彼女の従者になってから、少し経つ。
あれから彼女は度々ここを訪れ、その度に僕は彼女のそばを同行した。
なにかの企みを持つ彼女が此処へ訪れた時に、僕はそばに付き従う。
彼女にアリウスの荒廃した街を案内したり、アリウスの日常を見せたり、時には1対1の戦闘訓練をしたり…様々なことをした。
それらを通じて、彼女は学校でありながら教育が行われてないことや大人が絶対であること、夢を持ってはいけないこと、「全てが虚しい」ことなど…アリウスの姿を、僕が伝えていく。
そんな来訪の日々が……心に染みる、懐かしくも不思議な日々が何度か続いた。
そして何度目かの来訪の帰り道、カタコンベの中を送迎として、僕はいつものように彼女に同行する。
少し違うのは、後に実行される"あの計画"があるからだろうか。
ミカ「いつもありがとね!そっちも大変なのに……。」
「いえ……そちらの方が忙しいでしょうし……自分としては、兵士でいるより従者としている方が性に合っているので。」
ミカ「えー? 手加減してる私に食らいつけるくらいには強いのに、戦うことより私のそばにいる方が楽なんだ?」
「えぇ、まぁ……。どうしても、攻撃する手が震えてしまうというか……戦闘にむいていないと感じるというか、なんと言えば……。」
ミカ「傷つけるのが嫌?」
「……おそらく?」
ミカ「もったいないなぁ〜。私の攻撃避けて肉薄してくるくらいには強いのに。」
「あ、ありがとうございます? ……ちなみにそれは褒めてるのですか? そちらはリロード無しだとか、片手のみだとか、様々な手加減をしているというのに……?」
ミカ「勿論☆」
何度かの来訪を通じて、彼女に対して緊張することはなくなり、比較的普通に話せるようになった。
もっとも、いまだに顔を見ると鼓動が早くなったり顔が熱くなったりしてしまうのが少し困ったことではあるが……。
……だがそれでも、彼女が訪れるのを楽しみにしている僕がいる。
アリウスのあちこちに赴いたり、時折模擬戦をしたり、外の学園の話を聞いたり……。
それらが何故か心地よく感じる。
こんなこと、アリウスのみんなや幹部達の前ではとても言えない。
そう思考を巡らせてると、彼女が話を切り出してきたので、僕はそれに答えようとする。
ミカ「ところで、なんで従者の方が合ってるって思うの?」
「あぁ……私は元々、姫様の従者……のような立場にいたんです。」
ミカ「……そうなんだ。確かアツコちゃんのことだよね? その『姫様』って。」
「はい。と言っても、貴方が訪れる少し前からその任も解任されて……それから……は…………。」
ミカ「? どうしたの?」
どうしてまだ生きている
「っ……。 ……いえ、なんでも……ありません。」
言葉に詰まってしまった。
脳裏に言葉が木霊し、自我を抉っていく。
呼吸が乱れそうになるのを無理やり、そしてバレないよう静かに治める。
ミカ「……?」
不思議がる彼女に気付かれぬよう話を逸らそうとしたその時、見えるカタコンベの出口から人影が見えた。
「……それよりも、お迎えが来てますよ。」
ミカ「あ、ほんとだ! おーい、アズサちゃーん!」
アズサ「……。」ペコリ
白州アズサ、錠前サオリが送り込んだアリウススクワッドの1人。
先日、ミカ様が裏工作して『転校』に成功した人物。
指図め、これからの"計画"について聞きに来たのだろうか。
「白州アズサ、指令や作戦はミカ様が知っている。後ほど聞くように。」
アズサ「……了解。」
僕は端的に伝え、彼女の目を見る。
ガスマスクの下からは、アリウスとは思えない信念のある瞳がこちらを覗いていた。
「ではミカ様、私はこれで……。」
ミカ「うん、見送りありがとね☆ それじゃあ────」
こちらに振り向きながら、彼女は笑った。
ミカ「────セイアちゃんの件、よろしくね☆」
そう言い残し、白州アズサを連れてカタコンベから外へと飛び出していった。
……彼女に、伝えるべきだったのだろうか。
マダムの……アリウスの目論見を。
僅かに残る心残りの念が、僕の背を押そうとし、彼女に声をかけようと手を伸ばしかける。
しかし、脳裏をよぎった汚しまな心が、その手を下ろさせ、彼女を見送ることを選んだ。
もしも、彼女に真実を伝えたら?
百合園セイアのヘイローを破壊するアリウスの狙いを伝えてしまったら?
……おそらく、彼女はもう来なくなる。
こちらの世界で久しく感じたあの温もりも、星空のように綺麗な彼女の笑顔も、全て無くなってしまう。
手が完全に届かなくなってしまう。
それを考えると……どうしても、伝えられなかった。
襲撃が成功すれば、どちらにしろもう来なくなるだろうに……。
『もしかしたら』を期待している、そんな自分に、吐き気がする。
「……っ。」
カタコンベを飛び出し、朝日の輝きに消えた彼女の背を見送りながら、僕は胸の奥の痛みを抑え込んだ。
少し、冷静になろうと、落ち着かせようと、その場に立ち尽くしていたその時だった。
???「……。」ツン
「ひゃぁ!? ……って姫様!? どうしてここに……」
横腹をつつかれ変な声をあげてしまう。
咄嗟に後ろを振り向くと、そこに一人の少女が居た。
フードを被り、仮面型のマスクをつけた、僕たちの姫。
僕たちアリウスの……正当な後継者。
アツコ 「……。」スッ、スススッ……(様子を見に来た。)
「……心配してくれたんですか?」
アツコ「……。」コクコク
「……ありがとうございます。」
アツコ「……!」サムズアップ
彼女の手話を読み取りながら、会話を続ける。
何年も続いたこのやり取りを、僕たちは続ける。
アツコ「……。」スッススス……(それにしても、懐かしいね。)
「? 何がですか?」
アツコ「……。」スススッスッススス……(こうしてカタコンベで話していると、初めて見つけた時を思い出す。)
「……そうですね。貴方が僕を連れ帰って、マダムに頼み込んでアリウスに入れたんでしたよね。」
アツコ「……。」スススッスッスス……(…やっぱり、ここに来るのは嫌だった?)
瞬間、少し雰囲気が落ち込んだ。
しかし、僕の答えは決まっている。
「……どちらでも無いです。今もあまり好きではないけれど……ここに来る前の場所よりは遥かに良いので。」
「だから……アリウスが嫌だとか、離れたいだとか思ってません。ここで、運命を共にしたいとも……姫様の為にこの命を尽くそうとも、思ってます。」
アツコ「…。」
そう、ここは……『前より良い』。
僕を、認知してくれるから。
ゴミ同然だったとしても、人として扱ってくれているのだから。ここは良い。
だから、最後の生きがいであるここの為に、僕の人生を、捨てた人生の残り香を使い潰す……その意志を、昔から決めている。
そう僕が答えた一瞬、彼女の仮面の下から……悲しみを感じた気がした。
それにあえて気付かぬフリをして、僕は彼女に急かした。
「さぁ、帰りましょう姫様。スクワッドのみなさんも待ってます。」
そう急かしながら、僕は彼女の背を押す。
ちらりと振り返った彼女に張り付いたマスクの下から、何かを訴えかけているような、そんな雰囲気を感じた。
その数日後、ティーパーティー百合園セイアのヘイロー破壊成功の報が伝えられた。
僕は……自分の我儘を、恨んだ。