ユニバース戦士補ジュウ計画   作:壱肆陸

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本日はサイトーなJOKERさん(五妻翔兎さん)の作品です。
(X:@3110_na_Joker)
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(ハーメルン:https://syosetu.org/user/272175/

「タイムレンジャー」が題材の作品になります。


炎の向こうに

私は願いを諦めた。

 

ある日突然指輪は死の未来を見せた。白い銃を持った黒マントの死神が赤いスーツをボロボロにしていく。全身に痛みが走り、なす術もなく倒れる。ついにマスクが破られ、焼き切れた配線の先にこちらを冷たく見据える男がいた。

 

「殺さないで……助けて」

 

「助けて?最初に言っただろう。お前は僕の獲物だ」

 

頭蓋の一点を狙い、男は銃を撃ち続ける。赤いスーツがいつ消えるのか分からない。死がゆっくりと近づいていく。ついにこの身を纏うものが粒子となり消え去る。

 

「私はただ……」

 

未来で何を言いかけたのかは分からない。分かりたくもなかった。肺が酸素を求める。心臓の鼓動が脳まで響く。吐き気がする。自分の中身が裏返って何もかもが飛び出るのかと思った。

 

苦しい。死にたくない。戦いの末にこんな未来が待つのなら。

 

「願いなんて、なければいいんだ」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

残ったのは時計だけだった。冷たいさざ波が足元にまで届き、離れていく。高価な喪服と革靴に触れないようにギリギリを攻める。だが、このまま海に飛び込んでもいいかと投げやりになる瞬間が定期的に訪れる。

 

半年前にはあんなにも賑やかで暑かった海岸は冷たい空気に包まれ、波の音だけが響いている。ウェディングベルに似た頭を持つ怪人が現れたのだとクラスメートが興奮気味に語っていた。学校中がその話題に盛り上がる中、どうしてもその波に乗れなかったのをよく覚えている。ポケットに乱雑に突っ込んだスマホが震えた。祖母からだ。

 

「……もしもし」

 

「やあちゃん。今どこだい?爺さんの一周忌のお食事会もう始まってるよぉ」

 

「いいよ。先に家帰ってる」

 

「……まだ時計屋のこと引きずってるのかい。あれは爺さんから──」

 

「忘れてた宿題あってさ。安心してよ、ばあちゃん。抜け出して遊びに行くほど、小中高と不良じゃないだろ?」

 

「話を聞いとくれ、やあち──」

 

「そんじゃ」

 

祖母の言葉を打ち切るように、やあちゃんこと瀧磐(たきわ)八人(やと)は赤いボタンを押した。もちろん宿題は嘘だ。遺言により、時計屋の全ての時計が売り払われたその時から彼の人生(とき)は止まった。あんな紙切れの束になんの価値があるのか。灰さえも目の前の海へと消え、祖父と作った思い出の全てが葬儀の炎で燃やし尽くされたようで、彼は死を連想させる全てが嫌いになった。

 

「何してんだろうな、俺」

 

立つのも億劫になり、その場へと座り込む。祖父のような人になりたかった。止まった時計を動かし、要望ピッタリの時計を探し出し、所かまわず人々を笑顔にさせるそんな人。だが、彼は全てを他人のために捧げすぎた。憧れた生き方がこう終わるのかとまじまじと見せつけられると、足は自然と止まった。それでも根っこは変えられない。足踏みをするたびに胸の奥がズキンと痛んだ。

 

胸ポケットの懐中時計を取り出す。銀色の蓋に羽ばたく鳩のレリーフが刻まれ、新たな時の訪れを表現している。上部には小さなボタンとゼンマイが付いており、ボタンを押すことで蓋がパカッと開いた。時刻は9:30で止まっている。一縷の望みをかけて、ゆっくりと丁寧にゼンマイを巻いた。

 

「──駄目か」

 

針は動かない。締まる心臓に耐え切れず、苛立ちに任せて海へと投げようとした。だが、右手は時計を離さない。まるで親の指を握る赤子のようだ。自分が何をしたいのかまるでわからなかった。答えのない現状が鉛のように自分を包み、身動きを妨げている。代わりの何かを投げてやろうと八人は尻の傍の何かを手に取った。

 

「なんだこれ……指輪?」

 

てっきり石か何かだとばかり思っていたそれは、妙にゴツゴツとしていた。視線を掌へと移せば、それは珍妙な金と黒の指輪だった。金色のが黄色いロボットとV字の羽を持つジェット機を描くのと対照的に、黒色のは同じ箇所が真っ黒に塗りつぶされており、どこか地味な印象を受けた。

 

「これでいいか。悪いな、持ち主さん」

 

できるだけ遠くに投げようと立ち上がる。天高くそれらを掲げたその時、砂がジャリリと鳴った。自分のものではない。シーズン外の今、滅多に海へ来る者はいない。正体を探ろうと、顔を音の主へと向ける。すると、内陸側に5m程離れた場所に女性が佇んでいた。大きな両目でこちらを凝視している。

 

「──たしの──て」

 

「これ、あんたのか?つーかなんでこんなとこに……」

 

一瞬、目を手の指輪へと移すと、一瞬のうちに女性はこちらへと猛ダッシュを開始しており、その目は射殺すかの如く真っすぐこちらを見据えている。砂は舞い散り、完璧なフォームでこちらへ近づいてくるそれを目撃し、八人は一目散に逃げだした。

 

「うわあああ!!!なんなんだ!?」

 

幽霊か。いや、幽霊に足があるのかという発想が出る暇もなく、女は距離を縮め、ついに手首を掴み取った。取って喰われると死を覚悟したその時、女性はか細い声で言葉を絞り出した。

 

「わたしの。返して」

 

ぷるぷると握られた手首が震えていた。恐怖を感じながらも、女の顔面を覗く。相も変わらず瞳は大きく開いている。が、黒い隈がその下を覆いっている。その表情は真剣で、固く閉ざした口を無理やりにでもこじ開けていたようだった。ロングウルフカットの後髪が海風に揺れる。2月の海岸のそれはとても冷たく、背筋が凍るほどの恐怖が自分を襲っていた。が、彼女についての記憶が合致した時、寒さは吹き飛んだ。

 

「お前、黒姫か!?!?」

 

「ッッッ!!!」

 

気付いた時には視界がブレていた。天地がひっくり返り、ようやく投げ飛ばされたと気づいた時、冷たい海へとその身体は沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい。そのあだ名を言われると思わず投げたくなるの」

 

どんな癖だよと思いながらも、差し出してくれた水筒の蓋を受け取る。湯気が立つそれを何となしに凍える手で口へと運ぶ。数分の後、焼けるように熱い感覚が喉を襲う。口から鼻へと通り抜けるゆず、しょうが、スパイス───

 

「ネギぃ!?」

 

跳び起きた八人を見て、件の黒姫は口角を少し上げた。しっかりと見なければわからない僅かな違いだが、怪異とまで見間違えたあの表情に比べれば、違いは歴然としていた。

 

「よくわかったね。うちの試作品、あったかスペシャル。ゆず、しょうが、ハチミツ、カルダモン、よもぎ等々。あったかくなるもの全部入れた」

 

「それにネギ入れんなよ……しかも甘い上に辛いし……」

 

冷たい水に浸かったはずの身体は一瞬のうちに熱くなっている。ただし釘と砂糖の塊が口の中で大爆発したかのように甘く痛い。追い打ちするように現れた更なる辛みにダダダッと悶絶する八人。昔からネギが嫌いなのもあったが、単純に流し込まれたドリンクは尋常じゃないほどにまずかった。

 

「黒姫さんよぉ。人のこと投げ飛ばした末に変なもん飲ませるたぁいい度胸してんじゃねえか」

 

まさに煮え湯を飲まされた気分。強く睨み直すと件の黒騎士姫はその口角をこれまた微かに下げた。黙りこくるその姿は男女関係なく人を惹きつける高校での彼女とはどこか違和感を覚えた。

 

「わたしの名前は深月(ふかつき)三龍(みろん)。姫じゃない」

 

クラスメート、深月三龍。白い肌に艶やかな黒髪がひときわ異彩な美しさを放つ。昼の時間に黒いマスクとアイマスクで眠り、放課後は剣道部で凛々しい姿を見せることから黒姫と評された彼女はいまや同学年で知らぬ人はいないほどの人気者だ。そんな人物が自らのあだ名を嫌がっているとは意外だった。

 

「それにしてもやりすぎだろ。この喪服高かったんだぞ」

 

「それはごめんなさい。弁償はする」

 

とぎれとぎれな言葉で喋る彼女は悠然でクールビューティーな高校での雰囲気から程遠い。よく見れば服装はおそらく中学のジャージ。肩に下げた水筒袋が顔が良い分シュールだった。

 

「近くに私の家がある。そこでひとまずお詫びを」

 

「わーったよ……ぶぅえっくしょぉん!!」

 

大きくくしゃみをする八人の手首をひっぱり、歩き出した。幸い先ほどのドリンクで体感の寒さはない。ようやっと現実感が蘇り、学校のアイドルと触れあっていることを初めて認識した。

 

「私のことはあだ名以外ならなんと呼んでもいい。君、名前は?」

 

「……瀧磐八人。一応クラスメートだぞ」

 

「人、覚えるの苦手なの。」

 

視線を下に、階段を歩きながら答える。海岸から抜けたのだ。波打ち際で一人佇んでいたところを見られ、恥ずかしい思いもあり、俯いて彼女の顔が見れなかった。それが無性にもどかしく、なんとなしに顔をあげると、水で詰まっていた耳に悲鳴が入り出した。

 

「嘘──なんで?」

 

人々が襲われていた。顔の中心が空洞の機械人形、青い足軽、赤い小鬼等々。声も形もバラバラな怪人たちが逃げ惑う民衆を執拗に追いかけ、痛めつけている。現実味のない状況。ガラガラと日常の崩れる音がする。困惑する間もなく、それらの視線がこちらに移った。

 

「逃げるぞ深月!……深月?」

 

彼女は震える手で先ほどの金色の指輪を見つめていた。虚ろな目をしながら速い呼吸で何かを呟いている。怯えながら縋っているようにも見える。こんな時、祖父はどうしただろうか。いや、()()()()()()()()どうしただろうか。

 

「嫌だ……死にたくないっ……怖い……」

 

金色のリングを回転させようとするが、意志に反してその腕は止まっている。何かにかられるように行動しているはずなのに、彼女は今にも泣きそうで苦しそうで。考えるより先に身体が動いていた。

 

「見て──らんねえなあっ!!」

 

指輪を奪い取る。力のこもっていない細い手から獲るのは非常に簡単だった。見様見真似で回転させる。現れたのは赤い下向きの矢印を顔に描く赤い戦士の姿だ。怪人が迫りくる。抵抗しなければ殺されるのは目に見えて明らかだった。右手に銀色のガントレットソードが現れる。怯えすくむ深月は彼がその剣を出現させたことに何よりも驚いていた。

 

「やっぱこれ使えば戦えるんだな」

 

「なんで、あなたが……?」

 

「……俺もわかんねえよ。何か変えたくて、身体が勝手に動いた!」

 

一瞬で右手の剣と指輪の使い方を理解する。原理も状況も一切が不明だ。おまけにこの場で人を助ける義務など瀧磐八人にはなく、逃げ出すのが一般市民としての常識だ。しかし、瀧磐八人は理屈ではなく心でこの剣を取った。しびれを切らし、ついに雑兵が襲い掛かってくる。彼は指輪を剣に嵌め、戦いの火蓋が切られる。

 

「エンゲージ!!」

 

『センタイリング!』

 

軽快なリズムと共に飛び出す。流れる音楽に合わせ、向かい来る敵を袈裟切りにしていく。一体の機械人形がこちらの頭をかち割ろうと剣を振り下ろしてくる。それをなんとか両腕をクロスさせて受け止めた時、強い意志に呼応するように彼の姿は粒子に包まれた。

 

『タイムレンジャー!!』

 

八人の体に途端に力がみなぎる。クロスした腕から左手を引き抜き、その勢いで機械人形へアッパーカットを食らわせた。敵は吹っ飛び、ぐったりとその動きを止めた。眼前に緑色の見慣れないガイドが映る。その姿は時の戦士、タイムレッドへと変わっていたのだ。

 

「なんだこれ……っていうか俺、人殺した?!」

 

「彼らは厄災。災害、みたいなもの」

 

「なんでお前そんなこと知ってんだ……」

 

いつの間にか力が抜けたようにへたりと座り込んでいた深月は流暢にしゃべり出す。気を取られていると脅威と判断したのか人々を襲っていた敵がどんどんこちらへと集まっていく。拳一つでは太刀打ちできそうになかった。

 

「武器を使って!」

 

「ぶ、武器ぃ?」

 

「使い方は、プログラムされている」

 

メットの電子回路が光り、八人へ情報を渡す。彼は知らぬうちにそのコードを口から放っていた。

 

「クロノアクセス!ダブルベクター!!」

 

時計の針を模した双剣、ダブルベクターを掴み取る。構えたのも束の間、目にもとまらぬ速さで敵を切り伏せていく。その残影はスローモーション映像のように周りの目に映り、誰も動きを捕らえられない。ガキンと剣が何かとぶつかり合う。青い装甲の鍵爪が剣をしっかりと掴み取り、こちらの動きを封じている。

 

「スゴー!」

 

「なんだ?褒められても嬉しくねえ……ぞっとぉ!!」

 

均衡する押し相撲状態をわざと剣を離し、しゃがむことで解除する。すかさず両手で地面を押した反動で、体勢の崩れた腹部へと馬蹴りを放つ。双剣を拾い直したタイムレッドは跳び上がる。機能全てを流し込まれた八人の頭脳は、次の行動へ迅速に移ることが出来たのだ。

 

「ベクターエンド!ビート3!」

 

3:00を指し示すように構えられた双剣。時計の中心でクロスするように振り下ろされた斬撃が青いカニのような怪人を切り裂く。既に斬られた敵を含め、彼らは爆発四散する。

 

「終わったか。ったくなんだよこの姿──」

 

「ッ!!後ろ!」

 

身体を大きく逸らすことによって、背後から迫る不意打ちを避ける。そこにいたのは茶色い毬栗のような剣士、イーガロイド。続く連撃を双剣で受け止めるも、ついに矢印の剣先を持つ一振り、アローベクターが上空へとかん高い音と共に弾き飛ばされ、敵の剣がスーツに食い込み、切り裂かれる。

 

「っっでえ!」

 

一振りで勝負するには余りにも技量が足りない。防戦一方というには、攻撃を防ぎきれていない。このままではいずれこちらが倒れるのは明々白々だ。

 

「なら……根性だぁぁ!」

 

防御を捨て、残る一振りのスパークベクターで捨て身の攻撃に挑む。猪突猛進、一直線に突き刺す。死を恐れないその一撃を予測できなかったのか、両者は負傷し、その外皮から機械の配線が飛び出て、地面へと転がる。祈るようにその戦いを傍観していた深月は、敵の傷から見える身体の内部に生物的なものが一切見えないことに気づいた。

 

「機械の、身体?……きみ!」

 

「瀧磐だ!」

 

「瀧磐、くん。アサルトベクターを出して。あれは敵の活力エネルギーを散らすことが出来る」

 

「なるほどな……電池切れにしてしまえばってわけかぁ!アサルトベクター!」

 

握る剣、スパークベクターにユニットが装着され、突撃銃アサルトベクターが完成する。パワーボリュームを最大まで引き上げ、思わぬダメージにうろたえるイーガロイドの心臓部に照準を定める。

 

「アサルトバーニング!!シューティング!」

 

光弾がアンドロイドを貫く。直後、それは膝をつき、苦しそうにその胸を抑える。チャンスは今しかない。再び右手に現れた銀のガントレットソードを強く握りしめる。絶対零度の冷気に包まれたその刃を片手にタイムレッドは大地を踏みしめて駆け出す。

 

「ク……ロス……バーストォ!!」

 

最後の力を振り絞って放たれるイーガロイド渾身の一撃。赤雷を纏ったバツ印の斬撃が迫る。だが怯むことはない。溢れかえる冷気が氷の壁となり、攻撃を防いだ。大きく跳び上がり、今必殺の一撃が放たれる。

 

「エクスリフレイザー!!」

 

『タイムレンジャー フィニィーッシュ!』

 

ダイヤモンドダストをまき散らし、青く輝く刃が×印に怪人を引き裂く。着地し、それを背にして振り返ると、轟音と共に爆発四散。一通り大きくなった爆発は瞬く間に縮小し、カラリと圧縮冷凍された怪人が落ちる。

 

どうやらこれが怪人を指揮していた長だったようで、他の雑兵は散り散りと闇へと去っていく。路地裏に黒い靄が歩いてくのが見えた。誰かが襲われているのかもと走り出し、追いつく。

 

「てめえが親玉か」

 

纏うオーラの格が違った。黒い人型の靄はおそらくこちらに顔を向け、じっと佇んでいた。遅れて着いた深月はそれを目にした瞬間、その顔をさらに歪める。八人は彼女が何を見ているのか非常に気になった。

 

「生の影に我らあり。その指輪いずれ貰い受けよう」

 

黒い影は何かを呟くと黒い魔法陣に包まれ、姿を消した。まるで最初からそこにいなかったかのように。隣の彼女は未だに震えている。大きく開いた瞳は影を落としたままだ。

 

(これ、元はこいつが持ってた力なんだよな。イガグリ野郎はまだしも雑魚なら負けなしだ。なら一体何にこいつは怯えているんだ?)

 

疑問は残るものの、八人はその変身を解き、彼女の真ん前に立つ。生身の両掌で下を向く彼女の肩を叩いた。服は汗でびっしょりで海に落ちたはずの自分と大差ないほどだ。ぎょっとした表情と視線がこちらを刺してくる。

 

「な、何?」

 

「そう硬くなるなっての。とにかく色々聞かせてもらおうか」

 

曇り空の隙間からいつのまにか太陽が顔を出している。暖かい春がやってくる。そんな気がした。

 

 

 


 

「54の指輪に選ばれた戦士たちが、願いを懸けて繰り広げる戦い。それが指輪争奪戦よ」

 

白いシャツをまとい、腰から下にロングエプロンを着た深月三龍。ミルを回しながら、カウンターのキッチン向こうに立つ彼女は一通り指輪争奪戦について話した。真剣に珈琲を淹れる様は、まるで絵画のようでクラスメートがあんなにも熱狂しているのも分かる気がした。

 

しかし、15時にも関わらず、連れてこられた喫茶店はがらんどうである。彼女いわく、ここは両親が経営する喫茶店『未来』だそうだ。レコードから流れるクラシック、コポコポという沸騰音、ミルが豆を挽く音等の環境音が良く聞こえる。金と黒の指輪は机に置かれている。黒い方はいまだその正体を黒で塗りつぶしていた。

 

「で、それが最近再び始まった。負けたお前のところにも指輪が戻ったが、いつの間にか失くしていて色々と探しに行っていたと。じゃあこの黒い指輪はなんだ」

 

「知らない」

 

ぶっきらぼうに一言で終わる。珈琲を淹れるのに集中する彼女はより一層不愛想で言葉数も少ない。店員の一人がこれなら、この店が寂れているのも薄ら納得できた。

 

「私も聞きたいことがある」

 

「なんだ」

 

「なんで君がタイムレッドになれたの」

 

「知らねえ」

 

背もたれへ乱雑に倒れながら投げ捨てるように言う。着替えさせられたウエイターの制服が妙にぱりぱりとして心地が悪い。金色の指輪は何も答えない。黒い指輪はなおさらだ。深月は首を傾げる。それでも珈琲を淹れる手は止まらないのだから流石だ。

 

「おかしい。指輪に選ばれた者は一人のはず」

 

「お前から俺に鞍替えされたんじゃねえのか」

 

「それはない」

 

断固として否定される。こういう冷ややかなところに大衆は惹かれるんだろうなと感じられた。大きく開いている片目は思索している時も見開いたままだ。『目は口程に物を言う』とは言うが、深月三龍の場合は目も無口であった。

 

「私の指輪能力がまだ生きてる。本当に指輪の継承がなされたのなら、これはありえない」

 

「能力って……あのイガイガ野郎を助けてくれた時のあれか!」

 

深月の目が一瞬キッと細くなる。目の周りの筋肉に力がこもり、何かに耐えるような様子だ。彼女のトラウマはそこにあるのだと確信した。

 

「あの時は助かった。ありがとう」

 

「礼を言われる筋合いはないわ。こんなの、持ってても邪魔にしかならない」

 

カップが乱雑に置かれる。その言葉の端に苛立ちが混じっているような気がした。その時、花のような香りが鼻腔を通り抜けた。出所は目の前の液体だ。黒々と天井からの光を反射している。脳裏にあの劇物、あったかスペシャルの味がよぎる。幾ら香りがよかろうと、経験ゆえに警戒はする。ゴクリと喉を鳴らし、緊張感が走った。

 

「なあ。これって美味いんだよな?俺、珈琲初めてなんだけど」

 

「当店自慢の一杯。ご心配なく」

 

いつのまにか再度見開かれた目から発する眼光はより強くなっている。その無機質さに、なんとなく見たフクロウの狩りの映像を思い出した。とてもさっきまで震えていた者とは思えない。砂糖とミルクは意地でも出そうとしないし、店員の対応としては落第点だ。恐る恐る口をつけ、液体を啜って含む。舌が苦みを感じ、口内から鼻へと香りが通っていく。

 

「美味い……」

 

「ふふん。でしょう」

 

これまでに味わったことがないすっきりとした、まるでレモンのような苦みが不快感なく舌を包む。酸味が少ないはずなのに、鼻中にふわりと柑橘系の香りが広がる。驚きでしばらく珈琲を見つめていたが、はっと気づき見上げると得意げな顔で鼻の下を伸ばす王子の姿があった。言えば不機嫌になるのは分かり切っていたので、「こいつ意外と表情豊かなのでは?」とうっかり口から洩れることは無かった。

 

「ここ、お前の店なんだよな」

 

「正確には両親の店。学校のちやほやする人達には秘密」

 

ふとカウンター奥の方を覗くと、彼女にそっくりな女の子の家族写真があった。おそらく小学校低学年程度だろう。思い出の中の彼女は、とびきりの笑顔で笑っている。とても黒騎士と呼ばれるとは思えない表情だった。

 

「……指輪、どうするの」

 

「どうするって言ったってなあ。お前に返したいけど、戦いたくないんだろ」

 

『戦い』という言葉に反応するように彼女の腕はプルプルと震え始める。返答はしない。いわゆる何かのトラウマなのだろうと推測できた。ここに来るまで何度かその理由を聞いたが、彼女は一切語ろうとしない。心の扉は固く閉ざされているようだった。

 

指輪を探していた様子から察するに、『願いは叶えたい』が『戦いは恐い』というのが大まかな思考だろう。そして、寂れた両親の喫茶店という背景。八人の赤色の脳細胞が超高速で思考を巡らせた末に、一つの結論を導き出す。

 

「ここ、前からこうなのか?」

 

「ううん。前まではもう少し人がいたんだけど」

 

彼女は少し目を伏せ、唇の端を噛んでいた。ビンゴだ。底の方に残った僅かな珈琲を飲み干す。冷めて僅かに酸味が増えた味に感動する一方で、胸を叩いて彼女へ啖呵を切った。

 

「なら!俺が願いを叶えてやる!代わりに戦いながら、ここも復活させてやる」

 

「は、はぁ?」

 

「それがお前の願いなんだろ?なら手伝うよ」

 

「でも君にメリットがない。私は、何も返せない」

 

彼女はまだ深淵のような闇を瞳に秘めたままだった。だが、それでもいい。いつかの時計屋での日々、不安な依頼人が本当の笑顔になるのは、いつでも最後なのだと祖父が教えてくれていたから。

 

「いいか、お姫様。こういうのは損得の話じゃないんだ。困っている人がいたら助ける、至極当たり前のことだろ」

 

にかっと笑う。自分でも不思議と出来た笑顔だった。祖父はこんな気持ちで日々時計を扱っていたのだろうか。より尊敬できる一方で、よりあの終わり方に疑問が増える一方だった。姫様は数秒間のフリーズの後、頭を左右にぶんぶんと振った。

 

「え、急にどうした」

 

「なんでもない。わかった。一緒に願いをかなえよう」

 

差し出されたすらっとした細い手を八人は固く握った。祖父と同じような道を進んでいるような気がする。結局根は変えられないのだと落胆する気持ちはどこか残っていた。だが、あの砂浜で地団太を踏むよりも今は体中が清々しい。黒いリングを強く握りしめると共に八人の新しい未来が始まった。

 

 

 

 


 

『目指せ!喫茶店ナンバーワン!』

 

休日、勇猛果敢な文言の書かれたハチマキを頭に巻いた三人組がヨイショヨイショと時計やソファ等のインテリアを運んでいく。内二人は両親、一人は新入りの瀧磐八人だ。それを深月三龍は静かに見守っていた。店の内装は改装中だが、テイクアウトだけは受け付けていた。カウンター脇にある小窓を開きながら、彼女は客を待つ。

 

「てんちょー。その壁掛け時計柱に引っ掛けといてください」

 

「てまさん。このソファ持ち上げるの手伝ってくれません?」

 

随分と親しくなっている。まだ一週間も経ってないというのに、彼は両親は懐柔させて大規模なインテリアの改装案を通らせた。面と向かって話してみれば、二人も今の状況は芳しく思っていなかったようで奇抜な案を快く受け入れてくれた。

 

「そちらはどうかねぇ、みろんちゃん」

 

「ロウさん。それがまだ誰も……」

 

杖をつきながら、カウンターへと近づいてくるのは彼の祖母であるロウだった。腰を深く曲げ、よろよろと歩いてくるのが不安でしょうがなく、距離を近づけ、目線を合わせるためにしゃがんだ。

 

「座っていてください。お身体に障ります」

 

「そうかい悪いねぇ。みろんちゃんは優しいねえ」

 

ロウはカウンターの椅子へと座った。今のどこに優しさがあったのだろう。相変わらずうまく笑えず、投げ捨てるような口調だ。あの日以来何をしても苦しい。垣間見た感覚が忘れられず、フラッシュバックする記憶で狂いそうになるのを耐えることしかできない。どんどんと増えていく時計からあの黒マントの死神が現れないかと震えが止まらなかった。

 

「時計は嫌いかい」

 

「い、いえ。それにしてもすごい数ですね。どのくらいかかったのか」

 

「ありゃあ全部うちの時計屋のだよ」

 

瀧磐時計店。言わずと知れた街の看板であり、おせっかいなお爺さん店主が何でも助けてくれるともっぱらの噂だった。だが、店主の逝去を理由に1年ほど前に閉店している。

 

「ここに来たのはみぃんな残り物さ。汚れてる、壊れてる、価値が低い。みんな売るときに捨てようとしてたのをやあちゃんが保管してたのさ」

 

「瀧磐くんが……」

 

目の前でせっせこと働く彼は何も話さなかった。ただ『任せろ』とだけ言い、ここまでのインテリアを用意した。未だに分からなかった。何の得が無いとしても自分を助ける彼の心理が。

 

「彼は昔からああいう風、なんですか」

 

「ああいうってのは?」

 

「その、優しいという意味です」

 

深月の言葉を聞くと、くしゃっとロウは笑った。まるで自分のことかのように喜んでいるようだ。

 

「そうだねえ。不器用で雑なところはあるが優しい子だよ。ここ最近は人が変わったように暗かったけどねえ。元気になって良かった」

 

「彼は、前に進んでるんですね。私はとても……」

 

思わず下を向いてしまう。心を砕いたあの光景は未だ頭から離れず、足は怯えすくんだままだ。いつまで経っても時間は止まらない悲しみをいやしてはくれない。だからこそ、戦士となり、前向きに進む彼の強さが眩しく見えた。

 

「あっはっは。ありゃあやせ我慢というやつだよ」

 

「え──」

 

「あの子の両親はもういない。今この世で血が繋がってるのは、私だけ」

 

すらすらと何気なく語るには、重々しい内容だった。だが、彼らにとっては普通なのだろう。それが何とも悲しく、言葉が出なかった。

 

「やあちゃんの時間は爺さんが死んでから止まったまんまだ。今は何かをきっかけに時計の針を動かそうと藻掻いてるだけ。みろんちゃんと一緒さぁ」

 

老化により閉じた細目が見透かすようにこちらを向いていた。胸の奥がざわめく。肌の下をガラスの破片が這うような痛みと不快感に襲われる。冷や汗が肌から生まれようとした時、老婦人は優しく語り出した。

 

「いいんだよ。不安なままで」

 

「……でも、私はまだ前に進むことも出来てなくて」

 

「時計の針は勝手に進んじまうもんさ。壊れててもいつかはね。どうしても直らない時計が急に動き出した時、うちの爺さんも困り果てたもんだ」

 

八人の方を向き直したロウはどこか遠くを見ているようだった。その目は優しい丸みを帯びており、深月は困惑した。心の中は過去の絶望と今の暖かさで混ざりあい、思考を纏めるにはその色は混沌とし過ぎている。

 

「藻掻いてもいい。耐え忍ぶのもいい。唯一駄目なのは諦めることさ」

 

「諦める……こと」

 

「ああ。やあちゃんも好きなうちの爺さんの口癖さ。諦めない限り、明日は変えられるんだっつてね。それで大分苦労したがね!」

 

彼女のしわだらけの口がカッカッカと乾いた笑いを起こす。すっと胸のうずきと体中の不快感が和らいだように感じた。笑うロウの顔から目が離せない。『明日を変える』。一瞬のうちに悲しみの濁流を止める栓へと化したその言葉を受けて、胸にうずめていた何かが漏れ出す。

 

「その、私……!」

 

「深月~!今暇!?」

 

遮られた。能天気な声で駆け寄って来た八人は瞬く間に何か重要なものを邪魔したと気づく。その証拠に、深月から普段の数倍の眼光で睨まれている。まん丸で大きい目がこちらを一点集中で見つめており、野生の立場的に下であることを自覚せざるを得ない。

 

「……要件は何。瀧磐くん。急ぎのようでないならもう一度投げ飛ばす」

 

「お前剣道部のはずだよなぁ!?まあ、ひとまずこれ見てくれ」

 

そう言うと、八人はスマホの画面を見せた。その中で、狼の形状をした頭を持つキャラクターが手を叩き、激しく踊っている。深月はその名を良く知っており、なぜ彼が皆目見当もつかずその名を放ってしまった。

 

「テガソード!?!?」

 

「なんだ。お前知ってたのか。百夜陸王のMVで話題になったこいつの店があるんだけど、この踊りで大バズリしててさ」

 

「まさか。君もしかして」

 

恐ろしい提案が来ると簡単に予想できた。ロウはほほえましそうにその会話を見ている。ふふんと得意げそうににやつく八人と口角の上げ方がそっくりだ。両親は酷く疲れ、置いたばかりのソファに崩れている。誰も止めてくれる人はいなかった。

 

「深月、お前はこの喫茶店のアイドルになれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深月三龍は踊った。それはもうたくさん踊った。ケボーン、ガブガブ、デカデカ、アバアバその他etc。なまじっか運動神経が良く、見本の動画を見ながらであれば、ほぼ完璧に踊れるのだから非常に困る。両親とロウは授業参観かのごとく眺めるだけで全く止めてくれなかった。気づけば窓の向こうは夜空へ変わり、数多のダンスをやり切った彼女はふらふらとソファに座る八人の隣へとなだれ込む。

 

「瀧磐くん。私、王子様扱いは嫌だって言ったよね」

 

「このダンス踊る時点で王子様ではないだろ」

 

ぐうの音も出なかった。どうやら今は撮った動画をSNS用に編集しているらしく、いつの間にかケーキも食べながらノートパソコンと睨み合っている。疲れが溜まっているのか目がとろんとしている。夜には弱いタイプのようだ。

 

「こういうの詳しいんだ。意外」

 

「ん、別に。時計屋に客呼びたくて色々やってた時期があったんだよ」

 

結局閉店しちまったけどな、と語る八人の横顔は物悲しそうで、遠くから聞こえるさざ波が異様に似合った。

 

「ごめん。余計な事言った」

 

「気にしねえよ。それと、改めてありがとな」

 

キーボードから指を離し、膝へと置いた彼は深々と頭を下げた。珍しく生真面目な対応に、彼女は背を伸ばし、それに真っ向から相対した。

 

「俺、お前に会えてよかった。あの日、お前に会えなかったら俺はあの浜辺で燻ぶったまんまだった」

 

午前までの元気はどこへ行ったのやら。朝顔のようにしおれたその柔らかい表情に、彼女は瀧磐八人の本質を見た気がした。ケーキを美味しそうに羨ましそうに頬張るその姿は少年らしさに溢れている。

 

「今すごく嬉しいんだ。爺さんとの記憶が、またここで生き始めるんだって」

 

息を多分に含んだ言葉が、静かに口から出ていく。こくりと首が傾いた。仕返しに動画でも撮ってやろうと思ったが、心地よさそうな笑顔で段々瞼を閉じていくその顔を見て、スマホを取り出すのをやめた。

 

「だからさ。絶対願いを叶えてやるから。もう怖がるな……よ」

 

無言の時間が数秒流れた後、赤子のような寝息が聞こえ始める。あまりに愛おしいので眠る彼の頭頂部を一撫でしてしまう。出会って変わったのは彼だけではない。不思議と悪夢を見なくなったこと、こんな不愛想な女にお姫様と言ってくれたこと、初めて珈琲の味を褒めてもらえたこと。起きてる彼に言うのは恥ずかしく、どんなに考えても言葉はまとまらないので一言だけ耳元でささやいた。

 

「──ありがとう」

 

 

 

 


 

一か月ほど経ち、今は3月末。二人の通う三十ヶ浜市立浅見高校では、どこの部活も来たる新歓に向けて入念な準備を行っている。矢継ぎ早にクラスメートが教室から出ていく中、窓際の角で八人は二人の男子と話していた。じりじりとにじりよるニット帽を被った筋肉質な男子の後ろで、クールな雰囲気を漂わせるイケメンが呆れた顔をする。

 

「お前ぇ、黒姫の店でバイトしてるんだってな……」

 

「げ、なんでそれを」

 

見せられたスマホに映るのは、SNSにアップされた深月の写真。数日前、喫茶店でツーショットを撮ってくれと懇願していた女生徒がいたことをぼんやりと思い出す。その背景には黒マスクをし、同じ制服に身を包んだ八人の姿があった。角に追い込まれ、逃げ道はまるでない。

 

「こんなSNS時代だ。マスクだけなら余裕でバレるぞ」

 

「くーっ!羨ましい!一体全体どういう手を使ったんだぁ!」

 

片やニヒルに笑う一方で、ニット帽の生徒は胸ぐらを掴み、悔しそうにこちらをぶんぶんと揺さぶる。面倒なことが起きたと心の中で大きなため息を吐いた。

 

「成り行きだよ!たまたま困ってたから助けただけで」

 

怪人が現れ、指輪に選ばれ──と言っても信じられるとは思えない。嘘を言わないギリギリの範囲で答えた。不服そうに納得した彼はすっと窓枠にもたれかかり、細い目でこちらを睨み続ける。

 

「それでもまあ、あんなに擦れてたお前が、中学のお人好しくんに戻るとはなあ」

 

「え、俺そんな風に呼ばれてたの?」

 

「なあ、やっぱ姫となんかあったのか!?あの大盛況の裏にラブストーリーが……」

 

「なってねえ!冗談でもやめろ!ファンから殺される!」

 

段々と人の数が減っていく教室の隅でやんややんやとしていると、視野外にただならぬ気配を感じた。ふと二人から目を離すと、彼らの背後に深月が立っていた。いつもよりも目つきが鋭い。会話を聞かれていたのだろうか。

 

「瀧磐くん。バイトの時間」

 

有無を言わさず、手首を掴まれた。引っ張られ強引に教室を出ていく八人を二人はニヤニヤと笑いながら見送る。廊下や靴箱での視線が痛い。ようやく高校を抜けた下校路は通行人が少なく、とても静かで安心した。二人の足音だけが下校路に響く。

 

「深月、これ」

 

八人が見せたのは、深月夫婦から送られてきた喫茶店「未来」の盛況の様子。深月三龍の美貌を活かした作戦は見事成功し、日々多くの客が舞い込んで来ていた。SNSでも生徒達はこぞって料理と深月の写真を上げていた。ギギギという音が聞こえるような笑顔の写真にものすごいインプレッション数が付いている。

 

「良かったな。まずは人呼び込むのには成功だ」

 

「うん。でも、まだこれから。お客さんを定着させなきゃ」

 

また新たな商品を考えたらしく、春の詰め込みドリンクなるものを熱心に語り出す。この時間はもはや二人の最近の習慣である。いつも虚ろで遠くを見ている彼女が唯一この時だけは、目に光を取り戻し、未来を見つめる。それがとても愛おしく、彼は深くうなずきながら話を聞いていた。

 

「大丈夫だよ、深月。願いは叶う。お前の心の闇ももうすぐ晴れるよ」

 

「…………」

 

なんと答えればいいか分からなかった。無責任にうんとは言えない。今の状況に安心しているのは事実だ。しかし、どうしてもこの心臓を雁字搦めにするのはいつか見たあの光景。足音しか聞こえなかった二人の空間に、段々とさざ波が入り始める。見慣れたウッドクラシックな看板が見えてくる。

 

「──願いの前に仕事。今日もホールよろしく」

 

「はいはい。店長たちも大変だろうし、さっさと着替えますかぁ」

 

ドアノブに手をかける。瞬間、違和感を覚えた。その確信を得るためにも力いっぱいひねり、扉を開ける。

 

割れた蛍光灯がチカチカと光り、壊れた椅子とソファを不規則に照らしていた。床に割れた皿と料理が散らばっている。踏みにじられた花束は土まみれで見るも無残な姿で残っている。だが、一際目を引いたのは人影が一つもなかったことだ。先ほど送られてきた写真にはあんなにも人がいたはずなのに。それだけじゃない。思い返せば()()()()()()()()()

 

「早く逃げるぞ。まだ遠くまで犯人は行ってないはずだ」

 

彼女へ目を向けた瞬間、一か月前と同じ表情の深月三龍がいた。震え、怯えている。激しい心臓の動悸がこちらにまで聞こえてくるようで、自然と冷や汗が首筋をつたう。安心させようと差し伸べた手が力強く払いのけられる。その行動に彼女自身も驚いていたようで声にならない弁解をしている。混沌とした状況の最中、甲高い叫び声が耳に入る。

 

「お母さん!」

 

「おい!待てって!」

 

深月は衝動的に声の鳴る方向へと駆け出す。今の彼女では危ないと八人も追いかけるが、純粋な身体能力で彼女にはかなわない。湿り気をおびた潮風が、制服の下に着こんだパーカーのフードに入り込む。とてつもなく嫌な予感がした。深月が足を止めた。小さな曲がり角。そこで二人が目にしたのは、今まさに深月母の首を掴み、持ち上げている紫色の鎧騎士の姿だった。

 

吸収(ドーザ・ウジュラ・ザンガ)

 

聞き覚えのある声。脳に電流が走り、その正体があの日消えた黒い靄である事を確信する。左手に携える大盾の前面が開き、赤い邪眼が現れる。光を放ったそれは彼女を吸い込み、消失させた。深月はその場に崩れ落ちる。走った疲れも忘れ、怒りに任せた咆哮が誰もいない町に響き渡る。

 

「エェンゲージィ!!」

 

『タイムレンジャー!』

 

考えなしに放つ拳はいとも簡単に大盾で受け止められる。一瞥もせずに跳ね返した鎧騎士はこちらへと向き直り、呪文を唱える。

 

召喚(ウー・ザザレ)

 

紫色の魔法陣がいつか見た厄災の兵を呼び出す。曲がり角が細く、鎧騎士の背後が行き止まりなのもあり、二人は一瞬で取り囲まれていた。彼につき従うように、囲む兵たちは一歩も動かない。首魁と考えるのが自然だった。八人は双剣ダブルベクターの柄を繋げ、ナギナタ状のツインベクターへと変える。背後で震える深月をかばうように立ち構えた。

 

「その声、よく覚えてるぜ。靄から随分とイメチェンしたんだな。厄災の親玉さんよぉ」

 

騎士の鉄仮面に変化はない。生気のない重い声で、ただ冷徹に真実だけを伝える。身体から溢れる異様なオーラが第六感を通じ、自然とつま先に力がかかる。

 

「親玉なぞ恐れ多い。我らは死。この世全ての裏にある者」

 

じりじりと兵と騎士が近づいてくる中、ツインベクターのパワーボリュームを最大まで上げた。横一文字に薙ぎ払うと、土煙がたち、一瞬敵の姿が隠される。だが、鎧騎士は無傷で煙から飛び出した。大盾で頭胴体を隠し、猛スピードで接近してくる。

 

爆破(ザザード)

 

「くっ!」

 

足元に軽い爆破が起きる。戦士の肉体であればなんともない攻撃だが、未知の攻撃にどうしてもひるんでしまう。意識が敵ではなく攻撃へ向いた1ミリ単位にも過ぎない秒間に、騎士は居合を以てタイムレッドを切り抜く。紫の炎を纏ったその一撃は、赤い強化スーツを引き裂き、内部の肉体にまでダメージを与える。あまりの早業に、わき腹からどくどくと流れる暖かい液体が自分の血だと理解するのに数秒の時間を要した。

 

「この身は仮初の肉体。名は、厄災騎士ウルザード。」

 

「が、うぐあぁ……」

 

「瀧磐くん!瀧磐くん!!しっかりして……!!」

 

「指輪を渡せ。さすれば命までは奪わん。偽の指輪の戦士としての最期の礼儀だ」

 

倒れ、うつ伏せになるタイムレッド。近寄った深月はどうにか流血を止めようとハンカチで抑えるが、その色は瞬く間にスーツと同じ赤色へと染まっていく。剣先がメットの側頭部へと向けられる。それはまるで彼女の心に深く根付いた忌々しい記憶(みらい)と同じだった。

 

「瀧磐くん!お願い……指輪を渡して……あなたまでいなくなるのは──」

 

「……渡したら、深月はどうなる。消えた街の奴らはどうなんだ……」

 

「望むのならその小娘も逃がしてやろう。ただし、吸収された者どもは帰らぬ。我が主らの復活のいけにえとなるからな」

 

その言葉を聞き、タイムレッドは立ち上がる。クロノアクセスにより取り出した大型キャノン砲、ボルブラスターを持って不意打ちを試みた。しかし、銃口は盾により床へと降ろされる。すかさず振られた剣が頭蓋を守るヘルメットを砕き、藻掻き抗う男の目を露出させた。立ちふさがる圧倒的恐怖を前にして、その目は細く鋭く、かつ涙を含んでいた。

 

「死は運命だ。いずれ訪れるもの。受け入れよ」

 

「絶対に……諦めない。決められてたまるかよ、お前なんかにぃ!」

 

現れよ、指輪の戦士(ドーザ・ウル・ウザーラ・ザザレ)

 

ウルザードが握っていた右の拳から二つの黒い指輪が現れる。紫の光を放ったそれらは、黒い靄から二体の赤い戦士を召喚させる。王を受け継ぐ挟撃の勇者、キングキョウリュウレッド。そしてもう一人、権力に魂を売った悪徳警官、ネオデカレッド。片膝立ちをするタイムレッドを中心にした正三角形を描くように、3人の戦士は彼を囲む。むろんその背後には戦闘員たちも待ち構えている。勝てるはずが、なかった。

 

「未来は……変わらない……」

 

「そうだ。そしていずれ厄災によってすべては滅ぶ」

 

構えられた二連の銃口が、赤い剣の切っ先が死を予告していた。本能的に八人は右手にテガソードを出していた。静かにウルザードはそれから指輪を取り出す。霧のように全ての兵が消えた。まるで今までの景色が悪夢でもあったかのように。

 

「時を司る指輪。これこそ我らが追い求めていたもの」

 

指輪を確認し、崩れ落ちる八人を一瞥することなく、ウルザードは去る。誰一人として、この町に立ち向かおうとする者はいなかった。ポケットから懐中時計が零れ落ちた。鳩のレリーフが硬い地面で傷つく。時計の針はそれでも動かない。

 

「さらばだ、二人の指輪の戦士。いずれ訪れる滅びで逢おう」

 

転移(ウーザ・ウジュラ)と唱えた騎士は紫色の光と共に消えてなくなった。泣くこともなく、深月は虚空を見つめていた。変えられると思っていた未来と幸福に満ちた今。八人は、深月の取り戻しかけた全てが奪われたことに脳が震えるほどの怒りを覚えた。それと同時に何もできなかった自分への悔しさも握りしめた拳から血となり溢れ出ていた。

 

「なんでだよ……なんで奪われなきゃいけないんだよ!折角!笑顔を取り戻せたのに!」

 

誰にも届かない慟哭が町中に響く。日が落ち、夜となっていく。月が雲に隠されたこの夜は、未来を見つめるには余りにも暗すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街から人が消え、そのことがニュースになり始めた。警察が向かってるらしいが、謎の集団により妨害されているらしい。SNSに掲載された写真には見覚えのある敵がちらほらといた。喫茶店「未来」には救急箱があり、応急処置には完了していた。血にまみれた制服は脱ぎ捨てられ、今は包帯を巻いた上半身が冷たい空気にさらされている。

 

「爺さんの教えがこうも役に立つとはな」

 

荒らされた店の中、破壊箇所が少ないソファに寝そべり、八人は呟いた。傷を負った彼を店まで運び込んで以来、深月は自分の部屋に閉じこもっている。一縷の望みをかけ、ロウへと電話をかけた。だが、いつまで経っても優しい声が聞こえることは無かった。

 

「こんな時、あんたならどうしたんだ」

 

半壊のテーブルに置いた懐中時計は何も答えない。店内には奇跡的に破壊を免れた振り子時計のだけが音を刻んでいた。緩やかに滅びの時が近づいている。そんな気がした。

 

「あんたより最悪な終わり方になるとは思わなかったよ。全くホント……」

 

再び拳が血で滲んだ。抑えていた涙のダムは既に決壊し、二の腕はびしょ濡れだった。壊された願い。もう来ることのない明日の数々。目に映る全てが悔しくて、悲しくて。目を瞑らずにはいられなかった。何度も、何度もソファに拳を叩きつける。

 

「これから、どうするの」

 

跳び起きる。かすれ切った彼女の声。泣き腫らし、赤くなった瞼。望まなかった彼女の姿に目を逸らしそうになるのを必死でこらえた。

 

「何も見えないの。明日もその先も」

 

「それって……」

 

「私の指輪能力は未来予知(プレディクション)。ランダムに人の未来が見通せる」

 

語る彼女は苦しさから解放されていた。それは諦め。未来を踏みにじられ、死の恐怖に怯え続けた者の末路だった。

 

「だいたい1年前、この指輪を手にした。この能力を知ったのは鏡を見た時。私は惨たらしく殺されていた。未来なんて、願いなんてなければいいって。そう思ってわざと負けたの」

 

言葉が出なかった。彼女が語る光景は余りにも鮮明で絶望に満ちていた。死の恐怖は彼女を縛った。消えない傷が胸の内に残り、彼女の時間を止めたのだ。

 

「だから一か月前、戻って来た指輪を浜に投げ捨てた。でも、それが人に渡ったらどうしようって思って戻ったら。あなたがいたの」

 

声が段々と震えていく。その大きな瞳から枯れたはずの涙が再び流れ始める。ひっくひっくとすすり泣く姿はとても見てられず、アドレナリンに任せてソファから立ち上がった。

 

「あなたなんかに……会わなければよかった。そうしたらこんな思いも……うぅ……」

 

声を上げて泣き始める。許せなかった。ただ両親の店を想っただけ。その願いの果てにこうなる世界が、理が許せなかった。どうにも出来ない感情の果てに、テーブルに置かれた懐中時計を掴み取る。一か月前にはできなかったこと。祖父の形見を壁へと投げつけたのだった。

 

「変えられるんじゃないのかよ!あんなのに……勝てるわけない……」

 

その時だった。新たな音が聞こえた。その主は、投げつけた懐中時計。動かないはずの針がもう一度時を刻み始めたのだ。かすかな希望と大きな疑問を持って、時計に近づく。銀の蓋は二重構造となっており、一枚の紙が動き出した時計の中から飛び出していた。

 

『過去が希望をくれる』

 

「過去が……希望……」

 

走馬灯のように記憶(過去)が頭の中を過ぎていく。楽しかった祖父との日常。数え切れないものを教えてもらったあの日々。そして、この喫茶店で過ごした日々。大好きな人々の、大好きな笑顔に救われた。今を生きる理由、時間の進み始めたきっかけがそこにはあった。

 

「何も消えちゃいない。爺さんが積み上げた過去が、深月との日々が、今俺の中で生き続けてる」

 

制服を着直そうにもシャツは血で真っ赤なため、クローゼットを開き見渡した。そこには、ウエイターの制服が綺麗にかけられていた。乾いたパリパリのシャツを包帯の上から着る。あの時とは違う。この店で着続けたこの肌触りが心地よかった。それと同時に、絶対にこの日々を奪わせてなるものかと心が叫んでいた。

 

「深月。俺は行くよ」

 

SNSで調べは付いていた。目撃者の写真投稿が途切れた最終地点。その全ての中心に棄てられた廃工場がある。ここからそう遠くはなかった。ハッとして縋るように深月がついてくる。

 

「……昨日見たの。君の未来。あのウルザードってやつに殺されて死ぬの。私の目の前で」

 

「お前の未来予知、当たったことあるのか。」

 

彼女の瞳は見ずに言った。暗いマイナスエネルギーに満ち溢れたその目を直視するのには、少しだけ時間がかかる。カバンに入れていた赤いパーカーを制服の下へと着込む。夜はいつも以上に寒さが厳しかった。

 

「何が、言いたいの」

 

「お前がどんなに怖い思いをしたのか、恐ろしいものを目にしたのか。俺には分からない。でも、いつかは立ち向かわなきゃいけないんだ。未来ってやつに」

 

振り返り、暗く影を落とした深月の瞳を見つめる。止まらない悲しみを時間は癒してはくれなかった。ならば来たる未来に勇気をもって立ち向かわなければならない。この瞳の奥が燃えていた。そう錯覚させるほどに、深月にとって今の八人は眩しい。

 

「だから俺が証明してやる。今度こそ未来は、明日は変えられるんだって」

 

一縷の望みをかけて、黒い指輪を手に、店を飛び出した。誰もいなくなった喫茶店で深月はいつかロウが言っていた言葉を思い出す。カウンターにてロウの影が再生され始めた。

 

『いいんだよ。不安なままで』

 

『諦めない限り、明日は変えられるんだっつてね』

 

「諦めない……こと」

 

下を向き、目をふさぎ続けていた。彼が置いていった懐中時計が、時を静かに刻んでいる。開いた扉から新しい風が吹いた。時計を握りしめ、崩れた服装もいとわずに走り出した。こみ上げる熱い思いが新しい時を刻み始める。雲に隠された月が今姿を現し始めた。

 

 

 


 

 

 

 

 

虚ろな目をして人々が整列していた。その中には八人達の同級生や深月の両親の姿が見受けられる。魔法陣の上に立つ彼らはみな寸分違わない姿勢で手を合わせている。まるでこれから来たる何かに祈るように。廃工場の天井は一部穴が空いており、暗い空がのぞき見える。

 

「我らがクラディスの主よ。復活のときはまもなく」

 

握る四つのリングが光る。浮かび上がり、黒いリングが金色のリングを中心として、空中に正三角形を描く。紫色のエネルギーがほとばしり、今まさに何かが起ころうとしたその時。

 

「ッ!何奴!」

 

剣から放たれた稲妻が半開きの扉に隠れていた影を襲う。サングラスとスポーツキャップを付けた人影は爆風などを諸共せず、迷わずこちらへと走ってくる。兵たちがその道を塞ぐが、鬼神の如き勢いで跳ねのけられる。だが、抵抗のもみくちゃで、サングラスがポロっと落ちる。それは数刻前の少年、瀧磐八人であった。

 

「邪魔だ!オラァ!」

 

「貴様……死にに来たか」

 

「生憎死ぬつもりはねえよ。全部、取り返しに来ただけだ!」

 

ぬるぬるとした怪人の顎に回し蹴りを喰らわせる。タックルしてきた小鬼は膝と肘で挟み込み、鋭い肘突きを首へと食らわせる。雑兵が放つ銃弾をものともせず、八人は一直線にタイムレンジャーのリングへと激走した。

 

「無駄なことを。現れよ、指輪の戦士(ドーザ・ウル・ウザーラ・ザザレ)

 

浮かぶ黒い指輪は再び二体の赤い戦士、キングキョウリュウレッドとネオデカレッドに姿を変える。彼らは向かってくる八人に銃口と剣先を向ける。乱射されるディーリボルバー。かすった弾が頬をかすめ、血を垂らす。服はところどころが破れ、意気揚々と被ったお気に入りの帽子は縁が焼け焦げている。遂に至近距離で起きた爆発に八人は吹き飛ばされ、地面へうつ伏せに倒れる。

 

「まだだ……まだ、ぐぁ!」

 

それでも立ち上がる彼の腹にキングキョウリュウレッドが蹴りを入れる。紫の魔法力に操られ、少年の頭をひっつかみ、1,2,3と拳をまた腹に食らわせる。血が彼の口から吐き出され、力なく倒れ伏す。

 

「終わりだな。指輪の戦士よ」

 

障害の最期を見届けに、死の騎士が歩み寄る。首へと剣を向け、苦しむ顔を拝もうとした。しかし、彼の口元はにやりと笑っている。まるで子供がジャリの中から一粒の宝石を見つけたかのように。

 

「まだ俺を指輪の戦士って呼ぶんだな」

 

「何が言いたい」

 

八人はポケットに入れていた黒い指輪を取り出す。それは何かに呼応するように赤く燃えており、黒く塗りつぶされた面が徐々にその正体を現そうとしていた。未だ死を恐れず、その目から希望を失わない彼をウルザードは理解できなかった。

 

「まさか、この確証のない僅かな可能性に、貴様は懸けたというのか」

 

「悪いか。こちとら死に物狂いなもんでな」

 

反射的にウルザードが剣を振りかぶる。瞬間、這いつくばる腕に全力で力を込め、バク転する形で断頭を避けた。ネオデカレッドの威嚇射撃も避け、三体の戦士から距離を取る。それらの背後にはぞろぞろと雑兵の数が揃いつつあった。それでも、八人はその瞳に影を落とさない。ウルザードは彼に問いた。

 

「何故抗う。死を前にして、貴様は何故戦える」

 

「信じてるからさ。明日は変えられるって。だから俺は、前に──」

 

希望を乗せて指輪をクルリと回した。だがその明るい表情は指輪から吹き上がった黒い炎に焼き尽くされる。八人の身体を覆い尽くし、身体の内側と外側を同時にあぶるような苦痛が全身を襲う。ウルザードは憐れむように悶え苦しむ様を見下げている。そして、運命の神様がいたずらしたかのようなこのタイミングで、深月三龍はこの場へたどり着いたのであった。

 

「う、嘘……瀧磐、くん」

 

「黒の指輪、それは厄災が作り出した模造品。力に耐えられないのは当然か」

 

「結局、未来は、変わらない。願いは、叶わない」

 

眼球が燃え、視力を失う最中、力なく座り込む深月の姿が微かに見えた。激痛走る身体で立ち上がり、彼女へと一歩一歩近づいていく。既に声帯は焼け焦げ、声は届かない。

 

「……哀れだな。せめてもの礼儀だ。まとめて終わらせてやろう」

 

刀身が紫に光る。呪文さえ言わず、二人の時計の針は、まるで電池が切れたかの如くその進みを遅くしていく。俯く彼女を確かにその燃える身体で抱きしめた時、八人の視界はホワイトアウトした。

 

 

 

 


 

 

 

 

目覚めると炎が燃え盛っていた。ふと見渡すと地面がない事に気づく。自分が今何もない床に立っていることを認識すると、急に呼吸が苦しくなった。吸えば吸うほどに肺が詰まっていく。このまま死ぬのかと必死に息を止めようとすると、背後から肩を叩かれた。

 

「息を吸うな。力を抜け。ここはそういう場所だ」

 

振り返る間もなく、その低音の主は横を過ぎ去り、八人の前にその姿を現した。彼の変身していたタイムレッドによく似ているが、細部が違う。赤い戦士の言う通り、息を止め、力を抜いた。するとすぐに、肺の痛みは治まり、ここが現実でないことを悟った。

 

「なあ。ここどこよ。俺地獄に落ちた感じ?」

 

「何のために力を求める。お前はこの指輪に、何を願った」

 

質問には答えず、炎の中に立つ男はそう言った。気づけば彼との間にはギラギラとした赤い豪炎が壁となり、立ち塞がっている。それは暗闇の中で光を放ち、目覚めたばかりの瞳を燃やす。

 

ふと、目を閉じた。あの日からもう戦わないと言うチャンスはいつでもあるはずだった。それでも戦おうとした。その時、頭の中にあったのは、今にも泣きそうに指輪を回そうとする彼女の顔だった。

 

「最初はただ、死に物狂いで。身体が勝手に動いて気づいたら戦ってた。願いなんて、多分なかった。」

 

炎が勢いを増していく。解答を間違えたのか。そんな小さなことを八人は気にしていなかった。瞼を開き、言葉を紡いでゆく。

 

「けど、今は違う。深月の言う通り、未来は変わらないかもしれない。それでも俺は、今と違う明日が欲しい。あいつが何にも怯えず、あの喫茶店で過ごせるそんな明日を求めてもいいんだって。だから、俺の願いは──」

 

自ら炎へと飛び込んでいく。男が持つ力を奪い取るために。身体の節々が焦げていく感覚があった。視覚や聴覚の五感は足を踏みしめる度に熱の痛みでおぼろげになっていく。それでも八人は進む。新たな未来に進むため。求めた終わりにたどり着くため。

 

深月(あいつ)の、とびっきりの笑顔を、見たいんだぁぁぁぁ!!」

 

声にならない雄叫びを全身全霊で叫ぶと、いつの間にか身体は炎の向こうへと辿り着いていた。四肢に傷はなく、痛みはない。ただ胸の中にごうごうと熱い思いが燃えているだけだ。男は目の前に立ち、呆れたように喋った。

 

「言ってて恥ずかしくないのか、そのセリフ」

 

「あは、ちょっとな」

 

少し照れ臭く笑いながら答えると、より大きくため息を吐かれた。何かまずかったのだろうかと首をかしげる。

 

「その目、あいつにそっくりだ。ったく、嫌になるぜ」

 

「あいつ……?」

 

思い浮かべた誰かを教えることなく、男は戦士としての姿を解き、八人に何かを託した。それは赤いブレスレット。瞬きのうちに黒い指輪へ変わったかと思えば、真っ黒の面が打ち砕かれ、機械の恐竜を描いた面が姿を現す。

 

「変えてみせろ。未来を」

 

頷く。炎が段々とその勢いを失っていく。この空間にいれる時間が短いのだと直感的に感じられる。風が舞い、炎が揺らめく。顔を隠していた帽子が飛んでいき、ぎらついた目を晒した。

 

「叫べ。そいつの名は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると深月を抱きしめていた。絶望に満ちていたはずの彼女はその目を更にまん丸に見開き、口をパクパクさせて、驚きを隠せずにいる。大方言いたいことは「なんで?」だろう。自分でもそう思う。先ほど焼き焦げていたはずの自分の肉体はすべて元に戻っている。痛みの跡はこれっぽちもない。ひとまず詮索は後にして、無言でもう一度強く抱きしめると、こちらを凝視するウルザードに向かい合った。

 

「厄災の力を制御したというのか」

 

「知らん。だが、向こう側で逢った奴は正義の味方って目ぇしてたぜ」

 

再び指輪をクルリと回した。現れたのは炎の中で見たあの赤い戦士。右手に銀色のテガソードが現れる。深く息を吸う。ウルザードが無言で指を鳴らすと同時に、煤焦げた帽子を上へと投げ飛ばした。

 

「下がってろ、深月。エンゲージ!」

 

『センタイリング!』

 

 

【挿絵表示】

 

 

リズムに合わせ、まず頭上で手を叩いた。次に刀に手をかけるように腰の右横でテガソードをはたいた。敵が迫り、ウルザードの魔法によって周りが燃える中、落ち着いて体の左斜め前で左手の甲を軽くテガソードでノックする。最後に、テガソードを顎の下で叩く直前、あの炎の中で出会った戦士の名前を叫ぶ。

 

「タイムファイヤァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

二体の赤い戦士が放った攻撃が八人へと直撃する。その衝撃で工場の一部が崩れ、瓦礫となり彼を押しつぶしたかに思えた。しかし、その爆発の中から現れたのは死体ではない。何もないのだ。

 

「やったか」

 

深月は信じていた。何故ならすでに運命は変わっていたからだ。未来予知の中で黒焦げになり、燃え尽きるはずだった少年は、一筋の光を切り裂いていた。天井から差し込む月明かりがステージライトのように一か所を照らした。彼女は思わずそれを見て安堵した。その光がガンマンのシルエットを描き出していたからだ。

 

「やっぱり、君は」

 

警戒する二体の赤い戦士を銃弾が襲った。コツコツと何かを打ちつける音がする。音のする方向へ全員が振り向けば、スナイパーは満月をバックにして、天井の穴の向こうに立っていた。その姿は炎の中に見た深紅のスーツそのもの。歪む未来を救う、時が定めた戦士の名はタイムファイヤー。厄災の闇に打ち勝った八人が掴んだ正義の力である。

 

「来い、真の指輪の戦士。相手をしてやる」

 

「上等じゃねえか。今ここで、どちらが黒い指輪ナンバーワンを決めてやるよ!」

 

瞬間、現れる仮面をつけた応援団員の男性。空間はプロレスリングへと塗り替えられる。

 

「いざ掴め!ナンバーワァァァァン!!」

 

現れる観衆。両者を応援する大音量の歓声。戸惑う間もなく、両者はリングの上で大見得を切る。

 

「厄災は不滅。我らは死から産まれ、死へ帰す者。仮初の名は厄災騎士ウルザード。貴様らの命貰い受ける。」

 

「運命なんてこの手で掴む!燃える深紅の勇者!タイムファイヤー、瀧磐八人!俺たちは、未来を切り開く!」

 

観衆の中にいつの間にか深月がいた。困惑しながらも見つめてくる彼女にサムズアップで答える。行司のように手を振りぬく応援団員。今決戦の火蓋が切られる。

 

「ナンバーワンバトル!レディィ……ゴォゥッ!!」

 

月明りを背景に穴から飛び降りるタイムファイヤー。それを取り囲むように雑兵が寄ってくるが、冷静に拳銃DVディフェンダーにコマンドを音声入力する。

 

「DVチェンジ!バルカンモード!」

 

空中でひねりを加え、ひっくり返り濡れた傘を回転させるように、銃弾の雨を降らす。火力を調整したその一発一撃は重く、防御する知恵のない雑兵は次々に倒れていく。腰を低くしたスーパーヒーロー着地を決めた時にはもう、敵は半数しか残っていなかった。

 

「へっ。結構やるな、これ」

 

だが、ただでやられる厄災ではない。突如強襲してくるキングキョウリュウレッドに対し、なんとか銃のフレームで振り下ろされる剣を受け止める。リーチの差と単純な武器の性能の違いで、押し負けそうになる。さらに、ネオデカレッドまでもが迫ってくる。しかし、逆転の一声でその状況を突破する。

 

「DVチェンジ!ディフェンダーソード!」

 

音声入力されたDVコマンダーは剣型へと変化する。刃がぶつかりあい、激しい金属音が鳴り響く。互角の状況に一石を投じたのはタイムファイヤー。相手の見せた一瞬の手のしびれを見逃さず、赤い剣を真上へと打ち上げた。

 

「今だ!DVチェンジ!ファイナルモード!」

 

エネルギーが臨界点まで凝縮され、刀身が青く光る。それを視認したネオデカレッドがディーリボルバーにSPライセンスを装填し、決死の一撃を喰らわそうとする。しかし、一瞥することなく跳び上がると、タイムファイヤーはネオデカレッドの肩を踏み台にし、さらに跳び上がる。上空から重力の勢いも上乗せされ、高密度エネルギー刃の回転斬りが二体の装甲を裂く。当然生まれる数秒間の隙。そこへ必殺の斬撃が叩き込まれる。

 

「DVリフレイザー!!」

 

切り裂かれ、爆散する二体。爆発はすぐに収縮し、黒い靄を吐き出したのち、フィギュアへと圧縮冷凍された。そして指輪へと姿を変え、勝者を称えるように、吸い取られるようにタイムファイヤーの手に収まった。ガシャガシャと音を立て、ウルザードが近づいてきた。その様子は変わらず、怒りも悲しみも見えなかった。

 

「よもや想いの力がここまでの物とは。我らは人間を侮りすぎていたのやもしれぬ」

 

「死のなんたらなら知っておきな。生き物は死にたくねえから強くなるんだってな!」

 

「そうか。ならば」

 

ウルザードは何かに納得したかのような態度を取った。その後、その右腕を天に掲げ、呪文を唱えた。

 

主よ我らが命を喰らえ(ウーザ・ウル・ウジュラ・ザンガ)

 

無我の人々に踏まれていた魔法陣が、その面積を爆発的に広げていく。紫の光を放つ紋様に触れると体中の力が抜けていく。それは戦闘員たちも同様で、段々こてりこてりと倒れてしまう。人々もまたやせ細り、同じように倒れていく。

 

「今魔法陣の範囲制限を外した。これで我らと、この星にいる全ての生物が生贄となる。もとより指輪を用いずとも、我らの命を火にくべれば復活の代償は足りていたのだ」

 

「備えは万全かよ……くそっ……このままじゃ、みんなが……!」

 

「認めよう、若き指輪の戦士よ。あの小娘とは違い、貴様は強い。だが、厄災は今蘇る。全てを黒い死に染めてな」

 

DVディフェンダーを床へと突き刺して耐えるが、仮面とスーツの中は汗にまみれている。紫の光はよりいっそう輝きを増し、なお耐える者の身体に茨となって巻き付いていた。肩が呼吸をし始める奥で見える人々もバタバタと倒れ始めていた。絶体絶命。ゆっくりと近づいてくるウルザードが大盾に収納された剣を取り出そうとした。

 

「そんなことは、させない!」

 

地面の紋様が点滅し、身体を縛っていた光が消える。脚の力が戻ったタイムファイヤーは即座に飛び出し、剣を抜いたウルザードと刃をぶつける。何が起きたのか。聞きなれた声の方へと八人は目を向けず、足止めに徹する。宙に浮かび、ほとばしるエネルギーでその身を守る金色の指輪。そこにじりじりと手を伸ばすのは、凛々しいものへとその表情を変えた深月三龍であった。その制服は反発するエネルギーにより、ほとんどが引きちぎれている。中心、すなわち金色の指輪へともうすぐ届こうとするその生肌には雷に打たれたかのように樹状の傷が広がり続けている。痛みを必死でこらえる彼女の口元からは噛みしめた歯より血が流れ出していた。

 

「いたい、いたい、いたい、いたい……」

 

激痛が走ろうとも、足を止めない。手を伸ばし続ける。あの未来予知で感じた脳天に食らう銃弾の痛みより、今の方がずうっと痛い。だけど、それでも、彼が未来は変えられると言い、目の前で死の定めを覆してしまった。だから───

 

「私も、明日を変えたい!!」

 

ガラスの砕けるような音がする。紫の魔法陣が完全に消え去り、やせ細った人々の肉つきが元に戻る。前のめりに倒れる深月。その傷だらけの右手には、金色の指輪が握られていた。

 

「やった……やったんだ……」

 

「深月!」

 

ウルザードを蹴り、その勢いで彼女の元へと走る。彼女の体には未だ痛々しい生傷が広がっている。だが、その顔は誇らしげで笑みがこぼれていた。

 

「私が見た未来は、町のみんなが消滅して、瀧磐くんが焼け死ぬものだった。やったんだよ、私達。明日を変えられたんだ」

 

ウルザードが残り少ない兵を引き連れ、二人に相対した。もう何も語らない。主の復活を邪魔した怨敵を撃滅せんといった雰囲気だ。深月が静かに立ち上がり、指輪を重々しく回転させた。力は彼女に答えたようで、銀色のテガソードがその右手に現れる。

 

「行こう、瀧磐くん。私たちの明日を切り開くために!エンゲージ!」

 

『センタイリング!』

 

風に後ろ髪がたなびく。深呼吸をし、気力をためるように右わき腹近くでテガソードに触れる。そして、銃口を突き付けるように右手を突き出し、両手を鳴らす。居合のように右手の剣を腰の左側から引き抜き、横へ大きく手を広げて、銀色の手甲を顔の右で思い切り叩いた。

 

『タイムレンジャー!』

 

右腕を横へ突き出して跳び上がる彼女の身が、赤いサイバネティックなスーツに包まれていく。その名はタイムレッド。無限の明日へと向かう時の戦士。今、二人の赤い戦士が並び立つ。新しい時を刻むために。

 

「かかれ……!」

 

ウルザードの後ろに立つ、巨大な口を持った二体の妖が火球を放つ。ダメージを負う二人にとっては当たれば瀕死の一撃。しかし、迷わず前へと躍り出たタイムレッドは両刃の剣ツインベクターで一閃。軌道を逸らされた火球が作り出す爆風を背に、走り出すもう一人の赤い戦士は続けざまにテガソードへ二つの黒い指輪をはめた。

 

『デカレンジャー!キョウリュウジャー!』

 

「うおおおおらあああああ!!!!」

 

左手に若き王子の赤い剣、キングガブリカリバーを持ち、それを支えにして大口径のマシンガン、ディーリボルバーを連射する。雑兵の銃撃をものともせず放たれる決死の銃撃に厄災の兵は数を減らしていく。段々とウルザードへと距離が近づいていく。

 

「今だ深月!」

 

合図と同時に、肩を踏み台にしたタイムレッドが上空へ大きく跳び上がる。構えた二振りの長剣が時計を描く。それは丁度12時を指していた。タイムファイヤーも最高潮にエネルギーの溜められた銃弾をその二つの銃口から発射した。

 

「ベクターエンド・ビート12!」

 

「ストライクアウト!」

 

月の明かりをバックに繰り出す鮮やかな剣劇はまるで絵画のように美しい。だが、そんな美麗に動く心を持たない厄災の戦闘員はリーダー格となるウルザードの肉壁となり、爆散する。未だ口を閉ざしていた鎧騎士は、今遂に懇親の一撃を放つ。

 

「ウルサーベル!闇黒魔道斬り!」

 

巨大なオーラを纏った紫の剣撃が二人を襲う。ディーリボルバーを投げ捨て、DVディフェンダーとキングガブリカリバー、ダブルベクターが攻撃を受け止める。三日月状の斬撃エネルギー体の勢いは止まらず、二人はいつでもその凶斬に倒れうる状態だ。しかし──

 

「「絶対に……諦めてたまるかぁぁぁ!!!」」

 

『キング!バモラムーチョ!』

 

指輪の力が二人の強い想いに応えるように、四つの刀身は蒼と紅に光って、その斬撃を跳ね返す。すかさず大盾の赤い目が高速詠唱により、吸収(ドーザ・ウジュラ・ザンガ)を試みる。が、赤い目にひびが入った。吸収しきれないエネルギー量に盾の前で爆発が起こり、ウルザードは手痛いダメージを負う。ついに敵が膝をついた。ありえないことに戦況は二人の戦士が優勢だ。

 

「終わりだ、ウルザード。お前の計画もここで──」

 

「まだだ!死に終わりが無いように。かくなる上は我らがこの世を滅ぼすまで!」

 

続けざまに三つのまがまがしい呪文、黒馬召喚(ウー・ウル・ザザレ)巨大化(ウーザ・ウル・ウガロ)魔人合体(ウーザ・ドーザ・ウル・ザンガ)を唱える。すると、残る厄災の兵たちが魔法陣へと変わる。そこから黒い巨大な馬バリキオンが現れる。巨大化したウルザードはその愛馬と一つになり、世界に永遠の闇をもたらす覇王、ウルカイザーに進化した。工場を突き破ったそれは、浜辺の工場から内陸へと足を進める。

 

「あいつまだ隠し玉を!このままじゃ、町に被害が……!」

 

「瀧磐くん!左のブレスが──」

 

赤いブレスが光を放つ。今を守るため、何かが来ると直感で理解した。そして、メットの回路が使い方を自動的に知らせる。これが()()()()()()()()なのだと。

 

「深月、もう一度指輪を貸してくれないか」

 

「……いいよ。君ならなんとかできるって信じてるから」

 

「いや、俺じゃないさ。俺たちでだよ」

 

変身を解いた深月は自らの指輪を渡す。それを強く握りしめると、ウルザードの前方に巨大な次元の穴が空いた。雷鳴よりも轟くその声で二つのマシンを呼び出した。これこそ、タイムファイヤーの指輪能力、「超次元(ディメンション)」である!

 

「来い!ブイレックス!タイムジェット!」

 

時空を超え、世界を超え、機械の恐竜は地響きとともに、紫の覇王に激突する。そして、巨大戦闘機、タイムジェットγが傷ついたウルカイザーに追い打ちの射撃をかける。その軌道上に深月は駆け出し、それへと乗り込む。コックピットは円形に五つのライトがくっついた白いもの。どこか神々しい印象をうけるそれは、外見と似つかわしくなかった。

 

「レックスレーザー!」

 

極太の光線がウルカイザーに手痛い攻撃を与える。その紫と黒の鎧からは既に煙が立っている。

 

「くっ……このウルカイザーを舐めるな!」

 

紫の雷が槍から放たれ、二つの巨大マシンを襲う。流石、劣勢でもなおウルカイザーの攻撃は手痛く、ダメージは大きい。コックピットの深月にまでその衝撃は伝わる。だが、二人の勇気は枯れない。声高々に逆転のキーワードを叫ぶ。

 

「チェンジフォーメーション!タイムロボα!」

「ボイスフォーメーション!ブイレックスロボ!」

 

戦闘機は五つに別れ、再び人の形となり、再完成する。その名はタイムロボα。数多の犯罪者を凍り付かせた時の番人である。そして、機竜は人型の最強フォーメーション、ブイレックスロボへと変わる。深月はロボが胸の緑色部分から取り出したのと同様の、大剣を円から引き抜く。

 

「時空剣!」

 

「たたみかけるぞ!リボルバーミサイル!レックスパンチ!」

 

タイムロボαがウルカイザーの懐を切り裂く。しかし、それは黒い槍によって受け止められる。その隙を狙い、タイムファイヤーの命令に応え、放たれたミサイルと鉄拳がウルカイザーに直撃する。呪文では吸収しづらい実体による攻撃。ここまで巨大化するのに相当な無理をしたのか、敵にも疲弊が見えた。決めるならここしかない。

 

「マックスブリザァァァァァァァァァド!」

 

「まだだ!!」

 

獣のような雄叫びに応え、最大限まで溜められた緑色の光線がブイレックスロボの両肩部から発射される。当たったのは一体だけ。バリキオンからウルザードは分離し、その攻撃を命からがら回避する。だが、何かしらの回避策を講じるだろうと待ち受けていたタイムロボが、その隙を逃すはずがない。深月とタイムロボの持つ大剣、その刀身側面が開き、十字を形作る。今、銀色に光る大剣が悪しき鎧を砕く!

 

「厄災は……厄災はァ……!」

 

「プレス……ブリザード!」

 

横一文字に振りぬかれる必殺の一撃。事切れた時計のように鎧の騎士はピタリとその動きを止める。開いた刀身側面がちくたくと進み、ついに閉じたその時。

 

「タイム、アップ」

 

爆発と共にウルザードの細胞一つ一つが高速で縮小する。怨嗟の籠った叫びと共に、黒い靄が空へと飛んでいく。覇王がいた場所にはウルザードファイヤーの黒い指輪がぽとりと落ちた。その場に沈黙が流れる。タイムロボαが膝を立て、地面への道を右腕で作ると、喜びに満ちた深月が駆け降りてくる。

 

「瀧盤くん!!」

 

「深月!」

 

赤いスーツが一人でに解除され、ロボの手首付近から飛び降りた傷だらけの彼女を全身でキャッチする。笑い声が溢れる。周りに厄災はなく、この戦いが完全に2人の勝利で終わったことを指し示していた。

 

「俺たち勝ったんだよ!」

 

「うん!やった……やったぁ!」

 

彼女は満面の笑顔で八人を強く抱き締めた。正直なことを言えば、痛くてたまらない。しかし、それを加味してもなお、未来を取り戻したその笑顔は余りにも尊く、この月明かりが照らす明るい夜においても、燦然と煌めいていたのだ。

 

 


 

 

からりと氷が鳴る。音が喫茶店に響く。7月初め、ほぼ全てのテーブルがアイスコーヒーを頼み、度重なる猛暑によるダメージを人々は和らげている。旅行客も多く、喫茶店「未来」の定番メニュー、特製水出しコーヒーはある理由も重なり、飛ぶように売れていた。

 

「お待たせしましたーアイコ2つでーす」

 

「「きゃ〜!黒姫様の珈琲よ〜!」」

 

黄色い歓声がテーブルから放たれる。黒くも透明なアイスコーヒーと付け合わせの黒ごまラスクは、キッチンにいる深月三龍が淹れ、盛りつけたものだ。当然その様子はテーブルから見える。というか、この場所は彼女の動作が一番見えやすいテーブルだ。エプロンに身を包み、黒いハンドカバーがしなやかなボディラインを曝け出す、クールなロングウルフカットの姫。目の前の男子店員を無視して、優雅な彼女にメロつく女子生徒を見て、不満げにカウンターへと戻る店員こそが、町の救世主、瀧盤八人である。

 

「お疲れ様。さっきので注文は一段落。退勤しましょうか」

 

今は15時、夏の太陽は青空でスマイル満開だ。バイトの後に軽く遊ぶ約束をしていた。バックから出てきた深月夫妻と入れ替わる形で、2人は深月宅へと繋がる扉を開く。クーラーの効くリビングには先ほども出ていたアイスコーヒーが待ち受けており、両親の気遣いがうかがえた。

 

「だいぶお前も黒姫って呼ばれるのに慣れてきたな……」

 

「今までは未来予知で死の未来を見るのが怖くて避けてたけど、意外とみんないい子」

 

決戦を乗り越え、深月はみるみる明るさを取り戻した。表情の固さは変わらないが、あれだけ濃かった隈は消え、クラスにも馴染むようになった。「孤高の黒姫様が好きだったのに!」という意見もあったが、3ヶ月もあれば皆慣れてしまった。

 

「母さん、お昼作ってくれてたみたい。シャケサンドかオムレツサンド、どっちがいい?」

 

着替えのため、黒いアームカバーが外されると、夏の雰囲気を感じさせないその白肌には痛々しい樹状の傷が残っている。制服の長袖をめくり、見慣れたキッチンへと入っていく。一方、八人は先にカーテンで括られた簡易的な更衣室に私服を持って行った。八人は息を飲み、重々しく言葉を放った。

 

「深月、ずっと話したかったことがあるんだ」

 

キッチンの向こうでドンガラガッシャーンという音がする。大丈夫かと覗いてみれば、何事もなかったように震える手でOKサインを作る深月がいた。冷えているはずなのに、身体から尋常じゃない程の汗が噴き出している。

 

「ホントに大丈夫か?」

 

「だだっだっしゅ、わ、わかさぜ、大丈夫。続けて」

 

「お、おう」

 

向こうから聞こえる明らかな動揺した声に、何か大切な皿でも壊してしまったのかと察した。八人は何も触れずに喉の奥に詰まった言葉を吐き出した。

 

「その傷治さなくていいのかよ」

 

「……はあ?」

 

「何回目かは忘れたけどさ、やっぱ治すべきなんじゃないのか。その……お前にとっても辛い記憶だろ」

 

これで瀧盤八人が傷について触れるのはもう5度目である。あの決戦の末、彼女は指輪と代償に、右手の指先から左肩と右太ももにかけて、悲惨な傷跡を負うことになった。以前から八人は自分の責任だと気にしており、事あるごとに「金は払う」「責任はとる」「せめて手術の費用だけでも」と繰り返しているのだ。深月は大きく、それはもう大きく溜め息を吐いた。

 

「瀧盤くん。前にも言ったけど、私はこの傷好きで残してるの。どうせきみにしか見せないし」

 

「分かってるよ。でも、それだと、お前も過去に囚われたまんまだろ……」

 

いつにもなく弱々しい声。カーテン向こうの表情を想像し、思わずゾクゾクっとなるのをうちに潜める。カーテンを思い切り開き、着替えかけの上半身下着姿の生肌を見せつけた。

 

「ふ、深月ぃ?!」

 

「私はきみに会えたから、今ここにいる。これはその証。痛くはあったけど、私にとっては大事な大事な跡なの」

 

唐突に見せられた無防備な姿に動揺する八人の表情を楽しみつつ、深月は言葉を紡ぐ。彼のお節介な性格ゆえに、その心配は絶えないのだろう。

 

「『過去が希望をくれる』ってきみが言ってくれたんでしょ。この傷は私にとっての、希望。それを消させるつもり?」

 

「わ、悪かったよ。だからその笑顔やめてくれ!怖い!」

 

自然に笑ったつもりが拒絶される。朝の笑顔の練習は未だ実を結ばずにいた。ギギギと音を立て、横に開いた口を閉じる。

 

「じゃ、仕返しに私から質問。きみの指輪にかけた願いって、何?」

 

八人の脳裏に炎の中での記憶が蘇る。未だ指輪争奪戦は続き、厄災が残していった力(黒いセンタイリング)を回収するため、2人の指にはまだ指輪が残っている。

 

「深月、明日はどんな日だと思う?」

 

意図の分からない質問に戸惑う。数秒程考えた後に、その小さな口から答えが返って来る。

 

「分からない。でも、きみがいるから。きみと作る明日なら、きっとどんなのだって乗り越えられる」

 

その表情を見て、八人はじんわりと微笑んだ。明日に怯えていた少女はもういない。黒い指輪にかけた願いは叶ったのだと確信が持てた。

 

「そうか。それなら、もう叶った」

 

「その叶った願いって?」

 

「教えねえ!!」

 

赤くなった顔と潤む瞳を見られる前に、シャケサンドを取り、出口へと駆け出す。僅か1ミリ秒で着替えたその赤いパーカー姿で扉を開けた彼を、深月が追ってくる。走る先に、スマホを見ながら右往左往する青年がいた。

 

「なああんた、未来って喫茶店はどこだ」

 

「そこの突き当たり右に曲がって!」

 

「ヒンヤリ茶おすすめです!」

 

返事を聞く間もなく、狼のような雰囲気の青年の横を2人は走り去っていく。暑い日差しの中、時は流れていく。願いの先にある未来が、こんなにも幸せなら、きっと明日もいいことがあるだろう。胸元から懐中時計を取り出す。変わらず時を刻み続けるその針が光を反射して輝いた。

 

「爺さん、俺、進み続けるよ。あんたが残してくれた無限の明日に向かって」

 

ついに深月が彼の隣へと追いついた。2人は浜辺へとまるで無限に続く道のように走っていく。願いをかけた戦いに、彼らがどのような勝敗を決したかは、この記録には書かれていない。だが、その先にある限りない幸福に包まれた時間を、浜辺の喫茶店に飾られた古時計はいつまでも、いつまでも刻み続けるのであった。

 




タイムファイヤー
指輪/黒いセンタイリング タイムファイヤー
契約者/瀧磐 八人(たきわ やと)
職業/高校生
願い/深月三龍の笑顔を取り戻す

説明
浜辺の元時計屋で祖母と暮らす、高校一年生。一年前に祖父を亡くして以来、おせっかいな性格を封じこめていた。
ある日、浜辺でタイムレンジャーセンタイリングと黒いタイムファイヤーセンタイリングを拾う。その後、深月との出会いを通じて、明るい性格を取り戻し、タイムファイヤーのユニバース戦士として覚醒した。
指輪能力は超次元(ディメンション)。所持している指輪に応じたメカを呼ぶことが出来る。ただし、最大で呼びだせるのはロボ3体まで。また、最大限まで使用した後は、指輪の力が失われ、三日のクールタイムが必要となる。


【挿絵表示】


指輪/タイムレンジャー
契約者/深月三龍(ふかつき みろん)
職業/高校生兼喫茶店の一人娘
願い/喫茶店「未来」の再興

説明
タイムレンジャーのセンタイリングに選ばれた女子高生。前回(遠野吠がゴジュウウルフになった最初)の指輪争奪戦は途中辞退。熱海常夏に預けるという形でその願いを諦めた。しかし、再び始まった指輪争奪戦にて瀧磐八人との出会いを通じ、死の運命に立ち向かい、明日を勝ち取った。
指輪能力は未来予知(プレディクション)。視認した対象のランダムな未来を見ることが出来る。対象が自分の場合、実際に体験したかのような感覚に襲われる。鏡を見てしまった彼女は、ガリュードに殺される未来を体験してしまい、心に深い傷を負ってしまった。


【挿絵表示】


挿絵:わも様(X:@wamo_0802)

以下、作者様のあとがきです。

初めまして、もしくはお世話になっております。XではサイトーなJOKER、ハーメルンとpixivでは五妻翔兎の名前で活動してるものです。

まずはお読みいただきありがとうございました。担当戦隊を選ぶ際に、やはり描かれなかった人々の戦いを描きたく、ゴジュウ劇中でも影の薄かったタイムレンジャーに目を付けました。そして、特に特徴的な「もう一人のレッド」であるタイムファイヤーを利用したW主人公を思いつき、その末に生まれた物語がこちらです。
劇中に登場した戦士たちはみな何かを乗り越え、満足した末に指輪を渡しました。ですが、何事にも例外はあるもの。折れた末に立ち上がれない敗北者もいたと考えるのが筋です。(熱海常夏が非道な事をするはずないので、理由付けには苦労しましたが……)深月三龍はそんな従来のユニバース戦士のアンチテーゼなキャラでした。その闇に光を指すのが瀧磐八人。二人の関係性も書いていてすごく楽しかったです。

最後に、我々参加者を纏め上げてくださった企画者の壱肆陸様、最高の絵を描いてくださったわも様、共に戦隊を愛した参加者の皆様、作品を読んでくださっている読者の皆様方、そして何よりもナンバーワン戦隊ゴジュウジャーとスーパー戦隊に最大限の感謝を。いつかどこかの物語でまた会いましょう。
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