もう風紀委員やめたい   作:ピンク封筒

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11. 小さかったり大きかったりする

 

 私の目の前には大きく盛り上がった双丘。

 委員長から宿題を課された翌日、私は万魔殿へ来ていた。

 

「ツグミさん……本当に、こちらへ来られていたのですね」

 

 本当に大きい。

 いったい何を食べていたらここまで大きくなるのかしら。

 凄い、という感想しか浮かんでこないわね。ここまでくると、羨むのも烏滸がましいというか。

 嫉妬するのがむしろ恥ずかしくなるくらいの戦力差よね。

 

「ツグミさんが転校してしまった……いえ、転校させてしまったこと、申し訳なく思っています」

 

 生まれ持ったものの差を感じるわ。

 そっちの気はない私でも、ちょっと触ってみたくなるくらい圧巻の大きさ。

 本人はどういう感情を持っているのかしら。やっぱり誇らしいとか、自慢に思っていたりするのかしら。それとも案外サバサバと、こんなの邪魔なだけ、みたいな。あるいは―――。

 

「この条約に批准することで、少しはあなたのような生徒も……ツグミさん? ツグミさん、大丈夫ですか? ぼんやりとして見えますが」

「―――はっ! ああはい、大丈夫です! ご心配なく」

「そうですか? では、前置きが長くなりましたが案内をお願いしますね」

「はい!」

 

 我に返った私はハスミ先輩を先導して、カーペットの敷かれた廊下を歩き始めた。

 

 ……それにしても。

 トリニティでは何度かお世話になった先輩だけど、私の記憶ではここまでのサイズではなかったような気がするのよね。当時から大きい先輩、という印象ではあったけれど。

 

 いや本当、凄いわね……。

 でも持っている人には持っている人なりの苦労とか、あるのでしょうね。下着売り場でもなかなか見掛けないくらいだし、制服も窮屈そうに見えるもの。

 

「こちらでは平穏に過ごせていますか? 以前のような事件には巻き込まれていませんか?」

「はい。風紀委員に所属しているので、平穏とは言えないかもしれませんが……ゲヘナは良くも悪くも自由で、混沌としています。……誰か一人に集団で悪意を向ける、ということはありませんから」

「そう、ですか」

 

 ハスミ先輩が、やや顔を曇らせた。

 皮肉を言うつもりはなかったのだけど、先輩はトリニティにいた頃は結構気にかけてくれていたから、つい口が滑ってしまう。

 

「着きました。ここが会議室です……それから、ハスミさん」

「案内ありがとうございます。どうしました?」

「こんなことは、あまり言いたくないのですが……もしマコト議長が失礼なことを言ってしまったら、ごめんなさい」

「……トリニティとゲヘナの確執は古来よりのこと。多少の舌鋒は覚悟の上で参りました。何より、そのためのエデン条約でしょうから。―――ですが、ご心配ありがとうございます」

 

 たぶん、ハスミ先輩が考えているのとは異なる方向かつ次元が違う失礼加減なのよね。上品に皮肉で刺し合ったり条約が有利になるように言質を取ったりするんじゃなくて、マコト議長はもうシンプルにデリカシーがない人だから。

 社交性、という点で正実の現委員長であるツルギ先輩ではなく副委員長のハスミ先輩が来てくれたのだろうけど、もしかしたらそこは委員長のままの方が良かったかもしれないわね。

 

「失礼します! トリニティよりハスミ様がお見えです!」

 

 さて。

 何故私がこんな役回りになっているのかといえば。

 

「キキキッ。ようやく来たか、待っていたぞ」

 

 大体、この議長のせいである。

 

 

 

 

「お前の話はそこのツグミから聞いたぞ、羽川ハスミ。正義実現委員会とやらの副委員長だそうじゃないか。委員長にして『歩く戦略兵器』たる剣先ツルギを寄越さないとは、舐められたものだ」

「単なる適材適所です。ツルギは現場に出てこそ『歩く戦略兵器』なのですから」

「ハッ! つまらん受け答えだな! それに見た目も不愉快だ……! 想定以上、規格外の大きさ……」

 

 ダメね。

 やっぱりエデン条約なんて上手くいくわけがなかったんだわ。

 

 だって普通、相手学園の代表相手に不愉快な見た目だ、とか言わないもの。外見についていきなり踏み込んだりもしない。

 

「何の話を……」

「しかし! このマコト様は寛大な心で許してやろう! お前らトリニティが我々に勝てないことなど、既に証明されているのだからな!」

「は?」

 

「ほかでもない! そこの、ツグミによってな!」

 

 ………なるほど、このために。最悪ね。

 

 マコト議長はこれがやりたかったらしい。

 登校するなり、苦り切った顔をしたヒナ委員長から万魔殿へいくようにとの通達を受けたのが今朝のこと。アコ行政官はその横で大量の反省文を書いていた。

 重い足を引きずって万魔殿へ来てみれば、これからトリニティとの会議があるから案内役もかねて参加しろと言われたのである。

 妙に強引に会議にねじ込まれたとは思ったけど、勝手に人のこと使ってマウント取るのやめてほしい。

 しかも、トリニティの悪いところを見習ったみたいな手札の切り方。

 

「……」

「そこの風紀委員はトリニティよりもゲヘナを選んだ! 何故なら、私の器がトリニティなどよりも大きいからだ」

「!?」

 

 そっ、そんなわけないでしょ!?

 いえ、ゲヘナで生徒会長を続けられている時点で、器が大きいというか神経の太さは認めるところだけど……! ゲヘナに来たときは誰が生徒会長かなんて知らなかったわ。

 

 それに、ハスミ先輩の沈黙も怖い。

 さっきまであった、探り探りの友好的な態度みたいなものは消え失せてしまった。

 今さら、出しにされた私への心象が悪くなることはもう仕方がない。ハスミ先輩が言っていたように、マコト議長に限らずゲヘナとトリニティの因縁はあって、それを承知で私はこの学園に入ったのだから。

 ただ、トリニティの代表である彼女が席に着いてもいないうちから会議を破談にしようとしていることに、議長は気が付いているのだろうか。

 

 私個人のエデン条約への思いはさておき、せっかくここまで場を用意したのだから少しくらい―――。

 

「お前がいくら体の “デカさ” でインパクトを与えようとも、マコト様の器のデカさには―――」

「………あ」

 

 あっ、地雷。

 デカい、っていうのがダメだったのね。そりゃダメよね。

 

「ああ、あああぁぁぁああっ!!」

「なっ!?」

 

 ハスミ先輩が、卓上に並んでいたグラスを翼で薙ぎ倒した。

 突然の奇行、みたいな顔して議長が驚いているけど、この上なく順当な怒りだと思うの。

 

「………ゲヘナの、ドブを体の芯まで流し込んだような品性のなさは良く理解しました。とてもではありませんが、腐った泥人形にも劣るような方々と実りある話し合いができるとは思えません。私は、帰らせていただきます」

 

 終わったわね。

 

 イロハ戦車長と顔を見合わせて、案の定おじゃんになりましたねと目線で語り合う。

 戦車長は帽子を深く下ろして俯くと、これまた深い溜息を吐いた。

 この会議の段取りはおおよそ彼女によるものだったはずで、だいぶ心労が溜まったらしい。ご苦労さまとしか言いようがない。

 

「……」

 

 などと他人事で観察していたら。

 バッ、と私の腕が掴まれ、私はハスミ先輩と一緒に会議室の外へと連れ出された。彼女の歩みはなお止まることなく、このまま万魔殿の外へと出ようとするような足取り。

 

「ハスミさん、ハスミさん!? あの、何を!?」

「………え? あっ、ああ……失礼しました」

 

 私が呼び掛け続けると、彼女はようやく私の腕を握っていることに気が付いたようだった。

 

「怒りで、我を忘れてしまったようで……」

「いえあれは……議長の失言でした」

「そ、その!」

 

 ハスミ先輩が体を背け、胸に腕を回しながら大きな声を出す。

 

「ツグミさんも、私が……その、大きいと、思いますか?」

「背が高くて、プロポーションも良いと思っています。お綺麗です」

 

 私は用意していた回答を繰り出した。

 嘘も方便とは言うけれど、吐かないですむのならその方が良い。

 私から見れば、ハスミ先輩の体型は素晴らしい……というよりも、やはり “凄い” の一言に尽きるのだけど。

 マコト議長のあの発言も、張り合っているような節があったし褒め言葉か貶し言葉かといえば……やや褒め言葉だと思う。

 全くそうは聞こえないのが彼女の人徳よね。負の。

 

「そ、そうですか……?」

 

 チラリとこちらを振り返った彼女に、頭をコクコクと振って頷いてみせる。

 

「トリニティに戻ったら、正実の方たちにも話してみてはいかがですか? きっと皆さん口々に否定すると思います」

「……」

「ハスミさん?」

「……ツグミさんは、案外変わっていないようで安心しました」

 

 ハスミ先輩が、ふっと詰めていた息を吐いた。

 

「こんな学園に来て、性格が変わってしまったり辛い思いをしているのではないかと思っていましたが―――それは、私たちの独り善がりだったようですね」

「……」

 

 正直、性格は変わっていると思う。トリニティの生徒との話し方とか、もう忘れかけてるし。会ったときも御機嫌ようとか、咄嗟に出なかったもの。

 あと辛い思いはしてるわね。

 しかし今から別れる先輩にわざわざ後味の悪い話をするのもどうかと、口を噤むことにした。

 

「ゲヘナの空気はもう………吸っていたくないので、私は二度と来ることはないと思いますが」

 

 かなり罵倒の言葉を抑えながら喋ってくれている感のあるハスミ先輩が、ほんのりと笑みを浮かべる。

 

「ツグミさんがトリニティの学区を訪ねることがあれば、いつでも歓迎します。校舎に入らなくとも……そうですね、ツグミさんも甘いものが好きだったと記憶しています。トリニティであればパティスリーには事欠かないので、ぜひ」

「……機会があれば、はい」

「ああそれから、ナギサ様からも言伝を預かっています」

「えっ」

 

 ナ、ナギサ様!?

 確か今、ティーパーティーでホストやっているんじゃなかったかしら。

 簡単に言えば今のトリニティで一番偉い人ってことで、そんな人がどうして……。

 

「『どうして連絡もなく転校してしまったんですか。寂しいです。私のモモトークのIDをメモしたので、もしよければ登録してください』、と」

「……は? そう、ナギサ様が?」

「はい。トリニティを発つ間際に、珍しく慌てた様子で伝えに来られましたよ。随分親しかったようですね」

 

 恐ろしいことに、全く心当たりがないわね。

 ナギサ様と話したことは一度もないわ。今のティーパーティーで言うと、ナギサ様とだけは面識がないのよね。

 

「これがモモトークのIDだそうです」

「……あ、はい」

「それではまた、いつか。今日はこんなことになってしまいましたが、ありがとうございました」

「はい、また。ハスミさんも、お元気で……」

「ふふ、はい。そちらこそ」

 

 私は可愛いペロロ様が印刷されたメモ用紙を受け取って、ハスミ先輩に別れを告げた。

 ナギサ様もペロロ様のファンだったのね。

 知らなかった……。

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