静寂に草を踏みしめる音と人の息遣いが嫌によく響いた。森のくせに己以外の動物の存在が微塵も感じられないところは怖気を感じさせてくれる、さすが異世界とハルは独り言ちる。
「やっぱり簡単には見つかんないな」
弓を背中に、ナイフを片手にハルはとある目的を持って、「商う森」の散策をしていた。
「喋る森」とは異なり、この場所の木々は笑ったりはしない。その代わりに欠片ほどの音も発しないが。
木々だけではない。獣の息遣いや草花が風で動く音すら耳には届かない。
「耳鳴りがしそうなぐらい静かだ」
生者の精神を病ませる静寂は、しかし、この森の特徴ではなく、この状況は異常であるとハルは聞かされていた。
「出てくるなら早くして欲しいなぁ。…何か分かりませんか? 籠」
籠は外出を嫌悪しているので不機嫌そうにブゥンと一言鳴って、それきりだった。
「はぁ、お前と私で本当に魔物を殺せるのかな」
魔物殺し。それがハルのなすべきことであり、成せなければ命が危ない。
やがて、立て看板が目の前にポツンと置かれているのを見つける。
「またか」
内容は、
『ただいまより始めさせていただきます』
その一言を理解した途端に、今までの静寂が嘘のように色とりどりな光と往来のど真ん中のような喧噪にハルは閉じ込められた。
周りには、ぎっしりと出店や露天商が並んでおり、当然のように闊歩しているのは人ではない。
魔物であった。どこもかしこも魔物がいた。
「ここから、一匹見つけ出して殺すのかー」
しかし、やらねばならない。
ハルはナイフを握り直した。
話は数時間前に遡る。
ドルトに小屋へ迎え入れられたあの日から数日。ハルは異世界のありとあらゆる常識を古びた本やドルトの話から得た。
「この本に載っているこのノッポの黒装束ってシミツケ様って言うんですね、余計なことをを考えた者を罰する? なんだそれ、余計なことって何ですか。……何です?その顔は、あちゃ~、言っちまったなみたいなその顔は」
「はぁ、あんま抵抗すんなよ」「はい?」
ドルトはハルから一歩距離を取り、ハルのその後ろを呆れた顔で見やる。
「何です? 後ろに何が……。ホアーーー!!!」
シミツケ様。愚民を統制するためにはるか昔に独裁的な王様が作り出した魔法であり、当時は王に対して批判的な思考をした者の頭蓋を潰して廻っていた古代の遺物。王が死に、国が滅んでからはやがて風化し消えるものかと思われていたが、今でも余計なことを考えた者の所に現れている。そして、愚かにも、呼び出した者はアイアンクロ―を喰らうこととなる。とはいえ、力の大部分を失っているため、滅茶苦茶痛いだけで済む、そういう常識。
ある時は籠をつつきまわした。
「結局こいつは何なんですか? 名前はあるんですか?」
お前呼びでいいのか~。ツンツン。
「そいつに名前はない。ああ、名前と言えば、お前の居た世界がどうかは知らんがこの世界では名は非常に重大な意味を持つ。それこそ、生死に関わるものだ」
「そういう割にオジサンは普通に教えてたじゃないですか、それだけ信頼してくれてるってことですか! いや~、照れるなぁ」
ドルトのしかめ面の皺が増える。
「俺たちは皆、死んだ者の名前を貰う。そうすることで、悪意は死者に向き、脅威から身を躱すことが出来る。ちなみに俺は隣の国の英雄の名前を貰った」
名前を知った相手を死に至らしめる呪詛が流行すると、人々は皆死者の名前を子供につけるようになり、やがては一つの常識と相成った。それを示すように、ドルトの部屋には「安全保障命名表」という名の本がある。
「へえ~。でも、それだと同じ名前の人がたくさん居ることになりますよね」
「名前同士を組み合わせているやつもいる」
「ハル・ドルトみたいな? おお、意外といけますね」
「それとな、おんなじ名前ってのも案外悪くない。町で同じ名前の奴と出会うと、何となく親近感を感じるからな。仲良くなりやすい」
「ちなみに私は思いっきり本名ですけど偽名でも名乗った方が良いですかね」
「お前は、そうだな。俺が持っている本から適当に選んで名乗ったほうがいいな」
「そうですね~」
そうは言いながらもハルは気乗りしていなかった。この名前を手放してしまったら自分という存在が大きく削られるような気がしたのだ。
ただでさえ自分のものと言えるものは少ないのに。
躊躇っているハルの前で籠がブゥン!と揺れ、空中に羊皮紙が生まれる。
あっけに取られているハルの前で羊皮紙はこの世界の言語――ハルには何故か読めるが――に、大きく「ハル」と書かれその周りに呪詛めいた文言がずらずらと書き連ねられていった。
「ちょっ!」
気を取り直したハルが羊皮紙を奪おうとするも、驚くべき速度で描かれたそれは見る者の魂を震え上がらせるようなどす黒い光を発し、
何事もなくポトリと床に落ちた。
「は? え? もしかして私今死にかけた? でも、生きてる」
ブゥン。籠はハルをからかうように笑った。
ドルトは籠と羊皮紙の様子を見て納得がいったように頷き、ハルに籠の行ったことを説明した。
「どうやらお前の名前も脅威を退ける力があるらしい。そいつが実践したとおりだ。それと死にかけてはいない、あれは確か腹痛の呪詛だ。内臓が一部腐る程度だから死にはしねえよ」
「……安心と恐怖の反復をこんな短時間で味わえるとは思いもしませんでした」
ある日は、朧げな前世から引っ張り出した知識でこの世界に改革をもたらそうと使おうとして失敗したりもした。
「いいですか。私は知識チートでもってこの世を塗り替えることが可能なのです」
「ほう」
「オジサンが自分の傷を治したのは魔法ですよね。他にも、ランタンの光を灯すのも、魔法のはずです」
「ふむ、確かにそれらは「魔法」だな。前者はともかく、後者はそこらのやつでもやれるだろうな」
「ふふふ、確かに魔法は便利です。しかし、私が居た世界では魔法は無く、代わりに科学が跋扈し、様々な恩恵を人類は得ていました」
「例えばなんだ」
待っていましたとばかりに顔を輝かせてハルは語りだす。……語りだそうとするも、半開きで口が固まる。ドルトの呆れ顔。頭蓋の左右に懐かしき気配を感じる。汗がタラリと頬を伝った。
「何故…?」
「シミツケ様は余計なことを考えるやつを罰する。つまり、お前が今いうことは余計なことになるんだろうな」
ハルは諦めたような顔で力なく笑った次の瞬間、息を吸い込みまくし立てた
「油と灰汁から石鹸!痛い!!黒色火薬から武器、重火器!ギャッ!!効率的痛い、な魔法の痛い、イメージ!他にも、イタイイタイ!!!どんどん強くなってくるこいつ!!!!」
黒装束もここまで耐えるものは久しいのか、呆れた様子を見せながらも、力を強めてくる。
結局、根競べの勝敗は黒装束に上がり、敗者は惨めに床に崩れ落ちた。
「どうして~~」
「どうやら口に出しちゃいけんらしい。今後はお前の頭ん中で楽しむこった」
「生きづらすぎませんかこの世界???」
「そういうのはガキの頃にいろいろ試して、ラインを探るんだよ。また一つ賢くなったじゃねえか」
ある時は魔法を習得しようとした。
くねくねと腕を動かし、奇妙なステップをハルはランタンに見せつける。
「うおー、火よ灯れ!」
ふわりと火が灯る。室内を暖かなオレンジ色の光が照らした。
「よし! 見てください、一発で火を灯しましたよ」
「その、動きは何だ見ていて不安になるから辞めてくれ」
魔法。日常の生活で必要となる魔法を生活魔法と呼び、人であれば特殊な修練なしに使うことが出来る。火を灯す魔法や、雨を弾く魔法、味覚を一定時間消す魔法などが挙げられる。
しかし、ドルトが己に使用した魔法は骨折や裂傷を瞬間的に治すことを可能とした。このような魔法は一般的には使用することはできず、師を見つけ師事を受けたり魔導書から独学で学ぶことを求められる。
また、使用する際には魔力と呼ばれる力を消費し、これが無くなると死ぬと言われている。最も、生活魔法は消費する魔力が非常に少量なので常時使用したとしても、魔力は自然回復するので、その差し引きでプラスになるため、死ぬような事はない。
「じゃあ、生活魔法は本当に誰でも使えるんですね? それこそ子供でも」
「ああ、やろうと思えば、赤ん坊でも使える」
「あの籠が使ってるのも魔法ですか?」
「大本は同じだろうが俺たちが使っている物よりよっぽど高度だ」
「オジサンは誰からその回復魔法を習ったんですか、というか私も覚えたいです」
「……昔にこの村に来た旅人に教わったもんだ。覚えるためには道具が必要だが高価でかつ専門的な知識が要求される。俺にはどちらもないから諦めろ」
「うえー、滅茶苦茶覚えたいのに、あの憎きアイアンヘッド野郎とぶちのめす魔法とか無いのかよー」
「諦めろ」
にべ無くそう告げるドルトに対し何やら方法を考えようとするも万策尽きたのかペタリとベットに倒れる。
どうしようもないのかー、そうつぶやきハルは想像よりも厳しい魔法の習得方法に眉を寄せた。
そうこうしてハルは着実にこの世界の知識を得ていた。また、ドルトの狩りの手伝いも並行して行っていた。森で見つけるのは、どれもこれも奇妙な獣ばかりであった。
「布? 花柄の布だよあれ、しかも猿の顔が乗っかってる」
顔が猿に似た獣は体がカーテンのような大きさの布をくねらせて空中を泳いでいた。優雅な動きで木々を避け、時折木の実を見つけるとそれを丸ごと包み込み、今度は風呂敷包みの頂点に頭を据えて、ゆらゆらと飛んでいる。
「あれは、ヌノマキザルだ。ああやって食べ物を自分の巣に運ぶ。森で遭難して、空腹な時にはアイツの後を追っかければ飯にありつけるわけだ。勿論、奪おうとすれば向こうも、あの布の体を駆使して絞殺や、口に体を突っ込んで窒息死を狙ってくるから気を付けろ」
「頭を狙え。仕留めるときは一撃だ」
手にずっしりとした重みを改めて感じ、視線をずらす。そこにはハルの手に馴染む大きさの弓、そして矢筒に入れられた矢があった。
何も初めて矢を射るわけではない。小屋の脇には的があり、そこで練習を続けて最低限認められたからこそ、こうやって連れられているのだとハルは知っている。
命を奪う、言葉にせずに口の中で、そう呟く。
すでに一匹、魔物を殺している。その事実は、これっぽっちも今の緊張をほぐしてくれなかった。
「ふーー」
吸って吐いて。文字通り一呼吸の間に矢は放たれ、過たずに頭部に命中する。獲物は声を上げることもせずに、地面に落下し動かなくなった。
その様子を見たドルトは手早く死体に近づくと、布と頭部をナイフで切り取り中の果実ごと手際よく纏めていく。
「やはり才があるな。普通は宙に浮かんだ不安定な的をこの距離で射貫くことなんてできない」
ドルトに褒められるもハルは腑に落ちないと言わんばかりに首を傾げている。
前世ではそもそも弓を射る機会など無かった気がする。実はすごい弓の名手ということは無いはずで、仮に名手だとしても説明のつかない違和感がそこにはあった。
「なんか変なんですよね。なんて言うんだろ、射る前にこれは当たるなってわかるんです。そして、実際に当たる」
……。
「これが私のチートか!」
この才能に疑問を持ったところで答えを出せそうもないのでハルは考えることをやめ、ドルトのもとへ駆けてゆく。忘れてはいけないのが、ここは人の命を容易く奪う「喋る森」であり、無駄なことに思考を割いている余裕はないのだ。
木々が楽しそうにハルをドルトを見て笑っていた。
異変に気付いたのはドルトともに森の境目に近づいた時の事であった。このまま進んだ先にあるのは「商う森」であるとドルトから告げられており、知識としてもある程度、ハルは知っていた。
「商う森」。名の通りここでは商いが盛んに行われており、日夜問わずに喧噪が絶えないという。しかし、その場を仕切っているのは人間ではなく、魔物であり、魔物は商人となり客となり摩訶不思議な商品を売買しているのだと言う。
まさにファンタジーといった風であり大変興奮したハルであるが、人間がいけばまず間違いなく商品として売買されてしまい、死ぬよりつらい目にあうだろうとドルトに脅される。
それで考えを変えたわけではないが、そもそもたどり着くまでには「喋る森」を抜ける必要があり、この森のえげつなさを身をもって体験しているハルはしばらく諦めていた。
そして今、その鼻先にいるハルは、ドルトの緊迫した表情から危険を感じ取る。瞬時にやばさを読み取れる程度には共に行動してきたのだ。
「あまりにも静かだ。…内輪揉めで全滅したか?」
「するんだ、内輪揉め」
「見た目で判断するな。あいつら魔物は知性を変え備えている、時には人以上だと感じるときもある」
魔物。様々な姿かたちだが纏めてそう呼ばれる生き物。常に人に敵意を持っているという点で先ほどのヌノマキザルとは異なっている。
「なんだこれ?」
近くの木々の間にハルは立て看板を見つける。
「『準備中です、少々お待ちください』ねぇ。これも魔物の仕業なんですか?」
「これは……」
ドルトは文字を読むと少しの間考え込み、やがて結論を出す。
「とにかく一度帰るぞ。今の装備じゃ取れる手段がたいして無い」
不気味なまでに静かな森。そこから逃げるようにしてドルトとハルは立ち去った。
のちの事を思えばこれは正しい選択であったのだろう。もし、ここでこのまま調査していれば、哀れな亡骸を二つ晒すことになっただろうから。
「商う森」とは「喋る森」「燃えていた森」「清廉な森」の三つの森と合わせて死の大森と呼ばれおり、それぞれの森に魔物が大量に棲みついている。それが、村の周辺を取り囲んでいるため村人は相当なことがない限り、誰も村を出ようとはしないらしい。
しかし、その森の様子を誰も見ないわけにはいかず、狩人がその役目を仰せつかっている。
そうドルトから聞いたハルは、語り口の終着点を予測、脱兎のごとく小屋から出て自分一人向かおうとするも、ドアに突き刺さった矢を見て回れ右する。
プランを変更。泣き落としにかかる。
「無理ですよ。いいですか、よく見てください。よく見ましたね? ほら、私は好奇心旺盛な少女なんですよ」
「うるせえよ、つーか中身は大の大人なんだろ、堂々と酒のみやがってよ」
「それは今はいいじゃないですか! それにずるいでしょう自分だけ調査に行くなんて!」
「ずるいってなんだ、普通は残りたがるもんだ」
一人で調査をしたがるドルトとそれについていきたがるハル。両社の言い分は妥協なく、争いを繰り広げていた。
「いいか、俺はこの道のベテランだ。森の異変も過去に何度も経験し、当然、切り抜けてきた。お前みたいなペーペーを連れていく必要がねえんだよ」
「最低限私が使えると思ったから森への動向を許しているんですよね、それなら一人より二人の方がいいでしょうし、そもそもオジサンはもう年でしょう」
「あ? ガキがよ、誰が役立たずだって。どうやらお前に森の生き方を教えているのが誰だか忘れちまってるらしい、いいか、ここの森での異変を軽視してるんならそれは大間違いだ。確かに、お前は普段の森なら最低限歩けるだろうが、今回は俺でさえ何が起こってるのかわかって無い。そうなると、物をいうのはお前が持ち合わせてない、森で生きた経験ってやつだ」
押し黙るハルにドルトは教え聞かせるように重ねて言う。
「お前に仕事が無いわけじゃねえ。この小屋を守るってのも大事な仕事だ、そんぐらいならお前にもできんだろ」
反駁しようと口を開くハルはドルトの瞳に暖かな何かを見た。時折、自分をその目で見ていることにハルは気づいていたが、だからと言って自分もドルトを一人で危険な場所に送りたくはない。
「私も――」
そこでノックが4回、室内に響いた。
ドルトがナイフを構え、ハルは弓に矢を番える。
来訪者。知人か見知らぬ人か、こちらと交友を交わそうとする善人か、こちらの財を奪おうとする悪人か。
そもそも、人か否か。
「魔物だ」
短くドルトが言い放つ。
「村人ならノックはしねえ、呼びかけるはずだ。それが村の常識だからな。まともな旅人なら、そんな縁起の悪い数選ばねえ」
「おっちょこちょいな村人か、縁起なんて気にしない旅人かもしれませんよ?…そうだ、今夜のお酒を賭けませんか、人か魔物か当たった方の総取りで」
「俺に得がねえだろ。あの酒は全部、俺のだ」
会話をしつつお互いに位置取りをすると、ドルトは声を張り上げる。
「何の用だ! こちらも暇ではない、用が無いのなら人の領域から立ち去ってもらいたい!」
扉の向こうの何者かは一泊置き、話しかけてくる。
「すみません、すみません。私、ハナサキと申すものでございます」
そのあまりの人間らしさにハルは内心で驚く。ドルトの話や本の知識から人を騙る知能を持つ魔物について知ってはいたが、ここまでそっくりだとは。
知らなければ疑うことなんてできやしないだろう。そんな思考もすぐに打ち破られる。
「本日は「商いの森」よりこちらまで私の両の足にてご足労願い、頭を振りながらやってきました、真っ当な使いでございます、ハナサキでございます。このたび、正に、新しく、商いの場をリニューアル致しましたことをここにご報告いたします。そしてまた、改めて、めでたきこの日に祝うべく、ハル様をご招待いたしますことを扉越しより言付かせていただきます。おめでとうございます。謹んでお祝い申し上げます、ハナサキです。となりましたので、こちらより、そちらより、どちらより、距離、時間を憂慮いたしまして、ご招待しました。是非、とも、ごゆっくり、はたまた、お早くお楽しみ下さい、ハナサキでした」
そう言い終わると同時に、視界の端から菫色の靄がかかり、視界が小屋の中と森の中の両方を映し出す。瞬きする間に霞はどんどん濃くなっていく。
己が誘われており、時間も無いことは明白であった。
「オジサン、私は如何するべきでしょうか?」
冷静にハルは現状を分析し、ドルトに尋ねる。
ドルトは素早く籠と幾つかの物品をバックに入れるとハルに持たせ、その時間も惜しいとばかりに話しだす。
「いいか、商いに呼ばれたんなら、呼んだやつを殺さねえ限りここへは戻ってはこれねえ、つまり死んだも同然だ。それと周りには魔物ばかりに思えるだろうが、話が通じるようなら、そのバックには価値があるもんが入ってるから交渉に使え、後は、お前ひとりじゃ無理なことでも、籠をうまく使ってやれ、そいつは役に立つ。それと――」
霞はやがて目のまえで話しているドルトの姿さえ覆い隠していく。前後が曖昧に溶け合い、聴覚だけが残り。
「――死ぬんじゃねえ、絶対に生きて帰ってこい」
ドルトの声を皮切りにすべては菫色に染まった。