。

 

はっきりと拒絶されたわけではない。

それでも、彼が下した結論は、熱を持った刃のように胸へ食い込んだ。

 

(……でも)

 

さやかは、涙で滲む視界の向こうにいる恭介を見つめる。

 

彼が、どれほど言葉を選んでくれたのか。

どれほど自分を傷つけまいとして、誤魔化さずに答えようとしてくれたのか。

それくらいは察することができた。

 

軽い同情で「好きだ」と言うこともできたはずだ。

罪悪感に流されて、自分を選ぶこともできたはずだ。

 

けれど彼は、いずれの選択肢も取らなかった。

 

さやかの覚悟に報いるためではなく。

自分自身で、しっかりと向き合おうとしてくれている。

 

それが――どうしようもなく、嬉しかった。

 

「……そっか」

 

ようやく絞り出した声は、ひどく小さかった。

 

さやかはゆっくりと立ち上がる。 膝に力が入らず、ほんの少しよろめいた。

手の甲で乱暴に涙を拭う。

 

「ありがとね、恭介。 ちゃんと考えてくれて」

 

「さやか……」

 

笑おうとした。 いつものように。

何でもないことのように、明るく笑ってみせようとした。

 

けれど、頬はうまく持ち上がらなかった。

 

「……それだけで、十分だから」

 

嘘だった。 できることなら、好きだと言ってほしかった。

けれど、これ以上ここにいたら――また醜い本音をぶつけてしまいそうだった。

 

困らせて、縋って。

自分を選んでくれるまで、喚き続けてしまいそうだった。

 

「ちょっと……一人になりたいから」

「先、行ってるね」

 

さやかは無理やり笑顔を作ると、踵を返した。

 

「さやか……!」

 

背後から、恭介の声が飛ぶ。

伸ばされた手が、肩に触れかけるが。

さやかはそれを振り切るように、何も言わず一歩を踏み出した。

 

歩く。 できるだけ速く。

立ち止まれば、何かが崩れてしまいそうで。

背後を振り返らないまま、ただ前へ進んだ。

 

頬を伝う涙を、拭おうともせずに。

 


 

さやかは、高台から少し離れた場所で待っていたほむらと仁美のもとへ駆け寄った。

 

「さやかさん……!」

 

真っ先に気づいた仁美が、心配そうに声を上げる。

 

さやかは足を止めた。 息を切らし、肩を上下させている。

目元は赤く腫れ、頬には拭いきれなかった涙の跡が残っていた。

 

「……大丈夫?」

 

ほむらが静かに尋ねる。

 

「……うん。 全部、言えたから」

 

さやかは大きく息を吸い、無理やり口元を持ち上げる。

掠れつつも、どこか晴れやかな響きがあった。

 

「……そう」

 

ほむらは、それ以上何も聞かなかった。

今ここで尋ねるべきではないと察して。

 

さやかはしばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げる。

その視線が、仁美へ向けられた。

 

「……仁美」

 

仁美の表情が強張る。その表情は期待か、それとも――

 

「……恭介のこと、よろしくね」

 

「え……?」

 

仁美の目が見開かれる。

その言葉の意味を尋ねられる前に、さやかは踵を返す。

 

「あっ、さやかさん!」

 

仁美が反射的に手を伸ばす。

 

さやかは振り返らない。

二人の視界から、一刻も早く消えようとするように。

 

「待ってください、さやかさん!」

 

仁美の声が追いかけてくる。 それでもさやかの足は止まらない。

やがてその背中は道の向こうへ消え、後には重い沈黙だけが残された。

 

「……どういうこと、ですの……?」

 

仁美が呆然と呟く。

 

恭介のことを、よろしく。

その言葉が意味するものは、ひとつしかないように思えた。

 

しかし、本当にそうなのか。 二人の間で、何が交わされたのか。

 

「………………」

 

胸に込み上げてきたのは、喜びではなかった。

親友を踏みつけて、自分だけが利を得るような、重苦しい罪悪感だった。

 

「……行ってあげなさい、彼のところへ」

 

ほむらが静かに告げる。

 

「でも……」

 

仁美は、躊躇うようにさやかが走り去った方向を見る。

しかしほむらはあえてそれを無視し、高台へ続く道へ目を向ける。

 

「さやかの言葉だけで、すべてを決めてはいけないわ」

「彼が何を考え、どういう答えを出したのか。 あなた自身の耳で確かめなさい」

 

ほむらは、彼女の背中へそっと手を添える。

迷いを断ち切るきっかけを与えるように。

 

「今ここで立ち止まったら、きっと後悔するわよ」

 

仁美は目を伏せる。

ほんの一瞬だけ迷い――やがて、静かに頷いた。

 

「……失礼します」

 

小さく一礼すると、仁美は高台へ向かって駆け出した。

 

ほむらはその背中を黙って見送る。

さやかが走り去った方向と、仁美が向かった高台。

二つの道を見比べるように、静かに立ち尽くしていた。

 


 

恭介は一人、ベンチに腰を下ろしていた。

両肘を膝につき、組んだ手に額を預ける。

 

(……本当に、これでよかったんだろうか……)

 

さやかの泣き顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

あのとき、手を伸ばすべきだったのではないか。

もっと別の言葉を伝えるべきだったのではないか。

 

そんな後悔ばかりが頭をよぎる。

その時――

 

「恭介さん」

 

「……っ!」

 

聞き慣れた声に、恭介は弾かれたように顔を上げる。

そこには、息を切らせた仁美が立っていた。

 

「志筑さん……」

 

「……どういうことですの?」

 

責める響きはない。

ただ彼の真意を確かめようとする、切実な強さがあった。

 

「さやかさんが、"よろしくね"と……」

 

「……聞いてたの?」

 

「いいえ」

 

仁美は小さく首を振る。

 

「お二人のお話を、盗み聞きするような真似はしておりません」

「でも、さやかさんのあの態度……」

 

そして一歩、恭介へ近づいた。

 

「何を話したのか、教えてください」

 

恭介は、すぐには答えられなかった。

視線を落とし、自分の両手を見つめる。

 

長い沈黙の末、恭介はゆっくりと口を開いた。

 

「……さやかが、僕に告白してくれた。 ずっと僕のことが好きだったって」

「僕の腕を治したのも……振り向いてほしかったからだって」

 

言葉にするたび、胸の奥が締めつけられる。

 

「……全部、話してくれたよ。 建前も、本音も、嘘偽りなく」

 

仁美は静かに耳を傾けている。

しかし、胸元で重ねた指先には、かすかに力がこもっていた。

 

「それで……恭介さんは、何と?」

 

恭介は唇を結ぶ。

その問いに答えることが、思っていた以上に苦しかった。

 

「……答えを、出せなかった」

「好きだとも、そうじゃないとも」

 

自分の声が、ひどく曖昧で卑怯なものに聞こえた。

 

「さやかが、どれだけ苦しんでいたのか。 どれだけの覚悟で、僕の腕を治してくれたのか」

 

恭介は、自分の掌を見つめたまま続ける。

 

「それを知ってしまったら……その場の気持ちだけで、返事なんてできなかった」

 

「命を懸けてくれたから。僕の人生を取り戻してくれたから」

「だから、好きだと答えるべきなんじゃないかって……一瞬、そう思った」

 

苦しそうに眉を寄せ、絞り出すように。

 

「でも、それは違うんじゃないかって」

「感謝も、罪悪感も、さやかを泣かせたくないって気持ちも……それって、恋って言えるのかな」

「混同してしまったら、きっといつか、もっと酷い形でさやかを傷つけることになる」

 

そして、ゆっくりと顔を上げる。

 

「だから、さやかのことを、ちゃんと知りたいって言った」

「今まで僕が見ようとしてこなかったものも、全部」

「そのうえで、自分が彼女をどう思っているのか……ちゃんと考えてから答えたいって」

 

「………………」

 

仁美は、しばらく彼の出した結論をかみ砕いていたが。

長い沈黙のあと、やがて静かに口を開いた。

 

「……お考えは、理解できます」

 

恭介が顔を上げる。

 

「さやかさんの覚悟に流されず、ご自身の気持ちとして答えを出そうとなさったことも」

「きっと、それが誠実なのだとも思います」

 

「志筑さん……」

 

「ですが」

 

その一言とともに、仁美の声が変わった。

穏やかさの奥に、譲れない意志が宿る。

 

()()()()()()()()()()としては……納得いたしかねますわ」

 

「……え?」

 

恭介の表情が固まる。仁美は真正面から彼を見つめた。

 

「ずっと以前から、お慕いしておりました」

 

静かに、しかしはっきりと聞き取れる声でそう言った。

 

「けれどわたくしは、自分が身を引くべきだと思っていたんです」

「さやかさんが、何を背負ってきたのかを知っていますから」

 

仁美の瞳が、静かに伏せられる。

 

「あの人は命を懸けて戦い、あなたを救いました」

「取り返しのつかないものを差し出して、それでも笑って……あなたの隣にいようとしていた」

 

ひとつひとつの言葉が、恭介の胸へ沈んでいく。

 

「それに比べて、わたくしは何もしていません」

 

「何も、なんて……」

 

「いいえ」

 

仁美はゆっくりと首を振る。 その声はかすかに震えていた。

 

「わたくしは安全な場所にいて、ただ見ていただけです」

「だから、わたくしにあなたを好きだと言う資格などないのだと……そう思おうとしていました」

 

仁美自身、自身の論理が破綻していることなど分かり切っていた。

 

誰かを好きになることに、資格や対価など必要ない。

どれほど尽くしたかで、想いの価値が決まるわけでもない。

 

先ほど恭介自身が、そう語ったばかりだった。

 

「……こんなもの、理屈にもなっていませんわね」

「けれど、そうでも考えなければ……自分の気持ちに折り合いをつけられなかったんです」

 

同じ相手を好きだったことは、まぎれもない事実。

しかし、親友が命まで懸けて掴んだ場所へ、自分が並び立つことなど許されないのだと。

そうやって、自らを納得させようとしていた。

 

「ですから……どちらが選ばれても恨みっこなしにしよう、とさやかさんが言ってくださったとき……」

「救われたのは、きっと……わたくしのほうだったんです」

 

仁美は涙を堪えるように、夕暮れの空を見上げた。

 

「あの人は、わたくしの臆病さを許してくれた」

「自分の想いを押し殺して逃げようとしていたわたくしに、逃げなくてもいいと言ってくれた」

 

声を震わせながら、言葉を続ける。

 

「さやかさんと、わたくしの想いを……同じ場所に立たせてくれたんです」

 

恭介は、ただ仁美を見つめていた。

 

どんなに八つ当たりされても、ひたむきに見舞いを続けてくれたさやか。

自分の知らないところで、彼女の背中を押した仁美。

 

二人がどれほどの迷いを抱え、どれほど真剣に自分を想っていたのか。

その重みが、一度に押し寄せてくる。

 

「ですから。 わたくしも、もう逃げません」

 

仁美は空から視線を戻し、恭介を見据えた。

瞳には涙が浮かび、それでもその声は凛と澄んでいた。

 

「わたくしは、あなたが好きです」

 

二度目の告白は、先ほどよりもずっと強かった。

 

誰かに許しを求めるためではない。

さやか(恋のライバル)に勝つためでもない。

 

ただ、自分の嘘偽りない想いを伝えるための言葉だった。

 

「ですが、今ここでお返事をいただこうとは思いません」

 

「……え?」

 

「さやかさんへの答えをすぐには出せないとおっしゃったあなたに、わたくしだけ返事を求めるつもりはありませんわ」

 

仁美は、ほんの少しだけ寂しそうに笑う。

 

「わたくしのことも、さやかさんのことも」

「誰かに何をしてもらったからではなく、あなた自身がどう想うのかを……きちんと考えてください」

 

「志筑さん……」

 

「ただし」

 

仁美の表情から、笑みが消える。

 

「あの子が、どれほどあなたを想っていたのか」

「どれほど苦しみ、迷い、それでもあなたの幸せを願っていたのか」

 

「それだけは……どうか、忘れないでください」

 

恭介は答えられなかった。

否定することも、肯定することも、今の自分にはとてもできそうにない。

 

仁美はしばらく恭介を見つめ、そして静かに一礼する。

 

「……失礼いたします」

 

踵を返し、高台へ続く階段へ向かう。

 

「志筑さん……!」

 

恭介が呼び止める声に、あえて気づかないふりをして。

仁美は足を止めることなく、階段を降りていった。

 

足音が、少しずつ遠ざかっていく。

やがて何も聞こえなくなり、恭介だけがその場に残された。

 

力が抜けたように、再びベンチへ腰を下ろす。

両手で頭を抱え、深く俯いた。

 

(……僕は)

 

二人が抱えてきた想いと、覚悟。

それらを何ひとつ知らないまま、自分はただ与えられた奇跡を喜んでいた。

 

(僕は……どうしたいんだ)

 

答えは、どこにも見つからなかった。

 

風が高台を吹き抜ける。

沈みかけた夕日が、街を深い朱色に染めていた。

長く伸びた恭介の影だけが、誰もいなくなった地面に残されている。

 

恭介は顔を上げることもできず、ただ一人座り続けていた。




ここはどう書くか本当に悩みました…
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