もう風紀委員やめたい 作:ピンク封筒
“御堂ツグミが風紀委員をやめるらしい”
そんな噂が出回って、ゲヘナ学区内はにわかに活気付いた。
丸めていた背を反り返らせて街中を闊歩し始めるスケバンたち、ここぞとばかりに温泉開発に乗り出すテロ集団、そこかしこで勃発する抗争をさらなる抗争で上書きして回る自称ハードボイルドの犯罪者集団。
「……」
チュドーン、ズガガガ、ドカーン。
「………」
ブゥーン、キキィッ、ガシャーン!
パラパラ……。
「…………」
長い銀髪を爆風に揺らす少女―――黒舘ハルナは、にっこりと笑みをたたえながらもこめかみに青筋を浮かべた。片手に携えた好物であるたい焼きは、砂塵にまみれもはや口に入れることすらためらわれるような有様である。
「……我慢の限界ですわ」
ハルナがぽつりと溢した一言に、少し離れた位置から見守っていた美食研究会の面々は静かに顔を見合わせた。
「良く保った方ですね☆」
「ふぉうだんふぇ」
「で、どうするのよ?」
遅かれ早かれハルナがブチギレることは目に見えていた。
なにせ、激化した市街戦を受けて多くの屋台が学区から撤退し、またほとんどの食事処がシャッターを下ろす事態にまで陥っているのである。
究極の美食を追求する彼女にとって、到底許容できる状況ではないだろう。
「決まっていますわ……ツグミさんを、風紀委員会に引き留めることができれば良いだけのこと」
「ですね〜。あの方がそう簡単に風紀委員を辞めるとは思えないのですが……一体何があったんでしょうか」
「そうですわね。では、まずは真相を確かめに行きますわよ!」
「ふぉれっふぇ……」
「風紀委員会本部に殴り込む、ってこと……!?」
そしてまた、一つの集団が風紀委員会を直接襲撃する算段を立て。
ある風紀委員の去就を追って始まったゲヘナの混沌は、いよいよピークに差し掛かっていた。
≫
「だから! 風紀委員やめないって! 言ってるでしょ!」
私の相棒を背負い、ゲヘナ各地の抗争を鎮めて回る。
私が姿を見せる度、銃を撃ち合っていた不良集団は決まって似たような反応を見せるのだ。
「なっ……! あいつは風紀委員を引退したって話じゃなかったの!?」
「アタシらの時代が来るって聞いてたのに!」
「ケーキ食べられなくて心が折れたって聞いてたのに!」
ちょっと。
「引退はしないし、あんたたちの時代も来ない」
私は背中に背負っていたブツ―――120㎜迫撃砲をゆっくりと地面に下ろした。
冷ややかな照り返しを見せる相棒をそっと撫で、私の腕に凭れさせる。標的の座標を目測し角度を調整。
足元に置いた弾薬ケースから砲弾を取り出し、砲口から装填。
「―――あと私の休日とケーキ返して」
墜発。
耳鳴り。
弾着、今。
「……、……はぁ」
目標は爆風とともに地面に倒れ伏して意識を失ったようだった。
次の現場に……次の、現場に……。
「……行きたくない」
もう疲れた。
今の子たちのせいでイヤなこと思い出したし。
なんであんな裏事情まで知ってるのよ。
休みたい。
「ていうかそもそもがおかしいのよ。良いじゃない、引退したって。私が引退したらなんだって言うの。私がいなくたって委員長はいるし、行政官もいるし、イオリちゃんもチナツちゃんもいるし、なんだかんだで仕事は回るだろうし……あ、なんかほんとに引退しても良い気がしてきたわ」
そうよね。
転校まではしなくても、風紀委員はやめても良いんじゃないかしら。
どうせゲヘナはゲヘナなんだから、今みたいにスケバン同士で潰し合いが始まって、いつかは私の引退前と同じくらいに落ち着くに違いないわ。
怪我から復帰した途端にこんなギチギチのスケジュール組まれて。
現場から現場に向かって、お昼ごはんを食べる時間もないまま日は傾いて、間もなく夕方になろうかという時刻。
「もうヤダお腹すいたおうち帰りたい……。私の仕事も意味があるのか分かんないし、私がいなくても何とかなりそうだし……」
すっかり人気のない交差点のど真ん中。
やや熱を持った砲身を撫でながら、私はネガティブな思考の海に沈みかけた。
そこへ、スッ、と。
背後から不意に、影が差す。
即座にホルスターから拳銃を引き抜いた私が振り向くと同時、さらに死角へと回り込んでいた彼女が、耳元で囁いた。
「―――いま、空腹だと仰いまして?」
「ひぃっ!?」
誰!?
「あら、それはいけませんね〜。腹が減っては戦はできぬと言うじゃありませんか」
「私のデラックスチョコハンバーガー、食べる!?」
「なんだかあんたからは私と似た空気を感じるわ」
黒舘ハルナと……その後ろで銃を構えているのは鰐渕アカリ、獅子堂イズミ、赤司ジュンコ……?
この至近距離、四人が相手では敵うはずもない。私は素直に拳銃を仕舞って両手を挙げた。
近付いてくる気配を察知できなかった時点で私の負けである。
「あ、悪名高い美食研究会が、どうしてここに?」
このあたりで営業中の店なんてないはずなのに。
日頃あれやこれやと騒ぎを起こしている彼女たちだけど、『美味しいものを食べる』という本懐から外れたことはしてこなかった。
あらゆる飲食店が撤退したこのエリアで美食研究会が顔を揃えているのは、一種の異常事態と言っていい。
「それはもちろん、ツグミさんにも私たちの活動に参加していただこうと思ったからですわ」
「あんたたちの活動、っていうと……無銭飲食したあとで爆破テロを起こすこと? ……あっ! さ、さては私の重迫ちゃんを奪うつもりね!? 悪いけどそれなら―――」
私の相棒は、携行可能な火器としてはキヴォトス全体でも随一の火力と射程距離を誇る。
問題があるとすれば、砲身長だけでも2mを超え、重量はおよそ500kgと実際に “携行” 可能であるのは私だけである点だろうか。
「全然違うんだけど!? 私たちの活動ってのは、つまり美味しいものを食べることよ!」
「ええ。大方の事情は聞きましたわ。どうやら先日は散々な休日を過ごされたようですわね」
「目の前でパンケーキの化け物にケーキを食べられちゃったんだってね! とても親近感を覚えたわ!」
赤司ジュンコが瞳をキラキラと輝かせて距離を詰めてくる。
へ、変なところで同類認定しないでほしい……。
「たまの休日に頂く待ちに待ったケーキ……それもまた一つの至高の美食。ツグミさんには心より同情いたしますわ」
「私たち、本当にツグミさんを心配してここまで来たんですよ?」
「可哀想だから私のデラックスチョコハンバーガー、ちょっとあげる!」
「う、うぁ……」
やめて……。
「もう、いいんじゃありませんこと? 実は、学園の方でフウカさんからお弁当を預かってきていますの。今日はお休みして、私たちと一緒に美味しいものを頂きましょう?」
「うふふ。ツグミさんには、また明日から頑張ってもらわないといけませんから、ね?」
「あ、あ……」
もう、やめて……。
テロリストなんかに風紀委員は屈しちゃいけないのに。
ほんとに心配してもらってる感じがすると、堪えられなくなっちゃうから。
それ以上は……。
「家で一人で食べるより、今ここでみんなで一緒に食べるほうが、ご飯は美味しいよ!」
「そうよ! 食べ物の恨みはね、美味しいものを食べて晴らすの!」
「……っ、うわぁぁん!」
食べるぅぅぅ!
なんかもう、テロリストとか知らない。
この人たち、良い人。
私、お弁当、食べる。
「堕ちましたわね」
「堕ちましたね〜」
それから美食研究会の四人と頂いたお弁当は、とっても美味しかったです。
給食部を脅して作らせたのかと思っていたらそんなこともなくて、事情を聞いたフウカちゃんが顔を蒼くしながら作ってくれたものだとか。
休みがないのはあの子も一緒なのに……今度お礼を言わないと。
オリ主の固有武器について。
大元のモデルとして考えているのは120㎜迫撃砲 RT。
これの射程距離は通常8.1km、RAP弾使用時は13km。
13kmや