もう風紀委員やめたい   作:ピンク封筒

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1. 最悪の一日(暫定)

 

「もうイヤこの学園……!」

 

 マガジン一つ分の弾を撃ち切って、眼前の “敵” を見据えながら私は吐き捨てた。

 淀みない手付きで新しいマガジンに交換し、ヤケクソになりながら再び引鉄を引く。

 

「毎日毎日毎日……便利屋だの温泉だの美食だの……! 万魔殿は何をするにも邪魔しかしてこないし……挙句なんなのよこのバケモノは……!」

 

 次々と標的の身体に吸い込まれていく弾丸は、しかしまるで効いている様子がない。

 ドプンドプンと、まるで泥濘に弾を撃ち込んでいるかのごとき様相である。

 

「銃は効かないし臭いし、ドロドロしてて色も気持ち悪いし―――ひっ、触手まで生えてるし……!」

 

 何故か私の口に向けて触手を伸ばしてくるその様は悍ましいというか名状し難き嫌悪感を引き起こすというか、もはや正気度が削られる感覚すらあった。

 まさかこいつ私の口に触手を突っ込もうとしているんじゃないでしょうね。

 匂いと見た目だけで吐きそうなこれを味覚でも認識しようものなら、一撃ノックアウト間違いなしである。

 

「もうほんとヤダぁ……! それ以上近付かないでってば……!」

 

 幸いにして移動速度は遅く、走って逃げれば距離を取ることは可能なんだけど……。

 

「……うっ」

 

 周りを見渡せば、道端でへたり込み、縋り付くような眼差しを私に向ける生徒が数人。

 こんな状況で置き去りにできるわけないじゃん……。

 それは勇気とか正義感なんてものじゃなくて、むしろこの子たちを見捨てるだけの判断力が私にはなくて。

 

「もう、ほんと……転校したい……」

 

 ゲヘナ、イヤ。

 おうち、帰る。

 

 私の左腕に巻かれた赤い腕章が、雲間から射し込んだ陽光を受けて皮肉げに煌めいた。

 

 

 

 

「う、うっ……うぅ……」

 

 痛い。

 腕が痛いし背中も痛い。

 

 結局あのバケモノの触手に捕まって、ムチのように超高速で投げ飛ばされた私は全身打撲の大怪我を負った。

 今の私は病室で泣きながら転入願*1をしたためているところである。

 

 氏名や生年月日を書いた後、震える手で在籍校の欄にゲヘナ学園、と記入する。

 次の瞬間、私の涙腺が崩壊した。

 

「―――うわあぁぁん、おしまいよ! ゲヘナの生徒が他所に受け入れてもらえるわけないじゃない! 私の高校生活はゲヘナで終わるんだわ!」

 

 後頭部に手を回せばゴツゴツとした冷たい感触。

 こんな、グロテスクな角が生えてる私の居場所は、ゲヘナにしかないのだ。

 

 ペンを置いて項垂れた私の耳に、コンコン、と短いノックの音が響く。

 

「? ぐすっ……はい、どうぞ」

 

 そういえば、事件の顛末だけど。

 私の必死の抵抗の甲斐あってか、一般生徒が襲われる前になんとか間に合ったヒナ委員長が、あのヘドロのバケモノを退治してくれたらしい。

 豊かな白髪を揺らして病室に顔を覗かせた少女を前に、私はふとそんなことを思い出していた。

 

 

「ごめんなさい」

「!?」

 

 開口一番に命の恩人から頭を下げられ、ひゅっと喉を鳴らす。

 

「な、なんで委員長が謝るんですか!? 頭を上げて―――」

「―――非番だったあなたを事件に巻き込んでしまったのは、ひとえに委員長である私の責任。最も近くにいたというだけの理由で、非武装(・・・)状態のあなたに現場対応を任せた。本当に申し訳ないと、思っているわ」

 

 ……確かに。

 お世辞にも背が高いとは言えない委員長の小さなつむじを見ながら、私の中で徐々に黒い思いが溢れた。

 

 確かにあの日の私は非番で、ロクな武装も持っていなかった。

 私の愛銃……というか「愛砲」は持ち歩くには少々不便で、委員会が所有する倉庫に保管していた。

 故に私は、あまり性能が高いとは言えないアサルトライフルをそこらの生徒に貸してもらって、急場での対応を迫られた。

 そもそも、その非番というのも何ヶ月も働き詰めだったところにやっと取れた休暇である。

 周りの同僚は不思議と時々には休日を満喫している様子を横目に、何故私には非番が割り当てられないのかと疑念を抱えてはいたけれど。

 毎日辛くて苦しくて、もうやってらんないと何度も何度も何度も思いながら、傷だらけになりながらゲヘナを駆けずり回って、そうしてやっと、この日だけはと同僚に仕事の調整を頼み込んで取った、私にとっては奇跡のような非番である。

 そんなに贅沢な、罰当たりな予定を立てたつもりもなかった。

 普段はできない寝坊をして、ちょっと遅めの朝ごはんを食べて、ずっと気になっていた新作のケーキ(もうとっくに新作ではなくなっていた)を食べに出掛けて、あとは自宅でのんびり過ごす、くらいの。

 それが全部パア。

 注文したケーキは私の目の前であのヘドロに飲み込まれた。

 

 あの時の、私の絶望たるや。

 もう全部どうでもいいからゲヘナなんて滅んでしまえと、一瞬とはいえそう思ってしまったのも無理からぬこと。

 風紀委員としてどうかと思うけど、私の内心にまでイチャモンをつけるような大層な正義感の持ち主がいるなら是非とも私に代わってゲヘナの風紀を守ってほしいものだわ。

 

 だから、確かにそうなのだ。

 この人は風紀委員長で、私は風紀委員。

 あの日私に通信を入れたのはこの人で、直接的に私の休暇を潰したのは私の上司であるヒナ委員長だ。

 

「委員長……」

 

 その上で。

 おもむろにベッドから足を下ろし、スゥ、と私は息を吸い込んだ。

 

「私の方こそごめんなさい許してください私たち風紀委員の力不足でいつも委員長の手を煩わせてしまって委員長は睡眠時間まで削って頑張っているのを知っていたのにこの間だってヒナ委員長のお休みを―――」

 

 委員長が頭を下げるというのなら、私はベッドから飛び降りて土下座せざるを得ない。

 

「えっ、あ……え?」

「今回だって私にもっと力があれば非常時に備えてあのコを持ち歩くくらいの気構えをしていれば委員長に出てもらうまでもなかったのに私のせいで委員長に余計な心労を負わせてしまって―――すみませんでした」

「き、傷口が開いちゃうから、ベッドに戻って!」

「いいえ、戻りません」

 

 私だって、私だってね!

 別にゲヘナっていう学園のことを心底嫌ってるわけじゃなくて、この風紀委員って仕事にもそれなりの誇りと覚悟を持ってるの。

 だから委員長に頭下げられてまでウジウジしていられないっていうか。

 ただ時々、そう時々、ちょっとだけ覚悟が薄れちゃう時があるだけで……あ。

 

「もう分かったから安静に……って、……これは」

 

 その時々の覚悟の薄れが生み出した究極のような用紙が一枚、ベッドの上に放置されていたことに私はようやく思い至った。

 

 

「転、入……願……?」

「ゴミですね」

 

 わなわなと用紙を手に取った委員長から、ビッ、と用紙を奪い取って目にも止まらぬ速さでビリビリに破く。

 

「えっ、と……」

「ゴミですよ?」

 

 ちり紙と化したそれをゴミ箱に払い落として、委員長から視線を逸らさないまま断言した。

 

「ゴミです」

「……」

 

 ヒナ委員長は、コクンと頷いた。

 よし。

 

*1
今とは別の学校に転入するための書類

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