魔法少女まどか☆マギカ -Kaleidoscope- 実績「時をかける魔女」獲得実況プレイ 作:Hotpepper_N
正常に、実験を、終了させる。
その言葉が何を指しているのか。理解するまでに、そう時間はかからなかった。
「……どうして?」
こぼれた声は、ひどく静かだった。
淡く瞬いていた星々が、ざわりと揺れる。空気そのものが軋むように、空間へ微細な波紋が走る。
まどかが意図して起こしたものではない。
胸の内に生じた動揺が、そのままこの領域へ伝わっている。
(っ……)
ほむらは僅かに息を詰めた。それでも表情には出さず、努めて平静を保つ。
「まどか。落ち着いて聞いて。順番に話すわ――」「もう一回、聞くね」
まどかはまっすぐにほむらを見据え、その言葉を遮った。
「ほむらちゃんは、今、あの子たちを――一度、魔女にするって言ったんだよね」
「……ええ」
否定はしなかった。できなかった。
「アンカーが正常に外れる条件は、たった一つ。ソウルジェムが臨界へ達した時だけ。それ以外の方法で外そうとすれば、サブの監視が起動して、私たちが介入した痕跡が残る。あなたが直接救済すれば、その瞬間に生じた異常まで拾われる可能性がある」
ほむらは、一語ずつ慎重に置くように続けた。感情を混ぜないように。まどかにも、自分自身にも言い聞かせるように。
「だから――観測系には、“実験は最後まで正常に進んだ”と思わせる。そのうえで、外へ何も漏らさずに救い出す。それができる方法が、これしかないの」
理屈は通っていた。だからこそ、まどかの胸は冷たくなった。
「……ほむらちゃんの言ってることも、わかるよ」
膝の上で、両手を強く握る。
「でも、それって――魔女になる前に助ける、っていう順番を、わざと逆にするってことだよね」
「……そうよ」
「一度、絶望の底まで突き落として、それから拾い上げる。そういうことだよね」
「……まどか」「答えて。そうなんでしょ?」
ほむらは目を逸らさなかった。
「――そう。そういうことよ」
空間が揺れた。今度は、はっきりと。
「……できないよ、そんなの」
まどかの声に、初めて熱が滲んだ。
「あの子たちは、もう身体まで奪われて、あんな酷い目に遭ってるんだよ」
「それなのに、そのうえ、魔女になる苦しみまで――わたしたちが、わざと味わわせるの?」
「まどか、聞いて」
胸の奥に刺さる痛みを押し込め、ほむらはなおも冷静であろうとした。
「今回、あいつらをただ追い払うだけでは駄目なの。あいつらは一度失敗しても諦めない。次はもっと巧妙に、もっと大掛かりに、別の子で同じことを繰り返すわ」
「そのたびに、また誰かが選ばれる。今度こそ、こちらが手を出せない形で」
一度、言葉を切る。そして、その声音が僅かに低くなった。
「少しでも私たちの痕跡を渡せば、あいつらはそこから手繰ってくる。円環に……あなたに」
「わたしのことは、今、関係ないよ――」「いいえ。関係あるわ」
ほむらは間髪入れずに遮った。
「あなたが、あいつらの手に落ちるようなことだけは――絶対に、あってはならないの」
「……これは、あなたを守るための話でもあるのよ。お願いだから、分かって」
「守るため……?」
まどかはゆっくりと立ち上がった。その動きに呼応するように、円卓の縁が陽炎のように揺らめく。
「ほむらちゃん。わたしが何のために願ったのか、知ってるはずだよね」
その目は潤んでいた。だがその奥には、決して譲るつもりのない固い意志が宿っている。
「誰も、絶望の中に置き去りにしない。魔女になる前に、必ず迎えに行く。――そのために、わたしは、わたしじゃなくなることを選んだんだよ」
「なのに、それを、わたし自身が否定しなきゃいけないの?」
「すぐに助けられるのに。今もこうして、あの子たちはひどい目に遭ってるのに」
握り締めた拳が震える。
「それを放っておいて、わざと絶望させるなんて――そんなの、わたしが許せないよ!」
叫びに呼応して、円環の空間が大きくうねった。遠くに浮かぶ星々が、不規則に、悲鳴を上げるように明滅する。
円卓を囲む少女達の誰もが、息を詰めていた。
さやかが思わず腰を浮かせかける。だが、その腕へマミの手が静かに触れ、無言のまま制した。
「……分かってるわ」
ほむらの声は掠れていた。
「あなたに、あなた自身を裏切れと言っているのは、十分に、承知しているわ」
「これがどれだけ残酷なことか、あなたにとって何を意味するのか。全部、分かったうえで、私は言っているの」
「なら――!」「なら、他にどうすればいいの」
初めて、ほむらの語気がまどかのそれと正面からぶつかった。
「あなたが正面から出て、救って、それで万事解決? その一回で、あいつらはあなたへの手がかりを手に入れる」
「次に狙われるのは、あなたよ、まどか」
「でも、それはまだ――」「起きてからじゃ遅いのよ!」
二人の声が、少しずつ噛み合わなくなっていく。
理屈と理屈の応酬が、いつの間にかもっと剥き出しの何かへと形を変え始めていた。
「……だったら」
まどかは一瞬、考え込むように視線を落とし、すぐに顔を上げた。
「キュゥべえの本体に直接干渉するのは? 今回の実験に関係する記録を全部探して、わたしたちのことだけ消してしまえば」
「記憶そのものを消すのが危ないなら、改ざんする。実験は失敗したけど、円環とは関係ない理由だったって思わせれば――」
「待ちなさい、まどか」
ほむらが制止する。だが、まどかの口は止まらない。
「それも駄目なら、バックドアを残しておけばいいよ。キュゥべえがまた同じ実験を始めようとした時に分かるようにして、今度は始まる前に止めるの。今回みたいに被験体を集める前なら、誰もこんな目に遭わなくて済むし――」
「――それを、これから先ずっと続けるつもり?」
まどかの言葉が止まる。
「……うん」
迷いのない返事だった。ほむらの眉が僅かに寄る。
「インキュベーターがどれだけ広く宇宙に分散していると思ってるの。今回の記録だけ消せば終わる保証なんてない。消した痕跡そのものを別の個体に検証される可能性だってあるし、改ざんが露見すれば、今度は“自分たちの情報系へ干渉できる”と教えることになるわ」
「だったら、もっと丁寧にやれば――」「どうやって?」
まどかが息を詰める。ほむらは、その目をまっすぐに見た。
「全部の記録を確認して、どこまで情報が共有されたか追跡して、不自然にならないように改ざんして、その後も監視を続ける。それを、あなたがやるの?」
「……わたしならできるよ」「できるかどうかを聞いているんじゃないわ」
ほむらの声音が低くなる。
「一度で終わる保証がないと言っているの。今回潰しても、別の経路から同じ発想に辿り着くかもしれない。そのたびにあなたが監視して、見つけて、干渉して、痕跡を消して……それをいつまで続けるつもり?」
「ずっと」
その迷いのなさに、ほむらの表情が僅かに固まった。
「必要なら、何度だってやる。わたしが見ていればいいんでしょ? あの子たちにこんなことをさせないで済むなら、それくらい――」
「"それくらい"?」
鋭く返された声に、まどかは一瞬怯みかける。それでも、視線を逸らさなかった。
「……わたしが少し大変になるだけなら、その方がいいよ。この子たちをわざと絶望させるより、ずっと」
「わたしは、そう思うの」
ほむらは何も答えず、ただまどかを見つめていた。
本体への干渉。記録の消去。認識の改ざん。
恒常的な監視。次の実験を先回りして、その都度潰す。
どれも違う方法に見えて、その行き着く先だけは同じだった。
――まどか自身が、すべての負担を引き受ける。
「……あなたは」
ほむらが何かを言いかける。しかし、まどかはそれにも気づかないまま続けた。
「ほむらちゃんが心配してることだって、ちゃんと分かってるよ。でも、わたしがもっと見ていればいい。もっと注意していればいい。キュゥべえが何か始める前に、わたしが全部――」
「まどか」
今度の声には、明確な苛立ちが混じっていた。
「わたしならできるから。ずっと全部一人でやるってわけじゃないし、あかりちゃんにも手伝ってもらって、できるだけ負担を減らせば――」
「だから、大丈夫。ほむらちゃんがこんなことしなくても、苦しい思いをしなくてもいいんだよ――」
「――まどか!!」
鋭い声が、円卓を叩いた。
「っ!?」
まどかの肩が跳ねる。
ほむらは立ち上がっていた。強く握り締めた拳が、目に見えて震えている。
「……どうして、そうなるのよ」
「え……?」
「どうして最後には、いつも"自分がやればいい"になるのよ!」
まどかが目を見開く。
「違うよ。わたしは、ただできることを――」「どこが違うのよ!?」
最後まで言わせなかった。
「本体への干渉も、記録の改ざんも、恒常的な監視も。全部、最後にはあなたが背負う前提じゃない! それを何度言っても、"わたしならできる" "わたしが少し大変になるだけ"って……!」
「だって、本当にできるんだよ!」「できるから何!?」
二人の声がぶつかった。その奥にある、決して譲れないものまで真正面から。
「できるなら、あなたが全部引き受ければいいの!? あなた一人が永遠に監視して、何か起きるたびに飛んでいって、それであなたがどれだけ疲弊しても構わないっていうの!?」
「構わないなんて言ってない!」「言ってるのと同じでしょう!」
ほむらの表情が苦しげに歪む。それでも視線だけは、まどかから逸らさない。
「あなたはさっきから、自分の負担だけを当然みたいに軽く扱ってる。“それくらい”って何よ。“少し大変になるだけ”って何なのよ!」
「だって、あの子たちを魔女にするよりはいいでしょ!」
「だからって、あなたが犠牲になっていい理由にはならないでしょう!」
「犠牲じゃないよ! これはわたしが自分で選んでやることだもん!」「自分で選んだら犠牲じゃなくなるの!?」
まどかの言葉が詰まる。押さえ込んでいたほむらの感情は、もう堰を切っていた。
「自分から傷ついて、自分だけが苦しめば、それで誰も犠牲になってないことになるの!? そんなのおかしいでしょう!!」
「だから、そんなこと言ってないよ!」「言ってるじゃない、ずっと!!」
円環の空間が、大きく脈打つように揺れた。
「五人を助けたい。これから先の子も助けたい。私にもこんなことをさせたくない。だったら自分が全部引き受ければいい――そうやって、あなたは最初から自分を勘定に入れてない!」
「じゃあどうすればいいの!?」
まどかの声にも、とうとう涙が混じり始めた。
「助けられる力があるのに、危ないから使っちゃ駄目なの!? わたしがちょっと無理をすれば、目の前の子たちを苦しませないで済むんだよ!? だったら、そっちを選びたいって思うのがそんなにおかしい!?」
「あなたの“ちょっと”はちょっとでは済まないのよ! なんで分かってくれないの!?」
「ほむらちゃんが大げさに考えすぎなんだよ!」「あなたが軽く考えすぎなのよ!」
互いの声が重なった。もう、どちらも相手が言い終わるのを待っていない。
「っ、ちょっと、二人とも――」
がたん、と椅子を蹴るような音が響いた。さやかだった。
先ほど一度マミに制止されたにもかかわらず、とうとう耐えきれなくなったのか、二人の間へ割って入ろうとする。
だが、その腕をマミが今度ははっきりと掴んだ。
「っ……!」
「……気持ちは分かるわ。でも、今はこらえてちょうだい」
「でも、このままじゃ――」「言わせとけ」
横から、杏子が低く口を挟んだ。さやかが振り返る。
「……お互いのためにな」
「…………」
納得したわけではないのだろう。
さやかはなおも不満げな表情を浮かべていたが、やがて観念したように腰を下ろした。
掴まれていた腕には、赤く、くっきりと指の跡が残っている。
それを見て何か言いかけ――結局、何も言わずに腕をさすった。
そんな周囲のやり取りへ目を向ける余裕すらなく、二人の応酬は続く。
「わたしは、誰かを犠牲にしてまで安全を取る方がおかしいって言ってるの!」
「私は誰かを犠牲にしたいなんて一言も言ってない!」「でも、やろうとしてることはそうじゃん!」
ほむらの表情が強張る。
「この子たちが今どれだけ苦しむかより、これから先どうなるかとか、どうすれば被害を少なくできるかとか……そんなことばっかり考えて!」
「それの何が悪いのよ!」「誰かが苦しむことを、"全体のためには仕方ない"って計算に入れてるところだよ!」
「そうやって合理的に考えて、効率がいい方を選んで、目の前の子がどう感じるかを後回しにして――」
まどかの呼吸が荒くなる。
怒りに押され、一度せり上がった言葉を飲み込む余裕すら、もう残っていなかった。
「結局、ほむらちゃんも――キュゥべえと同じじゃん!!」
その瞬間。場の空気が、凍りついた。
「――は?」
ほむらの口から、掠れた声が零れた。
まどかの顔からも、さっと怒りの色が引いた。
言い過ぎた。 そう気づいた時には、もう遅かった。
「……本気で、言ってるの?」
その声には、先ほどまでとは異なる、底冷えするような静けさがあった。
「私が……あいつらと同じ?」
「違う。そういう意味じゃなくて、わたしが言いたいのは――」
「じゃあ、どういう意味よ!!!」
張り詰めていたものが、とうとう弾けた。
「私だって、できればこんなことしたくない! あの子たちが苦しんでも構わないなんて思ってない! 助けたいに決まってるでしょう!?」
「でも――!」
「でも何!? 目の前の五人も、次に同じ目に遭うかもしれない子も、あなたも! 全部守りたいから考えてるのよ!!」
ほむらの声が震えていた。
抱えてきた感情を抑えきれず、言葉の端々から零れ落ちている。
「それを……自分たちの目的のためなら誰がどうなっても構わないあいつらと、一緒にしないでよ……!!」
「……ごめん。でも、わたしだって――」「それに!」
そう遮ったほむらの声は、先ほどよりもさらに震えている。
その目元には、いつの間にか涙が滲んでいた。
「みんなを救いたいって言いながら、自分だけはその中に含めない。誰かが苦しむのは嫌なのに、自分が苦しむことだけは、いつも平気な顔で選ぶ」
「……ほむらちゃん」
まどかの瞳が揺れる。
「私が、それを見てどう思うかなんて……考えもしないで……!」
喉元までせり上がった言葉を、口にしてはいけないことくらい分かっていた。
それでも、もう止められなかった。頬を伝う涙にも気づかないまま、ほむらは震える唇を開く。
「あなたの、そういうところだけは……本当に、嫌いよ」
「――――」
言い切った瞬間、まどかの顔が歪んだ。
怒りでも、驚きでもなく、ただ、ひどく悲しそうな表情だった。
「…………」
分かっていたはずだった。どんな言葉をぶつけようとしていたのかも、それがまどかを傷つけることも。
それでも、実際にその表情を目の当たりにすると、後悔せずにはいられなかった。
「……っ」
何か言わなければ。けれど、今さらどんな言葉を――
いくつもの言葉が喉の奥までせり上がってくるが、そのどれひとつとして空気を震わせることはなかった。
まどかもまた、二の句を継げずにいた。
僅かに唇が開き、何かを言おうとして――結局、そのまま閉じられる。
頬を伝う涙を拭おうともせず、ただほむらを見つめていた。
「…………ぅ」
その視線に耐えられず、ほむらは俯いて両手で顔を覆った。
もう理屈を並べる思考も、感情を言葉へ変える気力も残っていない。肩を震わせ、必死に押し殺そうとした嗚咽だけが、塞いだ指の隙間から小さく漏れる。
「ひっく……ぅう゛っ……」
つい先ほどまで怒号が飛び交っていた円卓を、息苦しいほどの静寂が満たした。
まどかはその場に立ち尽くしたまま、声もなく涙を流している。
ほむらは顔を覆ったまま、すすり泣いている。
さやかも、杏子も、他の少女達も、誰ひとりとして声をかけることができなかった。
その沈黙がしばらく続いた末に――マミが、ゆっくりと席を立った。
「……二人とも」
静かな声だった。
だがその一言だけで、円卓にいる全員の意識が彼女へ向いた。
「……もう、十分じゃないかしら」
しばらく、誰も答えなかった。
マミは急かさない。まどかとほむらが少しでも呼吸を整えるのを待つように、静かに二人を見つめていた。
「まどかさん。ほむらさん」
名前を呼ばれ、二人が僅かに顔を上げる。
「私は、どちらが正しいかを決めるつもりはないわ」
まどかが目を瞬かせる。ほむらも、顔を覆っていた手をゆっくりと下ろした。
「二人とも、守りたいものがあるから、ここまで譲れなくなったのでしょう?」
「まどかさんは、目の前にいる五人をこれ以上苦しめたくない。ほむらさんは、その五人を助けた結果、次の誰かが同じ目に遭うことも、まどかさん自身が危険に晒されることも避けたい」
静かに、二人を交互に見つめる。
「守りたいものが違うわけじゃない。ただ、目を向けている先と、自分が背負おうとしているものが違うだけよ」
「……でも」
まどかが何か言いかける。マミは首を横へ振った。
「今は、少しだけ聞いてちょうだい」
その声は優しく、しかし先ほどさやかを制した時と同じ、有無を言わさない芯があった。
「まどかさん。あなたが五人を今すぐ助けたいと思う気持ちは分かるわ。でも、そのための負担を全部自分で引き受けることを、“別の方法”と呼んでは駄目」
まどかの肩が僅かに揺れる。
「あなたが苦しむことだって、私たちにとっては見過ごせないことなのよ」
「…………」
「それから、ほむらさん」
今度はほむらへ視線を向ける。
「あなたの考えている方法が、今ある条件の中では一番現実的なのかもしれない。それでも、“最後には救えるから”という理由だけで、そこへ至るまでの苦しみを小さく扱ってはいけないわ」
ほむらは唇を結んだ。
「……分かってるわ」
「ええ。だからこそ、あなたも悩んだのでしょう?」
その一言に、ほむらは返す言葉を失った。マミは少しの間を置き、もう一度二人を見る。
「だからもう、どちらか一方が全部を背負う方法を探すのはやめましょう」
「あの子たちに、すべての苦しみを背負わせるのでもない。まどかさん一人が、この先ずっと見張り続けるのでもない。ほむらさん一人が、誰かに恨まれる役を引き受けるのでもない」
「……じゃあ、どうするの?」
まどかが掠れた声で尋ねた。
「二人ともが、少しずつ譲れるところを探すのよ。誰も傷つかない方法がないのなら、せめて苦しむ時間をできるだけ短くする。その負担を、誰か一人だけに集中させない。そして、自分たちが選んだことから目を逸らさない」
ほむらが僅かに眉を動かす。
「……具体的には?」
「そこに答えを出すのは、私の役目ではないと思うわ」
二人が揃ってマミを見る。
「アンカーを正常に終了させなければならない、という条件そのものは変えられないのでしょう?」
「……ええ」
「なら、ほむらさんの案を全部捨てる必要はない。でも、その中に、まどかさんがどうしても譲れないものをできるだけ残すの」
マミはまず、まどかを見る。
「たとえば……魔女でいる時間を、可能な限り短くすること。最後まで見捨てないこと。そして、自分たちが選んだ方法の責任から目を逸らさないこと」
そして、ほむらへ視線を移した。
「同時に、まどかさん一人へ危険も負担も押しつけないこと。円環の存在を守ること。そして、二度と同じことを繰り返させないための策も捨てないこと」
「…………」
「その条件を全部並べたうえで、どこまでならお互いに受け入れられるのか――それは、二人で答えを出した方がいいと思うの」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「きっと、嫌な作戦になるわ。誰も心から納得なんてできないと思う」
それでも、と続けた。
「納得できないままでも、みんなで引き受けることはできるでしょう?」
まどかとほむらは、黙って互いを見る。
まだ傷ついている。怒りだって、完全に消えたわけではない。
それでもようやく、相手の顔を見るだけの冷静さは戻っていた。
マミは静かに微笑んだ。
「お二人とも、大切なものを守りたいのでしょう?」
「だったら――どちらか一方が全部背負う方法ではなくて」
「一緒に傷を背負える方法を、考えましょう」
二人はしばらく、考えを整理するように俯いていた。
やがて、まどかが小さく息を吸う。
「……ほむらちゃん。さっきは、あんなこと言って、本当にごめんね」
ほむらが僅かに顔を上げる。
「キュゥべえと同じだなんて……あんな言い方、しちゃ駄目だった」
「ほむらちゃんは、わたしのことも、みんなのことも、めいっぱい考えてくれたから、このやり方を考えたんだよね」
「それなのに、わたしは自分が嫌だってことばっかりで……ほむらちゃんが何を怖がってるのか、ちゃんと見ようとしてなかった」
そう言って、まどかは深く頭を下げた。
「……ごめんなさい……私もよ」
小さな声に、まどかが顔を上げる。ほむらは目を伏せたままだった。
「あなたに、あんな言葉をぶつけるべきじゃなかった」
「でも」「でも?」
ほむらは一度言葉を探し、それからまどかを見る。
「あなたが、自分を簡単に犠牲にしようとするところが嫌だという気持ちは……嘘じゃないわ」
まどかは少しだけ目を丸くした後、困ったように眉を下げた。
「……うん」
ほんの僅かに、張り詰めていた空気が緩む。まどかは胸元で手を握り、改めて口を開いた。
「わたしだけのものじゃないもんね。ここ――
自分自身へ言い聞かせるように、一度目を閉じる。
「だから……ほむらちゃんの言った通りにする。アンカーが外れるまで……あの子たちが、魔女に、なるところ、まで……待つ」
最後の言葉だけは、どうしても滑らかには出てこなかった。握り締めた拳へ力が入り、爪が掌へ食い込む。
「……本当は、嫌だよ。そんなことさせたくない。でも、それしか方法がないなら……受け入れる」
ほむらは何も言わず、続きを待った。
「でも、一つだけ。これだけは、わたしも譲れない」
まどかは顔を上げる。
「あの子たちを最後に迎えに行くのは、わたしにやらせて」
「……まどか」
「
今度は、先ほどまでより落ち着いた口調だった。
「ここから観測してる時と同じように、向こう側にわたしの端末を作るの。意識と力の一部だけを投影して……分身、みたいなものかな」
「そんなことができるの?」
「たぶん。観測するだけじゃなくて、その場所に干渉できるところまで接続を深くすればいい。わたし自身はここに残るから、キュゥべえの本体への干渉も並行できると思う」
ほむらの表情は、明らかに渋かった。
「……正直に言えば、気は進まないわ」
まどかの肩が僅かに揺れる。だが、ほむらはそのまま続けた。
「分身だろうと、あなたが現地へ直接干渉すること自体が心配なの。何が起きるか分からないし、接続経路を辿られる可能性だって、完全にゼロとは言えないもの」
「……うん」
「でも――あなたがそこまで譲ったのなら、私もあなたの意思を尊重する」
まどかが目を瞬かせた。
「その代わり――私も行くわ」「ほむらちゃんも?」
「ええ。あなたが心配だから。それに――いざという時、あなたを止める役も必要でしょう?」
あまりにも正直な理由だった。
「……ふふっ」
まどかの口から、思わず小さな笑いが漏れた。
つい先ほどまで涙を流していたせいで、少しだけ歪な笑顔だった。
「そんなに信用ないかな、わたし」「残念ながら」
「即答なんだ……」「今しがた、大喧嘩したばかりでしょう」
「……それもそっか」
目元に残った涙を拭いながら、まどかは小さく頷いた。
「じゃあ――一緒に行こう、ほむらちゃん」
ほむらもまた、僅かに目を伏せてから頷く。
「……ええ」