ユニバース戦士補ジュウ計画   作:壱肆陸

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本日もこけしんツヴァイさんの作品です。
(X:@iwanomoSandoro)
(Pixiv:pixiv.net/users/43134634)

「フラッシュマン」の指輪の物語になります。


heartfelt supernova

 「heartfelt supernova」

 

 俺はその日、人生で初めて、恋をした。

 飛び込んできたのは目眩のする色の閃光だった、瞬きするごとに違う色が飛び込んで脳裏で閃光(フラッシュ)する、まさしく超新星爆発(スーパーノヴァ)、その爆心地にいたのは、薄い、白いドレスを着た背の高い美しい女だった。

 

 俺はあの人に恋をした。白昼夢、平日の人が少ない美術館で。彼女は四角い縁の中から、青い目で伏し目がちにこちらを見つめて柔く微笑んだ。美しい顔をしていた。目は丸く、ほっぺはうすら赤く、首は長い。恥ずかしくなって目を逸らした。そこで彼女が「マグカップにメスを入れて」という名前だと知った。

 

 

 

 

 彼女は絵の中の人だった。世界がとても白かった。

 

 

 

 

 1年半前、俺は金ピカの巨人に指輪をもらった。巨人は俺を見下ろし、願いを言えと素っ頓狂なことを聞いてくる。

 

 俺は画家だ。ルクス・スターマイン。子供の頃から俺は亡霊のように生きていた。絵を描くのが好きで流されるままに美大に行って、言われた通りに広告会社に入って、独立して、今である。人が言うには俺の絵には儚さや寂しさと、それを原動力とする生きることへの美しさがある、なんて事だが俺はただ思ったままに描いただけだ。それを言って褒めた自称評論家を感謝をこめて心から軽蔑した。評論家に見せた絵は、暇つぶしに鼻くそをほじっていたら、たまたま小鳥が庭になった唐辛子を食べているのを見て思いついたものだった。「生命の考察とその自浄作用θ」と名付けたのが悪かったのかもしれない、紺色の布の背景の前で赤いボールを工務用ドリルが貫通している絵だった。

 

 とどのつまり俺に願いなんてない。最初から決められたまま生きて、見えない何かに引っ張られるまま描いていただけ、食えてはいるし、金持ちになりたいとか、食うに困らなくなるとか、豪邸を持とうなんて考えたこともない、ただ絵を描いていられればそれでよかった、画材さえあれば生きていられる……そんな人間だというのに巨人は俺に指輪を渡した、指輪の名前は、フラッシュマン、と言うらしい。手前に四つ穴の大砲があり、その後ろにいつつの星が輝く、なんと示唆的な絵が描かれている。願いのまま生きろ、巨人はそう言い残して消えた。

 

 だが5ヶ月後に一度俺は指輪を失うこととなる。

 

 

 外をぶらぶら歩いていたら黒いコートを着た男に出くわしたのだ。彼は腕に白い手甲をつけていて、それについた銃口を頭に突きつけられる。お前は俺の獲物だ、そう言う彼の目を見てハッとした、この男の目には常人には理解のできない深淵がある、黒ではない、恐ろしく純粋な、白い、白い深淵。完全な存在。

 それを湛える彼の顔は美しかった、その病的に白い肌、赤い唇、真っ直ぐに伸びた黒い髪、彼になら殺されてもいいと思った、両手を広げて膝をつく、きっとこれが俺の願いなのだろう。だがそれは違ったらしい。

 

「……何を考えてるかは知らないけど、そんな気持ち悪い顔しないでくれるかな」

 

 男に言われて気づく、無意識に口角が上がっていた、そんな俺を男は軽蔑するかのような顔で見下ろしている。

 

「殺されたいんだ、あんたに」

 

 土下座をする、アスファルトの生温かさに舌鼓を打った。

 

「頼む、俺を殺してくれ、多分、俺はあんたに殺されるために生きてきたんだ。どうしようもなく不安定で、どうしようもなく熱くて、それでいて冷たくて、そんな綺麗なあんたに殺されるなんて美しい終わりだと思うんだ、だから」

「……目的はその指輪、それ以外に興味はない。戦う気がないならそれを置いてさっさと失せろ」

 

 男は銃口を逸らすと銃弾でアスファルトを抉る、右耳が破裂音で耳鳴りを起こし、焼け焦げるような匂いが鼻の奥をくすぐった。命の匂いだと思った、同時に失望の匂いだとも感じた。心の底から、生ゴミのようなため息が出た。

 

「……迷惑な話を頼み込んですまなかった。あの金ピカ野郎に言われたんだが、残念ながらそもそも俺に願いはない、だから正直どうしようかと思ってたんだ。あんたが回収してくれるなら助かる」

 

 指輪を外して渡す。男は光のない目で見下ろしたまま、指輪を受け取ると生暖かなアスファルトを踏みつけ去っていった。ひどく、どうしようもないほど、気持ち悪い昼下がりだった。

 

 

 

 

 それから数ヶ月が経って指輪が俺の元に戻ってきた。そして神と名乗る白いコートの男に指輪争奪戦が再開されたという事を聞かされたが、そもそも争奪戦をやってたこと自体初耳だったので驚いた。コートの男からは確かに神を自称するに相応しい神聖さと相反する物悲しさみたいなものを感じたが、あれはどうしようもなく光だった。見た目通り白すぎて仄暗くない、純粋さを感じない、だから好みじゃない。俺に銃を突きつけたあの男には遠く及ばない俗物だと思った。

 

 だから指輪を再度受け取ってからはまた奪いに来るんじゃないかとあの男を待ってみたりもしたが、結局彼とはそれきりだった。遠野吠という俺と戦いにくるらしい日本人の青年も、また現れることはなかった。

 

 そういった時に出会ったのが彼女なのだ。「マグカップにメスを入れて」、説明文が言うには1986年夏、ルーマニアの画家サー・テウス・キフレンによって描かれたこの絵は、都会の雑踏の中、体のシルエットが見えるほど薄いドレスを着た女が唾の広い帽子を抑えてこっちを見て微笑んでいる若くして癌を抱えていた作者の娘ネフェリアの姿を、せめて絵の中だけでも生かしてあげようと描かれたものとのことだが、そんな長ったらしい背景は俺には関係ない。こちらを見つめるあのいじらしい瞳、白く細くて柔らかな病的な笑み、金髪の綿のようなカール、美しさに言葉なんて無粋でしかない。

 

 彼女がほしい、喉奥から焼きつくようなものが湧きあがり腐臭を放つ、理由なんてないのだ。胸の奥深くから熱いものが広がって焼け爛れていく、ケロイドができて表面に青い瞳が爛々と輝く、痛くて、暑くて、ずっと浸っていたいと思えるほどに気持ちがいい。ヤクみたいなものだろう。彼女がほしい、その柔い光を全身で抱きしめ、完成したいのだ、何もかも。

 

 俺は毎日のように彼女の元に通い続けた、仕事の締め切りが近かったとしても毎日3時間は美術館に寄り、彼女の姿を舐めまわした。オイルの匂いを嗅げば彼女の味を味わえるのではと思った。長い時間見つめていれば彼女とひとつになれるのではと思った。本当は舐めてみたかったが画家のプライドが邪魔をした。法なんてどうでもいいが、我が子を傷つけられるような事はされたくない、違うのだ、この子は我が子ではない、絵ですらない、この子はこの子だ、俺の探していた、俺を壊してくれるヴィーナスだ。そう思っても一線を超えられなかった、警備員がいたから、防犯カメラがあったから、そんな事は関係ないのだ、愛に踏み込む勇気がなかっただけ。最初から俺はそうだった。

 

 俺と彼女との間には距離があった。物理的とも言えるし、精神的とも言えるだろう。だがその距離は地球上、いや、宇宙上の全ての距離より遥かに遠く、そして遙かに近いものだった。絵の中には理想郷がある、俺は描いた餅を喉に詰まらせて死んでみたい、だけどそれは俺が人間でいる限り、近づくことさえできない領域だった。

 

 

 

 ある日、閉館時間まで舐め回して美術館から出たとき、頭の中にいつつの星が瞬いて、右手が熱くなったかと思うと、銀色の手のようなものが現れた。神のお告げというか、これをどうすればいいのか直感的に分かる、フラッシュマンの指輪を回すと星が描かれていた箇所にデカいゴーグルをつけた変な奴が出てきた。手のようなものの中指の部分に指輪をはめると、けたたましい声が鳴り響き、テンションを強制的に上げられるようなリズムが体の内側から鳴り響いてくる。

 

《センタイリング!》

 

 リズムのまま右頬の前で1回クラップすると、腕を伸ばして左上でクロスさせながら2回クラップ、そのまま腕を下ろして一回転しながら1回クラップし、最後に右拳で手のようなものを殴りつけるように1回クラップした。すると空から赤い光が落ちてきて、それに包まれると全身に赤と白を基調としたスーツがまとわれる。

 

《フラッシュマン!》

 

「シャット、ゴーグル!」

 

 思いついたまま叫ぶと目前にゴーグルが落ちて視界が鮮明になった。この姿がフラッシュマン、レッドフラッシュという名前だと体に”感じ”、同時にこの体に秘められた力の詳細が、頭の中で弾け、理解すると同時に、胸の奥がメラついた、光速(ジョウント)、それは体を亜光速化させ、二次元、三次元の壁を飛び越える、まさに俺の欲望を叶えるような跳躍の力。

 

 頭の中に彼女の姿を思い浮かべる、すると体が赤いプリズムになって飛んでいき、気づくと誰もいない美術館の中にいた。閉館後ということなのか、灯りはついておらず、薄暗い中に無数の扉のように額縁が並んでいる。キャンバスが四角だろうが丸だろうが、絵は理想郷への(ゲート)だと思っているのであながち間違いではないだろう。覗いてみるとそれは絵じゃない、今いる場所と同じ、美術館の光景があった。

 という事はすなわちここは絵の中の世界……?

 

 やった、嬉しさのあまり口から漏れた、よく見ると床や天井には筆で塗りたくったような跡があり、壁を触ってみると油絵のようにゴツゴツとしている。どれも見慣れた肌触りだ。こうしちゃいられない……。

 

 トン、トン、と軽い足音を立てて館内を歩いていく、あの子の元へ、走りたくなる気持ちをなんとか抑えた、まだだ、早まるな、階段を降り、路地を回り、果てしない砂漠を彷徨うように、いつものあの場所へ。彼女のいる場所へつくと、思った通り座椅子に彼女が座っているのだった。薄いドレスを空気に揺らし、足をぶらぶらとさせて、今までそこにいただろう、自分の絵があった場所をじっと見ている。その姿がやけに儚げで。

 

「隣、よろしいですか?」

 

 声をかけてしまった、すると彼女は俺のことをじっと見ると、絵のように柔く微笑むのだった。

 俺は心の底から思った、彼女なら俺を完成させてくれる、と。

 

 彼女の横に座る、座って気づいたが、この世界には全体的に油絵具の匂いが漂っていた。ツンとするような、詰まっていくような、子供の頃から嗅ぎ慣れた匂いだ。落ち着くと言っていいだろう。彼女の方を見ると相変わらず静かに同じ方向を見ており、気になって見てみると、四角い額縁の向こうに警備員の歩く夜の美術館の光景があった。見慣れた、なんならもう2度と見たくもないと思っている光景をあまりに熱心に見てるので、少し心に苦いものが滲んだ。

 

「外の世界が気になるのですか?」

 

 彼女は微笑んだ。絵と同じ、小さな花のような笑みだった。俺は彼女の手に触れようとするが、電流が走って思わず放してしまった。彼女は平然としている、思わず自分の手を見て、着てるからいけないのでは、と指輪を外そうとしたが、彼女に焦ったような顔で押さえられ、首を横に振られる。彼女の頼みなら聞かなければならないが、彼女に触れられた事でさらに心臓が内側から体を叩いた。俺からは無理だが彼女からならいい……つまり触れられたければ彼女に促すような事をすればいい。そう思うと余計に熱くなった、が。

 

 

 全身に痺れるような痛みが走る。彼女は慌てた顔のまま何度も額縁の向こうを指さした。言いたいことは理解した、俺は絵の中に長くはいられないのだ。このまま死んでもいいが、彼女はきっとそれを拒否する。なら仕方ない、大人しく帰るのが男だろう。痛みに耐えながら彼女を見る。目に涙を浮かべ、笑っていた。俺は生涯においてこの顔を二度と忘れないだろう。そう思いながら光速(ジョウント)を現実に向けた。元の場所に戻った時、5分だけ時間が経っていた。

 

 いろいろ試したが、絵の中にいられるのは1日5分が限度らしい。

 それ以上あそこにいれば体が痛みだし彼女が焦りはじめる。理想郷は絵の中にしかない、それだけを愛して生きていたというのに、絵の方に阻まれるとはなんと悲しいことか。

 

 それでも短い時間だけとはいえ彼女と会えるようになったのは収穫だった。光速(ジョウント)があれば閉館時間は関係ない。好きなタイミングで使えばいつでも彼女と会えた、美術館への移動時間もない。仕事をしながら、別の場所にいながら、5分のデートを楽しんだ。バラ色の人生、という言葉に実感はない。むしろバラがそこまで楽しい事への比喩になり得るだろうかと思っているが、今の俺はまさしくそれなのだろう。

 

 

 

 俺は完成に近づいている。

 

 

 

 筆を動かしながらふと思う、俺の親は2人とも芸術家だった。親父は彫刻を、母は画家として、毎日のように芸術の方向性で大喧嘩していた、そんな2人に子供の頃から道を決められ、逆らう理由もなく従い続けて今に至るが、正直そんないい思い出はない。親父も母も深夜まで飲んだくれていたし、一度出て行ったと思ったら帰ってこないこともあった。なので家にはよく1人でいたし、親父が知らない女に刺されて死んだと聞いた時は、人生で初めてざまあみろ、と思うくらいだった。その後に母も似たような風に死んだのでお似合いの夫婦だったらしい。最後の最後まで子供を放っておいて遊び歩いていた両親だった。

 

 2人のことが頭の奥にあったのか、俺は恋愛というものにこの歳になるまで一度も興味を持たずに生きてきた。そもそも恋なんてするタイミングも無かったのだ。絵を描けば自分の世界と向き合う事で忙しいし、機会もないので声をかけられることも無ければ、同じ道を進む女性も皆同じようなものだったので進展もない。美大には遊び歩いていたやつもいたが、そういう奴に限って単位を落として来なくなった。

 

 そんな人生を歩んでいるうちに、不思議と現実の人間には興味を持てなくなっていた。人間なので私にも当然性欲はあるが、裸や扇情的なものを見たところで芸術のひとつとして受け入れることしかできず、二次元の絵でようやく満たせるのだ。それでも完全に満足できているわけではなく、ひとまずの解消くらいしかできなかった。思えば、鬱憤を昇華して絵に活かす、というのが俺の絵の全てなのだろう。正直なところ、ひとつひとつにさほど思い入れはないし、描いた後はどのような意図で描いたかなんて忘れている。全部が衝動だ。身についたことを全てキャンバスに塗りたくっただけの衝動に過ぎない。

 ファッキンゴッド。

 

 ここまで捻くれたなら並大抵の事には満足できないのが道理というもの、いつからか死は自分の隣で亡霊のようにくっついて微笑んでいた。こいつに甘えてイチャイチャしてればネガティブになって気持ちよくトべる。ある意味、死こそが俺にとっての恋人のようなもの、だからこそ、心から美しいと思えるものに殺されたいと、それが生きる目標になっていた。

 

 銃の男は叶えてくれなかった、でも、彼女になら、きっと、完成させてくれる。

 寂しそうなあの顔が浮かぶ、焦って慌てたあの心配そうな顔が浮かぶ。

 きっと……?

 

 絵に潜る日々を過ごしていたある日、インターホンが押され、集中を乱された事に苛立ちながら玄関に出ると、そこにはレザーの黒い革ジャンにシルバーのチェーンを首からかけた。いかにも悪そうな日本人の少年がいて(21歳らしい、日本人は年齢より若く見える)、赤いオオカミのような指輪を見せてこう言った。

 

「探したぜ、テメェの指輪、もらってやるよ」

「おっと君は……」

 

 信じられないものを見た。どういうカラクリか分からないが、少年の後ろからオオカミを模した黒い剣が現れ、あまつさえ浮きながら喋ったのである。しかもその声は…… 。

 

「あんた、まさか……!?」

 

 

 

 

 

 

 

「足の踏み場もないだろうが、ゆっくりしてくれ」

 

 アトリエは北から陽が入るように設計されている。光の向きが変わらないからだ。賃貸だが、白を基調とした室内に入る北の光は反射すら柔らかなもので、徹夜になろうがちゃんと寝られようが、心地いい目覚めを提供してくれるのでありがたい。遠野吠という少年と、あの銃の男……と思われる剣を入れたが、遠野は入ってから直ぐに今描いてる絵に目を向けた。アトリエに入れた人間を観察する癖があるが、大体は入って最初の行動でどんなやつかは分かる、芸術は縁がないだろうと思っていたが、思っていたより見る目はあるらしい。鼻がいいのか入って一瞬、キツそうに顔をしかめてはいたが。

 

「すげぇなそれ、あんたが描いたのか」

「名前はまだない、どうせならあんたがつけてくれてもいい」

 

 少女が絵に向かっている絵だった。額縁の向こうで薄いドレスの少女が微笑み、2人の少女はそれが必然かのように絵に手を合わせ見つめあっている。見ての通り実話をベースにした作品である。と言っても俺しか知らないし、言ったところで理解もされないだろうが、なら如何様にも解釈すればいい。どうせ脳なく褒めるか、イチャモンをつけられるだけだ。

 だが遠野はそんな見る目のない大衆とは違ったようだ、絵から目を離して俺の指輪を見ると、頭を掻きながら言った。

 

「俺はこういうのを見てもよく分からねぇからよ、なんて言えばいいか分からねぇが、これ、あんたを殺そうとしている気がするぜ、臭うんだよ、死の臭いっつーか、ツンとすんのにめちゃくちゃ甘ぇような臭いが、この絵と、それからあんたの指輪からな」

「ほう、なかなか面白いことを言うじゃないか」

「想像で描いたモンじゃねぇだろ、モチーフ、って言うのか? 元になったモンがあんたのことを殺そうとしてやがる、何をしてるか分かんねぇし、お節介かもしれねぇが、これ以上はよしといた方がいいぜ」

「ははは!」

 

 思わず笑ってしまった。これが争奪戦の優勝者ということか。なるほど、確かに只者じゃない、あまりに面白いので椅子に座って背を伸ばすと、黒い剣が浮かんであの男の声で話しかけてくる。

 

「君、僕に狩られる時に妙なことを言ってたね、僕に殺されたいとか、なんとか」

「ああ、俺の願いはひとつ、美しいものに殺されたいんだ」

「あんだって?」

 

 両手を伸ばす、ライトの光がキラキラと目の中に飛び込んでくる。

 

「人生なんてつまらないものだ、才能があって、周りに期待されるまま絵を描いて、自分の中の衝動を絵にしたところで、それが果たして本当に俺が思ってることなのか分からない、俺は何もかも嘘ばかりだ、未完成、見た目だけ豪華にしただけで芯のない、飾りだけが生きてるようなもんなんだよ。最初はあんただと思ったさ、闇とか狂気なんかじゃない、純粋なものを持ってたあんたに俺は殺されたいと思った、結局違ったみたいだが、ついに俺は本当に美しいものを見つけたんだ。それは絵の中にいた、こんな現実じゃない、虚構(フィクション)の中に彼女はいたんだ。この指輪の力の先に……」

「そんなの生きてるって言わねぇぞ」

 

 表情の固い遠野に向けて笑いかける、遠野は顔色ひとつ変えなかった。

 

「テメェの願いは否定しねぇ、確かにこの世界にいいことなんてひとつもねぇかもしれねぇし、死にてぇと思うのは勝手だが、今こうして生きてるってことだけは忘れんな。未完成だって言うならまだ楽しいことで埋めていけるって事じゃねぇか、生きることを諦めたら全部終わりだぞ」

「恋焦がれている時だけ俺は俺として生きていられる。死を望んでいる時だけ生きてると実感できるんだ。俺にとって生きるとはそういうことなんだ、完全になれるんだよ。彼女が俺を殺すなら本望さ……だが、あんたたちはこの指輪(パスポート)が欲しいらしい、渡さないよ、こいつがあれば俺はいつでも彼女に会うことができる、完成のために必要なんだ」

「やれやれ、僕が思っていたより君は酔狂な男なようだ。あの時殺してあげればよかったかな?」

「んなのダメに決まってんだろ! ……いいぜ、言っても無駄なら争奪戦って事にしてやるよ。そもそもそのためにここまで来たんだ、テメェの指輪を奪って目を覚まさせてやる」

 

 右手に銀の手のようなものが現れる。同時に遠野の手にもそれの金色バージョンが現れ、彼は叫ぶとオオカミのような指輪をそれにはめた。

 

「エンゲージ!」

 

《クラップ・ユア・ハンズ!》

 

 俺のものとは違ったリズムに乗って手を叩きはじめる遠野、俺はため息をついて指輪をはめると、リズムに乗って手を叩く。

 

「平和主義者なんだがな……エンゲージ」

 

 遠野の体にリングが巻きつき、彼は赤いオオカミのような戦士に変わる。同時に俺の体に赤い光が落ち、それに包まれるとヒーローのスーツに包まれ。

 

《ウォーウ! ウォッウォッウォーウウォー! ゴジュウウルフ!》

《フラッシュマン!》

 

「シャット、ゴーグル」

 

 ゴーグルが降りて準備は整った、俺が赤い細長いクリスタルの剣、プリズム聖剣を出すと、遠野、ゴジュウウルフも黒い剣と色違いの赤い剣、ウルフデカリバー50(ゴー)を胸の円から取り出し向かい合った、が。

 

光速(ジョウント)

 

 はなから戦う気はない、体をプリズム化させてアトリエから逃げ出した。

 

「あっ!? テメェ待ちやがれ!」

 

 はるか遠く、後ろの方で遠野の声が聞こえる。だが光速(ジョウント)は体を亜高速化させ次元を越える力、相手がどんな力を持っているか知らないが、俺に着いては来られない。特に今は力を全てフル稼働させていた。

 

 目指す場所はひとつだった。

 早く行きたい。

 

彼女の元へ。

 

 プリズム聖剣を振って空間を裂いた。

 二次元と三次元の境界を越え、色の濁流に飲み込まれていく。

 

黄色

水色

 

 色が弾けて光を放ち、

 数えるだけで目が潰れ、

 油絵の具のように体にまとわりついて、頭がやけに鮮明になって世界に押しつぶされていくように感じた。

 

 音が遠く聞こえる。

 遠く聞こえる、

 と お く き こ え る 。

 見えるものが遅く見える。

 遅く見える、

 お そ く み え る 。

 光が、

 色が

 体 が ち ぎ れ る。

 光が、

 色が

 意識はアトリエにあった。

 痛い、

 それは美術館の中にいた。

 苦しい、

 光が弾けた。

 どこにもいて、どこにもいなかった。

 

 が

 ねじ

  れ

  た 、

 皮が消 し 飛 ん だ 。

 最初と最後が同じ場所にいた。

 骨はなかった、

 光になった、

 光になれなかった。

 臓が潰れた、

 は外にあった、

 は自分の中から出ていた、

 口から鼻から耳から

 いろが

 溶けた、

 溶けた。

 でも止まらなかった、

 でも止まれなかった。

 目だけがずっと残ってた。

 いろが

 溶けて、

 いろが

 

 

 はじけた。

 

 

 気がつくと俺は絵の中にいた。あの遠野という男から逃げ切ったのだ。

 だが喜んでいる場合じゃない、時間は5分しかない。急いで彼女の元へ走る。彼女は、「マグカップにメスを入れて」は、いつものように自分の絵の前で足をぶらぶらとさせていたが、俺の顔を見て目を大きく見開いた。

 

「まずいことが起きた、もう俺は絵の向こうには帰らない。君に殺されるというなら本望だ。ずっと一緒にいよう。俺はここで死ぬ、死んで君とひとつになる。完璧な作品になるんだ、さあ」

 

 手を伸ばすが彼女は首を横に振った。それもひどく悲しそうな顔を浮かべて。

 

 なぜだ?

 そうか、きっとこの姿だから驚いているんだ、待ってて、すぐに変身を解除して……。

 

 

 あれ?

 

 指輪が銀の手のようなものから離れない。いや違う、俺の手が赤い色の液体となってどろりと崩れていた。液体は銀のものを真っ赤に染めて絵の具の床に血のように広がっていく。彼女に目を向けると、相変わらず言葉は喋れないようだったが、拒絶するような、引き攣った顔をして、うわごとのように口を繰り返し動かした。

 

 

 

 

 

「あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう、あなたはちがう」

 

 

 

 繰り返す口は徐々にどろりと崩れ落ちていき、美しかった顔も髪も溶け、のっぺらぼうのようになると、やがて体も色の液体となって溶けていった。いつも微笑んでいた彼女は醜い顔を浮かべながら消えたのだ。

 

 パニックになって俺は腕をプリズム聖剣で切り落とした、半ば液体になっていたので痛みもなく簡単に切れてしまったが、今度はいつものように痺れるような痛みが走る。音ひとつない、生をひとつも感じない、彼女のいなくなった絵の中は全てが死んだ世界だった、そして俺はその世界に取り込まれようとしていた。

 

 初めて死にたくないと思った。その程度の覚悟だった自分に内側から冷えていくものを感じた。つま先から頭の上まで痺れて感覚が遠くなり、ねじ切れるような痛みが全身を締めつけていく、足が色となって崩れた。

 喘ぎ、息を漏らしながら元の世界に戻ろうと額縁を見ると、その先の美術館の光景に、なぜか俺がいた。

 

「君の元へ決して行けない、君が完璧だから、殺してくれってこんなに願っているのに、この距離は絶対に埋まらないんだ、俺が人というばかりに」

 

 その俺はこっちを見つめて笑っていた、

 ふと、綺麗だと思ってしまった、

 俺のはずなのに、目の中に常人には理解できない深淵がある、黒でも白でもない、赤でも青でも、黄色でも緑でも、色のない、完璧な無、銃の男や彼女に感じたその完全性が俺の中にあった。その笑みに、俺は身動きが取れなくなった。

 

《フラッシュマン!》

 

 俺は指輪を銀のものにはめてレッドフラッシュに変身する。そしてゴーグルを降ろすと、レッドバル、という円から一本の砲が伸びた大砲を取り出すと、その砲口をこっちに向けて。

 

「愛してるよ、だからずっと一緒にいよう。俺はここで死ぬ。死んで君とひとつになる。一緒に完璧な作品になるんだ」

 

《フラッシュマン! フィニーッシュ!!》

 

 引き金を引く。

 この世界の何よりも、美しくて、おそろしくて。

 愛おしいものを、俺は見た。

 

 

 

 

 

 美術館、謎の大火

 展示品の回収は絶望的か

 

 

 昨日午後3時18分頃、県立カウラス美術館において出火し、建物の棟全てを焼く大火事が発生した。火は9時間後に消し止められたものも出火原因は不明であり、火元と思われるものも発見できず未だ調査中である。

 この火事により館内に展示されていた全ての美術品が焼失、または破壊され、中には重要文化財に指定されていた作品も多数展示しており、今回の火事は世界的な美術史を紐解く歴史的重要財産を失ったとして、政府は遺憾の意を表している。

 

 職員は全員避難が完了したものも、焼失した館内より性別不明の遺体が発見されており、帳簿から昨日の早朝から行方不明になっている画家のルクス・スターマインさんである可能性が高いとして、鑑定を進めているとのこと。

 

 

 

 美術館が燃えている。大理石の建造は火を内側に閉じ込めて、芸術を埋葬する火葬場となっていた。熱が頬をじわじわ焼きつけて、やけにあたたかな光が目の前で弾けていく、静かで、とても穏やかな葬儀だった。

 

 炎の中からフラッシュマンの指輪が金の光を放って飛び出し地面に落ちた、遠野吠はそれを拾い、火を見て立ち尽くしていた。言葉も出ないようだった。ただただ絶句し、立ち尽くしていた。懐から黒い剣、ガリューデカリバーが飛び出して、弟とは違う、落ち着いた声で話す。

 

「願いは叶ったのかもね、彼は美しく終わりたかったんだ、ここまで派手にしたんだ、きっと満足だろう」

「なあ兄ちゃん、願いってなんなんだろうな」

「何を今更、善悪なんてない、とても純粋で尊いものさ、吠も分かっているだろう?」

「そうなんだけど、さ」

 

 息を吸って、吐き出した。そして黄色いタンポポを摘むと、棺桶の前に置いて、去っていった。

 

 世界は今日も美しい。

 

 終

 




おまけ

指輪/センタイリング フラッシュマン
契約者/ルクス・スターマイン
職業/画家
願い/美しい人に殺されたい

 光速(ジョウント)の力で肉体を亜光速化させ5分間だけ絵の中に入ることができる。美術館に展示されていた「マグカップにメスを入れて」に惚れ込み、自分を殺す相手を求めて絵の中を散歩する日々を過ごしていたが、遠野吠が現れたことで、戦わず、絵の中に逃げることを選ぶも体が崩壊、指輪争奪戦から脱落した。

センタイリング フラッシュマン
・レッドフラッシュにエンゲージすることができるセンタイリング。超新星フラッシュマンのパワーが込められている。
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