顔に照りつける陽の光と、頬を撫でる朝の風。
それらを受け、意識を暗闇から引き戻す。
無数の管が繋がれた左腕と、全身を包む脱力感。
ふかふかなベッドの上で眠っていた僕は、かろうじて動かせる右腕で顔を照らす陽光を遮った。
……なんだが、
???「あっ、おはようございます。」
その時、ふと声がした。
寝起きの重い瞼を擦りながら少し開き、声のする方へと顔を向ける。
そこに居たのは、羽の混じったピンク色の髪をしたナース姿の少女。
どうやら、僕に繋がれた点滴を交換しているようだ。
この子の名前は、確か……。
「……おはようございます、大丈夫です。」
セリナ「わかりました、ではこのまま交換の方を続けますね。」
そういうと、彼女は交換作業を再開した。
今の会話により、寝ぼけた頭がはっきりとしていくのを感じる。
それと同時に、今までの出来事も鮮明に思い出されていく。
……あぁ、そうか。
僕は……僕たちは、負けたんだ。
セリナ「はい、これで交換は完了です。」
「……ありがとうございます。」
セリナ「いえ。それでは、何かあったらそこにいる彼女に伝えてくださいね。」
「……。」チラッ
「……分かりました。」
そう言うと、鷲見セリナは病室から出ていった。
……いつものように、彼女を置いて。
「……今日もよろしくお願いしますね。」
正実モブ「え、えっと、はい……!」
彼女がぎこちない動きで頭を下げた。
その姿に少し可笑しさを感じつつ、僕はベッドの上で思考の海に落ちる。
……あの戦闘の後、拘束された僕は正義実現委員会の檻に入れられた。
本来ならそのまま檻の中で拘束される……ハズだった。
僕の健康状態は極めて悪い状態だったらしく、精密検査の結果を知った救護騎士団の生徒が正義実現委員会と交渉し、檻から救護騎士団の病室へと移動となった。
……と言っても僕は立場上、クーデターに参加した学園の脅威という立場に代わりは無い。
結果として正義実現委員会の監視込みで、この病室に半ば拘束に近い形で『救護』されている。
そんな状態なのだが、今目の前にいる彼女……
一応、監視役としてここに居るようなのだが、なんだかんた少しづつ話すこともあり、この子も僕もお互い心を開いてる節があるのを感じる。
……監視役がそれでいいのだろうか?
まぁ、おそらくは僕が危険な存在かどうかを見極めるために、上からの指示で仲良くしてるんだろうけども。
そう思いながら彼女を見ると、スマホで学習をしている彼女の姿が見えた。
確か少し前に話していた、BDを使った勉強……とやらだろう。
アリウスでは無かった概念だから、合ってるかどうかは分からないけど。
というか、こっちの世界でも勉強自体はあるんだよな……こっちのとは大分やり方が違うのは多少なりとも気になるし、興味を引かれる。
そんなことを考えていると、彼女がこちらに気が付き、恥ずかしがりながらも軽く微笑んだ。
……本当に監視役……なんだよな?
……それにしても。
(あれから、もう暫く経つな……。)
あの事件の後、一度も
当然と言えば当然だ。
あの人は学園転覆の実行犯。そして僕は……その共謀者。
そんなふたりを接触させる理由も利点も何も無いのは当然だ。
……だが、一応お互いの同意があれば面会は可能ではある『
らしい、のだが……。
「……面会拒否は、辛いな。」
正実モブ「えっ……?」
「あっ、すみません……声に出ていましたか。」
正実モブ「い、いえ、その……はい。」
言葉が漏れていた。
薬の副作用が故か、それとも『
今はまず誤魔化した方が良いだろうか、そんなことを考えていた時、彼女が切り出した。
正実モブ「その……やはりミカ様のことが心配、なんですか……?」
「……。」
正実モブ「……あっ、その、すみません! 突然そんなことを言われても困りますよね!」
彼女があたふたしながら言葉を紡ぐ。
……心配。
たしかに、そうかもしれない。
実際、あれから彼女の様子はおろか、顔も見れていない。
ちゃんと眠れているか、ひどい仕打ちを受けていないか、落ち込んでいないか。
……少しでも、
気になることは沢山ある。
だけど……この辛さは、心配が理由の全てでは無い。
「多分、私は……」
そう言いかけた、その時だった。
コンコンと、ドアをノックする音が響いた。
正実モブ「あっ……確認してきますね。」
僕が言い切る前、彼女はそう言い残しドアを開けた。
正実モブ「あの、どうかされましたか?」
セリナ「突然すみません。実は、どうしても彼にお会いしたいという方がお見えになってまして……。」
僕に……?
たしか僕の居る場所は、ごく一部の人しか知らないと聞いている。
学園転覆の共謀者であることもそうだが、女性しかいない
だとしたら誰だろうか。
正義実現委員会の委員長? それともティーパーティーの桐藤ナギサ?
シスターフッドの裏の顔を持っていそうな女性? もしくは補習授業部?
まさか……ミカさん?
そう推測する中、奥から顔を覗かせたのは───
「お前は、シャーレの……先生。」
───個人的に、一番会いたくない『
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先生 "それじゃあ、今日はよろしくね。"
「……。」
二人きりの病室、僕はベッドで点滴を受けながら、目の前に椅子を持ってきて腰掛けた先生を睨む。
先生 "じゃあ、改めて……君の名前を教えてくれるかな。"
「……〇〇〇。アリウス特別遊撃整備兵部隊所属、2年。年齢は推定17歳、身長は先日測った際に172cmと判明。……他に知りたいことは?」
先生 "いや、そこまで言わなくても良かったんだけど……。"
「……これは『尋問』でしょう? 先生直々の。なら全て話すものでは?」
先生 "いや、これは『対話』だよ。……少なくとも、私はそのつもりでいるよ。"
「……そうですか。」
先生 "次は私の番だね。"
先生 "改めて、私は連邦生徒会連邦捜査部の『シャーレの先生』だよ。よろしくね、〇〇〇。"
「……よろしく、お願いします。」
先生 "うん、よろしく。"
「……。」
僕が沈黙する中、この人は話を切り出した。
先生 "……早速だけど、治療の方は大丈夫そうかな?"
「まぁ、そうですね。薬の内容も説明を受けましたし、治療に相応に時間が必要なことも承知してます。その上で今の治療を受けています。」
「さらに、こちらの立場を配慮してか、護衛も最低限な上、外部に情報を漏らさないようにしてくださってます。……たまに、私の事を探すトリニティの生徒の騒音が外から聞こえてきますね。」
「……ですが、不満がないかと言われたら嘘になりますね。」
先生 "それは何かな?"
「あなたがここにいる。」
先生 "うーん、難題だ。"
そう困る仕草をしつつ少し笑っているコイツに、僕は少し苛立ちを感じながらも言葉を続けた。
「そう難しい問題でもないですよ。あなたがここを去ればいいだけです。」
「前提として、私とあなたは敵対者同士。その上、私はあなたを────」
そう言葉を続けようとしたその時、目の前のコイツは突然真剣な顔をし言葉を遮った。
先生 "ひとつだけ、先に言っておくよ。"
先生 "私は、君を敵とは見てないよ。"
「……は?」
「なら、どう見ているんですか? 情報源? 道具? それとも評価上げ用の装置?」
そう挑発する僕の言葉に対し、彼は一言。
先生 "『生徒』。"
そう告げた。
「……なんですか。正気ですか?」
先生 "私は正気だし、本気だよ。"
先生 "私は君を、導く必要のある『生徒』だと思っているし、"
先生 "支えて、道を示してあげる必要のある『子供』だと思っているよ。"
そう、真っ直ぐと、僕を見据えて。
そう言ってきた。
嗚呼────
「────虫唾が走る。」
次の瞬間、僕は左腕に取り付けられたチューブを引きちぎり、奴の元へと飛びかかった。
瞬きも遅くなる程のスピードで、奴の喉元に爪を押し当てる。
目の前の奴の落ち着いた息が当たるのを感じる。
「……あなた、本当に馬鹿なんですね。」
「たとえあなたがどう思っていようと、相手はそうだと限らない。」
その言葉を言うと同時、外で待機していた正義実現委員会の奴らが飛び込んできた。
大きな黒羽の女「命令です!直ちにその人から離れてください!!」
正実モブ「〇〇〇さん、お、落ち着いてください…!」
ふたりが銃を構える。
無論、僕が引くつもりはない。
「あなた方に、撃てるんですか?
そう慣れない嘲りを見せると同時、目の前の
先生 "大丈夫だよハスミ。そのまま武器を下ろして。"
先生 "いいから。私を信じて。"
ハスミ「……っ!」
先生の一言により、ハスミという正義実現委員会の生徒と監視役のあの子が銃を下ろした。
その光景に、僕は再び苛立ちを感じた。
「……随分と、信頼されているんですね? 先生。」
そう意地悪に聞くも、こいつは質問を投げかけてきた。
先生 "……君は、何が望みなのかな?"
「……望み?」
先生 "ああ。『らしくない』と、思ってね。"
「……何を知った風に。」
先生 "私たちはまだ出会って間も無いし、こうして話したこともほぼ無いけれど。"
先生 "それでも、『君』はそんなことをしないと、思っていたからね。"
「……本当に虫唾が走る。」
ああ、本当に苛立つ。
この感じ、『あの時の先生達』と同じだ。
「そうやって……。」
より強い圧が無意識に滲み出る。
それにつられて、口が勝手に心情を語り始める。
「そうやって! 上から目線で知ったような口をして、「信じて」などと綺麗事を抜かす!!」
「どうせ本心では! 自身の身の可愛さを優先する癖に!! 自らの命や立場が脅かされた時にさらっと裏切り、見放すくせに!!!」
「そういうものなんだよ!! 『
先生 "……君は、一体。"
勢いに任せて発した言葉を出し切ると同時、ハッと我に返った。
冷静になりつつ、脅しを続ける。
「……我々アリウスは、色んなことをしてきた。色んな『人を害する方法』を、叩き込まれた。」
「その気になれば、
先生 "……。"
「先程、望みとか言ったな? なら望みは一つだ。」
「今すぐ『シャーレの先生』を辞任しろ。そして、二度と『生徒』の前でその薄ら笑いをするな。」
ハスミ「なっ……!? そんなこと!!」
ハスミがこちらへ銃口を向ける。
しかし、先生は彼女に手を向け言葉を放つ。
先生 "ハスミ、ストップ。"
ハスミ「ですが先生!!」
彼女の言葉を背に、こちらへと視線を戻した。
先生 "悪いけど、それは出来ない。"
先生 "私は、『先生』としての責務と、『大人』としての責任がある。"
先生 "それを途中で放り出すことはできない。"
そう、ハッキリと宣言した。
「……なら、今ここで死んでも構わないと?」
今までで1番重い重圧を目の前の奴にぶつける。
しかし、奴は冷静にこう言ってきた。
先生 "君には、それは出来ないよ。"
「……は?」
何を言っているんだ?
生殺与奪の主導権はこちらが持っているというのに?
そう思考が巡る中、奴は続けた。
先生 "君は、正義実現委員会の子達の質問に全て答えてるし、嘘もついてないことを聞いている。"
先生 "それに、アズサから聞いた君の姿は、優しさに満ちているということも聞いている。"
先生 "だけど、君にどんなことがあったのか、どんな辛いことがあったのか。それも、全て知っているわけではない。"
先生 "……確かに、私は弱いし君は強い。その気になれば、君は私に手をかけることも出来るんだろう。"
先生 "だけど私は、君には『大切な人』がいることを知っている。"
先生 "その『大切な人』が辛い思いをするようなことを、優しい君がしないと思っている。"
……なんだよ、それ。
それじゃあ、まるで。
「あんたは『僕』を、信じてると……いうんですか。」
漏れた言葉に、目の前の
先生 "うん、私は君を信じてる。"
先生 "なぜなら、君は私にとって導く必要のある『生徒』であると同時に。"
先生 "支えて、道を示してあげる必要のある……守るべき『子供』だからね。"
そう平然と、笑顔で答えた。
一瞬。
ほんの一瞬。
僕は、この人に。
「……〜〜〜ッ!!!!」
僕は先生の首筋から爪先を離し、距離を取った。
ハスミ「先生!!!」
ハスミが、先生の元へと駆け寄り、僕との間に立った。
ハスミ「先生! 彼を攻撃する許可を!」
先生 "ハスミ、落ち着いて。"
ハスミ「ですが!!!」
先生 "……後輩が、怖がってるよ。"
ハスミ「……っ。」
監視役のあの子は、その場で固まって動けなくなっていた。
それを横目で確認しつつ、ハスミはこちらへ睨みをきかせる。
ハスミ「……正義実現委員会として、彼の処遇を考え直す必要があるかと。」
そう意見具申する彼女に、先生はこう返した。
先生 "それなんだけどさ、今回の件、見逃してくれないかな?"
「……は?」
ハスミ「……なっ、正気ですか!?」
先生 "うん、正気。"
先生 "なにかあった時に、責任は私が持つから、ね?"
あまりのおかしさに……僕は、すごく久しぶりに──────
「……ふ、ふふふふ……っ!!!」
──────いつの間にか、笑ってた。
セリナ「もう! 前代未聞ですよ!! 治療中の点滴薬を引きちぎった上に激しく動いたなんて……!!」
「もご……
正実モブ「うわぁ……。く、口にまで薬の管が繋がれてる……。」
先生 "えっと……流石にやりすぎじゃない……?"
ハスミ「そうでしょうか? むしろ温情たっぷりだと思いますが。」
先生 "け、けど、流石に拘束バンドを全身にぐるぐる巻きにするのは……。"
ハスミ「反省としては十分妥当でしょう。」
(……暫くは、言うこと聞いておこう。)
先生 "じゃあ、彼のことをよろしくね。2人とも。"
セリナ「はい! 任せてください!」
正実モブ「……!」ペコリ
ハスミ「では行きましょう、先生。」
ハスミ「……ではこのまま、ティーパーティーのナギサ様のところまでご案内致します。」
先生 "うん、ありがとう。"
ハスミ「……本来なら全体に報告する内容ですが……先生直々に責任を持たれるとの事なので、私の方からツルギ委員長への報告のみに留めておきます。」
先生 "……秘密にしてくれてありがとう。"
ハスミ「……お礼を伝えるべきなのはこちらの方です。」
ハスミ「先生が止めてくださらなかったら、より大事になっていたと思いますので……。」
先生 "なら、お互い様ってことで。"
ハスミ「……えぇ。」
先生 "……それと。"
ハスミ「……はい?」
先生 "……まだ、ミカに会うことは出来ない感じかな?"
ハスミ「……はい。ミカ様は変わらず、先生と彼との面会を拒絶しています。」
先生 "……そうか。"
ハスミ「……私は、あまりミカ様と接点がある、という訳ではありませんので、確定では無いですが……。」
ハスミ「……きっと、いつか話してくれる時は来ると思います。」
先生 "……ありがとう。"
聖園ミカ「……会えるわけないよ。」
ミカ「……私は、あの二人に……会う資格なんて、ない。」