もう風紀委員やめたい   作:ピンク封筒

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4. 一言も喋らない大人

 

 小鳥遊ホシノにとって、その少女は奇妙というほかない挙動をしていた。

 

「べ、別に何もしないわよ……だから、そのショットガンを下ろしてくれないかしら……?」

 

 背中に背負った物騒な代物とは裏腹に、本人は小心者かと思えば。

 向けられる銃口に怯える口振りではありながら、その体の重心は常に前にある。おどおどと前髪を揺らしてはいるものの、その奥から覗く眼光は爛々とゲヘナの先客を捉え続けている。

 逃げる気はまるでないどころか、姿勢だけを見れば好戦的にすら思われた。

 本人も気付いているのかいないのか、他ならぬ彼女自身によってこの場の緊張は解けないままなのである。

 

 いや何やってんだろ、この子、と。

 ホシノが呆れと警戒半々の感想を抱いたことも、当然であった。

 

「……ここの看板メニューは一杯580円、柴関ラーメンよ。注文はそれで良い?」

「あ、ええ。お願いするわ」

 

 だから、ホシノの後輩が注文を取ったことは、間違いなく店内にいた全員にとって救いとなった。

 とりあえず彼女には食事を摂るつもりがあって、ならば一旦は騒ぎを起こすこともないだろうと、暗黙の了解が得られたためである。

 

「うへ、和やかに食事を、って空気でもなくなっちゃったみたいだけど。キミたちはどういう関係なの?」

 

 当事者同士では会話が進まなさそうだ、と判断して仕方なく話を振った。

 

「私たちは……ええと、ゲヘナでちょっと……そう、お互いの利益がぶつかり合っているような関係、かしら」

「―――! え、ええそうね! 企業同士での競合というか、大体そんな感じよ!」

 

 極限までぼかした言い方であり、真実とは程遠いことは誰もが察したことだろう。

 それも恐らく、後から入ってきたこの生徒が大幅に譲歩するような形での合意形成であった。

 

 うんまあ、この土地で暴れないでくれるんだったら、それでいいんだけどね。

 どことなく両者の空気が緩んだのを見て、ホシノも少しだけ肩の力を抜いた。

 

「企業……ゲヘナほどのマンモス校になると、そういう活動もあるんですね」

 

 アヤネちゃんが感心したように声を上げ、先客として来ていた方のゲヘナ生が鼻を高くした。

 

「ま、まあ? これでも界隈では名の知れた一流企業としてやらせてもらっているわ」

「―――へえ。何をやってるの? お金稼げてる? 今の資産はどれくらい?」

 

 シロコちゃん……。

 

「ふふ、知りたいかしら? もちろん構わないわ。何を隠そう、私たちは―――」

「社長。そこは隠して」

「えっ? 良いじゃない別に、教えたって。ラーメン大盛りにしてもらっちゃったんだし」

「はぁ……とにかく、この場ではダメ。―――せっかくあっちが火種を消してくれたのに、別の火種を作ってどうするの

「え? 別の火種……?」

 

 社長と呼ばれた彼女は不思議そうに首を傾げ、その様子を静かに観察しているのは店内でも巨大な砲身を背負ったままの少女。

 やはり奇妙だった。先程まで怯えた言動を見せていたとは思えない落ち着き具合である。

 いったいどんな人生を送ってくればここまでちぐはぐな人格が醸成されるのだろうか。

 

 ホシノが既に本題からは遠く離れた事柄に興味を示し始めた頃。

 

「お待ちどおさま、柴関ラーメンよ!」

 

 食欲をそそる香りを湯気とともに振りまきながら、ラーメンが運ばれてきた。

 

 

 

 

 もうね、本当に。

 いい加減にしてほしいのよね。

 

 便利屋の次の仕事って、ここにいる他校の生徒の襲撃なの?

 そんなの知っちゃったら風紀委員として何もしないわけにいかないじゃない。

 

「……いただきます」

 

 半ば諦観を抱えた私は、ラーメンをずるずると控えめに啜った。

 顔を傾けた拍子に垂れた髪を、耳にかきあげる。

 

「……美味しい」

 

 こんな状況じゃなければきっともっと美味しかったのに。

 

 ついさっき陸八魔アルは “別の火種” と言った。

 この発言がもう大問題である。

 私が火種、と聞いてまず思い当たるのは風紀委員と便利屋68の敵対関係。しかしこれに関しては、既に私と陸八魔アルが “企業同士の競合” と誤魔化した後である。

 ならば別の、という言葉が付いていることからしても、この場にはもう一つの敵対関係があることになる。

 鬼方カヨコがなんと言っていたのかは聞き取れなかったけど、便利屋が便利屋として名乗ってはいけない理由が、私との衝突以外にあるとすれば、それは……便利屋が傭兵として矛を向ける先。

 

 すなわち、鬼方カヨコの何らかの忠告を繰り返した陸八魔アルの “別の火種” という発言は、この店の中にいる誰かを襲撃する予定があることを示唆している。

 私ではないとなると……こんな辺鄙な場所にある店そのものを襲撃するために雇われた、とは考えにくいことから、目の前にいる他校の生徒たちが対象だろう。

 しかも、陸八魔アルはそれを把握していない。鬼方カヨコに制止されてなお、火種とやらに思い至らなかったのだから。

 結果として、便利屋の襲撃先を私は思わぬ形で知ることになった。

 

 つまり、私からしてみれば今日はもう帰ろうと思っていたところに仕事が増えた。

 

 もうむり。

 おうち帰りたい。

 

 アコ行政官に報告だけ入れて帰ろうかな。

 私疲れてるし。今日いっぱい働いたし。

 便利屋が次はこの辺の学校の生徒襲おうとしてましたよ、って。私以外の風紀委員を派遣してもらって……ダメよね。

 少なくともここにいる子たちには狙われていることを伝えるのがゲヘナの風紀委員としての私の役割だし、伝えた時点でこの子たちとは協力関係になってもらわないと。

 そしたらすぐ帰るわけにも行かなくなって、また家に帰るのが遅くなって……うああ。

 

「……っと、よし。それじゃあ、私たちはそろそろ出ようかしら」

「うん、お腹いっぱい! ごちそうさま〜」

「ご、ごちそうさまでした……」

「……」

「あら、そうですか? では、お仕事頑張ってくださいね〜」

 

 私の懊悩を他所に、便利屋が揃って席を立った。

 

「ええ、ありがとう!」

「またね〜」

 

 陸八魔アルは襲撃先から激励を貰ったことに気が付いた様子もなく。

 鬼方カヨコが最後にチラリと私を見遣って、それから背中を向けて出て行った。

 

 

「……ごちそうさまでした……」

 

 しばらくして、私も両手を合わせる。

 

「お粗末さま! あなたもこれから仕事? があるの?」

「……そのことで、あなたたちに話さなくちゃいけないことがあるの」

 

 私が重々しく口を開くと、メガネを掛けた子とピンク髪の子が視界の端でアイコンタクトを取った。

 こころなしか、ピンク髪の子の目が鋭くなる。

 

「うへ〜、それってもしかして、キミが風紀委員であることと関係のあることかな?」

「その赤い腕章……ゲヘナの風紀委員が付けるものですよね。風紀委員と利益が競合(・・・・・)する企業……さっきの方たちは、何をやっている方たちなんですか?」 

「……えっ、何? どういうこと?」

「……風紀委員会……そうだったんですね〜」

 

 なるほど。

 この辺りに学校がある、なんて話は聞いたことがなかったけど。

 協力を申し込む相手としては、中々頼もしいかもしれない。

 

「そうね。まずは、自己紹介をしておこうかしら。私はゲヘナ学園風紀委員会所属、御堂ツグミ。よろしくね?」

 

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