(X:@iwanomoSandoro)
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「ターボレンジャー」の指輪の物語になります。
「捧げよう、退屈に油膜の虹を、がらくたに遥かな眠りを」
はーぁ、エモいことがしたい。
ヒノキの匂いに包まれて、
2026年7月、K県M市、車田町。ここは海に面した崖の町。海水浴場から国道を挟んで急勾配の坂を上り、山レベルの高台の上にニュータウンの街並みを広げるこの町では夏真っ盛りの今、海水浴目的の観光客がごった返し昼間の海は大混雑。だがそれ以外の季節になると途端に閑散し、錆びて古びた露天や草木に包まれた廃屋に目がいくようになる。車田はそんな不思議な町である。
海水浴場とニュータウンの間に雑木林が広がる地帯があり、そこに円の実家である月夜野神社がある。夏休みであるが円は今日も巫女服に身を包み、誰も来ない神社のお守り売り場で来るか知れない参拝客をひたすら待たされていた。
そもそも円に遊びに誘ってくれる友達はいなかった。可もなく不可もなく、成績も真ん中からちょっと上くらい、学校では問題起こさず生きてたけど、びっくりするほど誰も話しかけようともしない、私はいつでも待ってるのに、である。自分から話しかけるなんて面倒だった。高校2年の17歳、花の女子高生と呼ばれる年代だが、円の日常は水を吸ったスニーカーのように重たく単調だった。
飽き飽きして、同時に危機感を抱いていた。このままでは何も成し遂げられないまま卒業してしまう。せっかくの女子高生ブランドを棒に振ってしまう。だけどいくらヤバイナと思っても状況は改善しなかった。
円には夢がない、だから何が悪いかさっぱり分からない。一人っ子だから将来もなんとなく分かる。きっと神社を継ぐんだ……そうしたら一生この街で暮らすことになって、いつかキャベツ畑でヨボヨボになりながら働く不幸せそうなおばあちゃんや、中年太りしたパートのダサいおばさんたちの仲間入りをする。
それだけは嫌だった。自分はもっとキラキラして、チヤホヤされて生きれるはずだ。顔には自信があった。146センチ、50キロのデブだけど、バカじゃない。スペックにも謎の自信はあった。裏を返せばそれだけだった。
なので最近はテンプレ通りの白馬の王子様に憧れるようになった。誰でもいいから優しくて顔が良い男にこのクソッタレな日常から連れ出してもらいたい。子どもの頃の円は捻くれた子どもだった。シンデレラや白雪姫、都合よく王子様が現れて幸せになる御伽話を子どもながらにバカにしていた。お姫さまは男を待ってるだけの弱いやつ、わたしはああならないぞ、そう思っていたはずなのに、今や自分が王子様を願ってるなんて皮肉にも程がある。
冷房は効いてるが親にスマホは禁止されてるからただ座ってるだけ。こんな事してボケたらどうすんのよ。うだるような暑さの中、脳内で親に噛みつきながら、とりとめのない考えを巡らせて自嘲する事しかできなかった。
それが唯一できる世界への抵抗だった。
その夜、円はお手洗いのついでに竹林の中にある小さな祠に寄った。本殿の後ろ、親が言うにはこっちの方が本当の神さまがいる場所らしい。特に理由はなかったが、彼氏とか旅行とか、SNSで他人のキラキラした日常を見てたら車酔いのようになって、吐きたくなってここにいた。
にがい、喉の奥の方にトゲトゲしたものが溜まっている、なんかの虫の声がリンリンと鳴り響いて気持ち悪い。
江戸時代には既にあったらしい木の祠は長い年月の中で白くて細くなって、死ぬ寸前の老人のような感じがする。この長い潮風を耐えて劣化した感じがエモいとか、デルタルとかいう黒人観光客が言ってたけど、生まれてから17年、毎日のように見ているとそんな気持ちも抱かない。ただのジジ臭い祠でしかない。気持ち悪い、と思って崩れ落ちる、祠と目線が一緒になった、神社の娘が言っていいことか分からないけど、神さまなんていないと思う。だって神さまが本当にいるなら私はもっと幸せなはずだもの。毎日こんなダルい思いなんてしなくて、きっとキラキラして生きていたはず。細い爪に月の光が反射する。校則でも親にも禁止されてるからネイルなんてしたこともない綺麗な爪。自分には不釣り合いな、綺麗な爪。
クソが、クソが、クソが。
悪態をつく。竹林は静かだ。だから何を言おうと全部受け入れてくれる気がした。つまり何にも言ってくれなかった。
死んでもいいけど死にたくない。こんな退屈な日々を過ごすなら死んだほうがマシだと思いながら、かといって今の自分を捨ててハエかブタかゴキブリに転生するのは嫌だった。キモいからブスな男も嫌、女の子でいいけど、ブスな女は一番惨めだと思う。転生するならキラキラした都会の、誰もが振り向く美少女になりたい。そしたらこんなクソみたいな世界を全部見下せるはず。完璧で究極で、ずっと幸せのまま生きれるはずなんだ。ゲボが出る。食べたものが全部出た。
クソが、クソが、クソ、が?
月の光が祠を照らして、ふと格子の中に黄色い縁で囲まれたナニカを見た。ツンとくる匂いにループで吐き気を覚えながら、罰当たりかなと思いながら格子を開けると丸い鏡の前に人差し指くらいの大きさしかない小さな女の子がいた。それもただの女の子じゃない、白いドレスに白いチョウチョの羽をパタパタさせて、頭の横でヤギみたいな白いグルグルヅノがある。絵本とかでよく見るだろう妖精としか言えないナニカだった。
妖精はキャッキャと笑うと祠から飛び出して円の周りをクルクルとしはじめた。そして右の中指の止まると青い目で顔を覗き込んで。
みぃちゃった、みぃちゃった
かわいいこのゆび、とぉまれ
指の付け根にカチッと硬いものを感じて、妖精はいなくなっていた。その代わりに黄色い縁で囲まれた指輪が巻かれていた。縁の中にはデッカく「T」と書かれた真っ赤な車とさっきのに似た妖精が描かれた絵があって、何このセンス、だっさ、と思って外そうにも外れない。引っ張っても、ぶつけても、指輪は指にくっついたままで格闘してるうちにだんだん喉奥に冷たいものが落ちてきた。
これ、親になんて言おう……。
ウチの神社には昔話が伝わっていた。入り口の由来の看板が書いてあるからわざわざ説明するのは面倒だけど、基本読まない人ばっかなので説明しようと思う。お前らも神社に来たら由来を読んでほしい。
むかしむかし、車田町(当時は村だった)に近い
実際、この周辺の海域には昔は海賊がいたみたいで、歴史学者がいうには鬼というのはその海賊たちのことだと言うのが通説らしい。私もそう思っている。だって記録にある鬼たちの姿があまりにふざけすぎてる。
そんなこの村にある日、島から
流星刀は重要な儀式の時にしか見れない事になっていて、私も3歳の頃にパパが神主に就任した時に見たくらいだった。持ち手から刃まで真っ赤に染まった異様な刀で昭和の時代に研究者が調べたところには、構成されてる全てが地球に存在しない物質でできてた物凄いものだったらしい。当然研究者たちは神社から貰い受けようとしたけど、当時の神主たちが大反対して神社に残る事になった。とはいえこっちも商売なので流星刀や鬼の伝説をウリにマスコットキャラを作ったり、宇宙と絡めたお守りを出したりして、それはもう利用した。ニュータウンだって流星刀の経済効果を見込まれて作られたらしい。
まあ刀はまず見れないし、そもそも車田に駅はないし、てか場所が分かりづらいし、そんな簡単に行ける場所じゃないから今や寂れてるとしか言えないけど。
本題に戻りましょ。指輪が外れなくなって焦った私は神社の伝説を調べてたけど、そこには一度も妖精にまつわる記述はなかった。それどころか補習のために学校に行ってもヤケに目立つ指輪なのに、親や先生、友達やクラスメイトたちにはこの指輪が見えないらしくて、お風呂とかお手洗いとか、個人的に邪魔なこと以外はつつがなく日常を過ごせていた。私だけへの嫌がらせである。
手を振れば壁にぶつかる、薬指には常に違和感がある、メイクをしようにもペンに当たって持ちづらい、あまりに邪魔なので名前をつける事にした。クソがって言ってたら指についたのでクソ太郎にした。クソから生まれたクソ太郎。私の邪魔をするお前なんてクソで充分だ。最初にそう呼んだら指輪はほのかに熱くなった、気がした。
そんな日々を過ごしているうちに私の体の中を変な"
テストが帰ってくる前に落とした髪ゴムや自販機の当たるボタンが光って見えた事もあった、それどころか家に替えのナプキンを忘れて焦った時にカバンが光ったと思ったらそこに入ってた事もあって、テストの結果を見て、そこで自分に変な力が付いた事を確信した。
私はこの力を"
変な指輪が抜けなくなったのは不幸だけど、これに関しては運が巡ってきたのだと思った。この力があれば私をどこかキラキラできる場所に導いてくれるような気がしたから。生暖かい風が潮の香りを運んでくる。神は信じないがその夜はさすがに神頼みした。神さま仏さまキリストさま、どうか私を導いてください。するとクソ太郎が暖かくなって、
闇蜘蛛島は鬼がいた島。でも同時にこんな話も聞いた事がある。闇蜘蛛島には海賊がまだ流星刀のような宝を隠していて、だから今でも禁足地になっているんだと。真面目に考えて、一度調査が入ってるのにそんなものあるわけない。頭の中に美青年だったという矢弥丸の話が浮かぶ、あそこに行けばもしかしたら私の白馬の王子様がいるんじゃないか、いや、例えいなかったとしてもお宝があるかもしれないし、行く事でこのクソッタレな人生が何か開けるんじゃないか、と。
灯台下暗しと思った。
禁足地? あ? 何が禁止だ、禁止は適度に破るためにあるんだ。だってがんじがらめのままじゃ何も前に進めない。てか、何が補習だ何が課題だ、そんなのに捕まってたら蜘蛛の巣みたいにただ終わるのを待つだけ。私は、今が夏休みを"始める"時、だと思ったのだった。
日本の夏は暑い、たとえそれが早朝であったとしても。
寄ってくる蚊を払って、汗だくになりながらチャリを漕いで海に向かうと、だいだい色の太陽がちょうど海から顔を覗かせ、紫色の空を青に侵略しているところだった。服を脱いで水着に着替える、服は木陰の中に投げ捨てて、どうせ周りには誰もいない、肩紐の食い込みが高鳴る心臓に鞭を打った。太陽に包まれ闇蜘蛛島は影絵のようになっていた。これから私はあの島に向かう。禁足地と教えられて緊張しないわけはない。だけどクソ太郎から伸びた光は確実に島へ向かっていて、私をこっちだよと手招いていた。
やるしかない。
ザァザァと音を立てる海に近づき、生温かいそれに足を踏み入れた、その時だ。
「私の指輪、
振り向く。そこには厚化粧をした小太りのおばさん、海鮮定食屋のほむらおばさんがいた。目が二重でアーモンド型をしているので私は密かにグレイと呼んでいた。あの宇宙人のアレである。
「……なんですか? 怖いんですケド」
おばさんは先端を紫に染めた髪と、ダサいベージュのシャツに垂れ下がった胸を揺らして、皺を真顔に固定して私に迫ってきた。ああはなりたくないなと思っていると、左の中指に黄色い縁の指輪をしている事に気づいた。クソ太郎と同じ形をした指輪である。おばさんの右手にどこからともなく銀色の……なんだあれ、青い刃みたいなものがついた手みたいな形の何かを取り出すと、歩きながら。
「その指輪、本当は私のなの、返してくれるかしら?」
黙ってクソ太郎を握る、さっさと手放したいと思ってたけど、これを無くしたら二度とキラキラできないような気がした。
「はぁ、いいわ、なんで円ちゃんが持ってるかは知らないけど、指輪持ちになっちゃったならやる事はひとつ」
《センタイリング!》
おばさんが指輪を回転させて銀のやつにはめるとイケボな声が鳴り響いた。彼女は顔の左横で銀のやつを一回クラップすると、足をターンさせて一回転し、銀のやつを逆手持ちにして胸の前で2回クラップ。そのまま右腰元で1回クラップすると、左手でクラップしながら大きく手をあげた。
「エンゲージ」
おばさんの体がだいだい色の琥珀に包まれ、どこからともなく現れたデカいクワガタが琥珀を突き破る。
《You are the KING! You are the! You are the KING!!》
《キングオージャー!》
私は目を疑った。琥珀の中から現れたおばさんは顔にクワガタのシルエットをつけた、マントを羽織った赤い変なやつが立っていたのだ。おばさんはマントをはためかせて青い刃を私に向けると、朝日を浴びて言い放つ。
「クワガタオージャー……ごめんだけど、力づくで奪わせてもらうから」
おばさん改めクワガタオージャーという人は青い刃を大きく振るって私を切り裂こうとした。咄嗟に避けて砂埃が舞うが、クワガタさんは執拗に私に攻撃を続けて止まらない。何がなんだか分からないけど多分これは犯罪だと思う。大声で助けを呼ぼうとした、が。
「きゃーっ! 人ごろ」
「
「〜!! ……!?!?」
声を聞いた途端に悲鳴が出せなくなった。耳に聞こえるのは波の音だけ。腰が抜けて砂に尻がつく。クワガタさんはマントを揺らして近づくと、私の喉元に刃を当てて。
「早く変身しなさいよ! 私と戦え! 指輪持ちなら言ってる意味が分かるでしょう!?」
いや言ってる意味が分からない。だけど右手にカチャリという音がすると異物感を覚え、見るとおばさんがしてたのと同じ銀色のやつがついていた。同時にずっとひっついて離れなかったクソ太郎が抜けて左手の中に収まり、私は勢いのままに銀のやつにはめようとしたけど、バチッと電気が走ってはめられなかった。
「なんでっ!?」
変身する前に回していたことを思い出して回そうとするが、まるで石のようにクソ太郎は動かない。慌てているとクワガタさんにビンタをされて砂の中に吹っ飛ばされる。クソ太郎が砂に落ち、クワガタさんが拾おうとしたのを、私は咄嗟に拾って抱きしめた。クワガタさんはため息をついて。
「円ちゃんには資格がないみたいね。大人しくそれを渡して、でなきゃずっとこうして狙われることになるわよ」
「やだ!!」
自分でもびっくりだった、こんな大きな声が出るなんて。
「なんなん!? なんなんだよ!? おばさんは何!? その銀のやつは!? この指輪ってなんなの!? 教えてよ! じゃないと納得できないじゃん!!」
「あなた……もしかして指輪のこと何も知らないの? じゃあテガソードに会った事は?」
「はぇ? てがそおど?」
「……ッ!」
また刃を突きつけられる。さっきとは違って、怒りみたいなものを感じた。
「だったら尚更! それを私に渡せ! それはあなたみたいな適当な人が持っていいものじゃないの! 指輪を全て集めればなんでも願いが叶う……私には叶えたい願いがある、そのためにそれが必要なの……だから、死にたくないなら渡しなさい!」
「願い……? これが、叶えてくれるの……?」
クソ太郎を見る。絵に描かれた妖精にあの時見た妖精の不気味な姿が重なる。なんだか分からないけど、こいつが願いを叶えてくれるなら、私は……。
「だったら、だったら私はキラキラした人生がほしい! だからずっとあの島に行きたいの! お願いクソ太郎、私をキラキラさせて……!」
勢いのまま銀のやつにクソ太郎を叩きつけると窪みにはまった。
《セセセセンタイリンリング!!》
銀のやつを中心に体が勝手に動き出してクワガタさんをビンタする。左下で2回クラップ、右横で1回クラップして、足を回してスピンすると、両手を前に突き出し、胸の前でクラップする。するとクソ太郎に描かれているのと同じ赤いスーパーカーが体の内側から爆走して灯(ビーコン)の燈に包まれる。私はビジョンで見た全身スーツに変身していた。
《ターボレンレンジャジャー!!》
「私……変身した……!?」
下を見る、それはまさしくビジョンで見たスーツと同じものだった。だけど違うことがあった、それは。
「……白い!?」
そう、ビジョンでは赤い姿をしていたのに、変身した私はまるで全身が漂白されたように白かったのだ。これにはクワガタさんも驚いたみたいで。
「何……それ……」
と唖然としてるみたいだった、けど。
「……倒すのは変わらない!」
と言って襲いかかってくる。ビジョンでは剣を持っていた事を思い出して召喚しようとしたが、なぜか何も出ない。仕方がないから銀のやつで攻撃を受け止め……きれずにダメージを負ってしまったが、それでも痛みは全く感じなかった。
それでもクワガタさんの攻撃は止まず、刃の攻撃を避けて受け流し、時には反撃してみたけどダメージはゼロ。これじゃ何も終わりが見えない。なんか、なんか無いの? と指輪に声をかけると、クソ太郎がジワと熱くなって闇蜘蛛島への光が強く熱し、クワガタさんが何か特殊な力を使って助けを呼べなくした事を思い出して私は覚悟を決めて叫ぶ。
「
「特殊能力!? やばいっ!」
クワガタさんが思わずマントで身を隠す。だけど何も起こらない。アレ? と困惑していると、なぜか怒った様子のクワガタさんが声を荒げて攻撃を再開しようとしたので、足を速く大きく回して砂を巻き上げると脱ぎ捨てた服を拾い、私は車のエンジン音を残して物凄い速さで逃げていた。
赤い折り紙の鶴が物干し竿に止まっていた。
この人なら私のことを理解してくれる、甘やかしてくれる。だから好きになった。そんな旦那と結婚して十数年、旦那のキモい部分が見えてきて、一生続くと思ってた”好き”は年月が経つごとに冷めていき、日を跨ぐたびに贅肉も小皺も増え、若い頃は若さを懐かしむ年増をウザいと思っていたはずが、今や若い子を見ると焦がれてやり直したいとさえ思ってしまう。
だから厚化粧をして誤魔化そうとして、それが余計に年寄り感を出させてゲボが出る。そんな自分が醜くて、キモい。そうして鏡を見るたびに割りたい衝動に駆られていた50も半ばのある日のこと、洗濯物を干していると折り紙の鶴を人型にしたような赤と白の全身スーツがベランダに立っていた。懐かしいな、と思った。
「ほむらさん、ですよね、初めまして、僕はオリガレッドと申します」
思い出す、それは2年前のこと、私は”ターボレンジャー”の指輪の持ち主となって、人生を華やかにやり直したい、そんな願いのために指輪争奪戦に参加していた。だけどその中で……。
「真白さんから頼まれて来ました、新たな指輪争奪戦が開始されました、ですが、ほむらさんが使っていたターボレンジャーの指輪が次元を超え、どこかへ消えてしまったのです……」
オリガレッドという男が出したのは赤いメカクワガタが描かれた黄色い縁の指輪だった、ターボレンジャーではない、確かキングオージャーと呼ばれるもの、前回の争奪戦で一度見たことがある。彼は困ったな、というように人差し指で顎のあたりを掻くとカクカクした羽をピクピクと震わせた。生きてるのか、それ。
「ターボレンジャーは気まぐれな指輪、僕も探してみたのですが見つからず……そのため、例外的な措置として、前回指輪の持ち主であったほむらさんに協力を頼みたいのです。人と指輪は引き合います、ほむらさんならばきっと」
悩む事はなかった。指輪を受け取って指にはめる。頭の中に溜まっていく泥をスッキリさせられる気がした。オリガレッドの仮面のような顔が笑ったように見え、彼は綺麗に90度を描いて礼をすると、いやらしいほどハキハキと。
「ご協力感謝します、今回の指輪は例外的なもの、特殊能力を使う事はできますが、指輪に秘められたスーパー戦隊の力は使うことはできません。ですがほむらさんにはほむらさんだけの特殊能力が身に付くはず、それを使えば」
ああ、この人はずっと、根っから清廉潔白で生きてきたんだろうな。
吐き気がした。キモいなと思った。
私の50年を否定されたような気がして、死ねばいいのに、と思った。
「どうしようどうしようどうしよう……!」
東から光が目に突き刺さる。通勤通学の人たちに揉みくちゃにされながら、私は東へ向かう電車の中で揺れていた。走って、逃げて、気がついたら街から出ようとして電車に乗っていたのだ。
ガタンゴトンのリズムの中で頭の中で考えがバチバチ弾けて、心をギュウと掴んで苦しい。冷房じゃない、今になって冷たいものが足から上がってくる、闇蜘蛛島に行こうとしてたのがバレた。町の人が怖い顔をして行くな、祟られる、そんなことを言うあの島に。それをほむらおばさんに見られた。すぐに噂が町中に広まって、親にも先生にも怒られる。それどころかおばさんに襲われて、あのまま町にいたら命がない気がした。
今から帰って謝ったら許してくれるだろうか、いや、そんなわけない、ほむらおばさんの目はガチだった、謝ったくらいじゃきっと。ただでさえ家出をして怒られそうなのに、島に行こうしてたっておばさんは絶対喋る。きっと今ごろにはもう噂が広まりはじめてるはず。だからもう私は……。
どうして? 昨日まで平和だったのになんでこんな事に……?
ふとクソ太郎が目につく。変身を解いたらまた指から離れなくなった忌々しいクソ太郎。こいつのせいで変な考えが浮かんで、夢中になって、お前のせいで私は……ムカついて右手で殴ってみたけど壊れない。それどころか一瞬周りの注目を浴びて恥ずかしい目に遭った。
ふとおばさんの言葉を思い出す。
「指輪持ち……?」
スマホで調べてみた、指輪、黄色い縁、変な絵、赤いスーツ……すると真っ先に総理大臣の熱海常夏さんの画像が出てきた。選挙カーでの街頭演説の中で、銀のやつと指輪を使い、おばさんと同じように赤いスーツのやつに変身する熱海さんの、何も知らなきゃ加工動画と思われそうな動画。この銀のやつはテガソードと言って、指輪争奪戦を繰り広げ、指輪を全て集める事で願いが叶うと言われている……。
おばさんの言っていた事と同じ事が書いてあって、胸の中がドキン、とした気がした。
「お前、本当に集めたら願いを叶えてくれるの?」
クソ太郎に小声で話しかける。聞こえないのか、この忌々しい指輪は何も話しかけてはこなかった。指から離れないくせに自己中なやつである。
調べ進めると指輪争奪戦は今年の2月に一度終わった事を知った、そして今は前回の争奪戦の優勝者の遠野吠という男が争奪戦のやり直しを願い、指輪持ち一人一人と戦っているらしい。4歳歳上。なぜか右上にテロップのついたテレビ番組のキャプ画が出てくる、顔は良いけどガラの悪そうな男だった。
じゃあクソ太郎はやり直しのためにウチの祠にやって来たって事? それで前回の争奪戦で持ち主だったおばさんの手から離れて、なぜか私を選んだ……?
ふと思い出して妖精が関わってないかとか、赤じゃなくて白に変身したとか調べてみたけど、ピンとくるような情報がない。白だったら”ゼンカイザー”っていう真ん中に虹色があるやつや、ゴジュウジャーって連中の”ゴジュウポーラー”って言うシロクマみたいな人がヒットしたけど、私の変身したやつとは全く違う。
てか今はフリーで神をやってるって何? このゴジュウポーラーって人。しかも神なのになんでホームページ持ってるの、俗じゃん、胡散臭すぎる、関わらないようにしよう。
そんなことを調べてるうちに時間と充電は消えて、乗客はひとり、またひとりと、気づいたら終点まで着いてしまっていた。気づいて、自分でもこんなに時間を忘れられるなんてと驚いているとドアが開いて、あ、違うな、と感じる匂いがある。その街は私の町と違って潮の匂いはしないし、ビルも建っていて、人がいっぱいで、なんか鼻の中がツンとする感じがした。
都会だ。
景色に引き込まれるように足が向かっていた。ホームから電車が走り去って、生暖かい空気がスカートを揺らして足を撫でる。頭の片隅で降りる代金を持ってない事に気づいたが、今はそんな事はどうでもいい、充電が53%になったスマホで景色を撮る、触れる空気、匂い、リアル、片隅とはいえ憧れた都会の中に私は立っているのだ。
「……どうしよう、これから」
言った言葉は同じだけど、心はすっかり落ち着いていた。目を瞑り
ふと思った、もしかしたらクソ太郎は闇蜘蛛島に帰りたいんじゃないか。何が”帰りたい”かは分からないけど、咄嗟に出てきた気持ちがそれだった。島にはクソ太郎に関する何かがあって、私を利用して行こうとしていたんじゃないか? だからこいつは帰りたい、なんて迷惑な話だろうか。
「ほんと私って、行き当たりばったり」
抜け出したいと思っていたのは私だ。目的のないドライブ、思うがままにハンドルを右、左して、変な場所に辿り着いて、ようやくガソリンが無い事に気づいて、でも、そんな迷走もあとで思い出して楽しいと思えたのなら、ずっと逃げていたのかもしれない、戦うしかない、ことから。
ホームに電車が停まり、バレないように乗り込んだ。
生温かい潮の香りがベタベタと体を汚していく、だからこの街は嫌なのだ。
闇蜘蛛島は遠目から見たらただの岩の塊だった、その伝説を知らない限り、観光客も、下手したら町の住人だとしても見向きすらしない、忘れ去られるべき小島。だがかつて村人は
1匹の妖精がいた、1匹の鬼がいた、鬼は妖精の清らかさを見て、妖精は笑い、彼を島の外に連れ出した。鬼は人からの迫害を受け、同時に人の優しさを知った。だが鬼はどこまで行っても鬼で、人はどこまで行っても人だった。だから鬼は優しさの中から逃げ出した。その先にはあの妖精がいた、妖精は笑い、彼を谷底へと突き落とした。めでたしめでたし。
の、はずだった。
鬼は弱かった。どうしようもなく。まだ見ぬ世界を、人の優しさを愛してしまった。だから密かに”意味”を残したのだ。ひとつは先祖から受け継がれていた空から落ちてきたとされる刀剣。そしてもうひとつの”意味”は。
月の光が海を照る、観光客が集まる砂浜とは別に、崖の下、町民しか知らないような場所がある。鬱蒼と茂った藪を抜け、蚊の猛攻を切り抜けると、ジープが6台ほどのスペースに小さく砂が広がり、月の波紋を小さく受け止めていた。
病的なまでに白くなった砂を踏みつけ、ほむらは月をずっと見ていた。かぐや姫、と言う言葉が脳裏にぼんやり浮かんでいた。月から来た姫が、地球で過ごし最後は日々をすっかり忘れて消えていく。最初に聞いた時、なんて自己中な話なんだろうとほむらは思った。自分でしたことの責任を取らずに残したものに傷だけ残して消えていく、あんな女にはならないぞと心に決めたはずだった。
喉奥からにがいものが滲んでくる。まただ。10代の頃からほむらはこの症状に悩まされていたこの後は暗い気持ちがカビのように重なって、気持ち悪くなってゲボとなってようやく止まる。旦那はそんなほむらを支えてくれる唯一の人間だった。醜い、ありのままの自分を受け入れ、そのまま愛してくれた。だから好きになった。人間だからクソもするし屁もこく、髪は薄くなるし全身に脂肪もついていく、そんなものは関係ないと思ってたし、受け入れていたし、この人がいれば他にいらないと思って結婚もした、美しい、ハッピーエンドだと思っていた。
だけれど年月はそんな気持ちすら容赦なく奪っていく、体を醜くして、心は錆びつかせて、寂しくさせて、暗い気持ちだけを残して去っていく。クソもするし屁もこく、最初は全く気にならなかった旦那の人間としての姿が、とてもつまらなくて窮屈で気持ち悪いものに見えてきて、こんなやつと結婚するために全てを捨てたのかと思って鏡を見ると、旦那と同じく小皺と贅肉に覆われた気持ち悪いものがもう1匹いて、血の気が引いてゲボが出る。若くないと認めたくなかった。思いたくもなかった。思ってしまえば若くなくなる。だけど鏡は言った。加齢臭が鼻をつく。もう何もかもが手遅れだ。
あの頃に戻ってやり直したい、もっとマシな人生を歩みたい。旦那と出会う前に戻って、知った上でそれすらメロついて恋愛ごっこに白熱していた過去の自分に教えてあげたかった。
自分だけを守ってくれる
「いた」
円は月の光の中でほむらの姿を見た。まるで枯れ木のようだった。光に照らされた厚化粧は死人のように白く光り、顔や腕や足に刻まれた皺がミイラのように乾いている。だけど白い砂浜にポツンと立っていると、太ったおばさんでも神聖なもののように見えた。不思議だ。
「逃げたと思っていたけど」
「なんか……逃げるのムカついてきた」
おばさんは首を曲げる。ひどく不気味なほど真顔だった。いつの間にか持っていたテガソードは銀に鈍く光り、左手にキングオージャーの指輪がキラリと光っている。
「その指輪もらうわ。取れないって言うのなら、その指ごと切り落として」
《センタイリング!》
静謐なその場に似合わない軽快なリズムが流れ出す。私も負けずにテガソードを取り出すとクソ太郎をはめて同じリズムを流す。そのメロディは自分の中の闘志に火をつけ、お互いにクラップを刻んで
「エンゲージ!」
《You are the KING! You are the! You are the KING!!》
《キングオージャー!》《ターボレンレンジャジャー!!》
赤いクワガタと白いスーパーカー。頭の中に変身後の姿の名前がひらめく。月の光のもと、クワガタオージャーと白いレッドターボが向かい合った。光に照らされ、水面に映る私の白はハレーションを起こしていた。
風だけが吹く。潮の臭いのする生温かい風。
砂を蹴り、2人は走る。特有の武器は出せない。テガソードの刃をぶつけ合い、拳を打ち出し、蹴りをぶつけ、火花を散らす。はたこうと迫ったレッドターボの掌をクワガタオージャーは右腕で受け止めると、はためくマントで視界を邪魔しながらキックを食らわし、体勢を崩したところをテガソードで斬撃。衝撃で宙に浮いたところに二度目のキックを食らわせるが。
「舐めんじゃ、ねぇ!」
足を掴んだレッドターボは車のエンジン音を出しながら空中で一回転し、クワガタオージャーの頭に回し蹴りを浴びせて倒れさせた。そしてお返しとばかりにテガソードで追撃しようとするが、相手のテガソードに受け止められ、そのまま腕を回されてかわされると同時にパンチを食らう。が、3発目で受け止め、マスクの奥でクワガタオージャーを睨みつけた。
「……邪魔しないでよおばさん! 私はあの島に行きたいの! この指輪があそこに帰りたいって言ってるの! だから行かせて!」
「行ってどうするの? あそこは禁足地、入れば重罪、犯罪者になろうとしてるなら指輪は必要ない! 私は人生をやり直すの、このゴミカスみたいな人生を捨てる、幸せになる、そのためなら人だって殺せる……!」
「その指輪がそれを望んでるんだよ!」
隙をついたレッドターボは腕を捻るとテガソードで切り裂いた。そして足を踏み込み、闇蜘蛛島へとスピードを出して走り出したが。
「
急に足の感覚がなくなり海水の中に倒れる。バシャバシャと飛沫の音をあげクワガタオージャーは迫り、そこから何度も踏みつけキックを食らわす。水が視界を塞ぎ、痛みがお腹から広がっていく。
「渡せ! 渡せ! 渡せ! 渡せ!」
クワガタオージャーは狂気じみていた。甚振る姿は月の光を浴び、その赤は灰のように見え、揺れるマントは冷めかけのこんにゃくのようにたなびいている。やがてその腕を上げると銀が光り、青い刃がレッドターボの胸に突き刺さる。絶叫がこだまし、傷からは血が赤く白い体を染めはじめた。クワガタオージャーはレッドターボの力が抜けたことを確認すると、テガソードから指輪を抜こうとするが取れない。そんな手をレッドターボは掴み、か細い声で。
「おばさんは……なんなの……? どうして……そこまで私のことが憎いの……?」
「あぁ?」
「殺す前に教えてよ……私がなんかした……? したなら……謝るから……」
頭の中で火花が弾ける。旦那に殴られた、金を盗まれた、タバコを腕に押し当てられた。全部自分のせいだと思った。言い聞かせた、これも愛の試練だ。真っ当な職にはつけない、部屋も借りれない、見捨てられた世界で旦那と私しかいない。ふたりぼっちだから、旦那に捨てられたらどう生きていけば分からない。だからこれも試練で、乗り越えなきゃいけないと思った。我慢した。我慢してるのに、こいつにはまだ未来があって、始まったばかりで、だから。
「そう、いう、若いところが……死ねって、思うの!」
腕を振り払い、ほむらは刃を心臓に向かって振り落とす。
その時だった。
ターボレンジャーの指輪が光り、黒い海に燈を灯していくと、ゴォーと言う地響きと共に海が割れ、闇蜘蛛島へ繋がる一本道ができたのだ。衝撃にクワガタオージャーは倒れてしまい、燈はレッドターボの体を包むと傷口を塞ぎ、妖精が耳元で囁いた。
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここは どこの ほそみちじゃ
てんじんさまの ほそみちじゃ
「いかな、きゃ」
だいだい色の燈に包まれたまま、レッドターボはふらつきながら立ち上がり、マリオネットのように海の中を歩んでいく。
「”
と呆然と呟き、クワガタオージャーはその後を駆けた。
闇蜘蛛島は岩の小島だ、らおおよそ人が入ることを想定していない岩の連続が続き、隙間からは鳥の糞から芽吹いたのか小さな花々が咲く程度。あとはフナムシがいるくらいだが、外から来ただろうネズミに食われていた。
岩を踏みしめレッドターボは歩いていた。仮面の中の焦点は定まっていない。待ちなさい、と叫ぶクワガタオージャーの声には一切の反応をせず、彼女が飛び掛かろうにも眩しい光が邪魔をしてままならない。
やがてレッドターボは大きな闇の前に立った。燈が照らす、それは岩山の中、木々の茂む洞窟であり、入り進むとやがて石室に辿り着く。四方を細かな石の壁で覆われ、周辺にはすっかり錆びついた冠や馬具、剣の類が無造作に置かれていた。形こそ違うが、間違いなく古墳とその石室そのものである。レッドターボの前には石で作られた棺桶があった。後から入ってきたクワガタオージャーは光景に驚いた。あたりを見渡して、カビ臭さに顔をしかめる。
ターボレンジャーリングを主体にレッドターボは棺桶を開けようとしていた、石の蓋を人間離れした力で開き、世界に穴を空ける。穴の中には胸の下で腕を重ねる骸骨があり、そこで指輪はレッドターボから離れると骸骨の中指につく、すると燈は骸骨に向かって集中していき、骨に目が生まれ、肉がつき、髪が生え、命を宿す、そこには裸の女がいた、豊満な胸と尻に短い足、頭には金でできた細い冠を被り、肌には赤いタトゥーが刻まれている。そして顔は円と瓜二つであった。
テガソードが女の元に行き、レッドターボは変身を解除されて崩れ落ちた。傷こそ治っているものも、円の服は裂かれ、血で汚れ切っており、女は円を見ると不気味なほどの優しさを感じる笑みを浮かべ。
「これは夢ですか。よく成し遂げました、我が子孫よ」
そう言ってクワガタオージャーを見る。厳密に言えばテガソードにはまった指輪を。彼女は笑みを崩さないまま唖然とするクワガタオージャーに近づくと、軽やかな口調で。
「私を黄泉から戻すには、鬼の血を継ぐ子孫がここに辿り着くことが必要でした。ですが黄泉からずっと見ておりましたが、人々はここを禁足地と呼び、私を戻すことを否定しようとしました。なんと嘆かわしいことでしょう、これでは皆々を幸せにすることができないではないですか」
「……誰なの? ボディペイントが趣味の痴女?」
「伝承として残っているのでしょう、姉のことは。私は巫女の妹、名は
その女、勇魚は円の頭を優しく撫で、クワガタオージャー、ほむらは仮面の奥で目を丸くしていた。
「鬼の血と言ったわね……まさか伝承の矢弥丸さんは……」
「ああ、愛しの矢弥丸さま!」
大声を出す。顔は破顔し、頬に赤みがさしていた。
「あれほどお慕いもうしておりましたのに、あの方はいつも姉のことばかり……ぐすん……ですが最後には私が襲い、体に愛を教え、その子種をこの身に宿しあなたたちの先祖が生まれたのです! ですが残念なことに彼は姉から逃げるようにしてどこかへ行ってしまい……えーん、最後には骸となってしまわれた!」
悲しそうに語るが、その顔は興奮しきり、はち切れるようだった。
「きっとこれはあの方を迫害し、不幸をもたらした人々の仕業に違いありません。人が恐怖と偏見から争いを避けられないのであれば、皆平等に地獄に堕ちてしまえばいいのです! そのために死の寸前まで霊魂を術で純化し、死後は念となって黄泉返りの術をかけたというのに、あの恩知らずの愚息が邪魔な取り決めを……とはいえ、願いでこの指輪を引き寄せ、こうして目的は果たされたので善しとしましょうか。今こそ皆さまを地獄に堕とし、世に太平をもたらす時です!」
《センタイ! リ、ん、ぅ》
テガソードにターボレンジャーの指輪をはめる。だが勇魚の邪気によりテガソードは真っ黒に染まり、その音声も不協和音のように濁り、鈍いものになっていた。勇魚は大きく両腕を広げると頭上でクラップ。そして舞うように回ると胸の前で2回クラップをし、腕でバツ字を作るとクラップ。最後に両手を前に突き出すと、また胸の前で2回クラップした。
《た、ぁ、ぼ、れ、え、ン、じ、や、あ》
黒い炎が体を包み、赤いスーパーカーが真っ直ぐ走ってきたかと思うと、解けるように体に密着。身体中に無数の目が開き、レッドターボを模した暴魔、
「指輪争奪戦のことも知っております、まずはその指輪をいただき、なんばあわん、となりましょう」
丸い柄に「T」が書かれた剣、GTソードで怨心レッドターボはクワガタオージャーに切り掛かった。その切っ先が閃くたび、悲鳴のような怨嗟の声が耳をつんざき、思わずマントで身を隠したところを突かれ、マントごと切り裂かれてしまった。岩の地面に落ちる赤いマントの切れ端、倒れそうになるのをテガソードを杖にして踏ん張るクワガタオージャーだったが、ボロボロになった彼女を怨霊は狙い。
《た、ぁ、暴、レ、ん、じ、ぢ、ふ、い、に、す、ゆ》
テガソードの刃が赤く光りクワガタオージャーを貫いた。声にならない声が発せられ、マスクの下から赤黒い何かがこぼれ落ちる。刃を引っこ抜くと同時に変身が解かれ、テガソードは消滅。指輪がレッドターボの元へ転がった。そのドサリ、という音で円は目を覚まし、困惑して辺りを見る中で血を流して倒れるほむらの姿を見る。
「おばさん!? ……はっ」
口を塞ぐ、指輪を拾った怨心レッドターボが円を見ていたのだ。彼女は首を360度曲げて一周させると、マスクをがちゃりと鳴らして耳の下まで割れた笑みを浮かべ、白濁した目で円に手を伸ばし迫る。円は恐怖に顔を歪め後退りするが、それすら棺桶に阻まれ、逃げられない。
「ま、ど、か、ちゃん、おばあちゃんと、一緒に、逝きませう?」
「嫌……いやっ! いやっ!!」
チャリチャリとGTソードで地面を抉り迫る怨心レッドターボ、円は恐怖のあまり叫び、狂乱して周りの砂を投げつけるが怨霊は止まらない。そんな様子をほむらは倒れたまま見ていた、意識が黒く染まりそうになる中、脳裏に浮かんだのは旦那に爪を剥がされ、痛みに苦しむところを笑われたありし日の自分の姿。あの人がいなきゃ生きていけないから最低だと思わないようにしていた。どんなことをされても我慢していた。逆らうなんて考えない。だけど今、その胸に渦巻いているのは明確に相手が決まった怒りと殺意だった。あの旦那は本当は警察に突き出される人間だった。それを私が庇って……。あれ以来誰も殺さなかったけど、その発散を全部私が受けた。だから不幸だった。今だけは、全部、あいつが。
━━━━反逆だ。
「うおおおっ!!」
岩を這い、血で跡を描き、ほむらは怨心レッドターボの足を掴む。もう2度と離さない、一緒に地獄へ送ってやる。そう思うと強い力が出た。そして思いの丈を全部吐くように円に向かって叫んだ。円は怯え切った目を大きく開いた。
「しっかりしろ! ”私”! 退屈が嫌なんだろ! クソみたいな人生が嫌なんだろ! だったら立て! こんなのに負けるな! 戦え! 戦って掴め! お前の欲しい未来を!!」
「えっ……!?」
「煩わしいですね」
怨心レッドターボに首根っこを捕まれ、ほむらは石の壁に投げつけられた。口から血反吐を吐き、血の跡を引いて床へ倒れる。円は慌てて駆け出すとほむらの元に座った。
「おばさん……どうして……てか”私”って……」
「気づくのが、おせえ、んだよ……私は、未来からきたお前、月夜野、円……本当なら、指輪に巻き込まれないで、このままずっとひとりぼっちで、心に虚無を抱えていたまま逃げて……ある日、いい男と出会って、運命だと思って、その男は実は殺人犯だったと知っても一緒にいようとして、名前も戸籍も捨てて、それでこのザマになる、はずなの……」
「じゃあ私を恨んでたのは……」
「人生をやり直したかった……だから、不幸の原因のあなた、昔の私が憎くてたまらなかった……私の参加していた争奪戦は40年後の未来の話。結局負けて、悔しい思いをして、何も変わらない元の生活を生きてたら、オリガレッドとかいう清廉潔白ヤローにあの指輪が無くなったとか言われて……それで2回目の争奪戦があったこの時代に連れてきてもらって、1年間指輪のことを探していたの……まさか、昔の自分が持ってるなんて思わなかったけど……」
ほむらは円の服を強く掴む。そして怨心レッドターボの持つテガソードを指さして。
「あなたの特殊能力は
指さす腕が糸が切れたように落ちた。瞼が閉じ、息を吐いたまま止まる。唖然とする円の耳に聞こえるチャリチャリという音、機嫌の良さそうな鼻歌の声。
「まっどかちゃんっ、遊びまぁしょお?」
円は目を閉じ、息を吸うと。
「ああああああっ!!!!」
叫んで走り怨心レッドターボの顔をビンタした。そのまま突進し、拳を、何度も体に打ち付けるがダメージは無い。怨霊はふぅと息をつくと、GTソードの柄で腹を殴り、髪の毛を掴んで立ち上がらせると、頭突きを浴びせて倒れ込ませた。
攻撃に息が浅くなる。倒れた円を見下ろした怨心レッドターボは裂けた口を楽しそうに歪ませ、GTソードの刃を体の上に突きつけて。
「ばあい、ばい」
振り下ろされる。円は目を瞑る。その瞬間、怨心レッドターボの持っていたテガソードから赤い光が漏れ、ターボレンジャーの指輪がひとりでに飛び出るとGTソードを弾き、円の指に巻かれたのだった。そして円の体を勝手に動かして黒いテガソードを無理やり奪うと元の銀の輝きに戻す。あまりの事に円は指輪を見て。
「クソ太郎……? 助けてくれたの……?」
指輪はその声に呼応するように輝き、ひとりでに回って赤いレッドターボの姿を描いた。いったーい、と不気味に呟く怨心レッドターボを見ると円は小さく息を吸って。
「……クソ太郎、私の願い、もう一回聞いて……私はキラキラした人生を生きたい。だから、そのために戦いたいし、まずはあの1000歳超えババアをぶっ倒したい。だから、力を貸せ! クソ太郎! 」
耳の奥でエンジンの鼓動が聞こえる。円は指輪を見せつけるように構えると、キーを回すように指輪の絵柄を回して叫び、テガソードにはめた。
「エンゲージ!」
《センタイリング!》
軽快なリズムが大地を揺らす。円は左下で2回クラップ、右横で1回クラップし、足を回すと両手を前に突き出し胸の前でクラップした。赤いスーパーカー、ターボGTが体の内側から爆走し、
《ターボレンジャー!》
レッドターボは左手を挙げると、右手を前に左手を曲げて運転するようなポーズを取り、最後に両手を前に出して名乗る。
「レッド! ターボ!」
それを見ていた偽物、怨霊、怨心レッドターボはケラケラと笑い、GTソードを拾って切っ先を突きつけた。
「人はみんな地獄行き、うふ、一緒に地獄へ堕ちましょお?」
「そんなに堕ちたいなら1人で勝手に堕ちてろ!」
円のレッドターボもGTソードを取り出し怨霊に切り掛かる。同じ剣同士がぶつかり合い、火花を散らし、同じ力が弾けて洞窟の外へと戦場を移した。夜だった外には朝日が登りはじめ、紫からだいだい色に変わる空のもと、2人のレッドターボの間に白い覆面をした男が現れると高らかに叫んだ。
「いざ掴め! ナンバー! ワァァァァン!!!」
《ゴー! ゴー! ヴィ! ラ! ン!》
どこからともなく聞こえる歓声の中、紺色として残る夜闇をバックに怨心レッドターボは名乗る。
「人間みんな地獄行き! 地獄の沙汰も愛次第!
「レディィイ!!」
《ゴー! ゴー! ユニバース!》
紫色を天頂に、登るだいだい色の朝日を浴びてレッドターボも名乗り続けた。
「人生は、生まれた時から死に向かってくデスレース。だけどそれは今じゃない!
VSの文字が両者の間を走り、バトルボイスが高らかに叫ぶ。
《人生ナンバーワンバトル! レディィ……ゴー!!》
足を踏み込み、2人のレッドターボは高速で走り出した。島に波が打ち付け水飛沫が飛ぶ、GTソードの刃が朝日を反射し、怨念の黒が光に照らされ薄まっていく。その光は円の刃に力を与え、GTソードとテガソード、ついにその斬撃は怨霊の体を4たび切り裂き、朝焼けの中に怨嗟の絶叫がこだました。
円はテガソードの
《ターボレンジャー! フィニーッシュ!!》
「くたばれゴミカスババア!! テガ! GTクラッシュ!!」
横一線に切り裂いた。空が白くなっていく。大地を、空を、全てを引き裂こうとするほどの悲鳴をあげ、地響きが起きる。怨霊、怨心レッドターボの体は黒い炎に巻かれたかと思うと炎は途端に赤くなり、やがて炎に巻かれて肉体は焼失、黒い消し炭だけが遺された。そして勇魚の怨霊は無数の腕に捕まれ、棺桶の奥の奥にある地獄の底に引きずりこまれていき、やがて声すら聞こえなくなるのだった。
白空の中のレッドターボ、円は右の人差し指を高く上げ、勝利を力強く宣言した。
「私こそが人生ナンバーワン!!」
《WINNER! TSUKUYONO MADOKA!》
バトルボイスと鳴り乱れるゴングの音。それが終わった途端にレッドターボへの変身が解けテガソードも消滅。ターボレンジャーの指輪はひとりでに宙に浮くと、そこにガッツポーズをするレッドターボの幻影を浮かばせ、同じく宙を浮くキングオージャーの指輪と共に朝日の中へと飛び立っていく。その向こうには折り紙の鶴がいたような気がした。
「さよなら、クソ太郎」
孤島の中、波の音がさざめき、海鳥の笑い声が朝焼けの中に溶けていった。
「あえ……?」
2026年7月、テストも終わって1学期も終わり、体育館での終業式の中で円は目を覚ました。気づくと自分は体育座りをして、周囲からもスゥスゥと寝息が聞こえてくる。
「今のは、夢……?」
と思いながらも体の感覚も、記憶も、鮮明なまま覚えている。小首を傾げながら終業式を乗り切ると、夏休みの注意事項と同時に進路希望のプリントが配られた。そろそろ自分の進路を決めなければいけない時期だ。寝る前までの円はまだ実感が湧かなかったし、多分このまま実家を継ぐんだろうと漠然と考えていたはず、だが。
「言うだけタダだもんね」
気づけばペンが動いていた。そしてそれを持って廊下を歩いていると、同じ大学を受験したいと言う声が聞こえて振り向いた。そこにいたのは読モでもやってそうな清楚な感じの女の子、自分とは違う軌道を描く衛星にすぎない。そう思っていたはずなのに、楽しそうに笑って夏休みの予定を話す彼女の姿に妙に惹かれて。
「あ、あのっ!」
あーあ、エモいこと起きないかな。
終
指輪/センタイリング ターボレンジャー
契約者/月夜野円
職業/高校生
願い/キラキラな人生を送りたい
幻想(フェアリーテイル)の力で「夢」を見せ、敵味方関係なく希望を与えることができる。実家の神社の祠の中でターボレンジャーのセンタイリングを発見し導かれるように行動するも、それはセンタイリングを悪用しようとする怨霊の罠であり、怨霊を目覚めさせてしまうが、戦うことを決意して夢の力を信じたことでレッドターボとして覚醒、怨霊を倒し、未来からきたセンタイリングを手放したことで指輪争奪戦から脱落した。
センタイリング ターボレンジャー
・レッドターボにエンゲージすることができるセンタイリング。高速戦隊ターボレンジャーのパワーが込められている。
指輪/センタイリング キングオージャー
契約者/力動ほむら(本名、月夜野円)
職業/海鮮定食屋の従業員
願い/人生を華やかにやり直したい
演説(スピーチ)の力で相手を命令に従わせることができる。車田銀座商店街の海鮮定食屋「王子屋」に務めるパートの女性で、その正体は45年後の未来からきた月夜野円。元はターボレンジャーの契約者であり、未来で行方不明になったターボレンジャーのセンタイリングを捜索するため、オリガレッドにキングオージャーのセンタイリングを渡され現代にやって来たが、過去の自分と、そしてセンタイリングを悪用する怨霊と戦うも倒され、指輪”捜索”戦から脱落した。
センタイリング キングオージャー
・クワガタオージャーにエンゲージすることができるセンタイリング。王様戦隊キングオージャーのパワーが込められている。
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。ユニバース戦士補ジュウ計画の第二陣、第一陣ではキュウレン&ゴセイ編を担当いたしました、こけしんツヴァイです。
まずはお疲れ様です、長文を読ませていただいたお詫びに、くつろげる場所でゆっくりと目と体を休ませながら、ここから先は読まなくても大丈夫なところなので、ご興味のある方のみお楽しみください♪
この作品ですが、第一陣ではキュウ&ゴセイで燃え尽きて満足はしてたものも、投稿が始まってから「まだやれたのでは?」と不完全燃焼感があったのと、その第一陣で(マスクマンとライブマンを除き)昭和から平成最初期の戦隊が少なかったという理由があり、じゃあやったるぞー! と思い書いた作品です。とはいえ私も2026年現在、まだ20代前半なのですが、フラッシュマン以降の戦隊は履修していたので、テーマとして書けるかも? と思ったターボレンジャーを選びました(曽田脚本、好きなんです)。
ストーリーとしてはターボレンジャー全体に感じた土着的民間伝承感をベースに、じゃあ高校生が民間伝承に関わる話にしよう! としたのが全てですが、(前回のキュウ&ゴセイ編での「願い半ばで手段を奪われた人は?」もそうですが)もうひとつテーマを設けており、それは「争奪戦はいつまで続くの?」ということ。
これは補ジュウ計画のレギュレーションにおいて「本編にユニバース戦士が出た指輪は出せない」というのと、それに対して感じた「でも企画内で同じ指輪の戦士はどうしても出るよね」という事。また「お祭り映画的な作品があるので設定に整合性を持たせたい」という話を伺っており、同時になつめはキングオージャーの"リマジ的存在"では無いので改めて書きたいな、と思った事が合わさって思いついたテーマで、吠たちがいる争奪戦では出せないかもだけど未来では? と攻めさせていただきました(そんなルール違反ギリギリを攻めるのに「民間伝承感」のあるターボレンジャーなら"答え"になる不思議な能力を持っててもアリなんじゃないかなと)。
なので本来の指輪争奪戦でのターボレンジャーのユニバース戦士(レッドターボ)はほむらおばさんであり、名前も主人公のレッドターボこと炎力(ほのお りき)という凄い名前の人から取ってます。それに対して主人公の円は第三勢力の流れ暴魔をモチーフにしていて、(思いっきりネタバレになるのですが)最終回で「被差別部族である流れ暴魔が迷走の果てに力/レッドターボに救出されて暗い過去とは違う未来へ進みだした」という結末をモチーフにキャラ作りをしました。ゆえに苗字の月夜野は(群馬県の地名ですが綺麗な響きなので前々から使いたかったのもあり)流れ暴魔キリカの人間としての名前「月影小夜子」を意識してますし、そこにキングオージャーの要素も巻き込んで「壁となる先代(シュゴッダム歴代国王)と違う道を行く次世代(ギラ)」の構図を意識し、ほむらおばさんはラクレスやライニオールといったキングオージャーの"壁を越えられなかった先代たち"をモチーフにしてキャラ作りをしました。キュウ&ゴセイもですけど、ふたつの作品の要素をごちゃ混ぜにするの好きなんですよね。
あとがきまで長文を書き散らしましたが、改めてお読みいただきありがとうございます、引き続きユニバース戦士補ジュウ計画をお楽しみください♪