もう風紀委員やめたい   作:ピンク封筒

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12. 全生徒のプロフ把握概念

 

「神秘が高まっている」

 

 暗がりに落ちたオフィスで、ポツリと声が響いた。

 物音一つしないこの空間で、低く唸るような、しかし熱狂した呟きがひっそりと紡がれていく。

 

「彼女の神秘は、飛躍的に高まっている。以前の観測データよりも、遥かに」

 

 黒く、ヒビ割れた顔面を持つ彼の手元には、紙でまとめられた資料が存在していた。

 ある一人の生徒について、彼女の経歴に始まり性格や行動原理、日常的な習慣、所有している武器、趣味及び嗜好品、身長や体重、誕生日に至るまで網羅的にまとめた紙束である。

 

「彼女はこのキヴォトスにおいて最も堅牢な壁を一つ、破壊した―――トリニティとゲヘナを隔てる、概念としての壁を」

 

 生徒一人の意思ではどうにもならないはずの壁だった。

 転校したいから転校する、そんな当たり前の理屈が通らない、理不尽がそこにあったはずだった。

 

「記号とテクスト……あるいは彼ならばそういったアプローチを考えたでしょうか。彼女の持つ神秘のなせる業、しかし……因果が逆転している。彼女は壁を破壊したことによって神秘を高めたのではなく、神秘が高まったことによって壁を破壊するに至った。そう考えるべきではないでしょうか」

 

 問い掛けに答える者はいない。

 彼自身、この思索を邪魔する存在など求めてはいない。これは彼の探求であり、侵されてはならない彼の領域だった。

 

「現に、彼女の神秘は今もなお高まり続けている(・・・・・・・・・・・・)。急速に、何故その身一つで適応し続けていられるのか不可思議なほどに。一つの出来事をきっかけとして爆発的に神秘を高めたわけではない。何か……」

 

 高層ビル、全面ガラス張りのオフィスから外の景色を眺めた。

 

 日が沈み、冷え冷えとした月光を照り返す砂漠。

 束の間の静穏に呼吸もなく眠り続ける廃墟。

 夜も更けて未だに喧騒の止まない無法の学園。遥か遠くには、煮え滾る憎悪の気配を静かな水面に隠した秩序の学園。

 そして天高く聳えるサンクトゥムの塔。

 

「何か、時間的な……いえ、時限的な(・・・・)? まるで一つの到達点を目指すように、彼女の神秘は伸び続けている……?」

 

 それはもはや成長ではなく、収束。

 あらゆる未来において、彼女の到達する神秘が確定しているかのような。

 

 パチン、と思考の泡が弾けたような気がした。

 一つの固定観念を乗り越えたことによって、それまで見えていた思索の道が忽然と消えてしまったのだ。

 だが、彼は嗤う。

 今確かに、私は一歩進んだのだと。

 

「クックック……あの下らない企業の理事には感謝しなくては。まさかこれほどまでに興味深いデータを提供してくれるとは、思いもしなかった」

 

 計画は既に修正を余儀なくされている。

 彼はまた少し、思考した。

 

「直に―――数カ月もしない内にキヴォトス最高の神秘は暁のホルスではなく、彼女へと移り変わる」

 

 例の実験については……彼女の経歴を考えれば、暁のホルスよりも効果的な手法が採れるかもしれない。

 一度じっくりと考え直す必要があることは確かだった。

 

「クッ……クックック……!」

 

 一人きり、夜のオフィス。

 顔のヒビを不気味なほど大きく広げ、彼の哄笑が高らかに響いた。

 

 

≫

 

 

「へぢっ!」

 

 私はくしゃみをした。

 なんだかとても無自覚に変態的な誰かが、私のことをじっくりねっとりと時間を掛けて眺め回していったような、そんな悍ましい感覚が寒気とともに襲ってきたせいである。

 

 ……まあ、気のせいよね。夜風で身体が冷えたかしら。

 

「それで、モモトーク……」

 

 もうそろそろ寝苦しい季節ではあるが、念の為窓を閉めてからスマホの画面を点けた。

 ベッドに腰掛けて、ハスミ先輩から受け取ったメモ用紙のIDをアプリに打ち込む。

 ID検索によって出てきたアカウントは、聞いていたナギサ様のものではなく、私もよく知る元同級生のものだった。

 

「んん……?」

 

 打ち込みミスがないか確認してみても、やはり一字一句相違ない。

 とりあえず元同級生―――ヒフミちゃんを友だちに追加する。

 ヒフミちゃんは以前は唯一登録されていた友だちだったのだけど、諸事情あってデータが消えてしまったままになっていたのだ。またこうして繋がりが持てたことは素直に喜ばしい。

 というか、彼女であればあの伝言の内容も納得である。ナギサ様から、というのは何かの間違いだったのだろう。

 

「まずは……久しぶり、かしら」

 

 ポン、とメッセージを送れば、驚くほど早く返信が返ってきた。

 

『これって、ツグミちゃんの新しいアカウントで合ってますか? 久しぶりです。高等部に進学したら急にいなくなってしまっていたのでびっくりしました』

 

 そんな感じの内容が、私が返さないうちから矢継ぎ早に送られてきて私は戦慄した。

 タイピングが速い。これが普通の女子高生の返信速度……。

 

「えっと、ごめんなさい……と」

 

 私がもたもたと謝罪の言葉を送れば、また怒涛の返信があった。

 

『いいんです。ツグミちゃんにも色々あったことは聞きました。もう気軽には会えなくなっちゃいましたけど、またこうして話すことができて嬉しいです。ツグミちゃんにお話ししたいことがいっぱいあります。あれからペロロ様のグッズもたくさん出て―――』

「……」

 

 その日は、そんなふうに私が一つ返信したら向こうからは十返ってくる、みたいなやり取りを寝るまでの間ずっとしていた。

 夜更かしにはなってしまったけれど、楽しかった。

 

 

 翌朝。

 

 寝不足の私が目を擦りながら登校すると、委員会本部が大変な騒ぎになっていた。

 

「爆音鳴らしながら戦車で街中走り回ってる連中がいるって!」

「ルートは!? こっちも戦車出して先回りするか対戦車地雷の設置を考えないと―――」

「ガソリンスタンドを占拠したやつらが、燃料の料金下げなきゃ爆破するって脅迫を―――」

「ヤバいじゃんそれ!」

「委員長の方はどうなってるの!? まだアビドスから帰ってこられない?」

「カイザーが凄い戦力連れてきてるらしい! 終わりが見えないって!」

「スケバンとなんとかヘルメットがまた抗争―――」

 

 あっ帰りたい。

 

 私は開けた扉をそっと閉めようとした。

 だってもう聞こえてきた内容からして委員長がどこかに遠征しててゲヘナの治安がひどいことになっているんだもの。

 本部がこれなら無線の通信はどんなに錯綜しているか考えるだけでも気が滅入るわ。

 こんなところにいられるか、と私がドア閉め切る寸前、鬼のような形相をしたアコ行政官がちょうどデスクから顔を上げた。

 

「……!」

 

 行政官のデスクと入り口は遠く離れているにも拘らず、ドアの隙間から覗く私の瞳を行政官の眼光が鋭く捉えた気がした。

 

 ガッ!

 

 どのように移動したのか、気が付けばアコ行政官が扉に手を挟み込んでギリギリとこちらに身体をねじ込んでいる。

 とても怖い。

 

「ツグミさん……?」

「は、はい」

「いま、逃げようとしましたか……?」

「……ね、寝不足なんです。普段よりキツそうな外回りは無理だと思うんです」

「ダメです。働いてください」

 

 ……はい。

 観念した私は頷いた。




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