ここでTSっ子を投入!   作:ウォードコーヒー2

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病み上がりにテスト!

 村の中心より少し外れた小高い丘の上、広くもなく狭くもない、しかし村一頑丈に造られた家が一軒、古木に囲まれて佇んでいた。

 

 屋根には苔が生え、石造りの土台は雨にも負けず百年は経っていると噂されている。表から見れば、木の壁は変色し、玄関には使い込まれた鉄製の呼び鈴がぶら下がっていた。だが、そのどこかくたびれた外観に反して、扉の上には魔除けの符がいくつも重ね貼りされており、そのどれもが招かれざる者を明確に拒絶していた。

 

 この家は、決定する家だ。誰を村に入れ、誰を拒むか。誰を救い、誰を見送るか。そのすべての判断が、ここで下されている。

 

 見た目はどこにでもある古屋、だがこの村ではどの家よりも重い扉を持つ家だった。

 

 そんな扉の前に黒いローブに身を包んだ老女が立っていた。皺だらけの顔にぼさぼさの白髪、合わせて陰気そうな目つき。手元にもったバスケットには緑色をした果実や只ならぬ気配を漂わせた水筒が詰め込まれている。片方の手には木から削りだしたのであろう凡庸な杖があり、甲斐甲斐しく主人を支えていた。

 

 どこにでもいる老人と呼ぶには、しかし、軽挙に触れることを躊躇わせる何かが――人によってはそれを気品と呼ぶのかもしれない――を持ち合わせた老女であった。

 

 陰気な顔のままガラガラ声で扉の先へ呼びかける。長年にわたって多種多様な薬を自身の体で確かめてきた後遺症として、喉がひどく焼けているのだ。この村の子供たちに恐れられる要因の一つである。

 

 「ルージ。あの子の薬を届けに来たんだ、入るよ」

 

 言い終わる前に慌てて男が扉を開けてくる。どこにでもいるような中年男性であり、前髪が年の割に後退していることを除けば、特筆すべき特徴など無い彼はこの村の村長であった。

 

 「ああ、済みません。でも、わざわざ届けずとも、私が向かいましたのに」

 

 「お節介で年寄りから運動の機会を奪うんじゃないよ、あたしが寝たきりになったら誰が薬を調合するんだい。それと、なんだいその態度は。村長なんだからもっとシャキッとしな、まるで私が偉いみたいじゃないか」

 

 頭を掻きながら所在なく笑う村長を尻目に中に入るとそのまま目的の一室に進んでいく。

 

 「実のところ私なんかよりよっぽど偉いと思いますけどね…。娘に変わりはありません、先日寝込んでたのが嘘みたいに元気ですよ。リサさんのおかげです」

 

 それに老女、リサはふんと鼻を鳴らす。

 

 「当り前さ、呪詛でも不治の病でもなく、只の風邪なんだからね。寝てればあの子の年齢ならほっといても治る、薬漬けにする方が体に悪いってもんさ全く」

 

 その言葉に村長は顔を俯かせる。生来の物ではあるのだが己は酷く憶病であり、特に娘に関しては過保護であると自覚していた。

 

 「…自覚はしているんですけどね。大丈夫だと分かっていても、あの子をもし失ってしまったらと考えると、どうしても、冷静ではいられないんです」

 

 リサはそんなしょぼくれた村長の頭を杖で叩く。思わず涙目になる村長にびしっと杖を向けた。

 

 「私よりも陰気な顔するんじゃないよ! いいかい、心配に思うのは分かるけどあの子はあんたよりよっぽど立派に育ってるのさ、あんたはまず自分の心配をしな」

 

 村長は痛む額を抑えながら苦笑した。

 

 「仰る通りですね…それでは、私は仕事に戻りますので娘を頼みます」

 

 リサはシッシッと村長を手で追い払う動作をしながらドアノブに手をかけた。

 

 

 

 至る所に本がぎっしりと詰め込まれた部屋は、しかし整理整頓が行き届き清潔に保たれていた。その中、ベットに一人の少女が枕を背にして本のページを静かに捲っていた。

 

 深い青色の髪に眠たげに細められた目、儚げで瞬く間に立ち消そうな雰囲気は深窓の令嬢を思わせたが、その実この村の誰よりも勉強熱心で負けん気が強く、打たれても曲がらない鋼のような性格をしていることをリサは知っていた。

 

 「一応聞いとくけど、調子はどうだい、リリス」

 

 「全くもって元気です。わざわざすみませんね、師匠」

 

 「対価は貰ってるからいいのさ、それよりあたしの優秀な弟子よ。あんたは不運にも床に臥せっていたわけだが、まさか、ただ惰眠を貪ってたなんて言わないだろうね」

 

 ぎろりと睨まれつつもリリスは気にする様子もなくクスクスと笑う。

 

 「ええ、勿論。優秀な師匠の優秀な弟子は、師匠が病み上がりだからって容赦してくれる人じゃないことを知ってますから」

 

 そういってなでている表紙には「魔物式呪術古今東西」と書かれている。

 

 「ふん、口だけじゃないことを願ってるよ。それじゃ、…ああ、お茶は貰うよ」

 

 もてなしのお茶をリサは受け取り口をつける。

 

 「お父さんがルーサーさんから買ったもので、何でも帝国で流行ってる茶葉みたいです。リラックス効果があるみたいですよ」

 

 「……まずまずだね。全く、あんたはとんと淹れ方が上達しないね」

 

 「渾身の出来だったんですけど、手厳しいなぁ…」

 

 そうやって父親そっくりの呆れ顔で笑う。しかし、次には自慢げな顔に変わる。

 

 「お茶の淹れ方はまだまだかもしれませんけど、テストの方は師匠だってケチをつけられないと思いますよ」

 

 リリスの表情を見る限り相当に自信があるようだが、果たしてどうだか。リサは手ごろな椅子に座り、リリスに向き直った。

 

 「さて、口だけじゃないか聞かせてもらうよ」

 

 

 

 「さてあんたは仮にも村長の娘だから今後、嫌でもこの村を取り仕切る必要があるんだ。しかし村長の仕事は大変さ、日夜問わずに魔物がどうこうして侵入しようと目を光らせてる。だからって、村の外だけに目を向けりゃあいいってもんじゃない、この村を仕切っている領主様だって性格の悪さで言えば魔物と大差ないからね。無理難題を言われてもなんとかやりくりしなきゃならない。そうなると、村に負担をかけることになる、そして人の心を蔑ろにすると、村人は互いに疑心暗鬼で心の内をさらけ出さなくなっちまう。そこを魔物はついてくるわけだ、全く、人より人の事を理解してるやつらさ」

 

 「そこで問題さ。魔物が村に入れないのは「魂名表」のおかげだと言われてる。しかし、実際の所これはどんな仕組みで動いているんだろうね。あたしはあえてこいつの説明をあんたに今までしなかったけれど、もし、名前と人、魔物の関係についてお前がほんの少しでも注意を払っていたのなら分かるはずさ」

 

 それにリリスは想定通りの問いだったのか、ほんの少しも詰まる様子を見せずに答える。

 

 「私たちは皆故人の名前を貰いますがそれとは別に生まれた時から持つ「魂名」があります。これは魂名表に触れた際に追記される名前をそう呼びます、人によっては「暗号名」とも呼びますね。私たちは村に生まれた時に魂名を魂名表に登録し、魂名表はここに記されていない者の侵入を拒みます。勿論、魔物も拒まれます」

 

 「へえハンに押したような答えだ。お父さんにでも聞いたのかい? でもそれだけじゃ及第点もやれないねぇ。例えば、領主が遣わす役人や流れの旅人が来たらどうするんだい?」

 

 「村長が人皮査問を用いて人か魔物か判断し、のちに魂名表に名前を追加します。この際、本人が魂名を自覚していれば村長が代わりに登録しますが、この際、村の外にて滞在していただきます。その間に魂名を国からの知らせより、逃亡中の罪人でないかの確認を行ってから登録となります。勿論、これは素性の分からない相手に対する処置です。…そして、魂名を自覚していない場合はいくつかの痛みを伴う儀式でもって無理やり魂名を顕現させます。本には三日三晩続く地獄の苦しみを耐える必要があると書かれていました、その、中には痛みで死んでしまうケースも多く今はあまり使われていないようです」

 

 リリスの声は揺るがず、静かに告げようとして、押絵が脳裏によぎり言葉が一瞬詰まる。できる限り情景を再現しようとしたのだろうそれは、確かにこれ以上なく儀式の実態を、地獄を再現していた。

 

 リサはしばらく黙ってリリスを見つめ、それから忌々し気に吐き捨てた。

 

 「…あたしはその儀式を見たことがある。正直、あれは人に施すもんじゃないと思ったね、あれは肉体の痛みじゃあ無いんだ魂の痛みさ。どんな痛み止めだって効きやしない、発狂しちまった奴もいる。だが、この方法がどうしようもなく効果的なのも確かさ。その者が何者であるかを、“本人ですら知らなかった名”で暴き出す。嘘も偽りも通じない。魔物だろうと、盗人だろうと、誰だろうと、魂名表には魂名でしか登録されない。魂は、嘘をつかないからね」

 

 リサはふうっと息をついて椅子に沈みこむ。

 

 「だけどね、リリス。あんたはそれを、これから選ぶ立場になるんだよ。誰の魂を刻むのか。誰を村に入れ、誰を拒むのか。そしてその裁定が、村の生き死にを左右するってことを忘れるんじゃないよ」

 

 しばしの沈黙の後、リリスは力強く頷いた。

 

 

 その後もいくつかの問いを投げかけそれに対してリリスは模範的に回答を返していた。

 

 だが、ぽつりと投げかけた問いは、ほんの少しだけ語調が変わった。

 

 「でもどうして魔物は人を襲うんだろ?」

 

 緑色の果実を口に運んでいたリサの手が止まる。

 

 「んなことが気になるのかい? 理由が分かったとしてやることは変わらないだろうに」

 

 その言葉にリリスはムッと眉を寄せる。

 

 「師匠が言ったんじゃないですか! 『何故って思えない脳みそは死んでるようなもんだからすり潰して薬の材料にした方がましさ』って」

 

 「あらあら、いつ、あたしがそんな怖いことを言ったのさ?」「一昨日だよ!」「知らないねぇ」

 

 カラカラと笑う老女としかめっ面をする少女は対照的だ。

 

 「まぁ、そうだね。実のところ、その“何故”はとっても重要なことさ。それこそ魔物と対峙したときに生き延びる指針になるからね」

 

 そう言って杖を一振りすると宙に光が舞い、触手をびっしり生やした円錐が現れる。過去にリサが対峙した魔物がそこに再現されていた。

 

 「……いつ見ても気持ち悪いですね、魔物は」

 

 リリスは眉をひそめ、再現された魔物から後ずさる。それは触手を這わせながらゆっくりと蠢き、表面には無数の“目”が、絶えず瞬いたかと思えば、潰れ、そして再生を繰り返していた。

 

 「そうだろうねぇ。こんな奴がもし自分の前に現れたらと思うと、怖くて怖くて夜も寝られないってね。だがね、リリス」

 

 リサは魔物の像に近づき、杖の先で触手をつつく。光の粒が反応し、その触手がいくつか、言葉を発するかのように震えた。そこに備わっている目がこちらを認識しているようで余計にリリスは嫌悪感を覚える。

 

 「気持ち悪いって感情は、生き物に備わった本能だ。嫌悪するから人は脅威に対処できる。こいつらはそれを利用するのさ。この魔物はね、己に嫌悪や恐怖を抱いた獲物の体内に問答無用で触手を植え付けて対象を殺すのさ。つまり、気持ち悪いと思った時点で、もう死んだも同然さ」

 

 「……!」

 

 リリスは驚いたように息をのんだ。己の感情すら、魔物にとっては武器になるその生態に、仕組みに、ぞっとしたのだ。

 

 リサはくつくつと笑いながら、リリスの様子を眺める。

 

 「こいつを認識して恐怖を覚えない奴は少ないだろうねぇ、そんでもって嫌悪しないやつはもっと少ない。魔物が好きなやつなんていないしねぇ。でもね、こいつはとっくに討伐済み、どこにでもいる狩人に殺されちまった。単純な話さ、恐怖も嫌悪も覚えない奴にご得意の即死技は効かないってだけさ」

 

  ここが話の肝さ、とリサは話を続ける。

 

 「こいつに限らず魔物は人を殺すのに手間をかけるのさ。その触手で殴りつけてやればあっけなく死ぬのにご苦労なこった」

 

 わかるかい、とリサはリリスに言外に問いかける。

 

 「えっと、他に殺せる方法があるのに一つの方法に固執してるってことは、つまり人を甚振ってるってことですか?」

 

 捕食者の傲慢だろうか。しかし弟子の答えにリサは否を返す。

 

 「違う。こいつらの殺人はこいつらの食事にあたるのさ、殺人をして初めて腹が膨れるのさ。魂を喰らってるって言うやつもいるねぇ。そして、ここが面白い点でね、雑な殺しじゃ食事にはならない、むしろそれは魔物にとって自殺行為になるのさ」

 

 人型の粒子が新たに形作られる。それを、魔物はおもむろに触手で殴り、消し飛ばす。すると、やがて魔物は苦しみだし、バタリと倒れて霧散した。臨場感たっぷりな劇はリサの密かな自慢だ。

 

 「呪術に穢れを用いたものがあるだろう? 不浄や憎悪から生まれる陰鬱な存在、こいつは人が死んだときに自分を殺した奴に吸収されちまうが、魔物にはそいつが毒なのさ」

 

 「つまり、私たちが果実の毒の部分を削ぐように、ちゃんと仕込みをしなくちゃいけないってことですか」

 

 「その通り。そして下処理の方法は魔物ごとに異なる。例えば、獲物が幸せな時に殺す、特定の場所で特定の傷を負わせて殺す、質問をしてタブーに触れたものを殺す。魔物一匹につき殺し方が一つしかない訳じゃあないのは注意が必要だね」

 

 「とはいえ、飢えている魔物は見境なく殺してくることもあるが、こいつは本当に珍しいね。奴ら腹持ちは異常に良いんだ」

 

 リサとて魔物すべてを知っているわけではないが、中には100年以上人を襲わなかった魔物が居ることをしっていた。

 

 「ああ、それとこれは奴らの人への化け方にも関係があるね。奴ら自分が食べた人間の形で現れるんだ」

 

 リリスの眉がぴくりと動いた。

 

 「喰った魂の記憶、言葉、愛情……全部そっくりそのまま取り込んで、その人間の顔で現れる。魔物の中には、喰った者になりたがる奴がいる。次の食事にありつくためかね。そうして、人の姿のまま町や村に帰ってくる」

 

 魔物は人に化ける。そう知っていたとしても背筋に冷たいものが這い上がる。

 

 「じゃあ……」

 

 「そう。“知り合いはもう死んでる”。でも、“知り合いの顔は戻ってくる”。ただ、そこに残っているのは、満腹になった魔物でしかない」

 

 「でも魂名表は死人の名前は使えないから、奴らはその方法じゃ中に入れやしないけれどね」

 

 肩をすくめてリサは新たな果実に手を伸ばした。

 

 「そんなわけだから、魔物と対峙してもそいつの好む殺し方をされないような立ち回りが重要さ。過去の英雄には魔物に囲まれながらも上手いこと“不味くなって”窮地を退けた奴もいる」

 

 瞼を閉じれば、当時の情景が蘇る。魔物の猛攻を避け、笑い、いや嘲笑した、煽りカスのことを。あんな奴でもやっていることは英雄で、大勢の人間が救われた。

 

 不安そうな顔をしている弟子を見る。おそらく頭の中で対策法を考えているのだろう。だとしても、結局のところは…

 

 「そんなことにならないのが一番だけどね」

 

 つぶやくような声は天井に吸い込まれて消えた。 

 

 

 

 

 

 

 

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