もう風紀委員やめたい 作:ピンク封筒
翌日。
朝食を摂っていたところ、モモトークがピコピコとメッセージの着信を告げた。
「……」
なるほど。
アヤネちゃんによれば、アビドスの子たちは今日はブラックマーケットに行くらしい。
便利屋と、その前にあったヘルメット団による襲撃も含めて、誰が依頼主だったのかを突き止めるために。
……風紀委員の私に、気軽にブラックマーケットに行くとか伝えてこないでほしい。
もしあそこに行って何の罪も犯さずに出て来られる人がいるとしたら、それはわざわざ危険地帯まで赴いて何もしなかった人だけである。
ブラックマーケットで買い物をした時点でほぼ間違いなく盗品やら表では規制されている物品やらの取引になり、そのことを自覚していなかったなんて言い訳は通用しない。
「気を付けてね……危ない会社とか……危ない人たちがいっぱいいるから……っと」
かく言う私も、かつてはあの地域に足繁く通っていたのだけど。
今の重迫ちゃんの元になったガラクタも、怪しげな露天商で一目惚れして買ったものだし。
……風紀委員会に入る前の話だから、時効ということにならないだろうか。
アヤネちゃんには、特に危険とされているエリアをピックアップして、地図情報とともに個人的な注釈をつけて送っておいた。
よし。
彼女からの返信は待つことなく、会話は終わったものとしてアプリを閉じる。
制服を羽織って相棒を背負い、鏡の前で軽く身だしなみをチェックしてから家を出た。
ブラックマーケットに詳しいのかと追加でメッセージが届いていたことにも気が付かず、私は学校へ向かった。
「その節は大変なご迷惑を―――」
「すみませんでしたっ! 私がバイトをしていたばっかりに先輩にお怪我を―――」
昨日の面会でアコ行政官から言われていた通り、給食部の厨房に顔を出してみた。
入り口から覗き込んだ途端、こちらを見て顔を蒼くしたフウカちゃんと、その表情を見て何かを察したらしい彼女の後輩が頭を下げてくる。
「え、えっと、アレについてはもう気にしてないわ。悪意があったわけでもない事故だった、って聞いているから。二人もそんなに気にしないで……」
私は本当はとても気にしているけれど。
未だにあのケーキは頭の片隅にこびり付いているけれど。触手も怖かったし。
ただ悪気はなかった一年生と、普段お世話になっているフウカちゃんにまで謝られてまでネチネチと文句を付けるつもりもない。
「そ、そういうわけにもいきません! あの、これはお詫びになるのか分からないのですが……」
彼女はパタパタと冷蔵庫まで走っていくと、小皿に乗った何かを持って戻ってきた。
すっ、と私に向けて小皿を差し出してくる。
「私、あれからお店の方に簡単なレシピを教えてもらって、自分なりにツグミさんが注文したケーキを作ってみたんです」
「!」
報告書を読んだ限りでは、彼女―――牛牧ジュリの意思に拘らず生成物が意思を持ち、怪物となって暴れ始めるという記述だった。
だというのに、ここには何の変哲もない……どころか、素人の手作りとは思えない出来栄えのケーキがある。
「これは……」
もしかして、フウカちゃんが作ったものではないか。
失礼なことに、疑いを持った私がフウカちゃんを見詰めると彼女は首を横に振った。
「……昨日、たまたま時間が空いたらしい風紀委員長に手伝ってもらったんだよね。彼女に監視してもらいながら私が付きっきりで教えて、少しでも不審な動きを見せたり色が変色し始めたりしちゃったのは委員長に処理をお願いして」
「これはその、奇跡的に? 成功した一皿を取っておいたんです。どうか、食べていただけないでしょうか……?」
感謝*1よりも先に、風紀委員としては困惑が胸中を占めた。
ヒナ委員長の時間がたまたま空くことなんてあり得ない。
私含め全風紀委員が団結して仕事を回すか、アコ行政官がゲヘナの風紀をある程度切り捨ててでも強制的にスケジュールを調整したかのどちらかである。
あるいは限りなく低い可能性として、委員長本人が休暇を申請したか。この場合はやはり、残った風紀委員が何をおいても彼女の安寧を守ることに奔走することになる。悪事を為す者はネズミ一匹見逃さないくらいの精神で。
風紀委員である私には何が起きたのか分かるような、分からないような。
ひとまず困惑に区切りを付けた私は、眼前のケーキに目を向けた。
給食部に入るためには極まった人品の良さでも必要なのだろうか。
あの日食べ損ねたケーキがそこにある。
簡易的なレシピで再現されたものとはいえ、小皿に乗って、ほとんどあの日見たケーキと変わらない。
私のためにわざわざフウカちゃんと委員長まで協力して、何度も失敗しながら作ってくれた、なんて。
「……」
本当に。
ゲヘナって、どうしてこう律儀な人と自分の欲望に忠実な人が極端なのかしら、などという考えが過って、知らずため息が出そうになるのをぐっと堪えた。
どちらかに偏らないとやっていけない土地なのだとしたら、果たして私はどちら側なのか……後者だとは思いたくないわね。
もちろん、ケーキは有難くいただいた。
見た目に反して味は、なんてこともなく、とても美味しかった。
≫
御堂ツグミ、とは。
高校進学を機に、とある学校からゲヘナ学園へと転入してきた生徒である。
幼少期より箱入り娘として過ごしてきた彼女は、自らの特異性を知らなかった。
身内では蝶よ花よと育ってきた彼女も―――トリニティ総合学園にて、現実を知る。
初等部から中等部にかけての九年間。
じわじわと、真綿で首を絞めるように世の中の残酷さを教え込まれた。
幸いにして、彼女は生来の気質かそれなりに図太い性格をしていた。
涙目を擦ってここに希望はないと見切りを付けると、自らの居場所を求めてブラックマーケットへと通うようになった。
それから、“角付き” が多く在籍しているゲヘナ学園へと。
よって。
トリニティ総合学園において、御堂ツグミという名前はそれなりに有名であった。
「―――え? 今、ツグミちゃんって言いましたか?」
阿慈谷ヒフミはノノミのモモトーク画面を覗き込みながら、驚愕とともに訊き返した。
ここ一年ほどは徐々に聞かなくなっていた友人の名前を、久しぶりに耳にしたせいである。
「はい! これはツグミちゃんが送ってくれた情報をアヤネちゃんが共有してくれたものなんですよ」
「み、見せてください……っ!」
そして、ヒフミは再び衝撃を受ける。
共有された画面に載っている情報は、あまりにも多岐に及んでいた。
そもそもブラックマーケットの地図というのがあまり一般に出回るものではない。ただの衛星写真ならともかく、企業名から始まり業種や業態について網羅したものとなると希少性は極めて高い。
加えて、どう見ても実地での経験を元にしたとしか思えない注意点や但し書きの数々。
ヒフミの目から見れば一部は情報が古くなっているようだが、多くは正確、ないしヒフミも知り得なかったような値千金のガイドマップである。
特に気になるのはこの中心地近くで不定期に開催されるという地下オークションと、開催時期について教えてくれる露天商の居場所、そのローテーションについて。
これは有用な情報だ。
もしかしたら昔コンプリート寸前で資金が尽きたあの限定ペロロ様フィギュアも―――。
「……はっ! いえ、そうですね! ここに書かれている通り、闇銀行の警備はとても厳重で、マーケットガードもこうして一見解析困難なアルゴリズムでの巡回を……巡回を……?」
ヒフミは山ほど尋ねたいことを抱えながらも、本題に戻ろうとした。
闇銀行を襲うなどと言い出したアビドスの生徒を引き留めるべく、地図の情報を読み上げていたはずだった。
まさかブラックマーケットでも幅を利かせている治安機関の巡回ルートを分析した成果まで載せられているとは思わない。
「ん、便利」
ヒフミはいつの間にか転校してしまっていた友人について、同名の別人ではないかと真剣に検討し始めていた。
訂正
雄牛の角→雄羊の角