ユニバース戦士補ジュウ計画   作:壱肆陸

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本日は私、壱肆陸の2作目となります。
ブンブンジャーとデカレンジャーで描かせていただきました。
※捏造設定多めです。ご注意ください。


天使たちに届け、紅の残炎

 「なんでも願いを叶えてくれる魔法の指輪がある」。

 そんな尾ひれのついた噂も世の中に出回って久しい。だが、偶然にも神に見初められて戦う権利を得てしまった人間の多くは、夢の形を知るよりも早く、二つの現実を思い知る。

 

 一つは戦いというものの恐ろしさ。ただ懸命に生きただけの人間では勇者足りえず、痛みを前に自分を保つことなどできない。そして二つ、この戦いには、その恐怖を突きつける『闇』が存在する。

 

「どけっ! こんなん……こんなん勝てるわけない!!」

「ざけんなお前が言ったんだろ、俺は嫌だったんだ! お前が盾になれよ!」

 

「醜いねぇ。今際の際にこうはなりたくないもんだ。ま、僕には関係ないけど」

 

 そこにいたのは、弱者の願いを狩ることを目的とした処刑人。

 リングハンター・ガリュードが、指輪の戦士「チェンジドラゴン」と「ダイナレッド」を冷徹に追い詰める。

 

 どこかのお笑いコンビが揃って指輪を手に入れ、チームを組んでいたようだが、少し脅かせばこれだ。人の友情や絆なんてものは薄皮一枚剝げば崩れるほど脆く、何の価値も無い。

 

 生きるために必要なのは、他人も己も全てを喰らう激情。ただそれだけ。

 ガリュードは喚く2人を嘲り笑い、その引鉄を引く───

 

「誰だ?」

 

 ガリュードの指が感触を覚えるよりも速く、視界の外から飛来した弾丸がチェンジドラゴンとダイナレッドを貫いた。弾かれた2つの指輪は不自然に軌道を変え、吸い寄せられるように宙を泳ぐ。

 

 ガリュードは白い手甲の刃を振りかざす。気配も、呼吸さえもまるで感じなかったが、殺意の赴くまま自分の影を切り裂くように振るったガリュードの腕は、3人目の「赤」を捉えた。

 

「獲物の横取りなんて、舐めた真似をしてくれるね」

 

「……煙てぇのはこっちの方だ。血気盛んな働き者が、気持ちが悪ぃ」

 

「何が言いたいのか知らないけど、良い気分じゃないな」

 

「あー、そう怒るなよ」

 

 この戦いには、その恐怖を突きつける『闇』が存在する。

 50を超える願いの数。『闇』が一つとは限らない。

 

「ただの商人の愚痴だ」

 

 そう言ってガリュードの肩を掴み、体勢を回転させて背後に回る。

 再びガリュードが銃口を向けた先には、ただ虚空が広がっていた。車の駆動音とタイヤの擦れる音、それだけを残して。

 

 ◇◇◇

 

「おっはよう……ございまァーーーーす!!」

 

 ディスカウントストア『ジグザグ』小治路店。日も登り切って開店直前となった頃合いに、元気のいい足取りで店に駆け込んだ若い女性が、忙しく準備を続ける店内に声を響かせた。

 

「え、雲雀ちゃん!? 復帰今日からだっけ?」

「おはようございます! ムリクリ早めに出てきちゃいました!」

 

「体はもう大丈夫なの?」

「おはようございます! 身体はガタガタかもですけど、元気はいっぱいですよ! たくさん寝て食べたので!」

 

 目に入った同僚全員の前に立っては深々とお辞儀をし、改めて大きく挨拶。そしてピースサインと満面の笑み。『ジグザグ』小治路店の若き太陽、日昇(ひのぼり)雲雀(ひばり)が帰ってきて店に明るさが満ちる。

 

 しかし、雲雀にとっては見慣れた光景の中に一人、見知らぬ顔があった。

 

「あ、雲雀ちゃんのお休み中に新人のバイトさんが入ってくれてね」

「バイトさん……ですか?」

 

 肩書と人物像が一致せず雲雀は首を傾げる。そこにいたのは「バイト」と言うには明らかに初々しさに欠けた、表情に人生の深みを彫り込んだような渋いナイスミドル。「イケオジ」の単語が浮かぶが、流石に失礼かと雲雀は言葉を押し留めた。

 

「巌紅葉です。短期にはなりますが、よろしくお願いします」

 

 煙草が似合いそうだ、その言葉も雲雀は飲み込んだ。テレビドラマの中でしか見たことのないオーラだ。腰が低いことへの違和感がすごい。絶対に一般人じゃない。

 

「復帰してすぐで悪いけど、いろいろ教えてあげてね雲雀ちゃん」

 

「はいっ! お任せください!」

 

 気付けば紅葉の隣に立ってピースサインを挙げる雲雀。

 名前の通り鳥頭とはよく言われたもの。彼女は何事も深く考えないタチだった。

 

 ◇◇◇

 

「おっ雲雀ちゃんじゃないか。近頃見かけなかったからさ、コンビニ派になっちまうとこだったよ」

 

「岡本さん! またそんなこと言って~もうすっかり元気なんで、今後とも当店をご贔屓に! あっそうだ、今は岡本さんの好きなお惣菜のお好み焼き、お安くなってますよ!」

 

 開店してからというもの、雲雀は目が合った客の多くから声をかけられていた。その様子を隣で見ていた紅葉も少し驚いているのが分かった。

 

「お客さんの顔は大体覚えてますよ! 近所の人なら名前もです!」

 

「凄いですね。この店、人口に対してお客様が多いとは思っていました。日昇さんの人柄によるものだったんですね」

 

「雲雀でいいですよ!」

 

 気分が良さそうに顎を上げて闊歩する雲雀。年上の男性に上から何か教えるという体験は中々あるものではなく、完全に調子に乗っている。

 

 そんな感じで教える気満々でいた雲雀だったが。

 レジ打ち、商品の場所や在庫状況の把握、お客様の対応、清掃の手順から総菜の調理まで、紅葉は既に完璧に習得していた。

 

「わたし、教えること何もないじゃないですかぁ!?」

 

 先輩の威厳が長く続かないどころか、紅葉は勤続1週間にして既に雲雀よりも店員として完成されていた。

 

「そう落ち込まず。俺は前職の経験もあります。雲雀さんはまだお若いアルバイトなわけで」

 

「わたし、もう3年目の正社員です……」

 

「……それは失敬」

 

 高校生にしか見えないなら上等、中学生とさえもよく言われるほど。

 だが、雲雀はこう見えてしっかり酒が飲める年齢。近頃はジントニックにハマっている。

 

「ていうか敬語やめましょう! この程度で先輩面してるのがなんか恥ずかしくなってきました!」

 

「そんなことは……でもまぁ、そう言うなら。

雲雀ちゃんはどうしてこの店に?」

 

 自分から言っておいてなんだが、紅葉から敬語が外れて思わず肩が跳ねた。低温イケボの圧とでも言えばいいのか。しかし負けるものかと、商品の陳列をしながら雲雀は語り始める。

 

「世の中ってキレイな方がいいじゃないですか!?」

 

「え、あぁ。まぁ……そうだな」

 

「だから良いことして世界を良くしたいんです! でもこの通り、アンポンタンなので勉強はさっぱりで、運動も全然だったので! 皆さんの生活を支える仕事がしたいと思って、高校卒業すぐここ入っちゃいました! 軽率だってよく言われます!」

 

「立派じゃないか。人を覚えるのも、人から愛されるのも、誰にでもできることじゃない。人の役に立ちたいって堂々と言えるのだって今の時代じゃ才能だ」

 

「……なんかお父さんみたいですね!」

 

 思わず雲雀の口から出た言葉に、紅葉が目を見開く。湿ったような妙な沈黙が流れるが、雲雀は気付くこともなく畳みかけるように言葉を続けた。

 

「わたしってお父さんいなくて、普通のご家庭のお父さんってこうなのかなーって思っちゃって! お子さんとかいるんですか?」

 

「いや……家族はもういない。帰る場所も無くてな、だから各地を転々とアルバイトで食い繋いでるんだ。でも、そうか、父親か……俺は父親になれなかったからな」

 

「へー……事情とか気になっちゃいますけど。じゃあここで働く間、わたしのこと娘だと思って! ドジなので色々と世話の焼き甲斐あると思いますよ!」

 

「はは、悪くないかもな」

 

「じゃあ逆に質問です。紅葉さんは何でもできるのに、どうしてこの店に?」

 

 『紅葉さん』。

 無邪気な笑顔でそう呼ばれると、焼け跡のような思い出が紅葉の記憶に浮かび上がる。

 今でも悪夢としか思えない。突如迷い込んだ魔界で出会った、同じ境遇の1人の若い女性と、2人の兄弟。

 

「……全部失くしちまったからかな」

 

 恐怖と絶望の中で芽吹いた幸福があった。

 それは日々少しずつ削られていって、今はもう形を失くして、手の中から消えてしまった。

 

 触れたら崩れてしまった実家の古い本を思い出した。それほどに、雲雀はどこか物悲しく感じてしまった。そう呟く紅葉は、大きな背中があまりに弱々しく、今にも消えてしまいそうで。

 

 その時、不安そうに紅葉を見る雲雀の背に、はしゃぐ子供がぶつかった。

 はずみで近くにあったお菓子棚の商品が崩れ落ちる。

 

「あ……言ったそばからやっちゃいました! ボク、だいじょうぶ?」

「すみません! この子ったら……ほら謝んなさい!」

「へーきへーきです! 大丈夫ですよお母さん! なおすのはわたしが……」

 

 子供の母親が蒼い顔で駆け寄り、落ちたお菓子を元に戻そうとする。

 雲雀は泣きそうな子供を撫で、笑ってしゃがみ込んだ。

 

 落ちている飴の梱包。可愛らしい動物のデザイン。

 ガムの入った銃のおもちゃ。リアリティの無い造形。

 雲雀の目に入る、子供の母親の薬指にある『指輪』。

 

 

『気持ちが悪ぃんだよ』

 

 ───指輪。

 

 腐った水のような暗さの裏路地。

 心臓に爪を立てる言葉と視線。

 体が痛い。頭が割れる。息ができない。寒さで歯の根が合わない。焦げ付いた匂いが鼻孔から消えない。

 

 忘れらていない。

 見上げた先には、突き付けられた銃口の感触が、まだ。

 

「───う、」

 

 胃の中身が叫びより先に込み上げてきて、雲雀の視界はそこで閉ざされた。

 

 ◇◇◇

 

「気が付いたか?」

 

 雲雀は目を開く。そこに怯えていた影は無く、紅葉の優しい声だけが聞こえた。場所も見慣れた店の詰所だ。時計はとっくに業務時間を過ぎており、変えられている服からも、自分がどんな醜態を晒したのかが分かった。

 

「……あはは。すみません紅葉さん迷惑かけちゃって。こんなに遅くまで」

 

「交代で看病して、俺が最後の番ってだけさ。今日まで体調不良で休んでたらしいじゃないか。無理が祟ったんだろって、皆が言っていたよ」

 

「そ、そうなんです! ただのドジ怪我と体調不良なんですけどね! まだ全然治ってなかったか~これ店長に怒られるなぁ。はっ、もしかしたらクビ……!?」

 

「PTSD──心的外傷後ストレス障害、要するにトラウマだ。俺は何度も見てきた。君の症状は間違いなくそれだ」

 

 笑って誤魔化そうとする雲雀の虚勢を紅葉が剥がす。つい目を伏せる雲雀だが、ここで言葉を止めず、紅葉はさらに踏み込んだ。

 

「指輪」

「───っ!」

「すまない。だが、聞かせてくれ。『そいつ』は裏社会で暗躍する商人、俺は……そいつを探してこの街に来た」

 

 「君の助けにもなれるかもしれない」。紅葉はそう付け加えた。

 昼間とは違う。紅葉の目からは、長々しい言葉などなくとも直に感情を叩くような、そんな力を感じた。

 

 ただ生きているだけでは目の当たりにもできない、有無を言わせない意志の強さ。

 あの男も、きっとそうだった。自分が持ち得ないそれに心を砕かれ、雲雀は負けたのだ。

 

 

 

 ある日、日昇雲雀に神の声が問いかけた。

 『願いを言え。ナンバーワンを目指せ。それが指輪の契約だ』と。

 

 家は母がいつも散らかしていたから狭苦しく、子供は生きるだけで金を食うと言われて育ったから、母に言い訳をするように家を出て働き始めた。そこで人の役に立つ喜びを知った。だから雲雀は『良いことして、良い世界を作りたい』と二つ返事をした。

 

 そうして手に入れた不思議な指輪。その特別な力で、仕事以外でも街の人助けを始めた。そんなことをしていて、他の人の夢を蹴落とすなんて考えもしなかったから、いざその時になったら体が上手く動かせなかった。

 

「早々に指輪にありつけるとは、なんという僥倖! それを貰い受けるぞ!」

「あーもう怒りましたから! 泣くまで許さないですよ誰か知らない人!」

 

 初めて会った他の指輪の戦士『レッドフラッシュ』。

 それに対し、レーサーのようなスーツを纏い、勇ましいマシンの兜を被るその名は『レッドターボ』。『ターボレンジャー』の指輪で変身(エンゲージ)した、雲雀の戦士としての姿だ。

 

 戦いは初めてで戸惑ったが、押せ押せの勢いでなんとかはなっていた。

 でも、痛いのは嫌だし、指輪には今までで十分に幸せを貰った。負けて指輪を渡しても誰かの夢の糧になるのならそれも悪くないのかも。なんてことを思い始めた、そんな時。

 

「おい」

 

 異様に冷たい声が響いた。ちょうどそれは、人通りの無い裏路地に戦いが縺れ込んだタイミングだった。

 

「話を聞いてなかったか? 近くで騒ぎを起こすな、夢を追うなら他所でやれ。契約が守れねぇなら『それ』は返してもらう」

 

「わ、わかった! つい舞い上がっただけだ許してくれ!」

 

 美しい。それが男を見た雲雀の第一印象だった。

 品性というキャンバスの上に、神様が絵を描いたような、そんな端正な顔立ち。

 

 そして黒かった。その男は、雲雀が知る何よりも。

 服装といい目の下の隈といい、開いているのに(くす)んでいる瞳孔といい、その男はこの薄暗さに馴染みすぎていた。見惚れそうなほど美しいのに、暗さで目が潰れそうだった。

 

 男はレッドフラッシュに指図を出すと、口の中で転がしていた何かを嚙み砕き、新しい飴を口に放り込んだ。逃げるように去ったレッドフラッシュを見送ったら、その陰険な双眸が向けられるのは当然レッドターボ──雲雀だ。

 

「この街に指輪があるとは、俺としたことが調べが甘かったな。まぁ、ちょうど品薄になってたところだ」

 

 声の音よりも速く、恐怖がつま先にまで伝播して、動けなくなった。

 目が合っただけで濃密な殺意に窒息しそうだった。確実に普通に生きている人間ではなく、他人を害することが骨まで染みこんでいて、言葉と動き一つ一つが真っ黒。真っ黒に見えてしまうほど、脳が理解を拒んでいるのだ。

 

「……なんだそりゃ。怯えてんのか? 生身の俺に、指輪の戦士が」

 

 今までの人生で遭ってきた辛いこととか全部が甘美な幸福に思えて仕方がない。

 男が口の中の飴を再び噛み砕き、空になった箱が捨てられる。踏まれて歪んだ、その箱の子供向けのデザインが不気味に横たわる。

 

 男はレッドターボににじり寄り、ポケットから『指輪』を出した。

 それを見たとき、血液と神経が勝手に動いたのを雲雀は感じた。気づけば彼女は、『ターボレーザー』の引鉄を男に向けて引いていた。

 

 自分のやったことに気付いて血の気が消えていく。

 だが、それ以上に、その男が依然そこに立っていたことに、悲鳴を上げるしかなかった。

 

「おい。当たったらどうする」

 

 外した? この距離で??

 開いた瞳孔で男がレッドターボのヘルムの奥、雲雀の顔を覗き込む。

 

「当たったらどうするって聞いてんだよ。神様に選ばれた戦士が、願いまで聞いてもらって、それか?」

「ごめ、ごめんなさ───」

 

 許しを請うようにへたり込んだ雲雀を睨みつけ、踏みつけて、吐き捨てる。

 

「気持ちが悪ぃんだよ。お前みたいなヤツが一番」

 

 男の手に銀色のテガソードが鈍く輝く。

 その日、雲雀は『ターボレンジャー』の指輪を失った。

 

 

「……やっぱりな。『指輪の商人』、今はここにいたのか」

「指輪の商人……?」

 

 絶え絶えな雲雀の話を聞き、紅葉は呟いた。

 指輪争奪戦の存在は一部の有名人の影響で、ある程度市民に知れ渡っている。となると必然、参加資格である指輪の入手経路は語り草になる。そんな中で都市伝説になっているのが、『魔法の指輪』を売り歩く商人の存在だ。

 

「故あって俺は指輪の戦いを調べていてな。テガソードという神が指輪を配っているのは知っているが、争奪戦というからには指輪に上限数があるはずだ。既に定員を満たしている場合、指輪はもう『商人』から手に入れるしかない」

 

「指輪が……欲しいんですか? 紅葉さんは」

 

「あぁ……どうしても叶えなければいけない願いがある」

 

 戦いは、命の削り合いだ。一般人には重すぎる宿命だと刻み付けられた。

 雲雀は思い出すだけでも気を失ってしまうのに、彼は自分から足を踏み入れるというのか。

 

 これが願いを持つ者の覚悟か。

 

「今日の様子を見て、雲雀ちゃんに無理は言えない。だが……」

 

「協力は、します。わたしも……あの人を探します。だから、一つだけ……お願いがあります……!」

 

 雲雀は声を絞り出した。記憶に貼り付く殺意から、必死に逃げながら。

 

 ◇◇◇

 

 男には親は居なかった。気付けば養護施設に入れられていた。

 周りの大人は誤魔化していたが、両親は誰かに殺されたらしい。だがよく覚えていない人間のことなんて左程興味は無かった。

 

 男にとっての家族は、年の離れた姉ただ一人だった。

 一家惨殺事件の中で生き残った、たった2人の家族。大人になった姉は独り立ちし、自分と距離をとって生きるのを選んだことを幼いながら気付いていたが、男はそれでも姉を愛していた。

 

 姉が自分を置いて行ったのは、子供だったからとわかっていた。

 だからいつか大人になったらまた一緒にいられると、夢見ていた。

 

 およそ20年前。最愛の姉が、両親の仇である殺人犯と共に死体で発見された時、男は理解した。

 

 人が死ぬことの意味と、姉の思いと、世界の歪みを。

 

「───悪ぃが帰れ。この街では店仕舞いだ」

 

「時化てるな。遠路はるばる来た客を追い返す店があるか、指輪の商人──『排戸(ハイド)』」

 

 観光客も素通りするような寂れた旅館の一室。

 紅葉が押し入ったそこに、その男──排戸は身を隠していた。

 

「通り名はいいとして、なんで場所が分かった」

 

「彼女が正確に顔を覚えていたから似顔絵を作れた。それに、近隣住民や客の顔を全部覚えている彼女が見たことも無いという事実から、生活圏や移動経路を絞れる。それだけ材料があれば足跡くらい辿れるさ」

 

「ここまで熱烈なストーカーは初めてだ。歓迎してねぇよ。それに……なるほどな、始末しておくんだったよその女」

 

 紅葉の後ろに隠れる雲雀を見つけ、そんな台詞を吐く。

 顔を見れない。付け焼刃の覚悟なんて瞬時に焼き戻され、声を聴くだけで内臓が裏返りそうな吐き気が襲ってきた。

 

「指輪を2つ買いたい。金は心もとないが、何年かかってでも必ず用意する」

 

「たしかに在庫はある。だが店仕舞いっつったろオッサン。そこの寄生虫連れて回れ右しな」

 

 そう言って排戸は指輪を2つ出す。それぞれスポーツカーとパトカーが描かれた指輪だ。だが、排戸はそれをすぐにポケットに仕舞い込んだ。

 

「指輪の一つは元々この子の物だろ。盗品を売りつける悪徳の割には、大きく出るな」

 

「傷害罪、決闘罪、器物破損、銃刀法違反、窃盗罪。指輪の戦士なんざ全員もれなく犯罪者だろ。その手の文句は熱海常夏を検挙してから言うんだな」

 

「っ……お願いします! わたし、指輪を失くしてから、気付いたんです……戦う意味を分かってなかった。なんとなくで持っていい力じゃなかったって……! 今度は本気で願いを追いかけたいんです!」

 

 雲雀の紅葉への頼みは、排戸の前に連れて行くことだった。

 雲雀は震える体で必死に言葉を紡ぎ、排戸に覚悟を叫んで、深く頭を下げる。

 

「お願いします……わたしの指輪を、返してください……!」

 

 そんな姿を見て、排戸は車に乗る家族が描かれた箱から錠剤を出し、口に入れた。

 

「酔い止め薬だよ。こうでもしなきゃ吐いちまうからな、お前みたいな気持ちが悪ぃヤツを見てると」

 

 声は染み入るように静かだった。物を投げられてもない。何かひっくり返されたわけでもない。前には紅葉がいる。それなのに、一瞥だけで、雲雀の喉から言葉が出なくなった。

 

「俺は調整屋だ。指輪の場所や動きをコントロールして、指輪争奪戦が永続するように回して稼いでる。熱海常夏みたいなバケモンがいる戦いに全ベットする馬鹿とは違うんでな。そうなりゃ一番ウザいのは、すぐに負ける雑魚だよ。だから俺は、お前みたいな弱いクズから指輪を取り上げ、マシな奴に流してる」

 

「……っ、でも……!」

 

「1億。そう言ったらお前、払えるか?」

 

 払えるわけがない。その言葉を見透かし、排戸は舌打ちして、吐き連ねる。

 

「どんな願いも叶える戦いの、世界に50やそこらしかないプレミアチケットにしちゃ破格だろ。それを何のプランも持たず、幸運にのぼせて棒に振ったのがお前だ。失せな、クズは何回死んでも止まったままだ。……で」

 

 膝から崩れ去る雲雀から興味を外し、排戸は紅葉を見た。

 

「アンタは1億出してでも買う、そう言いたげだな」

 

「あぁ、時間はかかるだろうが伝手が無いわけじゃない。なんなら俺が2つ買い上げてやる」

 

「そりゃ気持ちが悪ぃな、このガキにそんな色気があるとは思えねぇが。一応客には聞くことになってんだ、そこまでやる理由は?」

 

「……家族を取り戻したい。そのためには、呪いに囚われた魂を解き放つ力が必要だ。お前は世界の誰よりも指輪の戦いに詳しいはずだ。『白い指輪』を持つ───遠野久光という男を知らないか?」

 

 雲雀の目からは排戸の表情は変わっていないように見えた。

 だが、紅葉はその刹那の間を察し取り、微笑を浮かべる。

 

「知っているな」

 

「なるほどな、やっぱりか……お前、警察(サツ)だな」

 

 排戸が右手を突っ込んだポケットの中で、僅かに輝きが漏れた。

 左手に生成された指輪の力の一部である円形の銃を、躊躇いもなく紅葉へと向ける。

 

 雲雀に向けられた殺意の比じゃない。排戸が呼吸と共に吐き出すのは冷徹なそれではなく、膿んだ炎症のような、自他の精神を蝕む熱を孕んだ怒りだ。

 

「待て。確かに俺は元刑事(デカ)だが、事情あって10年も前に殉職扱いだ。今さらアンタを売るつもりも、元鞘に戻るつもりも無い」

 

「知ったこっちゃねェな、焦って命乞いするカスと一緒にすんな。俺は単に嫌いなんだよ、世界の歪みに気付かねぇマヌケと、知ってて無視決め込むゴミの、警察っていう気持ちが悪ぃ集団がな」

 

「陰謀論か? 面倒なものが流行ったな、俺がいなかった10年の間に」

 

 交渉は決裂した。それどころか、地雷を踏んだ。

 このまま話しても先は無い。出直す選択を見始めた紅葉の耳に、聞き慣れてしまった鐘の音が届く。

 

「この声は……!」

 

 雲雀の腕を掴んで、紅葉は部屋の外に駆け出す。旅館の窓の隙間から見えた外の光景には、鐘の頭の兵隊たちが並んでいた。

 

 10年以上前、刑事だった紅葉は突如魔界に飲み込まれた。

 彼はそれから、その中で出会った女性と2人兄弟の4人で肩を寄せ合って生きていた。『やつら』から逃げながら。

 

 ノーワンワールド ブライダン。あの鐘頭たちはブライダンのウェディング兵士『アーイー』だ。

 

「ふっふっふ……我が占いが告げています、この宿に指輪の戦士と脱走者がいると! この占い救世主『レグル・スター』が言うのだから間違いない! さぁやっておしまい!」

 

 アーイーたちの筆頭格、金色の頭の個体まで来ている。聞こえる限りだと状況は最悪だ。

 

「雲雀ちゃんは裏手から逃げろ。今すぐに! 奴らは俺を狙っている!」

 

「紅葉さんを……!? どうして!?」

 

「俺は奴らの城に捕まっていたのを脱走してきた。完全に撒いたと思ったんだがな……君まで巻き込まれることは無い! いいから早く!」

 

 彼らは人智を超越した怪人の軍団、その恐ろしさは紅葉がよく知っている。攻め込まれればこんな旅館など残骸すら残らない。

 

「今日は予定外の客が多いな。まずはその気持ちが悪ぃ帽子を脱げ、人間様の作法を知らねぇのか」

 

 そんな怪人達に怯える理由が無いとすれば、指輪を持つ排戸だけだ。

 心底煙たそうに外に出ると、彼はもう一度酔い止めを服用する。

 

「失礼ですね! 我はこう見えてマナーノーワン様のマナー講座を修了しているのです! そしてこの頭は帽子ではなぁいッ!」

 

「御託はいい。日に二度もこのセリフ吐くとはな、なんでここが分かった」

 

「決まっているでしょう! 我の占いは的中率100%! 指輪の戦士を探し女王に献上することなど、ノーワンの方々の手を煩わせるまでもないのです!」

 

「はぁ……占いでバレてちゃ商売上がったりだな。この先面倒だし───殺しとくか」

 

「指輪は使わせるな! 占いがそう言っています! 撃て!」

 

 人でない者が人にかける容赦など無い。アーイーたちが排戸に向けて銃を乱射した。

 

「『旋回(ターン)』」

 

 しかし、銃弾は自身の軌道を捻じ曲げ、排戸を避けてあらぬ方向へ。

 その指には商品ではない、自分の指輪が嵌められていた。

 

 銀色のテガソードは神に選ばれた戦士の証。

 排戸は指輪を回す。トレーラーの刻印に浮かび上がるのは49番目の『戦隊』の姿。

 

「エンゲージ」

《センタイリング!》

 

 願いは商品。指輪争奪戦はビジネス。

 そんな彼にとって、戦いに賭ける情熱など皆無。神になど祈らない。祝福もしない。

 指輪の装填のついでに手を叩くと、排戸は直立して動かない。その後はただ肩の前で1回、2回、3回と、一切体勢を変えずに無気力に手の甲を叩く。

 

 最後に準備運動でもするかのように、腕で軽く円を描く。

 すると、その軌道は排戸の意志は裏腹に激しく回転を始めた。

 

 炎を纏って廻る文様を胴に刻み、自転するタイヤで顔を覆う。

 燃え上がった部分から赤く染まり上がる。その『赤』こそが、次元を超えて願いに共鳴した魂の象徴。

 

《ブンブンジャー!》

《バクアゲタイヤ!!》

《GOGOGO!!》

 

 神をも恐れぬ死の商人、ブンレッド。

 その風貌はまさに『タイヤ人間』。円形の銃『ブンブンハンドル』を剣の形態に変形させ、駆け出し、ブンレッドは世界の中に溶けて消えた。

 

 最も遠い場所にいたアーイーが倒れた。

 次の瞬間には全く違う位置のアーイーが爆散する。

 自棄で撃った弾丸は軌道を変えて仲間を殺す。

 

 命を奪い去る風は不規則に吹き抜け、一瞬にして軍隊に不和と恐怖を叩きつけた。

 

「ど、どこから!? どこから来る!? そうだ我の占いで……!」

 

 レグルが取り出した水晶玉が捻じ曲がる弾丸に撃ち抜かれ、砕け散る。

 気付けば周囲には、立っている部下はいなかった。足払いを喰らって体勢を崩したレグルの頭にブンレッドは銃口を押し付け───

 

「待っ───」

 

 二度の発砲。絶命。爆散。

 ブンレッドは瞬く間にブライダンの侵攻を蹴散らした。

 

「これが指輪の力か……!」

 

 紅葉が思わず感嘆の声を漏らす。

 

 紅葉ではあの世界で生き延びることが精いっぱいで、誰も守ることができなかった。あっちで出会った家族の一人──高梨嶺は、紅葉が城から抜け出した時にはもう、ノーワンに取り込まれてしまったと知った。助かっている可能性は、まず無いだろう。

 

 吠にはついぞ会うことも出来なかった。

 違う、探す気力すら残っていなかったのだ。もし嶺と同じ目に遭っていたら、そう考えることすら心は拒んでいた。彼はまだノーワンワールドに取り残されているのか、それとも。

 

 だが、紅葉はあの日ブライダン城で、久光がブライダンの女王・テガジューンと契約を交わしているのを目撃した。それならば必ず、久光は傀儡として生かされているはずだ。

 

 久光だけは絶対に生きている。

 あの力があれば今度こそ守れる。取り戻せる。

 あっちの世界では抱くことすら許されなかった、擦り切れてもなお僅かに灯る願いが、紅葉の血を巡らせる。

 

 だが、それもこれも、この悪徳商人を口説き落とさなければ始まらない。

 

「取引をしよう。何度も言うが俺はもう警察とは関係ねぇ。指輪を持ってるってことは、お前にも願いがあるんだろ!? その手駒にでもなんでもなってやる。だから……!」

 

「何度も言わせんな、警察に売る指輪なんざ一つも無い。この戦いに正義なんて必要ないんだよ。焦げるような欲望だけが世界を回す……そうすりゃいつか手が届く。争奪戦に勝ち切らなくともな」

 

 変身を解いた排戸はもう一度、ブンブンハンドルの銃口を紅葉に向ける。

 

「こんだけ派手に暴れられたんだ。死体が一つ転がってたところで、何もおかしくねぇわな」

 

 静かな怒りと共に、排戸の指が、引鉄に触れた。

 その瞬間───排戸を不意の衝撃が襲った。それは裏手から逃げたはずだった、雲雀の体当たりだった。

 

「雲雀ちゃん……!?」

「……鬱陶しいんだよ、このアマ」

 

 だが空しくも押し倒すに至らず、雲雀の体は跳ね飛ばされる。

 同時に、排戸は彼女の無謀の意図を見逃してはいない。

 

「盗ったな、今。指輪だよ。商人に窃盗とはいい度胸だ、褒めてねぇぞクズが」

「あっ、う……ッ!」

 

「ッ、やめろ排戸!」

 

 身体中が土で汚れ、転がった雲雀を踏みつけ、蹴り飛ばす。

 止めに入ろうとする紅葉には変わらず銃口を向ける。そうして、呻きながらも指輪を放そうとしない雲雀を、排戸は痛めつけ続けた。

 

「反吐が出るな。あれがあればこれがあればいつかはどこかで僕も私も、ないものねだり言い訳探しの生ゴミ共はいつもそうだ。安い覚悟を喚いて、当たり障りの無い欲を叫んで、都合のいい未来を妄想して、臓器ばかり動かして何もしねぇ」

 

 意地でも開こうとしない雲雀の手を踏み潰すと、排戸は銃口を彼女の口に押し込んだ。悲鳴すらも煩わしいと、雲雀の全てを否定する。

 

「何したって動いてねぇのと一緒だから、さっさと死ねよ」

 

 無理矢理にでもと駆け出した紅葉の足が、何かに気付いて止まった。

 その時、ようやく雲雀の手から指輪が転がり落ちる。舌打ちをしてそれを拾い上げようとした排戸だったが、そこにあったのは『ターボレンジャー』の指輪一つだけ。盗まれた指輪が一つ足りない。

 

「そういうのを言ってんだよ、意味ねぇってな。どこに隠して……」

 

「いや、意味ならあるさ」

 

 紅葉が呟く。排戸の視界には映らなかった、小さな星のような光の蝶──『妖精』が、紅葉の手のひらの上にとまって、一つの指輪となった。

 

「『幻惑(イリュージョン)』……!」

「この……ッ」

 

 『ターボレンジャー』の指輪能力『幻惑(イリュージョン)』は、聖なる光の力で微かな奇跡を起こす。不安定で微弱ゆえに戦いには向かないが、ささやかな人助けにはもってこい。雲雀の自慢の能力だ。

 

「わたしは……っ、やっぱり人助けが好きで……この、力で……紅葉さんの助けに、なりたかった……!」

 

 一度手放した指輪で力が使えるかは賭けだった。でも、雲雀は賭けに勝ったのだ。

 

「家族を……願いを、叶えて! 紅葉さん……!」

 

 排戸は衝動に駆られる。だが、商人としての冷静な勘が言っている。

 今、目を向けるべきはこの死にかけの女じゃない。

 

 指輪は素質を求める。手に入れたからと言って契約が成立するとは限らない。

 高値で買った指輪に背かれた成金は何人もいた。そんな奴らは金だけ搾り取って掃き捨ててきた。

 

 逆に素質があると見込んだ者には安く指輪を与えることもした。世界を裏から見続けた排戸には分かるのだ、持っている人間とそうでない人間の差が。

 

『……契約だ。巌紅葉』

 

 指輪を握った瞬間、紅葉の前には金色の巨人が現れた。

 案の定というべきか。その姿を見れば嫌でも思い出す。

 

「あんたがテガソードか。ブライダンの女王、テガジューンとはどんな関係だ。まずはそれを聞かせてもらおう」

 

『すまないが答えることはできない。ただ、彼女と私は相反する存在。そうとだけは言っておこう』

 

「いかにもきな臭ぇが、今さら引き返す手は無いな。あの城で、久光は悪魔に魂を売っちまった……だったら俺も、久光を救うためなら神にだろうが悪魔にだろうが、全部くれてやる! 契約だテガソード!」

 

 紅葉の意識が現実に引き戻される。右手には銀のテガソードが。左手に握った指輪は体の一部のように馴染み、紅葉に語り掛けてくるのを感じた。

 

刑事(デカ)の指輪か……全く何かと厄介な因果だな」

 

 やはりそうだったと、排戸は静かに戦慄した。

 紅葉は持っている側の人間だった。それも、今まで見た誰よりも、遥かに強大な素質を。

 

 青く澄んだ刃を構える。銀色の輝きが火花を散らす。

 二人の男が、眦を決した。

 

「「エンゲージ」」

《センタイリング!》

 

 一歩ずつ、両者の距離が殺されていく。

 排戸と紅葉は、示し合わせたかのように息を揃えて手を叩く。

 間合いと共に互いに探っているのだ。命の呼吸を。勝負の波長を。

 

 最後に、排戸は正面に、紅葉は頭上にそれぞれ刃で円を描いた。

 

 排戸の姿が燃え上がってブンレッドに変わる。

 同時に、紅葉の指輪から解き放たれ降り注ぐ『特捜戦隊』の力の粒子が、彼の体の表面で定着し、新たなる戦士を顕現させた。

 

《ブンブンジャー!》

《デカレンジャー!》

 

 フェイスの側面で緊急出動(エマージェンシー)のサイレンが鳴り響く。

 『デカレッド』。それは、燃える(ハート)で正義を守りし刑事の称号。

 

「商人から逃げられると思うなよ。どこまでも追いかけて取り立てるぞ。このツケは」

「逃げねえよ。ようやく手にしたこの力……俺はもう、(たが)えない!」

 

 互いの刃がぶつかり、弾かれ、距離が生じる。

 デカレッドは二丁拳銃『ディーマグナム』を手の中で回し、ブンレッドへと発砲。

 

「『旋回(ターン)』」

 

 だが、先ほどの戦いで見せたブンレッドの力が、その軌道を歪めた。

 反対にブンレッドが放つ光弾は自在に動き、デカレッドを翻弄する。

 

「知っちゃいたが、相性は最悪みたいだな」

「……どうかな?」

 

 遠距離が通じないなら近距離、それは誰もが考えつく。

 その対策を打っていない排戸では無いはずだ。不用意に懐に飛び込めば確実に負けるだろうと、紅葉は見ていた。

 

 ならば今やるべきことは2つ。

 敵の能力を見極めること。そして、自分の能力を見極めることだ。

 

「詰めてこねぇなら削るだけだ」

 

 不動のブンレッドに対し、デカレッドは駆け回り銃撃戦を演じた。

 ディーマグナムの銃弾は外れるか、空を旋回してデカレッドに牙を剝く。ブンレッドの弾丸も種々のカーブを描いて、避け辛いよう計算された緩急で襲い掛かってくる。

 

 デカレッドの防戦一方だった。しかしそれでもデカレッドは間合いを保つ。無駄に思える銃弾一発一発で、探る。

 

「そこだな」

 

 捉えた。デカレッドは歩幅を急激に変え、一気に跳躍。

 ブンレッドの婉曲する銃撃を一足飛びで潜り抜け、潜り込んだ死角からジャストな距離で弾丸を放った。

 

 一連のやり取りで、紅葉は読み取った。

 弾丸の軌道を変える能力。これが念力ならデカレッドの弾丸を逸らさず、止めればいい話だ。空間を捻じ曲げているのなら光の屈折も変わって風景の見え方が変わるはずだが、それもない。そして改竄された軌道は必ず曲線を描いていた。

 

 『旋回(ターン)』という名称は、ブラフ。

 能力の正体は『加速度の付与』、対象は『視界の中の弾丸』が紅葉の読みだった。

 

 重力と同じだ。物質は速度を持つ方向に運動し、その速度を変化させるのが加速度。進行方向と逆向きの加速度を付与すれば動きを止めることもできるだろうが、音速を超える銃弾の速度を相殺しきれないから、横方向の加速度で逸らしているのだ。

 

 いわば弾丸のハンドルを操作する能力。

 それなら反応が遅れる死角かつ、逸らしきれない中距離からなら───

 

 紅葉の読み通り、初めて銃弾がブンレッドへと到達した。

 

「……ネタが割れたか。でもなぁ」

 

 ブンレッドが無造作に銃撃を放った。その弾丸はデカレッドに向かわず、ブンレッドの周囲でグルグルと円運動を続ける。光のリングが衛星のようにブンレッドを取り囲んでいた。

 

「自分の指輪能力の分析もしないバカ共と違って、俺は理論派だ。ここからどうするよ、老犬」

 

 進行方向と垂直になるように一定の加速度を与え続ければ、物体は全く同じ軌道で円運動をする。だが、その状態で角速度のパラメーターを上げれば、円の上で銃弾は加速を続ける。そう、これはハンマー投げの要領だ。

 

 円環から解き放たれた限界速度の弾丸は、激しい衝撃波を伴ってデカレッドを貫いた。

 

 デカレッドはブンレッドに攻撃を命中させる術を編み出した。

 ブンレッドはデカレッドに必殺の手札を晒した。

 今ようやく、互いが互いの喉に届きうる剣を手にしたのだ。

 

「どうするって? 決まってるだろ、ここからが本番だ」

「いい年してアツくなってんじゃねぇよ。気持ちが悪ぃ」

 

 不動を貫いていたブンレッドが動いた。ブンレッドの最大の強みは、その機動力だ。足と背の四駆輪で加速と回転を巧みに操り、排戸の技量によってそれは不可視の闇討ちを実現させる。

 

 対して、デカレッドはそれを反射神経と経験による勘で迎え撃つ。迫る弾丸はテガソードで弾き、高速で疾駆するブンレッドへは的確に銃弾を当て、近接にはディーマグナムによる打撃。その死角の無さに、ブンレッドの舌打ちが残像から響いた。

 

(腐っても刑事か、見立て以上のバケモノだ。だが……)

 

 今は互角でも、自分さえも商材として見積もる排戸に驕りは無い。紅葉の素質は排戸を超えている。しかし、それゆえの欠陥に2人の強者は気付いていた。

 

(まだ動きとイメージが合わない。とんだ暴れ馬だなコイツは……!)

 

 先ほどの死角からの銃撃、デカレッドは狙いを越えて「跳び過ぎた」。だから銃弾を減速する猶予が生まれてしまい、決定打にはならなかった。なまじ戦闘の心得があるせいで、紅葉の経験とデカレッドのスーツの性能の高さが齟齬を起こしているのだ。

 

「それなら慣れるまで耐えるだけだ。生憎、そいつは得意分野でな」

「痛い所は腐るまで(つつ)く、商人の基本だ。アンタにゃ何もさせねぇよ」

 

 ブンレッドの動きが明確な目的を持ち始めた。

 能力を多用した一方的な猛攻が繰り広げられる。デカレッドに主導権を渡さないまま、潰すつもりだ。

 

 壁際に追い詰められたデカレッドは、驚異的な跳躍で廃倉庫の屋根に飛び乗った。

 ブンレッドも足のタイヤで壁を掴んで駆け上がり、それに追いつく。同時に乱射された弾丸は、背中のタイヤで空中機動するブンレッドと並泳しながら『旋回』し、多頭の怪物同然となってデカレッドを喰らわんと迫った。

 

 だが、デカレッドの嗅覚は捉えている。上空で星々の如く輝く光の環を。

 

「いっぺんハンドルを握った弾丸は、視界の外でも操れる」

「よそ見運転か。関心しねぇな」

 

 回転から外れた超加速弾の雨がデカレッドへと降り注ぐ。しかし、速度を上げるほど操縦可能の域(アンダーコントロール)を外れるのは車と同じなはず。ブンレッド自身を巻き添えにするリスクから逆算し、紅葉は軌道を読み切って回避して見せた。

 

 遅れて肉迫した銃弾と、ロッドモードのブンブンハンドルを振り上げるブンレッド。雪崩のように畳みかけるその攻勢をデカレッドがテガソードで受け止めた瞬間、先の光線豪雨で穴だらけになった屋根が、その衝撃で崩壊した。

 

 倉庫の中にデカレッドは落下する。受け身を取って瞬時に体勢を戻すが、顔を上げて異変に気付く。

 

 『旋回』の対象は『小さい物』。銃弾に限らない。

 ブンレッドは小さな瓦礫にかかる重力加速度を操作し、落下を遅らせて空中に留まらせることで、デカレッドの周囲を占領していた。

 

「言ったよな。いっぺんハンドルを握れば後は自在、『アクセルベタ踏み』なら楽なもんさ」

 

 瓦礫で目視と回避を阻害された。後手の反応では遅すぎる。

 不可避。ブンレッドは屋根の上から見下ろして、言葉無くそう宣告した。

 

 ブンレッドが視界から外れた遥か遠方に逃がしていた一発の弾丸は、直線運動の中で極限まで加速。その上限値は円運動の加速の比ではない。弾丸は雲を裂き、殺気を帯びて空を駆ける流星となり、デカレッドを貫く。

 

 理を蹂躙する天の裁きに、空間が歪んだ。轟音と爆風が街を揺らした。

 道連れ自爆を避けるため威力を抑えたが、それでも一人葬るには十分すぎる天災だ。いつも通り自惚れも謙遜もなく、ブンレッドはそう考えていた。

 

「怪物が」

 

 抉れた地面の上で佇んでいたのは、上半身を白いプロテクターで包んだデカレッドの姿。

 

「───『装甲(アームド)』!」

 

 『デカレンジャー』の指輪能力、『装甲(アームド)』。

 あらゆる超常犯罪者への対処のため、開発と進化を続けた特殊武装こそが宇宙警察の力の根幹。故にデカレンジャーの指輪は他の指輪よりも深く、それらを引き出すことができる。

 

 警察犬ロボット『マーフィーK9』を武装した重装備形態『バトライズモード』を再現することで、デカレッドはあの極加速弾を耐えきったのだ。

 

黒羽(くろばね)ハイド」

 

 デカレッドが、紅葉が漏らした声に、排戸(ハイド)の思考が止まった。

 

 どうして、その名前を知っている。とっくに捨てたその名前を。

 地上に降りたブンレッドがタイヤの仮面の奥で苦虫を潰す。

 

「俺がまだ刑事だった頃に関わった、10億円の被害を出した特殊詐欺事件。俺は独自に事件を追ってある男に辿り着いた。だが上は誰も信じなかったよ。何せ物的証拠が一つも無ければ、容疑者はまだ中学生の子供だったんだからな。ようやく、今、思い出した」

 

「……懐かしい昔話だな。それがどうした? お前をここで殺す理由が増えただけだ」

 

「お前ほどの男なら指輪を使えばもっと稼げるはずだ。こんな回りくどいやり方、らしくもない。お前の願いは金でも、戦いでもなく……20年前に殺された姉のことか」

 

 ちょうど、こんな倉庫だったと思う。姉が死んでいたのは。

 姉は子供だった排戸と距離を置き、両親の仇への復讐に駆られていた。姉は仇に辿り着くまで『世直し』という名の人殺しを繰り返していた。

 

「───警察は言ったよ、姉貴はあの殺人犯と相討ちになって死んだって。それだけだった。姉貴が死んでも地球は自転を止めなかった。新聞とテレビに何度か映っただけで、人さえ誰も歩みを止めなかった。誰か気付けよ、おかしいだろ、姉貴がそこらのカスと相討ちになるわけねぇ」

 

 ブンレッドが、黒羽ハイドが、逆流する声を吐き続ける。

 

「おかしいだろ、姉貴が……俺を置いて死ぬわけねぇんだよ!」

 

 少年の訴えは無力だった。人の死は無意味だと知った。

 どんな違和感があっても世界は足を止めない。人は死に興味を持たない。

 だから、誰も頼りにできないから、姉は己の手で復讐することを誓ったんだ。少年はそれを理解して、同じ道の先にあるのが虚無であることも理解した。

 

「だから俺は探した、姉貴の死の真相を。世界の裏で、俺を中心に世界を回して、世界を見て歪みを探し続けた。テガソードに辿り着いた時、ここにあったんだと確信したよ」

 

 初めて指輪に触れた瞬間、排戸の脳に言語化できない何かが流れ込んだ。

 不思議と、それがずっと探し続けたものであると分かった。姉の死には、この指輪が関与している。そうと分かればいつも通り、世界を回して観察するだけだ。

 

「俺は姉貴みてぇに無意味に死なねぇ。指輪の戦いを操舵して、俺が世界の歪みを知らしめる。この歪んだ世界で生きる奴らを、全員否定してやる。それが俺の願いだ」

 

「……お前、止まってるんだな。20年前の事件から」

 

「───あ?」

 

 紅葉は排戸の叫びを、そう評した。

 理解できたからだ。怒りや無力感を被り続けた人間はもう、前すら見えない。

 

「……あぁそうだ。止まってんだよ、ずっと。だから目が回って気持ちが悪ぃんだ。俺を置いて動き回る、世界の全部が」

 

「俺も同じだ。こっちの世界に帰ってきたときには、家族も仲間も誰もいなくなってた。あっちで出会った家族を一人も守れなかった俺にはもう何も無くて、俺は二度とここから進めねぇんだって、分かった」

 

 久光を救うため無謀を働いた結果、久光は魂を奪われた。

 城に捕らわれている間に嶺を死なせ、吠を孤独にした。

 

 一体どの面を下げて生きて行けばいいと言うんだ。

 大人になってから負った傷は癒えない。失った時間は重く、壊れた心はもう戻らない。

 

「そうさ。俺にはもう……守るべき正義なんて、残っちゃいない」

 

 でも若い『彼ら』は紅葉とは違う。

 何があっても何度だって走り出せる。幸せになる資格がある。

 そう教えてやるのが、終わってしまった大人の最後の役目じゃないのか。

 

 今ここで見捨てて、堕ちた久光を救えるものか。

 

「黒羽、お前はまだやり直せる。子供のまま止まっちまってるお前なら、まだ!」

 

「20年だ、俺はもうとっくに錆びついた。あぁここまでだ。スタミナ切れの時間稼ぎはもう、十分だろ」

 

 ブンレッドが動かないデカレッドに近づいていく。

 さっきの一撃はやはり王手だった。デカレッドは咄嗟の機転で致命傷を避けたに過ぎない。

 今の紅葉にとってバトライズモードの装甲は余りに重たかった。仮に万全であっても、機動力で優位を取るブンレッドには、そもそもの話だが分が悪い。

 

 だから紅葉は指輪の声に耳を傾ける。これじゃない。もっと、イメージは───守るだけの鈍重な鎧ではなく、どんな相手とも正面でぶつかり合える、滾る情熱の火の玉。

 

「『装甲(アームド)』!」

 

 武装が再構築される。大袈裟な鎧は圧縮され、超密度の甲殻はデカレッドの姿を一新するように装着されていく。そして、体表数センチに集約された膨大なエネルギーが、囂々と紅蓮の熱気を発露した。

 

 宇宙警察の到達点『プレミアデカレッド』。

 更にそれを指輪の力でチューニングし、紅葉の願いに最適化した形態。

 称して『アームドデカレッド』が、ブンレッドの殺意の重圧を前に立ち上がった。

 

「ふざけんなよ」

 

 紅葉と指輪の力が、今、完全に溶け合ったのを感じてしまった。

 何が止まっている、だ。この短時間で指輪能力を進化させた怪物が。

 ブンレッドは押し寄せる吐き気に蓋をして、この理解の及ばない生物を凝視し始めた。偏に、勝つために。殺すために。

 

 2人の中で忘れていた何かが込み上がる。そんなものに一々名前なんか付けはしない。

 

 ただ肯定し、救いたい。

 否定し、踏み躙りたい。

 目の前の男を超えて、己の生き様に御旗を立てろ。

 

 

いざ掴め!

 

 

「ナンバァァァァァワァァァァン!!!」

 

 GO!GO!

 ユニバース!

 

「煤け、焦げ付き、(さび)れる(わだち)

非道の商人ブンレッド。世界を回す、この怒り枯れるまで」

 

 GO!GO!

 ユニバース!

 

「この残り火が導となるなら、

掲げてやるさ不撓不屈──デカレッド!

お前の怒り、ここで断ち切る!」

 

 No.1 Battle!

 Ready──GO!

 

 FIGHT!

 

 両者が、死線を超える一歩を踏み出す。

 願いを賭けた覚悟が衝突し、ディーマグナムとロッドがぶつかり合った。この一瞬で、ブンレッドはアームドデカレッドの桁外れの力を感じ取る。

 

 生半可な射撃ではあの装甲に傷すら付けられないだろう。かといって、これと殴り合うのは溶岩流に飛び込むのと同じくらい自殺行為だ。目に映る姿が、果てしなく大きい。まともに取り合うべき相手じゃない。

 

 だから、何だ。この男が生きて、あんな哀れみを一生向けられるなど、気持ちが悪くて生きられない。俺は間違っていない。俺が見た違和感は、俺の怒りは、正しいはずだ。

 

「間違っているのは、お前らだ……!」

 

 ブンレッドが腕の『ブンブンチェンジャー』を押し込むと、背中のタイヤが駆動し、巨大化した。高速で回転するタイヤに挟まれ急加速したブンレッドの激突を、デカレッドの『剣』が喰らい返す。

 

 百鬼斬りの銘剣『ディーソード・ベガ』。

 その(そら)をも裂く刃がブンレッドの手からブンブンハンドルを弾いた。

 

 だがブンレッドは瞬時にタイヤを背に戻し、回転効果によって空中浮遊して武器を取り返す。そのまま空中に留めたタイヤを蹴り、ブンレッドは神風となって倉庫の中を吹き荒れた。

 

「知ってどうする、姉の死の真相を。お前はその先に何を見ている!」

 

「何も無ぇよ。今も先も変わらない、俺はここから動かない。否定するだけだ、俺の目を回す気持ちが悪ぃもん全部!」

 

 迸る激情は音を超える。戦禍は言の葉を置き去りにする。道なき道を駆け回り剣戟を重ねるブンレッドと、『旋回』を付与された無数の弾丸。それらを全て、デカレッドは間合いに入った刹那に斬り捨てる。

 

 ブンレッドは怒りに相乗りするように加速を続けた。

 そして、遂にその速度はデカレッドの剣を超え、爆走する殺意が間合いを潜り抜ける。

 

《ブンブンジャー!》

《デカレンジャー!》

 

《フィニーッシュ!!》

 

 その瞬間、喉元でテガソード同士が鍔迫り合い、時間が凍結した。

 

 置いて行かれていた世界に刃の衝撃が疾走し、そこでようやく現実が足並みを揃える。斬られ、砕かれ、撃ち抜かれた廃倉庫の各所が崩壊を始め、振りしきる瓦礫の中で再びデカレッドは問いかけた。

 

「お前が許せないものは、本当にお前が見ているものか!?」

 

「何が……!」

 

 時間が融ける。剣が反発して再び両者は遠ざかる。

 ブンレッドは震え始めた腕で再度ハンドルを握りしめ、銃となったそれを持ち上げようとした。

 

「───紅葉さんっ……!」

 

 言うことを聞かない体を引き摺っていた。みっともなく、泣きながら、そこに来た。

 崩れていく戦地に届けられたのは、日昇雲雀の弱々しい声だった。

 

「邪魔なんだよ!!」

 

 ブンレッドの銃口と激昂が雲雀に向く。

 何なんだこの女は。指輪も無いのに何しに来た。心配して何か貢献してるつもりなのか。気持ちの悪い自己満足が。何も動いてない、動こうとしない、力もなければ意志もない不幸面のガキの分際で───

 

 邪魔?

 何も出来ないヤツが、どうして?

 俺は誰に苛ついている?

 

 己の中で狂った歯車に気付いた時にはもう、手遅れだった。

 

「目を逸らしたな」

 

 世界はいつだって止まったハイドを置いていく。思い出の公園も贈り物を買った店も無くなって、季節が感情を薄めていった。少し目を放しただけで知らない世界になって、全部に否定された気分になる。そんな、姉を忘れようとしている世界を、受け入れられなかった。

 

 デカレッドが剣を構えている。跳躍の間合いに入っている。

 銃口を向け返すのが、間に合わない。

 

 姉が殺し屋をしていることを知っていた。

 ただ一言、そんなことをしなくていいと言えばよかった。

 

 いつかは戻ってきてくれると、大人になったらと、言い訳ばかりをして、

 姉の悲鳴が聞こえていたのに、黒羽ハイドは何もしなかったんだ。

 

「───気持ちが悪ぃ」

 

 デカレッドが左脚で踏み込み、地面が波状に砕ける。

 動きを止めたブンレッドに飛び掛かり、その胴体にディーソード・ベガが二振りの斬撃を刻み付けた。

 

 斬り裂かれた罰点は、指輪が下す排戸への審判(ジャッジメント)

 

 

 WINNER!

 DEKA RED!

 

 

 ◇◇◇

 

「20年だ。結局俺は、見たくねぇものばかり見すぎて、20年も見失い続けてたってわけか」

 

 排戸は紅葉に敗北した。だが紅葉はブンブンジャーの指輪を排戸に差し出す。

 

「こいつで取引だ。遠野久光について知っていることを、全て話してくれ。ま、盗品だが文句はねえだろ?」

 

「性格の悪ぃことしやがる」

 

 指輪を返された排戸の顔からはもう執念が消え去り、今はただ、疲弊だけが残っているようだった。排戸は煙を吐くように深く息をすると、紅葉の問いに応じる。

 

「前にAI企業の副社長さんに指輪を売ったことがある。そん時、ついでに諸々の情報をすっぱ抜いたんだが、そこにその名前はあった。『クオンAIコンツェルン』……遠野久光は名前を捨てて、『クオン』の名でそこの社長をやってる」

 

「クオン……」

 

 人間世界に戻ってきてから、確かにその名前は何度か聞く機会があった。社長の顔も見たはずだがまるで気付かなかった。情けなく思うが、経過した年月と過酷な運命が彼を変えてしまったのだろう。

 

「そしてアンタの言う『白い指輪』……そこが等号で結ばれんなら色々納得がいく。俺とは別に指輪を狩る『リングハンター』、そいつの正体がクオン──遠野久光だ」

 

 紅葉も覚悟はしていたが、やはりそうだった。久光は名前を捨てさせられ、ブライダンの手駒となって指輪を集める怪人と化している。テガジューンの呪いに苦しめられているのだ。

 

 そうでなければ、あの弟想いの優しい子が、人の願いを奪うだなんて在り得ない。

 

「恩に着る。俺の成すべきことは見えた」

 

「着られる筋合いもねぇよ。俺は争奪戦から降りる。この指輪をどうするかは、これから考える」

 

「そうか。姉の死の真相は、知らなくていいのか」

 

「よくねぇよ。よくねぇけど、もう酔い止めはゴメンだ。自首なんかしねぇし、もう二度と会うこともねぇよ」

 

 排戸は最後にターボレンジャーの指輪を取り戻した雲雀を見て、聞き逃させるような小声で呟く。

 

「せいぜい見失わねぇこった」

 

 それだけ言って目を逸らすと、排戸は街の外へ去って行った。

 

 紅葉もまた、この街に留まる理由を失った。まずは『クオン』と『リングハンター』を探ることからだ。有名な社長なら会うだけは容易いだろうが、久光が今どんな状態なのか、どれだけの戦力を有しているのか、それを知らずに動くのは危険すぎる。

 

 神出鬼没の指輪の狩人、ブライダンから隠れながら情報を集めるのには時間がかかるだろう。デカレンジャーの指輪の練度も不完全だ。これから先、一分一秒だって無駄にはできない。

 

「雲雀ちゃん、俺はすぐにここを発つ。店長には謝っておいて貰えるか」

 

「……紅葉さん、わたしも連れて行ってください! わたしも……紅葉さんの力に……!」

 

「ありがとうな。でも、これは俺がやらなきゃいけないことだ」

 

「うん、だと思った! だからこれ持って行ってください!」

 

 そう言って明るく振る舞う雲雀が紅葉に渡したのは、古そうなライターだった。

 

「お父さんの形見……らしいです。お母さんが捨てたのを、勝手に拾って持ってきたやつなんですけど。わたしこれにずっと勇気を貰ってたから、これがわたしの応援の気持ちです!」

 

「……そんな大事な物を。分かった、お守りにさせてもらうよ」

 

 紅葉はライターの蓋を開け閉めして音を鳴らし、それをポケットに仕舞う。少しだけ寂しそうに眼を閉じると、雲雀は笑顔と指輪が光るピースサインで紅葉に別れを告げるのだった。

 

「待ってろ久光。俺が必ず、お前を救ってやる」

 

 力を得て、視界が開けたような気がした。

 何の根拠もない直観だ。それでも、今なら思える。

 吠はきっと生きている。この人間世界のどこかで、必ず。

 

 だとしても、いまさら父親面して吠に会うことなどできない。

 

 ノーワンワールドに飲み込まれる前と同じように、吠と久光には幸せに生きて欲しい。そこに紅葉の姿はいらない。あんな悲劇など忘れて幸せになってほしいのだ。

 

 望みはただ一つ。それ以外は全て捨てる。

 例え次に遭った時、久光がどんな悪魔に成り果てていようとも、絶対に取り戻してやる。

 それが巌紅葉の、最後の願い。

 

「指輪の狩人。AI会社の社長、クオンさん……紅葉さんの家族……! だったらわたしが……!」

 

 雲雀はターボレンジャーの指輪を手で包み、遠ざかる紅葉の背中を眺めながら、強く呟いた。

 

 ◇◇◇

 

 ───1年後。

 

 どうやら指輪争奪戦は終わったらしい。

 裏世界の商人『排戸』の名前を捨て、ただの黒羽ハイドに戻った彼は警察から逃げる日々。とはいえ今さらあの男以外に捕まる気もせず、悠々自適な逃亡生活だ。今は客が自分だけのカレー屋の窓から歩き去って行く人々を見ていた。

 

 人脈の問題で嫌でも耳に入った情報だが、あの2人は結局クオンに敗れて指輪を失ったらしい。

 

「ま、そこまで忠告してやる筋合いもねぇわな」

 

 一度ガリュードと相対して、ハイドは感じ取っていた。

 彼は自分のような半端な修羅じゃない。狂おしいほどの激情を腹の内に飼い、精神の原型を失った化生。真正の怪物だ。あんなのに家族の情などを求めるなんて、見当違いも甚だしい。

 

「招待状だ。特別に俺様が持ってきてやったんだ、高くつくぜ?」

 

 そうやって無関心半分に思いを馳せるハイドのもとに、白いローブの男が降り立った。扉を開けるでもなく光を纏って空から現れた時点で、そういう類の存在だということだけは分かった。

 

 話によれば、テガソードに次いで就任した神様だとかなんとか。

 あとはもう話が読める。神が机に置いたブンブンジャーの指輪を、ハイドは投げ返した。

 

「帰れ」

 

「罰当たりなヤツだな。俺様と二代目の厚意を無駄にする気か?」

 

「恩着せがましいんだよ。その辺の信心深いカスでも引っかけろ、俺にはもう関係ない」

 

「全く、テガソードのやつも甘ぇな。()()()とはいえ、指輪で金稼ぎなんてしてた悪人を野放しにするなんざ。まぁ俺様が言えたことじゃねぇか」

 

 訳あり。その言葉が妙に引っかかった。

 確かにあれだけ指輪争奪戦の主旨に反する行動をしたのに、テガソードは何も咎めなかった。あの時はそういうものかとしか思わなかったが。

 

 まぁもうどうでもいい話だ。食べかけのカレーに興味を戻したハイドに、新米の神は一つだけ言い残した。

 

「綺麗な顔してるくせに不気味でおっかねぇ。よく似てるやがるぜ、ミサキに」

 

 席を立ち、振り返った時には、もう誰もいなかった。

 そこに残されたのはブンブンジャーの指輪だけ。その意味を理解し、ハイドは仄かに笑みを浮かべた。

 

「……なぁ神様。いくら貢げば、アンタはまた降りてくる?」

 

 姿は無いが「汚ぇ金は受け取らねぇぞ」と、そう聞こえた気がした。

 ハイドはサーキットを走るマシンが描かれた指輪を、自分の意志で強く握りしめる。




ブンレッド
指輪/センタイリング ブンブンジャー
契約者/排戸(本名:黒羽ハイド)
職業/商人
願い/姉の死の真相を知ること
裏社会の情報網を駆使して指輪の戦士を探し、手に入れた指輪を売るという商売を行うことで、指輪争奪戦の「調整屋」として暗躍していた。「旋回(ターン)」は本来ハンドサインの方向に弾道を変える能力だが、戦闘中に手を奪われるのを嫌った排戸は自身の指輪の細かい仕様を理解することで、目視で加速度を付与する能力に昇華させている。「ユニバース大戦」による時間修正で改変された記憶を探っていたが、紅葉に敗北後は紆余曲折の末に百夜陸王に指輪を渡し、指輪争奪戦から脱落した。コンセプトは「ブンブンジャーのバクアゲじゃない部分」+「ユーリ・ブライア」。

レッドターボ
指輪/センタイリング ターボレンジャー
契約者/日昇雲雀
職業/ディスカウントストア店員
願い/世界を良くする
幻惑(イリュージョン)」の指輪能力で光の妖精や聖獣を生み出し、様々な奇跡を起こすことができるが、使役の精度は使用者の精神状態に依存する。排戸に敗れて指輪を奪われるが、紅葉に指輪を取り返してもらう形で争奪戦に復帰。その後は単身でクオンに接触するが、その異常性を察した彼女は紅葉のことをクオンに黙ったまま敗北し、再び指輪争奪戦から脱落した。全治半年の怪我から立ち直った後は、『ジグザグ』での勤務を続けながら警察官を目指し始めたらしい。名前は「新世代」と「翼」のイメージ。
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