もう風紀委員やめたい 作:ピンク封筒
「私がここにいるのは、あなたに聞きたいことがあったから」
とめどなく溢れそうになった私の謝罪の言葉を押し留めるように、委員長が告げた。
委員長の透き通った菖蒲色の瞳が、スッと細められる。
「御堂ツグミ。あなたは、自分の武器の火力が上昇していることについて、自覚はある?」
………?
自覚なんてものはもちろんない。
だって私の重迫ちゃん、風紀委員になってから改修とか改造とかしてないもの。砲弾の種類を変えたわけでもなし、火器の威力が向上する要因がないじゃない。
そんな私の常識と、いや委員長がここまで確信的に発言しているのに間違っているわけがないという理性がバッティングして、私の思考回路はショートした。
「……その様子だと、自覚していなかったようね」
「はい。あの、どうして重迫ちゃんの火力が上がっていると……?」
ベッドの脇に立て掛けられた相棒を見遣りながら、私は訊ねた。
それから、委員長が答えて曰く。
「去年、あなたが風紀委員に入ったばかりの頃の話だけど。あなたは校則違反者たちの鎮圧に、砲弾を常に七発使っていたはず」
「それは……はい」
それについては確かに委員長の言う通り。
今の私にもそのクセは残っているし、時々気分が良くなるとポコポコ七発撃ったりもするかしら。直近だとアビドスで傭兵集団相手にそんな撃ち方をした気がするわね。
……着弾を観測していたアヤネちゃんと先生からやり過ぎだって怒られたけど、私には見えてなかったし、感覚的には過剰な火力でもなかったと思うの。七発撃たなくちゃ相手は倒れないっていうのは、私の立派な経験則なんだから。
「……?」
―――あれ、今何かおかしかったような。
最近だと、気分が良くなった時にしかあの撃ち方をしていない、みたいな。
「委員会の会計に申請されている弾薬費内訳とあなたの日報を整合すると、今年に入ってからのあなたは大抵の校則違反者たちを一発の砲撃で鎮圧できている」
「まさか! 七発撃っていたものが、一発で済むようになるなんてこと……。―――!?」
……本当だわ。
思い出せる限りの戦闘を振り返ってみて、私は狐につままれたような心地がした。アビドスでの遠距離砲撃を除けば、どの戦闘においても一度しか砲弾を装填した記憶がない。
どうして委員長に言われるまでここまで劇的な変化に気が付かなかったのか。
たぶん、私の中には『有視界戦闘では相手が動かなくなるまでとにかく撃つ』という意識しかなかったせいね。私からは観測できない敵になって初めて、弾数を意識するようになるから。
ということは、つまり。
「わ、私の重迫ちゃんは―――去年の
委員長は頷いた。
そもそも、委員長は去年から徐々に自分の仕事の負担が軽くなっていることを感じていたらしい。
初めのうちは偶然か気のせいかと思っていたけど、去年の暮れから今年にかけては、明らかに思い違いでは済まされないくらい仕事の絶対量が目減りしていた、と。
ゲヘナの治安が改善されたのか、と期待して調べてみれば、事件数自体はむしろ連邦生徒会長の失踪によって増加傾向。そこでさらに調べたところ、情報部がまとめている月ごとの検挙件数みたいな資料に行き着いて。
そしてようやく、私の確保人数が突き抜けていることに気が付いた、とのことだった。具体的には、委員長の半分にギリギリ届く程度。
……委員長の半分ってどういうことかしら。どうしたらそんなことに。
委員長の半分っていうのは、つまり委員長の半分ってこと……。
私が放心している間にも、委員長は話を続けた。
「あなたの見回りの効率が良くなった最大の理由は、砲弾を節約できるようになって弾薬の補充、部品の摩耗による整備に時間を取られなくなったこと」
「な、るほど……」
単純に交戦時間が短くなっただけじゃなかったのね。
なんだか戦いやすくなった気はしていたけれど、相棒のおかげだったなんて。てっきり、私が仕事に慣れただけだと思っていたわ。
「継戦能力の向上によって、あなたはこれまでは私が出るしかなかったような、一時的に抗争が激化しているエリアにも対処できるようになった」
……あ、と。
私は数日前、アコ行政官から逃げるようにして本部を出た日のことを思い出した。
フウカちゃんから、委員長があの日パンちゃんの処理を手伝ってくれたという話を聞いて、いったいどこからその時間が捻出されたのか不思議だったのよね。
アコ行政官に怒られた私が、八つ当たり気味に現場を走り回った成果だった、ってことなのかしら。
「話を戻すわ」
鋭く細められた委員長の眼差しが、なお強く私の顔を射貫くように捉え直した。
「あなたは飛躍的に強くなっている」
「……え? 重迫ちゃんではなく私が、ですか?」
「ええ。そこの迫撃砲は、担い手であるあなたが強くなったことによって、副次的に威力を引き上げたに過ぎない」
持ち主の成長による武器の性能上昇。そんなことが起きるのか、なんて聞ける空気ではなかった。
これが私の成長に対する賞賛ではないことは私にも分かる。
「あなたは、もう一度自分の持っている力について考え直す必要がある」
これは、箴言だ。
ゲヘナ学園において、最強の看板を掲げる彼女からの警告。
委員長の腰元で、翼が音を立てて広がった。
「強大な力には、望んだ以上の責任が伴うこともある」
「良からぬ輩が力を恣にしようとすることもある」
「今回のように、あなた自身が傷付いてしまうことも有り得る」
「あなたは何のためにその力を振るうのか。それをもう一度、よく考えて」
全て、重みを伴った言葉だった。
≫
柴関の大将のお見舞いへと向かう道の途中。
「そういえば、ホシノ先輩」
「うん?」
シロコは耳をキュッと後ろに反らして、硬い声音で口を開いた。
彼女はホシノには目を向けることもなく前方を見据えている。思い出したような口振りは話の枕に過ぎないことを、周囲の三人はすぐに察した。
「今日はオフだって言っていたはず。学校から離れてゆっくりするって。それなのに、柴関が爆破されるまでずっと学校にいた。……どうして?」
「んー、シロコちゃんはおじさんと一緒にいたくないお年頃? おじさんも年だからさ、疲れてたら予定を変えることくらいあるんじゃない?」
「誤魔化さないで」
「うへ、手厳しいね」
シロコの話を聞いて、ノノミもふと思い当たる違和感があった。
今朝のホシノは、いつものようにふらりと学校を出ていこうとして―――スマホを見た途端、その足を止めたのだ。安堵したような、それでいて新しい不安を抱えたような……何やら複雑な表情を浮かべて、ノノミの膝へと戻ってきたのである。
シロコがホシノの口から何を言わせようとしているのかは分からないが、あの時の不審な行動が関係していることは間違いなさそうだった。
それもどうやら、シロコの様子からして穏当な話ではない。シロコはこういった嗅覚に関して、並外れたものを持っていることをノノミは知っていた。
うんうん、とノノミも助け舟を出すことにする。
「じゃあ、私もそういえば、なんですけど―――」
「!?」
隠し事はいけませんよ〜☆ とばかりにノノミが今朝の事情をかいつまんで話せば、ホシノは目に見えて焦った表情を浮かべた。
普段から慕ってくれている後輩が、まさか突然追い討ちをかけてくるとは思っていなかったのだろう。
「―――スマホ?」
ノノミの言葉を聞きながら、シロコの瞳孔が大きく広がった瞬間をホシノは見た。全身の毛穴が開くのを感じた。
なにさその野生の動物みたいなメカニズムは―――。
「……!」
「やっ!? ちょっと待っ……!」
問答無用でスマホを強奪しようと、シロコの手がホシノのスカートに伸びる。
素早く身を翻して、色々な尊厳を守るべくホシノも応戦の構えを取った。先輩としてとか、女の子としてとか。
今ばかりは、ホシノはおじさんを装うことをやめた。
二人の間に冷たい空気が流れ―――。
「ちょ、ちょっとシロコ先輩、落ち着いて!」
『そうです! シロコ先輩が何を考えているのかは分かりませんが、一旦ホシノ先輩の話を聞きましょう!』
セリカとアヤネの制止を受け、シロコの前傾姿勢がゆっくりと戻っていく。
それを見たホシノも、冷や汗を拭う素振りを見せながら構えを解いた。実際のところ演技ではなく、本当に汗をかいていた。
「……実は、人と会う約束があったんだよ。だけどそれが、向こうからキャンセルの連絡が来てね」
また歩き始めながら、ホシノはややぼかした情報を伝える。
「ふーん……その人は誰?」
「それは言えないかな。みんなは知らない人だよ」
これ以上はどう踏み込んでも話してくれないだろう、という気配があった。
シロコはなおも食い下がろうとしたが、ホシノは素っ気なくあしらう。
「……」
「誰にだって秘密の一つ二つはあるものでしょ、シロコちゃん」
結局、この問題はそれぞれに不穏な感情を残したまま先送りとなる。
そしてホシノだけが知る “悪い大人” は、彼女にすら知られることなくひっそりとアビドスから姿を消した。
心の中のコトリが術式を開示したがってる