(X:@tokusatukyou)
テーマは劇場版入場特典の「仮面ライダーガヴ」の指輪になります!
⓪「怪物」が生まれた日
あの日、道成寺さくらが暗闇の中で感じたのは、痛みだった。
「お前がサツに密告しなけりゃ、今回の仕事は潰れずにすんだんだよ!」
「この裏切り者が!」
蹴りが腹に突き刺さる。
骨が軋み、息が詰まり、口の中にじわりと血の味が広がった。
痛みは強く、絶えず、まるで永遠のように続いた。
「あんなババアなんか、ほっときゃいいのによ!」
「ルールを破ったらどうなるか、お優しいさくらちゃんに教えてやるよ」
地面に横たわり、呻き声をあげるさくらを取り囲むように、男たちの嘲笑が響く。
「もういい。ほっとけ」
「こんな女、相手にする価値もねえ」
最後の一撃が腹に深くめり込んだ瞬間、さくらの意識は、重い闇の底へ沈んでいった。
深く、深く――――――その闇の中で、金色に輝く光が見えた。
光のベールがゆっくりと解け、金色の指輪がその姿を現す。「指輪……?」盤面には、黄色く輝く二つの目を持つ紫の戦士と、赤いオオカミのような戦士が刻まれていた。
頭の中に、直接響く声があった。
――私の、願い……?
消えかける意識の中で、指輪に手を伸ばしながら、さくらは必死に言葉を紡いだ。
「私の願いは……」
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①重なる「温度」
あの日のことは、今も記憶に鮮烈に残っている。
世界中が赤色でひとつになり、巨大な闇に立ち向かった日のことを。人は変われる。
助け合って、未来を守れる。
現実だって、変えられる——。
でも、現実に戻ってみれば。
あれはただの、夢だったんじゃないかとさえ思えてしまう。人はそう簡単には変わらない。
隣にいる人とだって、うまくやっていくのは難しい。
いつだって、誰かが誰かと傷つけ合っている。
現実は、暗くて、冷たくて……出口のない迷路のようだ。
「さくらちゃん」
優しい声が、渦巻く暗い思考から彼女を引きずり戻した。
叶すみれさん。77歳の一人暮らしのおばあさん。
旦那さんはずっと前に亡くなり、息子さんは遠くで家族を持って暮らしているという。
さくらが彼女と出会ったのは、闇バイトの標的を下調べしていたときだった。
転倒したさくらを助け、手当てをして、温かい食事を振る舞ってくれた。
その優しさに触れた瞬間、さくらは久しく忘れていた「温もり」を思い出した。
「考え事かい?」
「ううん。なんでもないんです」
さくらは無理に微笑んだ。
「ただ……こうして誰かとご飯を食べられるって、何年ぶりだろうって思って。幸せだなあって」
「そうかい? こんなおばあさんでもそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
叶さんの皺だらけの手が、そっとさくらの手に重ねられた。
二人の時間が、静かで、暖かく流れる。
(こんな時間が、いつまでも続けばいいのに……)
さくらは心の中で、そう願っていた。
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②夜中の「取引」
冷たい空気が支配する夜の倉庫。
黒いスーツに身を包み、メガネの奥の目を鋭く光らせた長身の男が、ゆっくりと扉を開けて現れた。
「待ってましたよ、設名さん」
永和タケシは赤いスカジャンを羽織ったまま、薄く笑った。
設名新は露骨に顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
「……お前みたいな屑と取引しなければならないとはな」
「こっちはあんたの実験に付き合ってやるって言ってるんです。そんな顔しないでくれませんかね」
設名は無言でスーツケースを開いた。
青く光る刃を備えた銀色のガントレットと、灰色に輝くオオカミを模した指輪が、冷たい光を放っている。
「これが最新のテストタイプだ。使用方法は事前に送ったとおり。……しくじるなよ」
永和は満足げにそれを受け取り、自分もスーツケースを開いて見せた。中には札束がぎっしりと詰まっている。
「世界に冠たるクオンAIコンツェルン様には、はした金でしょうが……精一杯の誠意ってやつですよ」
設名は一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに無表情に戻った。
(いずれ……この男も、クオンも、邪魔になる)
設名は心の中で冷たく呟きながら、背を向けた。
永和はそんな彼の背中を、感情の読めない冷たい目で見送っていた。
③「怪物」の時間
夜になると、さくらは「怪物」に変身する。
紫色の体躯に、顔には不気味に光る黄色い両目。
インターネット上ではその異形を、テレビドラマのヒーローになぞらえて「仮面ライダー」と呼ぶ者もいる。
怪物になった彼女は、夜の闇を切り裂き、ビルからビルへと飛び移る。自分の願いを叶えるために。
あの暖かい小さな世界を守るために。
そして、同じような温もりを、誰にも奪わせないために。
ビルの屋上から、さくらは今日の標的を見つめていた。
(……葉梨ハジメ)
頰を殴られた感触も、吐き捨てられた言葉も、今も鮮明に覚えている。
ビルから静かに飛び降り、彼女は青年の真正面に降り立った。
青年はスマホをいじりながら歩いており、ぶにょんとした柔らかい感触にぶつかって足を止めた。
それは、怪物の胸部を覆う装甲だった。
顔を上げた葉梨ハジメの表情が、瞬時に恐怖で染まる。
「葉梨ハジメくん、だよね」
「ひっ……!?」
「一つだけ質問させて。闇バイトから手を引く? それとも……」
葉梨は尻餅をつきながら後ずさり、震える手で小型ナイフを取り出した。
「うるせえ……! お前なんかに命令される筋合いねえよ!!」
ナイフが勢いよく突き出されるが、さくらの胸部装甲に阻まれ、手応えなく滑る。
その瞬間——どこからともなく現れた、黒く長い蛇のような舌が、葉梨の体に巻き付いた。
「うわああああっ!?」
恐怖に歪んだ表情のまま、葉梨の体は音を立てて圧縮されていく。
そして、葉梨の姿が刻まれた平面板が地面に落ちた。
さくらはそれを無言で拾い上げ、冷たい目で一瞥した。
(……これで一人)
彼女は板を手に、静かに闇の中へと消えていった。
残されたのは、落とされたスマホと、コンビニの買い物袋だけだった。
④「仮面ライダー」というウワサ
一人が一枚になり、二人が二枚になり……
「怪物」の犠牲者は、日に日に積み上がっていった。
永和タケシの苛立ちも、それに比例して静かに、しかし確実に募っていた。
「葉梨も、奥山も、前園も……連絡が取れない」
「なんでだ……?」
今まで一度もなかったことだ。
示し合わせたように、急に音信不通になる。家を訪ねても応答はない。
居留守でも、逃げたわけでもない。まるで忽然と消えたかのようだった。
机を蹴り飛ばした永和に、控えていたサブリーダーの天野が慎重に口を開いた。
「……仮面ライダー、だと思います」
永和の鋭い視線が天野を射抜く。
「仮面ライダーが人を襲うかよ」
「それが、俺たちの仲間ばかりを狙ってるらしいんです。最近SNSでも話題になってて……紫色の怪物が、人間を誘拐してるって。見た目が似てるってことで、ついたあだ名が『仮面ライダー』だそうです」
「俺たちが悪者扱いか」
「……否定は難しいでしょうね」
永和は鼻で笑い、ゆっくりと窓の外に視線を移した。もう9月だというのに、外はまだ夏のように蒸し暑かった。
あの頃——高校時代、さくらと並んで歩いた夏の記憶が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
だが永和は、その記憶を冷たく振り払った。
⑤冷たい「計画」
世界的AI企業、クオンAIコンツェルン。
その本社の一室で、設名新は複数のモニターを冷たい目で見下ろしていた。
「WOLF」「LEON」「TYRANNO」「EAGLE」「UNICORN」——
五つのテストスーツの稼働データが、青白い光を放っている。
(素質のある人間は集めた。いつ潰れてもいい、都合のいい駒たちだ)
設名はメガネを押し上げ、薄く笑った。
クオンが海外出張で本社を留守にしている今が、絶好の機会だった。
リングハンター・ガリュードというもう一つの顔を持つ帝王を、いずれ王座から引きずり降ろすために。
「永和……お前はよく働いてくれるな」
設名は独り言のように呟いた。
冷徹で野心に満ちたあの男は、実に扱いやすい駒だった。
そして、彼の周りに現れる「仮面ライダー」と呼ばれる怪物の存在も、設名の耳には届いていた。
特徴からして、指輪の戦士のようだが、設名が把握しているデータの中に一致する特徴はなかった。
イレギュラーなのだろう。しかし、テストタイプの当て馬にはちょうどいい。
(すべては、私の願いの実現のために。お前たちには、その礎になってもらう)
メガネのレンズが、モニターの光を冷たく反射した。
⑥月夜の「オオカミ」
さくらの「狩り」は続く。
「碓井タツキくん」
夜の路地裏で、また一人の若者が追い詰められていた。
「ひとつだけ質問させて。今日限り、闇バイトから手を引いてくれる? それとも……」
その瞬間、一陣の赤い風が駆け抜けた。
碓井の姿が忽然と消える。
さくらが周囲を警戒した直後、低い声が響いた。
「ここだよ、さくら」
聞き覚えのある、その声に全身が凍りついた。
ビルの屋上。力なくうなだれる碓井を抱えた人影が、月の光に照らされて浮かび上がる。オオカミのようなシルエット。
しかし胸の中央には、黒い円盤状の部分に赤く刻まれた「X」のマーク。さくらは震える声でその名を呼んだ。
「……タケシ……!」
永和タケシは、設名から与えられた強化スーツを纏い、冷たい目で彼女を見下ろしていた。
「お前だったんだな。俺たちを夜な夜な襲ってる怪物の正体は」
銀色のガントレットを構え、彼は静かに続けた。
「裏切り者はどこまでも裏切り者ってわけだ。……消えてもらうぜ、さくら」
「タケシ、お願い……もうこんなことはやめて!」
声が震えた。
憎しみと、悲しみと、かつての想いが混じり合った声だった。
永和は表情一つ変えずに答える。
「やめられるかよ。お互い、もう戻れないところまで踏み出しただろ」
月光の下で、二人の「怪物」が静かに相対した。
⑦「ワタシ」は怪物?
永和の猛攻は、容赦なくさくらを追い詰めていった。
オオカミのような俊敏さで迫る赤い影。
銀色のガントレットが夜の闇を切り裂き、何度もさくらの体を打ち据える。
今までは人間が相手だった。
だから勝負は常に勝ちの決まった一方的なものだった。
しかし今は違う。
胸の弾力ある装甲が何度も弾け飛んでも、永和の攻撃は止まらない。
「どうした? ここまで追い詰められたことはないって顔だな!!」
ガントレットの先端に青く輝く剣が振り下ろされる。
さくらは赤い剣を呼び出して必死に受け止めるが、力負けして後退する。
マスク越しの永和の目が、冷たく、しかしどこか狂気じみて輝いていた。
「やり返してこいよ、さくら!葉梨たちを消した時みたいに!!」
その言葉に、さくらの胸が激しく痛んだ。
「……消してなんか、いない……!ただ、板にして……積み上げてるだけ……!壊そうと思ったけど、そしたら、きっともう戻れないから……!」
「お前がそんな風になって、人を襲ってる時点で、あいつらをどうしてようが似たようなもんだろ!」
永和の声が、冷たく突き刺さる。
「世間はお前を仮面ライダーなんて呼んでるようだが……お前はただの『怪物』なんだよ、さくら!」
——怪物。その言葉が、さくらの心を深く抉った。
瞬間、激しい感情が蛇のようにのたうち、紫の体を駆け巡った。
何もかも飲み込んで、焼き尽くしたいと願う衝動。
しかし、さくらはそれを必死に抑え込んだ。
その一瞬の迷いが、致命的な隙を生んだ。
永和のガントレットが、赤い軌跡を描いて逆袈裟に振り抜かれる。
「——っ!?」
激しい衝撃とともに、さくらの体は火花を散らして大きく吹き飛ばされた。
⑧燃え立つ「心」
どこで道を間違えたんだろう。
さくらは、痛みの中でぼんやりと思い返した。
あの頃、さくらと永和はたしかに前を向いていた。
高校の屋上で、夕焼けを見ながら「一緒に強くなろう」と笑い合った日もあった。
でも、どこかで道を踏み外してしまった。
さくらを救ってくれたのは、叶さんだった。
あの温かい手。味噌汁の匂い。優しい笑顔。
さくらは永和の手も握りたかった。
闇から抜け出す道を、一緒に探したかった——。
「俺の居場所はここで!」
永和のガントレットが、再び容赦なく振り下ろされる。
「仲間はあいつらだ!」
「俺はあの時、お前に情けをかけたんだぞ!」
辛い。苦しい。痛い。悲しい。暗闇の中で、さくらの胸にたくさんの感情が去来する。
「2度と俺たちの前に現れなきゃ、こんなことにはならなかった!」
「私は……!」
「俺には夢がある。この力で、この世界のテッペンに立つって夢が。邪魔するなら、お前も潰す。あのババアも———」
——叶さん。
その言葉に、さくらの胸に激しい寒気が走った。
次の瞬間、寒気は溶岩のような熱に変わった。
(叶さんを……傷つけさせるわけには、いかない……!)
ボロボロの体を引きずりながら、さくらはゆっくりと立ち上がった。
その姿を見て、マスクの中で永和がわずかに目を細めた。
永和が初めて見せる、ほんの少しの戸惑いだった。
⑨別れる「道」
永和がガントレットを構え、後退りながら叫んだ。
「な、なんだよ……! そんなボロボロで、なんでまだ立てるんだよ!」
ガントレットが鋭い軌跡を描いて振り下ろされる。
その瞬間、さくらの体が金色の光に包まれた。
紫の怪物から一転、二振りの刀を手にした黄色い戦士へと姿を変える。
激情と、守りたいという想いが、リングの限界を超えたのだ。
「——っ!?」
永和の攻撃を、さくらは右の刀で受け止めた。
刀は容易く折れたが、瞬時に再生し、元の形を取り戻す。
生まれた隙に、さくらは一気に間合いを詰めた。
左の刀が閃き、右の刀が追う。
二撃、三撃——火花を散らして永和の体が吹き飛ぶ。
壁に激突した永和が、なんとか体を起こしたとき、
彼の目の前に立っていたのは、もう見知った紫の怪物ではなかった。
「……さくら」
永和の声が、初めてわずかに震えた。
さくらは静かに刀を構えたまま、言った。
「私は、道成寺さくら。たとえ怪物だとしても……私は、私のまま戦い続ける」
その言葉を最後に、さくらはゆっくりと背を向けた。
紫の姿に戻ったさくらの影が、夜の闇に溶けていく。
永和は動けず、その場からただ見送ることしかできなかった。
ガントレットが火花をあげてガラガラと崩れ落ちる。
スーツは崩壊し、無惨に傷ついた生身の自分だけが残された。
自分の知るさくらはもういない。
自分が罵った「怪物」を生み出したのは、他ならぬ自分自身なのだと——
永和はその時、ようやく理解した。
⑩続く「日々」
翌朝。
警察署の前に、持ち主不明の怪しいトランクケースが置かれている。
開封された中から現れたのは、何枚もの不思議な「板」だった。
しかしそれは、ほどなくして人間の姿に戻った。
彼らは全員、闇バイト関係者だった。
なぜ彼らはいきなり現れたのか、警察は状況を全く掴めないまま、彼らを逮捕することになった。
不思議なのは、全員が逮捕されたことを、まるで救われたかのように喜んでいることだった。
この出来事は、その後も何度か繰り返されることになる。
永和タケシは闇バイトの世界から忽然と姿を消した。
グループは離散し、天野をはじめ残ったメンバーの行方も、今は分からない。
さくらとの戦いで永和の装着していた試作スーツのデータはほとんど損壊・消失し、提供元である設名新は激しく歯噛みしたという。
そして——叶さんの小さな家では、今日も食事の膳から湯気が静かに立っていた。
さくらはエプロン姿で、いつものように叶さんの向かいの席に座り、穏やかな朝の時間を過ごしていた。
彼女の指にはまだ指輪が輝いている。
しかし、いつかこの指輪を必要としなくなる日が来ると信じて、生きていこうと思っていた。
いびつに歪んだまま、けれど確かに前を向いて、人生は続いていく。
⑪重なる「視線」
――もう一つだけ、変化があった。
さくらは、心機一転、働き始めたのだ。
近所のお菓子屋さんでのアルバイトは、何もかもが新鮮で、優しい時間だった。
甘い匂いに包まれながら、笑顔でお客さんに対応する日々。
少しずつ、確実に、さくらの世界は広がりはじめていた。
ある日、店に新人がやってきた。
ぶっきらぼうで、けれどどこか真剣な目をした青年。
年齢は自分とそう変わらないように見えた。
「遠野です。よろしく」
手短に挨拶し、軽く頭を下げる青年——遠野吠。
その指に光る赤い指輪を見た瞬間、さくらの胸の奥に、ビリッとした感覚が走った。
吠もまた、さくらの方をじっと見つめていた。重なる二人の視線。
それは戦いの予兆か、それとも——新たな縁のはじまりか。
物語は、今日も静かに続いていく。