もう風紀委員やめたい   作:ピンク封筒

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9. 悪口は本人の前で言うべき

 

 御堂ツグミの誤射(・・)によってその場にもたらされたものは、静寂であった。

 アビドス高等学校の生徒たちも、便利屋68のメンバーも、風紀委員会も、誰もがその独特な砲声を知っていた。

 彼女だけが所有する、携行可能な火器に限ればキヴォトス最高の火力を誇る迫撃砲の砲声。次いで発生するのは、人ならざる絶叫染みた砲弾の風切り音。

 

 風紀委員会と敵対する状況にあった今、アビドスの生徒はホシノを中心として防御や退避の姿勢を取り、便利屋もまたカヨコの警告により建物の陰へと駆け込んだものの。

 遠く離れた地点からやや遅れて響いた炸裂音に、一同は困惑することになる。

 

 例外は。

 

「“―――”」

『先生! 大隊後方からツグミさんによる砲撃を確認、これは……! 着弾予想地点を表示―――砲撃地点のほぼ真下です!?』

 

 数km離れた座標での砲撃を精確に感知し、その奇妙な弾道までを瞬時に弾き出していた高性能AI、A.R.O.N.Aと。彼女によって警告を受けていた、シャーレの大人のみであった。

 

『被害状況の確認……ツグミさんが意識を失っていますが、大きな外傷はなさそうです!』

 

 ただし譫妄状態にあったような直前の行動からして、彼女の不調が外見に留まるとは思えない、とアロナは分析する。

 ヘイローを持つ生徒は、肉体的にはとても頑強だが精神構造についてはキヴォトス外部の人間と大して変わらない。先日の一件に加え、連邦生徒会が特筆していたツグミの生徒情報を思い返しながら、先生と呼ばれる大人は再びアロナに質問を投げ掛けた。

 

「“向こうで救助の動きは?”」

『……あ、はい! 今アコさんが大隊から救急医学部の医療班を呼んで、納品? 搬送の準備をしているみたいです!』

 

 ならば、今はあえてこちらから動くべきではない。救助活動の邪魔になるし、戦わないで済むのならそれに越したことはない。

 先生の言葉からおおよその事情を把握した周囲の生徒も、物陰に隠れたまま風紀委員会の動きを待った。

 

 

 一方で風紀委員会の陣地でもまた、大きく動揺が広がっていた。

 多くの風紀委員にとって御堂ツグミは信頼に値する同僚であり、そして彼女の運用する火器もまた一種の精神的支柱となっていた。

 一度迫撃砲の砲声が響けば、不良や暴徒、抵抗勢力の鎮圧を確信できるほどに。

 それ故に、一拍遅れて何故か後方から轟いた着弾音には、誰もが肩を震わせた。次いで、焦燥した声音の行政官による医療班要請。アコ行政官を除けば誰も正確に状況を把握できず、下手に動くことは許されないと各々隊長格の生徒は判断した。

 

 結果として、場の膠着が起きる。

 一触即発の状態で見合っていた便利屋とアビドス、風紀委員会は今や三勢力ともが武器を下ろしてお互いの出方を窺うような局面を見せていた。

 

 

「―――アコ。これはどういう状況か、説明して」

 

 幸いにして。

 出張から戻ったゲヘナの風紀委員長が事態を収束させるまで、この静寂が破られるような事態には陥らなかった。

 

 

 

 

 夢を見た。

 

 

『おい。あんたの制服それ、トリニティのじゃん』

『えー、トリニティのお嬢様がなんでこんなとこ来ちゃってんの』

『制服の色からして中等部だし。ガキかよ』

 

『ち、近付かないで!』

 

 当時の私にとってゲヘナはとにかく怖い場所で、品性下劣で野蛮な生徒しかいなくて、出会う生徒はみんな犯罪者なんだと思ってた。

 それは、あながち間違いでもなかったのだけど。

 

『いやあたしら別に何もしないって』

『これだからトリニティは』

『基本、自意識過剰なんだよな。ハイハイ、じゃあねお嬢ちゃん』

 

『……っ!』

 

 まだ修繕も改造も十分ではなかった錆まみれの重迫ちゃんを必死に構えて、撃てもしないその砲口を向け続けた。

 路地裏で、彼女たちが私の横を通り過ぎて行くのをじっと堪えて待つ。

 

 そして結局、何もされることはなかった。

 そんなことが何度もあった。

 

 

『おいおい見ろよ、身代金が服を着て歩いてやがる!』

『バカなトリニティ生だ! そんなボロいガラクタ担いでのこのこ一人でゲヘナに来るなんてよお!』

『良いこと思いついたぜ! こいつのモモトークで他のトリニティ生も呼び出せば一攫千金だ!』

 

『ひっ……!』

 

 ヒャア! と私のスマホをすれ違いざまに抜き取ったゲヘナ生が、勝手に顔認証を解除して中身を弄り始めたり。

 

『―――あっ、こいつ……一人も……』

『えっウソだろ』

『いやマジ、誰も登録されてねえ。グループにも入ってないし』

 

『う……うう……!』

 

 仕方ないでしょ!

 学園にいたらスマホはよく失くなるし、池の中で見つかったりするし、今はまだ誰も登録されてないだけなんだから! 私にだって友達の一人二人はいるんだから!

 一人はちょっと前に初めてモモトーク交換してくれて、トークするのも初めてだったから嬉しくて、それなのにデータが消えちゃって……また会いに行くのも怖くなって……!

 

『お、おいこいつ泣いて……悪かったって!』

『か、返すよこのスマホ! あんたのことも見逃してやる!』

『この辺りは危ないからもう来るんじゃねえぞ!』

 

 友達いないって知られたり。カバンの中身を漁られて教科書とノートだったものを見られたり。

 動揺した不良生徒に無傷で解放されることも何度かあった。

 

 

『チッ、風紀委員か………おいてめえら! こいつがどうなっても良いのか!』

『こっちには人質がいるんだ、下手な動き見せたら分かってるな!』

『へへ、運の悪いトリニティせ―――ごふっ!?』

 

 人質にされたので身を捩って抵抗したら、重迫ちゃんの砲身を顔面に食らったらしい強盗犯から解放されたこともあった。

 あの先輩たちは普通に悪い先輩だった。

 

『あ、あの。助けてくれてありがとうございました……』

『え? いや今のは君が自力で助かったんだと思うけど……』

 

 ゲヘナには私みたいなトリニティの生徒でも助けようとしてくれる子がいることを知った。

 

 

 私が持っていた偏見と、いつの間にか凝り固まっていた価値観が壊されていくのを感じた。

 心の何処かで期待していたことだった。

 もしかしたら、ゲヘナになら私の居場所があるんじゃないかと。

 

 けれど―――。

 

 

「―――今回のやらかしで居場所なんてもの、なくなったんじゃないかしら」

 

 目が覚めた私はまず冷静に記憶を振り返って、轟沈。

 なんというかもう、言葉も出ないわ。

 私はなんてことをしてしまったのかしらと、医務室らしき天井をぼんやり眺め続けること数分。

 

「……」

 

 概ね、私がやってしまったことを整理すると。

 というか、いかに今回の私の罪が重いのかってことをずっと考えていたのだけど。

 

 第一に挙げるべきは、あれが大隊規模での作戦だったこと。もし私のせいで作戦が失敗していたら、単純に迷惑を掛けることになる生徒の頭数が多いというのもそうだし、何よりも……大隊というのは本来アコ行政官が一人で動かせる戦力ではないのだ。

 よってあの作戦はヒナ委員長が立案してアコ行政官が主導した作戦だった可能性が高い。つまりすっごく大事な作戦ってこと。その更にすっごく大事な場面で、私は一人アホみたいに弾を真上にぶち上げて盛大に自滅したわけだ。これは重いわね。

 

 そして第二に、あの場に集まっていた勢力。私たち風紀委員会と便利屋、アビドス……だけじゃない。シャーレとかいう超法規的権限を持ったとんでもない部活の顧問、先生まで来ていたのだ。

 行政官が彼の身柄を確保しようとしていたように、風紀委員会にとっては自分たちの威信を示す絶好の機会だったはず。結果、威信を示すどころか私は実弾を祝砲のごとく真上にぶち上げて自爆。これも罪だわ。

 

 第三に、過去の私の軽率な行動。

 この一件、私の豆腐よりも柔らかいメンタルが爆発したことによって起きたわけだけど、その原因も主に私にある。

 トリニティを好きになれないのは私の個人的な感情で、仕事中に余計なことを考えるべきじゃなかったし。アビドスと便利屋との関係については、あのラーメン屋で私が迂闊なことを言ったばっかりに背負った私の責任()よね。

 

 両手で顔を覆って深く溜息を吐いた。

 ついでに体育座りの姿勢で頭から掛け布団を被って全身を覆う。

 

 あまりにも、罪状が多い。

 これは大いに反省しなくてはならない。

 反省して、もうこんなことがないように―――。

 

「―――わたしわるくないもん」

「そうね」

 

 しかし私の口は全く反対の台詞を紡いだ。

 誰かが布団を隔てた向こう側で相槌を打ってくれたので、私の口がペラペラと回り出す。

 

「だって、仕事中にちょっと私情が混ざっちゃうことくらい誰にだってあることじゃない。私のはそりゃちょっとじゃ済まないかもしれないけど、そもそも私の経歴も知ってる委員長とか行政官があんなトリニティとの条約を見据えた作戦に私を組み込んだのが悪いんじゃないかしら」

「……ええ、ごめんなさい」

「それにね、善意で手を貸したアビドスと便利屋のいざこざがまさかあんな形で返ってくるとは誰だって思わないでしょ。誰が予想できたって言うの。あのお店での私は確かに迂闊だったかもしれないけど、そこに全面的な責任があるかって言われたらそこははっきりと否定したいところよね。便利屋がアビドスを襲撃しようとしてたのが悪いし、そこに付け込むような行政官の作戦だって悪いじゃない。そもそもキヴォトスのために外から来てくれた人を大した話し合いもせずどの学園の合意も得ないまま拘束するって意味が分からないし」

「ええ、私もそう思う」

「そうよね!? 私あんまり悪くないわよね! なんだ、あなた話が分かるじゃ―――」

 

 無条件で肯定されて私はとても気分が良くなった。

 頭から被っていた掛け布団を脱いで、この優しいイマジナリー隣人とお別れしようと思ったら。

 

 ………?

 

「……?」

「……―――!?」

 

 私の隣で淡々と頷いてくれていたのは、ちょこんとパイプ椅子に腰掛けたヒナ委員長だった。

 

 おしまいだわ。

 

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