そこで待機する僕の耳に、足下から空気を割くほどの爆音と銃声の雨の音が聞こえてくる。
どうやらミカ様が、トリニティの補習授業部と例の『先生』とやらと交戦を始めたようだ。
と言っても、僕は戦闘にまだ参加しない。
僕の役割は"監視"。
その上、僕は万が一の時の為の"切り札"らしい。
あれから、何度もミカ様と模擬戦を繰り返してきた。
まだあの人には勝てないけれど、それ以外の……アリウス生であれば粗方対応できるくらいには成長出来た。
だからこその"切り札"なのだろう。
……と言っても、状況は既にこちらが僅かに有利。
ティーパーティーの桐藤ナギサが補習授業部に攫われ、例の
そう、ミカ様も僕も、まだ
消耗戦。それが、彼女らに敗北を押し付けている。
このまま勝ち切れる、そう思ったその時だった。
ある方角から、キラリと何かが光ったのを視界の端に捉えた。
僕は、嫌な予感からその方向に目を向け凝らす。
そしてガスマスク越しに飛び込む光景に、動揺と焦りが入り交じれる。
「な、なんで……!」
理由は? 経緯は? どうやってこの状況を知った?!
何故『シスターフッド』がこちらに向かってくる!?
何もかもが分からない。
だが、目の前のその事実を確認した僕は、即座にミカ様の元へと掛け走った。
バンと大きな音を立てながら扉を開け、ミカ様の元にかけ走る。
ミカ「んー?」
「ミカ様! 大変です! こちらにシスターフッドが向かってきます!!」
ミカ「シスターフッド……!?」
???「……シスターフッドは、ティーパーティーにも命令できない、独立的な集団ですからね。」
ミカ「っ、浦和ハナコ……! 何を……!!?」
ミカ「約束……?」
ハナコ「あなたは知らなくても良いことですよ、ミカさん。」
浦和ハナコがそう言い終えたその瞬間、扉が爆破され、火の粉舞う中からシスターフッドが姿を表した。
ミカ様の顔に冷や汗が滴り、焦りの表情が少し浮かんでいた。
「ミカ様……。」
ミカ「……ごめんね、○○○くん。力を貸して。」
「ッ! はい、勿論です! ミカ様!」
建物内に入ってくる大群を前に、僕達は武器を構えた。
「ぐぅぅぅ……!!」
爆炎に巻き込まれ、その反動で吹き飛ばされる。
何とか着地は出来たものの、全身に痛みが走る。
既に部隊は大敗、味方陣営で立つのは僕とミカ様の2人だけ。
相手は負傷者あれどシスターフッドの主力と補習授業部は健在。
その上、あの『シャーレの先生』の指揮も存在する。
不確定な情報だったが、実際の指揮能力は聞いていた話以上だった。
その上、僕もミカ様も何故か動きが悪い。まともに戦えていない。
もう、勝ち目はほぼ無い。
ヒビの入ったガスマスクの先に、無情な光景が広がる。
無数に向けられた銃口が、僕らを裁く冷たい審判のようにも見えた。
爆炎と銃創に響く痛みが、口から感じる鉄の味を際立たせている。
ミカ「……なにこれ、洒落にならないなぁ……。」
「ミカ様……。」
ミカ「……どうして? 何を見誤ったのかな。」
ミカ「ハナコちゃんを見くびったから? アズサちゃんが、裏切ったから?」
ミカ「ヒフミちゃん? コハルちゃん?? どれも変数にはならない。○○○くんも、私についてこれるくらいに強くなった。」
ミカ「それなのに、どうして負けるかなぁ……。」
ミカ「……そういえば、一番大きな変数を忘れてたね。」
ミカ「シャーレの先生……そうだね、あなたを連れてきた時点で私の負けだった。そっか、あの時かぁ。ダメだなぁ、私。」
ミカ「アリウスと和解したくて、独断で動いて……結果、セイアちゃんは……。」
ハナコ「ミカさん、セイアちゃんは無事です。」
その一言に、僕達は驚きと動揺を隠せなかった。
ミカ「……え?」
「っ!? そんな馬鹿な!? 私は確かに通達を確認している! そこにいる白洲アズサが百合園セイアのヘイローを破壊した……と…………。」
……あぁ、そういう事か。
白洲アズサ、お前は……初めから、抗っていたのか……。
僕とは……大違いだ。
ハナコ「……救護騎士団の団長が、今もすぐそばで守ってくれています。」
ミカ「……ミネ団長が……。そっか、生きてたんだ。」
ミカ「……良かったぁ…………。」
ミカ様が膝から崩れ落ち、手に持っていた銃が手を離れ、地に落ちた。
そして、彼女は宣言した。
ミカ「……降参。私の負けだよ。」
ミカ「おめでとう、あなた達の勝ちだよ。もう、私のことを好きにして。」
ミカ「……アズサちゃん、これから先、あなたには……。」
アズサ「分かってる。それでも、最後まで足掻いてみせる、最後のその時まで。」
ミカ「……うん、そっか。」
そう彼女が言い終えたその瞬間、通信機から声が聞こえてきた。
マダム『全部隊に次ぐ、即時撤退しなさい。』
「!?」
マダムからの指示が、アリウスの全員に届く。
辺りを見回すと、アリウスの兵士がカタコンベの入口へと退避していくのが見えた。
補習授業部の生徒やシスターフッドが動揺し、銃を向ける中。
ある人物から一言の指示が発せられた。
先生 "みんな、何もしないで。"
シャーレの先生の指示で、追撃をしようとした生徒達の銃口が下がる。
一網打尽にできる好機というのに、先生の指示に従っていた。
……本当に、皆があの人物を慕っていることが伝わってくる。
僕も撤退しようと、アリウスのみんなの後を追うために後ろを向いた。
……が、その足は、撤退しようとしなかった。
一歩歩みを進めた瞬間、足が止まり、無意識に後ろを振り向いていた。
視界に入るのは、ある生徒の後ろ姿。
地に崩れ落ち、地位も無くし、トリニティを混乱に落とそうとした『魔女』の後ろ姿。
その姿に、三大校に数えられる巨大学園を総べる生徒会の人物の面影は無い。
その姿は、僕と変わらない年齢の……一人の少女の姿だった。
『僕は、貴方の望みを叶えるために行動します。貴方を、決して一人にはしません。』
『約束します。』
……あぁ、そうだ。
"約束"を、果たさなきゃ。
僕は再度後ろを向き、彼女の横へと並び立つ。
手に持っていた壊れかけの銃を投げ捨て、顔につけていたボロボロのガスマスクを外す。
ハナコ「……!?」
アズサ「まさか……?」
ミカ「……なんで……?」
「……前に言った通りですよ。」
「誰かに……毒されてしまったのかもしれません。」
そう言葉を漏らし、手に握られたガスマスクを握り潰す。
粉々になったそれを撒き捨て、両手をあげながら彼女らに言い放った。
「降参します。私も、彼女と同様に連れていってください。」
こうして、僕は文字通りアリウスを抜けた。
外からは朝日が差し込み、僕たちを照らしていた。
これは、裏切りの『魔女』と、叛逆の『少年兵』の物語。
暗天を照らす『夜星』と、闇を終わらせる『暁日』の物語。
この瞬間、僕達の世界を巻き込む物語、その第一歩が始まったんだ。
夜明けの太陽がのぼり始め、私達を照らしている。
その暖かい雰囲気とは真逆の、冷たい手枷をつけられた少女が、私の方を向く。
手枷を付けられ、全てを諦めた少女と視線が合う。
"ミカ……。"
ミカ「今はちょっと、先生からは何も聞きたくないなぁ……。」
ミカ「……あの言葉を聞いた時は本当に、本当に嬉しかったんだ。」
ミカ「はぁ……けど、やっぱり……シャーレを巻き込んだのが、私の最大のミスだったね。」
"……。"
アズサ「……ミカ、ひとつ覚えていてほしい。」
ミカ「……なに?」
アズサ「本来の力のミカと、強くなった彼相手に戦えば……私達は負けていたかもしれない。」
アズサ「けど、ミカ達は『信じきれなかった』。
ミカ「……。」
アズサ「だからミカ、これからは……皆を、自分自身を……信じてほしい。」
ミカ「……なにそれ。……まぁ、覚えていたら、ね。」
ミカ「バイバイ、アズサちゃん。先生。」
素っ気なくそう言い残し、彼女は正義実現委員会の子達に連れて行かれる。
最後に見えた彼女の姿は……一人の少女のそれだった。
正実モブA「さっさと歩いてください!」
正実モブB「抵抗しないで!!」
???「……。」
遠くから声が響き渡る。
その方へ振り返ると、先程の少年が別の正義実現委員会の子に連れていかれようとしていた。
彼につけられた枷はミカの比ではなく、あちこちに何個も取り付けられ、ジャラジャラと音を立てていた。
私は、引き摺られながら歩く彼に近付く。
ハナコ「っ! 先生、危ないです!」
ハナコが呼び止め、他の補習授業部の子達も私を止めようとする。
だけど、どうしても話をしておきたかった。
先の戦いで感じた、彼の気持ちを知りたかった。
"大丈夫だよ。安心して。"
私がそう話すと、彼女達は少しずつ後ろへと下がった。
それを見届けた私は、彼の傍に歩み寄り、目の前に立つ。
???「……なんですか。」
眼前にいる彼の目には、光がなかった。
まるで、人生そのものに希望を感じていないような、吸い込まれそうになるほどの絶望に塗りつぶされた瞳。
その闇色一色の瞳が、私に強い殺気を突き刺す。
けど、だからこそ、私は聞きたかった。
"……君にとって、ミカはどんな子?"
???「……っ!? な……っ!?」
瞬間、殺気は無くなり、顔が紅色に染まっていく。
そして、闇一色の瞳に光が灯り、強い『意志』を放ち始めた。
あの戦闘時にガスマスクの下から見えた、小さくも強い希望と意志の光。
やはり、この子は……。
???「……そんなの……ただの、女の子ですよ。」
"……そっか。"
???「……もう、いいですか。もうこれ以上話すことは……」
"待って。もうひとつ聞いてもいいかな?"
最後に私は、彼に聞いた。
"私は、『シャーレの先生』。君の名前を聞いてもいいかな。"
アスカ「……アスカ。『
"いい名前だね。"
アスカ「……。」
そう返すと、彼は黙ってしまった。
正実モブB「……先生、そろそろ……。」
"あぁごめんね、もういいよ。"
その一言で、彼らは再び歩き始めた。
私は、彼の後ろ姿を見届けた。
アズサ「……先生?」
"ううん、なんでもない。みんな、我慢してくれてありがとう。"
"……それじゃあ、走ろうか! 試験会場まで!"
彼とは、きっとまた会える。
その時に詳しく話してみよう。
きっと彼なら……
次世代の"先生"になれる。