百合園セイアのヘイローが破壊された報告が上がってから、ミカ様は来なくなった。
少し考えれば分かるくらい、当然のことだった。
……友人のヘイローを、間接的にとはいえ彼女自身の手で壊してしまったのだから。
だからもう、ここに来ることもないだろう。
僕は……彼女と一緒に居たいという我儘で、彼女を傷つけた。
もしかしたら、また来てくれるかもしれない……そんな淡い期待を、未来に希望を持ったから壊れた。
全ては虚しい、その教えが頭を激しく叩き、現実へと引き戻してくる。
お前は永遠に孤独に生きるんだ
体が宙を舞い、地面を滑る。
「うぐっ……カハッ……。」
嗚呼、これも罰なのだろう。
未来への希望を、夢への期待をした僕自身への、運命からの罰。
今まで通りの泥にまみれる日々。
彼女が来る前の世界に戻った。それだけだ。
アリウス部下A「おい『泥犬』。いつまで寝ている。」
アリウス部下B「これだけで動かなくなるとは、本当に脆い。」
激しい痛みが全身を襲う。
だけど、この程度だったら全然平気だ。
元々ヘイローや神秘が強いのもあるのだろうが、それだけでは無い。
……こんな痛みなんて、もうだいぶ昔に慣れてしまったから。
もっと酷い
ただ、それだけだ。
アリウス幹部「では、今回もこいつを……」
そう言い、こいつらが僕の服に手をかける。
あぁ、結局はこうなるか。
まぁ、はけ口にされるのもいつもの事だ。いつものように大人しくしよう。
変な道具でも使われたらたまったものではない。
それに抵抗しなければ、心を無にすれば……苦しみも虚しさも無いのだから。
そう思い、されるがままに身をまかせようとした、その時だった。
ミカ「やっほ☆ ねぇ、何してるのかな?」
幹部一同「「「っ!?」」」
この場で、絶対に聞くことが無いであろう声がする。
その声音と共に、灰色だった世界に色が灯り始め、同時に自身の我儘が胸を焼き、痛みを伴っていく。
アリウス幹部「貴様は……聖園ミカ!? 何故ここに貴様が……!?」
ミカ「あはは☆ 単純な事だよ。……計画の続き、持ってきたんだよ。」
そう言いながら、懐から書簡を取り出す。
ミカ「ほらほら、貴方たちの上に報告に行かないと……ね?」
アリウス部下B「ひっ……!?」
その書簡を押し付けるその手には、力が込められていた。
書簡はぐしゃぐしゃに萎れ、彼女の指がめり込んでいた。
書簡を渡し終え、手を離すと同時、耳元で彼女は幹部に囁いた。
ミカ「あと……これから先、その子に手を出したら……分かってるよね?」
その一言を言う彼女の瞳は、お姫様のような可愛らしいものとは真逆の……凍てつくような、相手を壊すかのような、恐ろしい雰囲気を秘めていた。
アリウス幹部「ッ……!!!」
一瞬、幹部が後ずさる。
あんな威圧を間近でくらえばそうもなるだろう。
だがその後すぐ、彼女に対して言い返し始めた。
アリウス幹部「……はっ、マダムが貴様にこの泥犬をあてがったのも納得がいく。お前も、我々と同じに成り下がったというのに上から目線とは。全くもって頭の中はお嬢様のままなのだなぁ?『魔女』よ。」
アリウス幹部「この『泥犬』は貴様にくれてやる。『裏切り者の魔女』と『種馬の泥犬』、お互いお似合いだろう。」
幹部の吐き捨てた言葉の数々に、彼女の表情が少し強ばるのが見えた。
アリウス幹部「……行くぞ。マダムに報告する。」
アリウス部下達「「りょ、了解。」」
ミカ「……。」
走り去る彼女らが見えなくなるのを確認し、地に伏す僕に近付く。
「……お久しぶり……ですね……うぐ……。」
ミカ「……喋らないで。怪我が酷くなるよ。」
そう言いながら、彼女は僕の腹部に出来た無数の痣を確認し、応急処置を行う。
「……ほっといてもいいですよ……どうせこのヘイローがある限り……すぐ治りますし……。」
そう言いながら、僕は頭上にある独特なヘイローを指さす。
ミカ「……だとしてもだよ。わかった?」
そう言いながら、淡々と応急処置を施す彼女を僕は静かに眺める。
その顔には、いくつもの感情が入り交じった、とても辛そうな表情が浮かんでいた。
応急処置の途中、彼女が懐から何かを取り出した。
ミカ「……試しにこれ、使ってみようかな。」
そう言いながら、手に握られたボール状の手榴弾を破裂させる。
しかし広がるのは爆炎の痛みではなく、癒しの感覚。
「これは……聖水?」
ミカ「うん☆ 最近流行ってる手榴弾でね、敵意を向けてない人には癒しを与える手榴弾なの。正義実現委員会の中には、これを主軸に使ってる子もいたっけ。」
破裂し散布された聖水が、僕らの周りを霧状に包み込む。
その霧が痛みを和らげ、呼吸も軽くなっていく。
アリウスの外にはこんなものもあるのかと驚く僕を他所に、彼女は応急処置を続けた。
ミカ「……はい、これでいいよ。あ、でも無理やり動いたりしないでね?あくまで痛みとかを和らげる程度だからね。」
「……ありがとうございます。」
応急処置を終えた彼女が、僕の隣に座り込んだ。
メイクで誤魔化されていたが、彼女の顔には疲労と泣き腫らした跡が見て取れた。
「……応急処置、詳しいんですね。」
ミカ「まぁね。BDで習ったってのもあるけど……昔私と遊んでたナギちゃんが怪我しちゃったことがあってね。最近も、セイアちゃんの体調が……。」
彼女の名前がこぼれた瞬間、彼女に辛そうな表情が浮かび、言葉が詰まった。
「……無理に話さなくていいですよ。」
ミカ「……うん。」
地面に座り込み、顔を伏せる彼女の姿は……とてもトリニティのトップに立つ、ティーパーティーのひとりには見えない。
その姿は……どこにでもいるような、一人の女の子だった。
ミカ「……とりあえずさっきの手榴弾、もうひとつ持ってるから渡しておくね。もし何かあった時に使って?」
そう言いながら、彼女が先程の手榴弾を差し出す。
ちゃぽんと中に入った聖水が音を立て、不規則に手のひらの中で揺れるソレを、静かに受け取る。
……これは、大切に持っておこう。
そう思考すると、彼女は質問を投げかけてきた。
ミカ「……ねぇ、聞にくいことだって分かってはいるんだけどさ……」
「……なんですか?」
ミカ「……さっきの『種馬』って、どういうこと?」
あぁ、あれのことか。
そう思いながら、返答を口にする。
「……そのままの意味ですよ。私は、元々『種馬』として拾われたんです。」
ミカ「……。」
黙りながら聞く彼女を横目に、僕は返答を続けた。
「……私は、元々アリウスで生まれたわけではないんです。あのカタコンベで瀕死の状態で倒れているのを、アリウススクワッドの姫様に助けられたんです。今から……4年くらい前でしょうかね。」
「……本来なら見殺しやら売られるやら、色々とされていたんでしょうけど……幸い、僕の持つ神秘の量や質が特殊らしく、マダム直々に介抱されたんです。」
「そして、その後に言われたのが……姫様の従者として寄り添い、時が来たら種馬になり、『ロイヤルブラッド』の血を残し、その後死ぬという使命でした。」
ミカ「っ……! そんなのって……!」
「仕方ないですよ。此処の外はどうかは知りませんが、少なくともアリウスにいるヘイローを持った男は私だけなので。それに……」
「……ここは、"独り"じゃない。だから、すごくいい所なんですよ。」
ミカ「……。」
「まぁ……今はもうその使命も無くなって、従者の立場も無くこうして欲望のはけ口になるって日々……だったんですけどね……。」
「……すみません、気分を悪くされたのなら申し訳ありません。」
ミカ「……ううん、大丈夫。教えてくれて、ありがとね。」
若干の沈黙が、僕達の間に流れる。
その重い雰囲気を変えようと、こちらから話を振り始めた。
「……応急処置、ありがとうございました。本日はどのようなご要件でお越しに?」
僕はフラフラと覚束無い足で立ち上がりながら、彼女に問いを投げかけつつ彼女の方へと顔を向ける。
伏せた顔からちらりと覗く彼女の目には、強い決意が宿っていたのが見えた。
ミカ「……今日、ここに来たのはさっきの書簡を渡しに来ただけじゃないの。」
「……というと……?」
彼女はスクリと立ち上がりながら向き直り、僕の方へと手を伸ばし、こう誘ってきた。
ミカ「ねぇ、ちょっとお話……しない?」
◇◇◇◇◇◇◇
ミカ「とうちゃーく☆ ここだよ〜……って、大丈夫?」
「きゅ、急に抱きかかえて飛ばないでくださいよ……おぇ……。」
ミカ「あはは〜……ごめんね?」
あれから数時間後、僕たちはトリニティ校舎の屋上にいた。
初めて見る、アリウスの外の景色。
立ち並ぶ建物は、僕の知る遠くの異国の土地を想起させる。
しかし、目の前に混ざるように立ち並ぶビル群は、懐かしさと嫌悪感を思い出させてくる。
先程まで見えていた夕焼けは地平線へと隠れ、夜の闇が空を覆い始める中、彼女は言う。
ミカ「ほら、そろそろだよ。」
そう彼女が言ったその時、夕焼けが完全に闇に染まり世界を黒く染めあげる。
それにつられて、空を覆う星々の瞬きをかき消すほどに煌めく光景が広がった。
「……すごい……。」
それは、トリニティの街並みが織り成す、一面に広がる夜景だった。
広大なトリニティのビル群や街並みが、一つ一つの灯りを紡ぎ、光の海と成して広がる。
こんな光景は……初めて見た。
「綺麗……。」
ミカ「でしょ? 私のお気に入りの光景なの。○○○くんに見せたかったんだ。」
「……ですが、夜間に校舎侵入は……。」
ミカ「あはは……こ、今回だけだから……。」
ミカ「……ねぇ、○○○くん。」
彼女の呼び掛けに僕は彼女の方へ顔を向ける。
その表情は、真剣そのもの。
僕が緊張すると同時、彼女は切り出した。
ミカ「また、貴方達アリウスの力を貸してほしい。」
「……!」
ミカ「……あれからナギちゃん、エデン条約を押し進めて、ゲヘナと手を組むとか言い出したんだよ。もう、変な方向に止まらなくなっちゃった。」
ミカ「その上、最近失踪した連邦生徒会長の代わりに外の世界から来た『シャーレの先生』すらも利用しようとしてる。」
ミカ「……だから、私も止まらないことにしたの。セイアちゃんのヘイローを私が壊したようなものだし……もう、止まれない。それに……」
ミカ「私は、アリウスと和解したい。貴方達が誰も傷つかずに、外の明るい世界を"生徒"として、私たちと笑顔で歩む世界を見てみたいの。」
奇しくも、彼女の語った"夢物語"は、昔の僕が持っていた夢と似ていた。
前の世界と、アリウスで完全に捨ててしまった夢に。
真剣な彼女に、僕は分かりきった質問を返す。
「……本気ですか?」
ミカ「うん、本気だよ。」
にわかには信じられないが、彼女の目が、表情が、あらゆる要素が本気の意思であることを語っていた。
彼女は、本当にトリニティの裏切り者になろうとしている。
ミカ「後でサオリ達にも伝えるつもりなんだけどね。」
ミカ「……それで、貴方にも個別でお願いがあるの。」
ミカ「ティーパーティー現ホストの桐藤ナギサ、彼女の襲撃時に……誰よりも早く、彼女を攫うのを手伝ってほしい。」
ミカ「アリウスの子達が、彼女を手に掛けてしまう前に。」
「……。」
……あぁやっぱり。
ミカ様、貴方は……後悔、してるんですね。
なら、僕の返事は決まっている。
「……分かりました。」
ミカ「!」
「僕は、貴方のその願いを遂行します。アリウスの生徒としてだけではなく、貴方の従者として。」
「貴方が歩みを止めないのであれば、僕も共に歩みます。貴方の指示があれば、僕が手となり足となり戦います。」
「そして……貴方が止まるのであれば、僕も共に止まります。」
「僕は、貴方の望みを叶えるために行動します。貴方を、決して一人にはしません。」
「約束します。」
僕は、そう言い切った。
これは、貴方を魔女にしてしまったことへの贖罪だから。
そして……僕に似た夢を持った、貴方の夢を見届けたいから。
ミカ「……貴方って本当にアリウス生?」
ふと漏れた彼女の言葉に、僕は瞳を瞑りながら返す。
「……はい、もちろんです。他のアリウスの人達と同様、指令があればどんなこともします。」
「それに、ゲヘナもトリニティも憎く思ってます。ですが……」
「……誰かの影響を受けてしまったのかもしれませんね。」
その言葉と同時、脳裏に貴方の笑顔が浮かんだ。
ミカ「……そっか。じゃあ……その約束、信じてるね?」
「はい、まかせてください。」
そうしてひとつの約束を交わした僕達は、再び夜景を眺め始めた。
一面に広がる灯りが、僕達を淡く照らしている。
その顔に照らされる貴方は、とても綺麗で、心が暖かくなるのを感じる。
「……綺麗ですね。」
ミカ「……この夜景も綺麗だけど、クリスマスのイルミネーションも綺麗なんだよ?」
ミカ「それに景色だけじゃない。他にも謝肉祭や光輪大祭っていう楽しいイベントや……海に山にも沢山綺麗な所や楽しい所が沢山あるの。」
ミカ「もし"私達"の計画が成功したら、たっくさん見せてあげるね! アリウスの外の世界を、和解したアリウスとトリニティのみんなで!」
ミカ「だから……これからよろしくね?」
「……はい、こちらこそよろしくお願いします。」
夜景に照らされ、振り返る彼女は、あの時の星空のような笑顔を見せている。
一人の少女の見せた瞬きのような一瞬の笑顔は、この夜景よりも遥かに綺麗だった。
それからしばらく、僕は彼女と並んで夜景を眺めていた。
このまま時が止まればいいのにな、と心から願う気持ちを秘めながら。