もう風紀委員やめたい   作:ピンク封筒

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8. 私は悪くないもの

 

 覆面水着団。

 ブラックマーケットの闇銀行を五人で襲撃。予め配電設備を徹底的に破壊した後、非常電源が作動するまでの僅かな時間で電子的手段により警備システムを無効化。

 警備員の動線をメンバーに見張らせた上で『ブルー先輩』と呼称される人物が行員を脅迫して現金、無記名債権及び金塊、その他重要書類を複数強奪。

 一般利用者の人的被害はゼロ。警備員は負傷者多数。また被害額は凡そ110,000,000円程度と見られている。

 五人はそれぞれ色の異なる覆面をしており、他のメンバーによればリーダーは紙袋を被った『ファウスト』。更に実行役である五人の他にも複数人のバックアップメンバーが存在すると思われる。

 侵入から逃走まで五分程と極めて短時間での犯行、手慣れた手口であり、以前までとは異なる組織名を名乗っている指名手配犯の可能性有。要注意。

 

「……」

 

 情報部から回されてきた、要注意人物についての調査結果を私は頭に叩き込んだ。

 

 またキヴォトスに物騒な集団が生まれてしまったらしい。

 名前はふざけているとしか思えないけれど、やっていることはえげつないわね。

 同じ日にブラックマーケットを訪れていたはずのアビドスのみんなは無事かしら。あとでモモトークを送っておきましょう。

 冗談で銀行を襲う、なんて言っていたらしいあの子たちも、まさか本当に身近なところで強盗が起きるなんて思わなかったでしょうし。

 

 机の上で軽く書類を揃える。

 席を立とうとしたところで、背後からにゅっと見慣れた顔が突き出してくる。

 

「それ、覆面水着団についての資料か?」

「ええ。ちょうど読み終わったわ」

「私にも読ませてくれ」

「……別に構わないのだけど、イオリちゃんはイオリちゃんで貰っているでしょう?」

 

 背後から覗き込んできたイオリちゃんに手を差し出されたので、仕方なく書類を渡した。

 

「じゃあ私はもう出るから、読み終わったら机に置いておいてね」

「あ、言い忘れてたけどツグミは今日は本部で待機だから。アコちゃんにそう言われた。私も待機だって」

「……なんで?」

「なんか便利屋をいい加減追い詰めに行くらしい。私たちだけじゃなくて大隊規模で動かすんだってさ」

「へえー……」

 

 私の椅子に入れ替わりで座ったイオリちゃんが、資料をペラペラと適当に捲りながら言う。

 ……ちょっと。椅子を漕ぐのやめなさい、行儀悪いわね。

 

 ―――って、大隊!?

 たった一組織のために、風紀委員何百人も?

 そりゃ便利屋は危険だしこれまで何度も取り逃してきた相手だけど……ここまでやって見合う成果になるかと言えば、ならないんじゃないだろうか。

 

「アコ行政官は何を考えているのかしら……」

「さあ? ま、あいつらはウザかったし、良い機会だ」

 

 私は思案に耽り、イオリちゃんは覆面水着団が結構ヤバいと気付いたのか資料を真剣に読み始めた。

 暫くの沈黙が続いた後で、また思い出したように彼女が口を開く。

 

「―――あ、アコちゃんがツグミは武器の整備もしとけって言ってた」

「ありがとう。もう済んでるから大丈夫よ」

 

 

 

 

『―――ツグミさん。彼女たちを撃って下さい』

 

 意味が分からない。

 

「ど、どうしてですか……?」

『私たちのやり取りが聞こえていなかったんですか? シャーレ、対策委員会との交渉は決裂しました。それに、どうやら便利屋とも結託した様子。彼女たちを制圧する必要があります』

 

 イオリちゃんもチナツちゃんも、中隊のみんなも倒れて。

 アビドスの子たちは、私たちに銃を向けて。

 便利屋を取っ捕まえるための遠征だったはずなのに、何故こんなことになっているのか。

 

 頭の中で、色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っている。

 私は、多くの感情を抱えたままでいるのがあまり得意ではない。

 特にジレンマというものがとても苦手だ。

 

『超法規的権限を持つシャーレは、トリニティとの条約締結に向けて準備が進む今、不安要素でしかありません。先生の身柄は、ゲヘナの管理下に置かなくては』

 

 アコ行政官が何かを話し続けている。

 

 私は、トリニティのことがあまり好きじゃない。

 最大限譲歩した上でものを言うなら、トリニティは私にとっては良い環境ではなかっただけ。何もかも悪い学園だと罵るつもりはないけれど……とにかく、好きではないのだ。

 だからゲヘナとトリニティが結ぼうとしている和平条約にも、私個人としては複雑な思いがある。どうせトリニティ側がやらかして上手くいかなくなるだろうとか、締結まで漕ぎ着けたとしても実態はどうなるか怪しいとか……上手くいかないでほしい、とも少しだけ思っている。

 ただし本当に実現するのなら、きっと多くの生徒にとってこれ以上良いことはない。

 

 まあつまり私も私なりに、エデン条約については色々考えていたわけよね。

 

 この時点で私のキャパシティは結構限界に近かったの。

 トリニティとの条約、というワードを耳にした時点で、もうギリギリだったの。

 

 分かるかしら。

 ねえ行政官、分かってくれるわよね。

 分かって。

 

 そこへ来て、何?

 

 アビドスの生徒を攻撃しなさいって、どういうことなの。

 私はもう、よく分からないの。

 この前は政治と人道の板挟みになったと思ったら、今度はアビドスとゲヘナ。トリニティとゲヘナとシャーレ。便利屋とアビドスと風紀委員会。敵対関係だった協力関係、協力関係だった敵対関係。

 

 何かしらね、この。

 何なのかしら。

 何をどうすればいいのかしら。

 

 本当に何もわからなくなってしまったわ。

 数日前の私で板挟み状態だったとするなら、今の私は絞られた雑巾のようなものじゃない?

 ふふふ。

 

『……はあ、もう構いません。ツグミさんはそこで見ていて下さい。―――んんっ、第一中隊擲弾兵、砲撃準備―――』

「わたしは」

 

 もう、どこへ撃つにも足る理由があるというのなら。

 アビドスも便利屋も風紀委員会も全部、撃ってしまおうかしら。

 

「……わたし、は……」

 

 ノロノロとした動作で砲弾を取り出し、砲口へと持っていく。

 

 そうね。それは良い考えだわ。

 アコ行政官は疑心暗鬼になってしまっているのね。

 シャーレの先生が、エデン条約を台無しにしてしまうんじゃないかって。

 大丈夫。

 

「まずは信じてみないと、始まらないのよ。一度話し合ってダメだったとしても、何度でも」

 

 装填。

 墜発。

 

「だからみんな、止まって」

『ツ、ツグミさん!? あなた今何を―――!』

 

 弾着、今。

 

 微かな閃光、炸裂。

 私が茹だった頭とともに仰角90°で撃ち出した砲弾は、やや弧を描きながら私のほど近くに着弾した。

 

「あ、れ……」

 

 私は何が起こったのか理解しないまま、意識を手放した。




お詫びと訂正:前話にてオリ主の角は雄牛の角、と誤って描写していました。正しくは雄羊の角です。すみません。
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