魔法少女まどか☆マギカ -Kaleidoscope- 実績「時をかける魔女」獲得実況プレイ   作:Hotpepper_N

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Part6(13/18)(ほむほむ正体発覚②)

「私の目的は――まどかを、魔法少女にさせないこと」

 

ほむらは拘束されたまま、まっすぐにまどかを見つめて告げた。

 

「なぜなら、あなたには途方もないほどの素質がある」

「もし契約し、その果てに魔女になれば――この星そのものが滅びかねない」

 

「……えっ」

 

まどかの口から、小さな声が漏れる。

自分に向けられた言葉の意味を、すぐには理解できないようだった。

 

「だから私は、それを防ぐために今まで立ち回ってきた」

 

「……ちょっと待って」

 

さやかが割って入る。

その目には、まだ拭いきれない疑念が残っていた。

 

「だったら、なんで杏子まで引き入れたの?」

「マミさんが生きてることまで隠して、こんな回りくどいことをする必要があったわけ?」

 

ほむらは表情を崩すことなく、淡々と答える。

 

「ワルプルギスの夜を倒すためよ」

 

「……ワルプルギスの夜?」

 

「ええ。 近いうちにこの街へ現れる、強大な魔女」

「まどかが契約しなくても済むようにするには、あれを確実に倒さなければならなかった」

「そのために、使える戦力は一人でも多く必要だったの」

 

「……前から思ってたがな。 なんでお前は、そんな先のことまで知ってんだよ」

 

杏子が低い声で口を挟む。

問いを受け、ほむらは少し間を置いて答えを告げた。

 

「私の本来の魔法は――時間を遡ること」

 

「……!」

 

三人の表情が、一斉に強張った。

 

「私は、何度も過去へ戻った。 同じ時間を、何度も何度も繰り返してきたの」

 

言葉を重ねるごとに、ほむらの声にはかすかな重みが滲んでいく。

 

「そのたびに、まどかは巻き込まれた」

「ある時は死に、ある時は契約し――そして、魔女になった」

 

ほむらは一瞬だけ視線を伏せた。

 

「その結果、この星が滅びるところまで見たわ」

 

沈黙が落ちる。

 

誰も、すぐには言葉を返せなかった。

やがてほむらは、感情を押し込めるように息を整え、再び口を開く。

 

「これは、私の生存戦略よ」

「たとえ過去へ戻れたとしても、同じ悲劇を繰り返すだけでは何も変わらない」

「原因を断ち切らない限り、本当の意味で安息は訪れない」

 

ほむらは、まどかから杏子、さやかへと順に視線を移す。

 

「だから今度こそ、奴を確実に倒すために――こうして戦力を集めることにしたの」

 

 

沈黙が場を支配した。

杏子は何も言わず、ただ鋭い目でほむらを睨みつけている。

さやかは俯いたまま、強く唇を噛んでいた。

 

そして、まどかは――ただ、ほむらを見つめていた。

何かを言いたいが、声にならない。 そんな表情で。

 

やがて、さやかが震える声で問いかける。

 

「……マミさんが、あんなことになったのも。 あんたが、そうなるように仕向けたの?」

 

ゆっくりと顔を上げ、その瞳に怒りと疑念を滲ませる。

ほむらはすぐに首を横へ振った。

 

「違うわ。 完全に想定外よ。 彼女を傷つけるつもりなんてなかった」

 

「……本当よ」

 

マミが静かに言葉を添える。

 

「少なくとも、あの時ほむらさんが助けてくれなければ、私はここにいないわ」

 

その言葉にも、さやかの表情は晴れなかった。

ほむらはそれを見て、わずかに目を伏せる。

 

「ただ――起きてしまったことを、利用しただけ」

「私は魔女だけれど、魔女の味方ではないわ」

 

そして、杏子とさやかを順に見据える。

 

「昨日、あなたたちが見ていた通りにね」

 

「……っ」

 

杏子とさやかが、同時に息を詰まらせた。

最初から見抜かれていた。 その事実に、隠しきれない動揺が走る。

 

その様子を見ていたマミは、ほんのわずかに眉を寄せた。

 

(……ほむらさん)

 

――彼女は、わざと冷たく振る舞っている。

あえて自分を打算的に見せ、最初から理解されることを拒んでいる。

 

その意図が、マミには痛いほど分かっていた。

彼女は、自らを悪役に仕立てようとしているのだ。

 

まどかを遠ざけるために。 契約へ手を伸ばさせないために。

たとえ、その結果として憎まれることになっても。

 

マミの胸が、締めつけられるように痛んだ。

 

(……そんなふうに、自分を追い込まなくてもいいのに)

 

そう伝えたかった。

しかし、今ここで口にすれば、彼女の覚悟そのものを踏みにじることになる。

ゆえにマミは、ただ静かに、拘束された彼女の横顔を見つめていた。

 


 

「待って」

 

まどかの声が、静かに響いた。

その一言に、ほむらがゆっくりと顔を上げる。

 

「わたしを魔法少女にさせたくない。それだけが目的なら……」

「わたしを殺してしまえばいいよね」

 

まどかは、ためらいながらも一歩前へ踏み出した。

空気が、わずかに張り詰める。

 

「それなのに、どうして何度も過去に戻るの?」

 

ほむらの瞳が、ほんのわずかに揺れた。

まどかはその変化を見逃さず、畳みかける。

 

「ほむらちゃんは、自分が生き残るために、わたしたちを利用してるみたいに言ってるけど……」

 

まっすぐに、ほむらを見つめる。

 

「本当に、それだけなの?」

 

ほむらは答えない。

冷静さを装うように口を閉ざし、まどかの視線を受け止めている。

 

「だったら、教えて」

 

まどかは、さらに一歩近づいた。

 

「今まで何があったのか」

「どうして、そこまでしてわたしを生かそうとしてるのか」

「何度も過去に戻って、そのたびに何を見てきたのか」

 

一つ一つ、確かめるように言葉を重ねていく。

 

「――全部、本当のことを教えて」

 

その声は優しく、しかし決して逃げることを許さない強さが滲んでいた。

 

 

ほむらの唇が、かすかに震える。

視線を逸らそうとするが、どうしてもできなかった。

 

まどかの瞳は、全てを見透かすように、ただ真っ直ぐほむらへ向けられている。

言葉の奥に押し込められた真意を晒すように。

 

「……まどか」

 

ほむらの口から、掠れた声が漏れた。

その先が、続かない。

 

杏子も、さやかも、マミも――誰ひとり口を挟まず、ただ二人を見守っていた。

長い沈黙の中で、ほむらがこれまで纏っていた仮面が、少しずつ剥がれ落ちていく。

 

やがて、彼女は心の底から観念したように、静かに目を伏せた。

 

「……分かったわ」

 

深く息を吸い込み、ゆっくりと語り始める。

彼女の歩んできた、長い道のりを。

 

 

「――私は、心臓の病気で、ずっと入退院を繰り返していた」

 

静かに、しかしひどく重々しいトーン。

言葉を絞り出すたびに、何かが崩れ落ちていく感覚。

 

「家庭の事情でこの街に引っ越してきたけれど……入院生活が長かったせいで、授業にもついていけなかった」

「体も弱くて、運動もできなくて……内気で、誰とも、うまく話せなくって」

 

まどかは何も言わず、じっとほむらの言葉に耳を傾けている。

 

「そんな私に、初めて優しくしてくれたのが――あなただったの」

 

まどかの瞳が、わずかに揺れた。

 

「あなたは私に、優しく声をかけてくれた」

「分からないことを教えてくれて……何もできない私を、笑ったりしなかった」

 

ほむらの表情に、一瞬だけ、遠い記憶を懐かしむような色が浮かぶ。

 

「そして、ある日……私は魔女に襲われた」

「その時、私を助けてくれたのも、あなただった」

 

「……えっ?」

 

まどかが目を丸くする。

 

「魔法少女だったあなたは、私にとって……憧れそのものだった」

「優しくて、強くて……何もできなかった私とは違って、誰よりも輝いて見えたの」

 

その目に、押し殺しきれない感情が滲む。

 

「私も、あなたみたいになれたらなって。その時は思っていたわ」

 

ほむらの手が、強く握り締められる。

 

「でも――」

 

声が途切れる。

ほんの一瞬、ほむらは唇を噛んだ。

 

「あなたは、ワルプルギスとの戦いで……」

 

言葉は、そこで途切れた。

 

「……っ」

 

しかしまどかは、その先にあるものを正確に理解してしまった。

ほむらは、強く拳を握り締める。

 

「あなたを、救いたかった」

 

押し殺していた感情が、声の端から滲み出す。

 

「だから、私は契約した」

「『鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい』――そう願って」

「そうして私は、過去に戻る魔法を手に入れたの」

 

その目は、幾度となく繰り返した一か月へと向けられていた。

 

「何度も、何度も繰り返した。考えられる限りの方法を試したわ」

 

声が、次第に掠れていく。

 

「でも――何をしても、あなたを救うことはできなかった」

 

ほむらの肩が、わずかに震えた。

 

「何回も、何回も、何回も――」

「あなたが死んでいくところを、私は……ただ見ていることしかできなかった」

 

堪え切れなくなったように、言葉が途切れる。

まどかの顔が、少し青ざめている。

 

その隣で、さやかが唇を噛み締めた。

マミも、杏子も、二の句が継げずにいる。

 

 

「そして、ある時――私のソウルジェムは、濁り切った」

 

杏子とさやかが、同時に息を呑む。

 

「何が起こるのかは、分かっていたわ」

「このままでは、私は魔女になる。 そうなれば、もう二度とあなたを救うことはできない」

 

ほむらは、ゆっくりと顔を上げる。

 

「でも――それでも、諦められなかった」

 

その瞳に宿っていたのは、悲しみだけでなく。

後悔も、絶望も、恐怖も。

そのすべてを焼き尽くすほどの、狂気じみた執念。

 

「こんな結末、あんまりだと思った」

「こんなもの、認めてたまるかって」

 

拳が、さらに強く握り締められる。

 

「諦めたくない。終わりたくない」

「まだ、あなたを救えていない」

 

言葉を紡ぐごとに、声の震えが増していく。

 

「何度も、何度も叫んだわ」

「こんな結末を覆せる、運命に逆らう力が欲しいって」

 

「そして、気づいた時には――」

 

その表情から、感情が消える。

 

「私は、魔女になっていた。なぜか、理性だけを残したまま」

 

ほむらの告白が、静かに落ちる。

誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

魔女になってなお、たった一人を救うために足掻き、何度も過去へ戻り続ける。

その事実をどう受け止めればいいのか、誰にも分からなかった。

 

「幸い、魔法(時間遡行)が失われることはなかったけれど」

「私の肉体は、もう魔法少女のものではなくなっていたわ」

 

ほむらは、自分の右手へ目を落とした。

何度も銃を握り、盾を掲げ、まどかへ伸ばしてきた手。

 

「それって……」

 

さやかが声を詰まらせる。

 

「ソウルジェムは、どこにもなかった」

「それでも、魔力そのものは身体の中に残っていた。 だから、これまでと同じ感覚で変身を試したの」

 

そこで、一度言葉を切る。

 

「そうしたら――魔女の姿になったわ」

 

まどかの肩が、びくりと震えた。

 

黒い不死鳥。

結界の中で目にしたあのおぞましい姿が、二人の脳裏に蘇る。

 

「最初は、何が起きたのか分からなかった」

「ただ、もう一つ……すぐに気づいたことがあったわ」

 

ほむらは杏子へ一瞬だけ視線を向け、それから再びまどかを見た。

 

「こちらから手を出さない限り、魔女が襲ってこなくなった」

 

「襲ってこない……?」

 

杏子が眉をひそめる。

 

「ええ。私が結界へ入っても、こちらを警戒するだけだった」

「まるで、同類を見ているかのように」

 

ほむらの声が、わずかに沈む。

 

「……そんな」

 

まどかが、胸元で両手を握る。

 

目の前にいるほむらを、魔女と同じ存在だなどと思いたくなかった。

しかし、その言葉を誰よりも否定したいはずの本人が、ただの事実として淡々と口にしている。

 

「その後も、私は魔女を狩り続けた」

「元の姿に戻る方法も、あなたを救う方法も分からなかったから。 結局、今までと同じことを続けるしかなかった」

 

「それで……ある時、マミさんに正体が露見したわ」

 

マミの表情が強張る。

 

「私に……?」

 

「ええ。……あの時のあなたは、迷わず私を撃った」

「『人間のふりをして、楽しい? 化け物』――そう言われたわ」

 

「……っ」

 

マミの唇が、震えた。

 

「……私は、なんてことを……」

 

思わず漏れた後悔に、ほむらは小さく首を振る。

 

「謝る必要はないわ。 あの時のあなたにとって、それが正しい判断だった」

「それに、撃ったのは()()()()()()()()()()()。 身に覚えがなくて当然よ」

 

その声に、責める響きはなかった。

だからこそ、マミは何も返せなかった。

 

「何とか逃げ延びたけれど……その時、懐からグリーフシードが落ちたの」

「拾おうとした瞬間、これは、食べられる――と、なぜか思ってしまった」

 

「えっ……?」

 

まどかが小さく息を漏らす。

あの時の感触を思い出したのか、ほむらはわずかに顔を歪めた。

 

「酷い味だったわ。 口に入れたことを後悔するくらい」

「でも、飲み込んだ瞬間……傷ついた身体が、満たされていくのを感じたの」

 

「その時、ようやく分かったの。 私はもう、人間ではないんだって」

 

ほむらは、ほんの一瞬だけ笑った。

笑みと呼ぶにはあまりにも冷たく、乾いたものだった。

 

「ほむらちゃん……」

 

まどかが一歩踏み出しかける。

だが、ほむらはその動きを制するように、言葉を続けた。

 

「でも、それだけじゃなかった」

「その後、魔女狩りをしていた時。 咄嗟に、襲いかかってきた魔女の一部を喰いちぎったことがあったの」

 

さやかが顔を強張らせ、杏子が無意識に奥歯を噛み締めた。

 

「そうしたら、頭の中に何かが流れ込んできた」

 

「何か……?」

 

「記憶の断片、とでも言うべきかしら」

「その魔女だったものが持っていた、残滓のようなもの」

 

ほむらの目が、遠くへ向けられる。

 

「最初は偶然だと思った。 けれど、何度試しても結果は同じだった」

「魔女の一部を喰らうたび、それらが私の中へ流れ込んできた」

 

マミが言葉を詰まらせる。

ほむらが複数の魔法を扱えることは知っていた。

だが、その力を得るまでの過程を、ここまで具体的に聞かされたことはなかった。

 

「それで、ふと思ったの」

 

ほむらの声が低くなる。

 

「一部を喰らうだけで、記憶や力の欠片が手に入るのなら」

「生きたまま、魔女そのものを喰らえば――もっと大きな力を得られるんじゃないかって」

 

「……まさか」

 

マミの表情に、明確な恐怖が浮かぶ。

ほむらは、それを否定しなかった。

 

「まどかを守る力が、手に入るんじゃないかって」

 

その一言で、まどかの顔が苦痛に歪んだ。

 

ほむらが一線を越えた理由も。

人間であることを捨ててなお、化け物として足掻き続けた理由も。

 

すべて、自分だった。

 

 

「――ええ。 喰らったわ」

 

ほむらは臆することなく、はっきりと言い切った。

 

「弱らせた魔女を押さえつけて、生きたまま」

「これは必要なことなんだ、まどかを守るためなんだって、何度も何度も自分に言い聞かせながら」

 

「……っ」

 

まどかは口元を押さえ、戦慄を隠せずにいた。

 

ほむらの声には、もう震えはない。

ただ、拭いきれない罪悪感だけが、その声音に静かに滲んでいた。

 

「そうして私は、魔女の力を手に入れた」

「一体、また一体と……あらゆる魔女を喰らい、その力を取り込んでいった」

 

ほむらは、マミ、杏子、さやかを順に見つめる。

最後に、まどかへと視線を戻した。

 

「私がさまざまな魔法を使えるのは、それが理由よ」

 


 

誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

マミは胸元を押さえる。

ほむらの正体を知ったつもりでいた。

彼女が魔女であることも。 魔女を取り込み、その力を利用していることも。

 

しかし、知っていたのは結果だけだった。

その力を得るために、ほむらが何を喰らい、何を見せられ、どれほど自分自身を殺してきたのか。

何一つ、知らなかった。

 

「……ほむらさん」

 

マミが、ようやく名を呼ぶ。 だが、その先に続く言葉は見つからない。

ほむらは、そんなマミから静かに目を逸らした。

 

「今の私は、何体もの魔女を取り込んでできている」

「人間だった頃の意識のようなものが、かろうじてへばりついているだけの――」

 

そして、自らに言い聞かせるように、淡々と言い放つ。

 

「正真正銘の、化け物よ」

 

 

「……どうして。 どうして、そこまで……」

 

まどかの声が震える。

最後まで言葉にすることができなかった。

 

ほむらが魔女になったことも。

生きた魔女を喰らい、その力を奪ってきたことも。

何度も自分の死を見届け、それでもなお足掻き続けてきたことも。

 

あまりにも重すぎて、すぐには受け止めきれない。

 

しかし、それ以上に。

そのすべてが、自分のためだったという事実が、まどかの胸を締めつけていた。

 

「何度も言っているじゃない」

 

ほむらは、そんなまどかをまっすぐに見つめる。

 

「あなたを救うためよ」

 

迷いのない言葉だった。

それ以外の理由など、初めから存在しないと言わんばかりに。

 

「私はどうなってもいい」

 

静かに、しかし決して揺らぐことなく告げる。

 

「人間でなくなっても」

「どれだけ汚れて、どれだけ壊れても……そんなことは、どうでもいいの」

 

「ほむらちゃん……」

 

「ただ、あなたが幸せに生きていてくれるなら」

 

ほむらの声が、そこで初めてわずかに震えた。

 

「誰かを好きになって」

「笑って、泣いて」

「当たり前に大人になって……私のことなんて忘れて、生きてくれるなら」

 

まどかの瞳から、涙が溢れた。

ほむらの願いの中に、自分自身の居場所がない。

 

隣にいたいとも、報われたいとも。

覚えていてほしいとさえ、彼女は願っていない。

 

ただ、自分だけが幸せであればいいと。

そのために、たった一人で何もかもを背負い、最後には自分自身すら捨てようとしている。

 

「それだけで――私は、救われるから」

 

ほむらは、ほんの少しだけ微笑んだ。

悲しいほどに、穏やかな笑みだった。

 

一筋の涙が、頬を伝う。

 

その時。 杏子の手元で、三節棍がかすかに軋んだ。

気づけば、ほむらの身体を締め上げていた力が、ほんの少しだけ緩んでいる。

 

杏子自身、そのことに気づいているのかどうか。

その表情からは、読み取れなかった。

 

これまで決して見せようとしなかったもの。

強固な仮面の下に押し込め続けてきた、悲痛な覚悟。

 

それが今、白日の下に晒されていた。

 

 

「……そんなの」

 

まどかの唇が、震える。

 

「そんなの、おかしいよ……」

 

ほむらのために、何かを言わなければならない。

そう思うのに、胸の奥から込み上げる感情が邪魔をして、言葉にならない。

 

――でも。

 

このまま一人で消えてしまいそうなほむらを。

自分には何の価値もないと信じ切っている彼女を。

そんなことないんだよと、抱きしめてあげたいと思った。

 

まどかはゆっくりと歩き出す。

一歩、また一歩。

 

足取りは震えて、それでもほむらから目を逸らさずに。

拘束されたままのほむらの前まで来ると、まどかは両腕を伸ばす。

その身体を、抱きしめようとした。

 

「――だめよ」

 

しかし、触れる直前。

ほむらの声が、まどかを制した。

 

「……えっ」

 

伸ばしかけた腕が、宙で止まる。

 

「私は、まだ目的を成し遂げていない」

 

ほむらの瞳には、先ほどまで滲んでいた弱さが消え、固い決意だけが宿っていた。

 

「そして、そのために、私はあらゆるものを利用してきた」

「魔女も、インキュベーターも……あなたたちも」

 

まどかの顔が強張る。

 

「そんな私に――あなたに抱きしめてもらう資格なんてない」

 

「っ、そんなこと……!」

 

まどかの縋るような声にも、ほむらは静かに首を横へ振る。

 

「これは、私のエゴに過ぎないの」

「あなたが望んだわけでもないのに、勝手にあなたを救うと決めて。 何度も時間を巻き戻して、何も知らないあなたたちを巻き込んだ」

 

「でも、それは……!」

 

「理由があれば、何をしても許されるわけではないわ」

 

その言葉に、まどかは何も返せなくなる。

ほむらの声は、あまりにも平坦だった。

以前から自分自身へ言い聞かせ続けてきた言葉を、そのまま口にしているかのように。

 

「それに……今でこそ、理性を保てているけれど」

「いつまでも、そうでいられるとは限らない」

 

その声に、初めて微かな迷いが混じった。

さやかが言葉を失い、杏子の眉が険しく寄せられる。

マミもまた、ほむらの言葉の先を察したように表情を強張らせた。

 

「魔女になった直後は、まだ人間だった頃の意識がはっきり残っていた」

「でも、時間が経つにつれて、少しずつ変わっていくのを感じることがあるわ」

 

「変わるって……」

 

さやかの問いに、ほむらは目を伏せたまま答える。

 

「今の私には、食べ物の味もわからない。 眠ることもできない」

「考え方が。 感覚が。 人間だった頃の私から、少しずつ遠ざかっていく」

「――いつか、理性すら失って、ただ呪いを振りまくだけの存在になるかもしれない」

 

ほむらはそこで言葉を切り、はっきりと告げる。

 

「そこまでして、生きようとは思わない」

 

まどかが、何かを言おうと唇を開く。

しかし、その前にほむらは、ゆっくりと視線を移した。

 

マミへ。さやかへ。杏子へ。

 

「だから――マミさん」

 

呼ばれたマミの肩が、わずかに揺れる。

 

「さやか」

 

さやかが、唇を引き結ぶ。

 

「杏子」

 

杏子は何も答えず、ただ鋭い目でほむらを見返した。

 

ほむらは、三人の名を一つひとつ呼んだ。

これから告げる言葉を、決して聞き逃させまいとするように。

 

「奴を倒すまでは、どうか私に協力してほしい」

「でも、そのあとは……」

 

「私が新たな脅威となる前に――どうか、一思いに殺してほしい」

 

「……っ!!!」

 

まどかが大きく息を呑み、さやかの目が見開かれる。

マミは言葉を失ったまま立ち尽くし、杏子も顔を強張らせながら、視線を逸らせなかった。

 

「それが――私の望み」

 

ほむらは静かにそう告げた。

その目に宿っていたのは、自らの宿命を受け入れた者の、悲痛な覚悟。

 

「そんなの……そんなの、嫌だよ……!」

「ほむらちゃんは、わたしたちのために、こんなに……こんなにしてくれたのに……!」

「それなのに、最後は殺してくれなんて……そんなの、あんまりだよ……!」

 

まどかが堪えきれずに叫ぶ。

大粒の涙が、次々と頬を伝っていった。

 

「ほむらさん、なにもあなたが死ぬ必要なんて……!」

 

マミも、たまらず口を挟む。

だが、ほむらは静かに首を横へ振った。

 

「言ったでしょう、私は魔女よ」

あなたたち(魔法少女)の敵であることに、変わりはない」

 

「でも……!」

 

言い返そうとするまどかの言葉を、ほむらは遮るように続けた。

 

「今こうして話ができているからといって、私を基準に考えてはいけないわ」

「魔法少女も魔女も、元を辿れば同じ存在。それは事実よ」

「けれど、だからといって魔女という存在そのものが無害になるわけじゃない」

 

杏子は眉を顰め、険しい表情を浮かべる。

さやかも、ほむらの言葉の真意を測りかねるように、彼女を見つめていた。

 

「私は、たまたま理性を失わなかっただけ」

 

ほむらは自嘲するように、ほんのわずかに目を伏せる。

 

こんな例外()を前例にして、魔女と魔法少女の境界まで曖昧にしてはいけないの」

「今、マミさんと手を組めていることだって……本来なら、あり得なかったことなのだから」

 

その言葉は、まるで自分自身へ言い聞かせているかのようだった。

 

まどかは何度も首を横に振る。

 

「でも、ほむらちゃんは……ほむらちゃんは、ちゃんとここにいるよ」

「身体は魔女かもしれないけど、ちゃんと、人間だよっ……!!」

 

涙に濡れた声が、震える。

 

「それなのに……そんな理由で死ななきゃいけないなんて……!」

 

「……それだけではないわ」

 

ほむらは、まどかを見つめ返す。

 

「さっきも言ったでしょう」

「今はまだ、私は私でいられる。 でも――いつまでも、そうでいられる保証はない」

 

その瞳に、一瞬だけ恐怖が滲む。

 

自分が壊れることへの恐怖ではない。

自分の手で、守りたかった存在を傷つけることへの恐怖だった。

 

「私が私でいられなくなった時……私が取り込んできた呪いは、きっとあなたたちに牙を剥く」

 

わずかな沈黙。

 

「そうなる前に――私は死んでおくべきなのよ」

 

 

再び、沈黙が落ちる。

 

マミはしばらく黙ったまま、ほむらを見つめていた。

 

その覚悟が、一時の感情から生まれたものではないことを。

否応なく、理解させられてしまったからだ。

 

やがてマミは、確かめるように問いかけた。

 

「……本当に、それでいいのね?」

 

ほむらは顔を上げ、まっすぐにマミを見つめる。

 

「ええ。初めから決めていたことよ」

 

その瞳には、一片の揺らぎもなかった。

 


 

その場の全員が、何も言えないまま、その場に立ち尽くしていた。

 

「……ぐすっ……ひっく……」

 

まどかは俯いたまま、すすり泣くことしかできない。

 

否定したい。止めたい。

ほむら(親友)に、そんな結末を選んでほしくない。

 

しかし――これほどまでに固い覚悟を、ただ感情だけで否定することもできなかった。

 

さやかも杏子も、沈黙を崩せずにいる。

 

今まで聞かされたほむらの言葉が、嘘だとは思えない。

あまりにも真剣で、悲痛で。

そのうえ、ほむらは自らの命まで差し出すと言った。

 

ワルプルギスを倒したその後。

自分が新たな脅威となる前に、殺してほしいと。

 

それが本当に正しい答えなのか、誰にも分からない。

けれど少なくとも今この場で、その覚悟を否定することなどできなかった。

 

 

マミは、しばらく黙り込んだまま視線を巡らせる。

 

ほむら。 泣き続けるまどか。

そして、さやかと杏子。

 

最後に、静かに目を閉じた。

 

「……分かったわ。 佐倉さん、拘束を解いてあげて」

 

その声には、諦めではなく。

今はひとまず、彼女の意思を受け止めるという苦い決意が滲んでいた。

 

「……チッ」

 

杏子が苛立たしげに舌打ちする。

しかし逆らうことなく、魔法を解いた。

 

 

鎖が擦れ合う音とともに拘束が解かれ、ほむらの身体が自由になる。

ほむらは軽く肩を回し、痺れを確かめるように腕を動かした。

 

そして、三人へ視線を向ける。

その表情には、先ほどまでの冷徹な色が戻っていた。

 

「……奴を倒すための作戦を立てる。 協力してくれるのなら、明日、私の家に来てほしい」

 

いつもの、淡々とした口調だった。

今しがた、自らの死を願ったとは思えないほどに。

 

「……場所は?」

 

さやかが、ようやく声を絞り出す。

ほむらは自宅の場所を告げた。

 

「待っているわ」

 

それだけを言い残し、踵を返す。

マミも何も言わず、その後に続いた。

 

二人の背中は、やがて夜の闇へと溶けていく。

あとに残されたのは――

 

声を押し殺しながらすすり泣くまどか。

思い詰めた表情で、強く拳を握り締めるさやか。

やり場のない苛立ちを抱えたまま、地面を睨みつける杏子。

 

それぞれの感情を持て余す、三人だけだった。

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