もう風紀委員やめたい 作:ピンク封筒
「―――パンちゃん?」
「はい」
私がオウム返しに尋ねると、行政官は頷いた。
「以前ツグミさんが襲撃に遭ったヘドロのような化け物についてですが、調査が進んだ結果そのような呼称となりました」
「……えっと、もう一回聞きますけど、『パンちゃん』ですか? アレが?」
「ええ、そうです」
……お労しい……。
ああ、これは。と私にも察するものがあった。
とうとうアコ行政官も仕事疲れで頭がやられてしまったようね。
あの触手が生えた悍ましい怪物にまさか『パンちゃん』なんて可愛らしい名前が付くわけがないのに。
行政官にはぜひ一度、ゆっくり休んでほしい。
「何ですかその目は……念の為ツグミさんにも情報を共有しておきますが、調査して分かったのは、アレがパンケーキの成れの果てだったということです」
「なるほど」
「なるほど……? ええとそれから、あのパンちゃんを生み出したのは、給食部の新入部員、牛牧ジュリであることも判明しています」
「そう……なんですね?」
「……あの、ツグミさん」
アコ行政官が、じっとりとした眼差しを私に向けた。
「もしかして、私のことを頭がおかしくなってしまった人だと思ってます?」
「いえいえ! まさか、そんな……」
「言っておきますけど! これは度重なる調査の末に判明した事実であって、決して私の妄想なんかじゃないですからね!?」
「はい、分かってます、分かってます! あのヘドロ触手はパンケーキの化け物でパンちゃんなんですよね!」
色んな書類を処理するうちに疲れてしまったんでしょうね。
その書類の中に給食部に関する何かがあって、それで頭の中で情報が混線したんじゃないかしら。
行政官も大変な立場だとは思うけど、やっぱりたまには休みを取らないと……こんなことになってしまうのね。
「……まあ、良いでしょう。この件について、給食部からは風紀委員会に正式に謝罪の文書が送られています。実質ツグミさんと委員長向けのようなものなので、あとで確認しておくように」
「……え? あ、はい」
「当事者であるジュリさんはもちろん、フウカさんもあなたに直接会って謝りたいそうなので、折を見て厨房に顔を出しておくべきかと」
……あら?
そういえば美食研究会の誰かも、パンケーキがどうとか言っていたような。
まさか。
「失礼ですけどもしかして……本当に行政官の妄想じゃない、んですか?」
「……そう、言いましたよね?」
「あの、てっきり働き過ぎかと思って」
「……ツグミさんの稼働率を何とか調整できないかと考えていましたが、それは取り止めます。これまで通りの働きを期待していますね?」
あっ。
反省した私は心機一転、真面目に仕事をすることにした。
重迫ちゃんをガチャガチャと揺らしながら校舎を駆け抜け、リアルタイムで飛び交う無線の情報を拾う。
……ふんふん。
聞こえてきた通信の情報を統合するに、今日は南西部に偏って市民からの通報が多いみたいね。
しかもどうやら、便利屋68の構成員として知られる伊草ハルカの目撃情報もあったとか。
……何だか嫌な予感がするわね。
じゃあその区域は私が担当するわ、と全体に呼び掛ければ、口々に了解の言葉が返ってくる。
よし。
今日の目標は、チンピラの掃討と便利屋の確保ないしアジトを突き止めること。
頑張りましょう。
≫
「御堂ツグミ! お前の弱点はその迫撃砲の射程だ!」
スナック菓子のためにコンビニを襲ったチンピラがいるとの通報を受けて向かった現場。
このあたりに残っているのはこいつらだけ、と私が気力を振り絞っていると、目の前のチンピラたちから何やら口上が飛び出した。
「圧倒的な射程を誇るその迫撃砲は確かに厄介だが……この至近距離にまで近付いてしまえばお前はもう何もできない!」
「もし砲弾を垂直に打ち上げたとしても、迫撃砲の有効威力範囲にはお前も含まれる!」
「そして、一度速度がゼロとなる自由落下からの着弾よりも、アタシらがお前を蜂の巣にする方が遥かに早い! 長い射程が仇となったな……!」
それは、そうなのよね。
広域支援でも受けられれば別なのだけど、私は基本的に視界内の相手にしか砲撃できない。
誘導弾は高いから、経費で落ちないし。
そういう時のための拳銃、があるのだけど……。
「はっ! そんなチャチな銃で何ができる!」
「悪足掻きは止めておきな!」
……まあ、そうよね。
私の趣味で口径は大きな方だけど、流石にショットガンで武装した複数人相手には敵わない。
私は抜きかけた拳銃を仕舞った。
この子、あまり役に立った記憶がないわ。
「おいおい、降参するってのか?」
「風紀委員も大したことがないな!」
ガハハ、と笑うチンピラを、普通に拳で殴り倒した。
気が付けば日も大分傾いていた。
結局、便利屋68について有用な情報は得られなかったけれど。
先日の反省を生かして、遅めのお昼ご飯を食べようと近くにあったラーメン屋に立ち寄る。
カラカラ、と戸を引いて店内に入ると、目に付いたのは四人の客。
陸八魔アル、鬼方カヨコ、浅黄ムツキ、伊草ハルカ。
「―――」
件の便利屋が卓を囲んで座っていた。
「そうなの! この一見あっさりして見えるのにコクがあるスープが重量感とコシのある麺とよく絡んで―――」
「とっても美味しいですよね〜☆」
「ええ! 箸が止まらないとはこのことね!」
ズルズルと麺を啜りながら力説するのは、便利屋のリーダーである陸八魔アル。
その向かいに座っているのは、見たところ他校の生徒だろうか。
「まさか580円でこんなに美味しいラーメンが食べられるなんて!」
「そ、それもこんなに沢山……」
「大将ありがと〜!」
「なに、いいってことよ!」
人情味溢れる店主と行きずりの絆、仲間と分け合う一杯のラーメン。
そこに彼女らを確保しようと闖入する私。
この構図では、どう考えても悪者になるのは私である。
「……」
“やるの?” とでも言いたげな眼で私を見据えてくる彼女に、私はそっと首を振った。
無関係の人もいるし、流石にこの空間をぶち壊しにしようとは思わないわよ。
今日のところは、便利屋のアジトがこの付近にあると分かっただけでも良しとするわ。
それじゃ、どこか別のお店を―――。
「―――おっ、そっちもゲヘナの生徒さんかい? いらっしゃい!」
その瞬間、空気が凍るのを感じた。
「っ!?」
「!」
「風紀委員っ……!?」
まず緊張が走ったのは便利屋の構成員三人。
ガタッ、と椅子から腰を浮かせて驚愕の表情を浮かべている。
一瞬にして張り詰めた空気が伝播するように、見慣れない制服の四人と、店員一人も入り口の方を振り向いた。
「あ、えっと……」
何が起こっているのか分からない様子の店主を除いて、物音を立てる者はいない。
静まり返った空間に、私の震え声だけが響いた。
「こ、このお店で、一番人気のメニューをお願いします」