続いてカウンセリング室に呼んだのはネイルだ。
「私、感染者じゃないんだけどカウンセリングやるんだ」
なんて言いながらネイルは入って来たが、目的は何も心のケアだけではない。
「雑談みたいなものだよ。君と一対一で話したいと思っていてね」
「ふぅん」
とりあえずその椅子に座ってよ、とネイルに促す。ネイルは私の向かいの席に腰を下ろした。
「君と君のお母さんには、重要な役をやってもらうからね。緊張していないか、話を聞いてみたかったんだよ」
私はロープにも言ったことをネイルにも話した。あー、なるほどね、とネイルはロープにそっくりな笑みを浮かべた。
「そりゃあ緊張してるよ。……私がさ、またヘマしたら嫌だし」ネイルは正直に答えている様子だった。「でも、もう失敗しないよ。ロドス、取り返すんでしょ?」
私はネイルの目を見つめた。人当たり良さそうな眼差し。とはいえネイルにとっては、ロドスはあまり縁のないものだった。ネイルがそう思ってくれていたなんて、私は驚いていたのである。
「ネイルがロドス奪還に積極的なこと、とても嬉しく思うよ」
と私が言うと、ネイルは片方だけ垂れているコータスの耳をピクリとさせた。
「そりゃー私にとっては、ロドスは自分の家とかじゃないし、正直どうでもいいけどさ」とネイルは話す。「母さんみたいな病気の人を助けるにはさ、ロドスが必要なんでしょ? それに、イウニやセネトの話も聞いたよ……本当は薬だけじゃ足りないものがあるって」
そうか、ネイルも知っていたのか。あまりあの子たちと関わっているイメージはなかったが、ラズハは医療支援企業だ。患者とすれ違うこともよくあったはず。
「……正直、ロドスアイランド自体は諦めていいと思っているんだ」私は内心を打ち明けた。「艦はだいぶ改造されている。内装もほぼ違うみたいだし」
「分かってるよ? 本当の目的は、オペレーターたちの奪還ってことは」ネイルは話し続ける。「でも、母さんとか、スノーグとか……父さんも、必死で取り返そうとしてるからさ、私も頑張んなきゃなって思って」
ネイルは、ロープと同じ淡い銀灰色の目をしていた。だけどその視線は、彼女なりの覚悟を示しているかのようだった。ロープの娘としてでも、レオンハルトの娘としてではなく、一人のネイルとして……レナハートとして私の前にいてくれているのだと私は改めて感じた。
「ありがとう、ネイル。君は本当に、ロープの自慢の娘なんだな」
と私が言うと、ネイルは大きく目を見開いた。
「母さんがそんなこと言ったの?」
「ああ、言ってたよ」
そう私が頷くと、ネイルは苦々しい顔を浮かべた。
「どうしよ、私の変な話とか聞いてないよね?」
「え? 変な話は聞いていないけど……」私は一旦ネイルから目を逸らす。「君が木登りをして下りられなくなった話は聞いたよ」
「あー! 覚えてる覚えてる!」ネイルは笑顔になった。「母さんの真似したくて木登りしたことがあってさ。鉤縄とかなかったから、そこら辺のツタを使って。でも木から見下ろす地面があんまりにも高くて、ずっと泣いていたっけ」
それからネイルの耳は垂れ下がったが、それは悲しい思い出というより、懐かしむような感じだった。
「母さん、すぐ助けに来てくれてさ。嬉しかったんだよね」とネイルは言う。「でもさ、思うんだよね。私は本当に母さんに憧れて泥棒になったけど、母さんは、私に違う何かになって欲しかったのかなって」
私はその言葉に少し驚いていた。そして同時に、二人は優しいということも分かって。
「なぁに、ドクター。ニヤニヤしてない?」
「いや、なんでもないよ……」
私は口元を覆ってなんとか表情を繕った。彼女たちがいい親子であることに、心から和んでいたのである。
「とりあえず、カウンセリングはここまでにしようか。ありがとう、ネイル」
「はーい」
私が席を立つと、ネイルも立ち上がってカウンセリング室を出て行った。とそこにはレオンハルトが待っていた。
「娘と二人きりで話してるから、なんかヤバいことしてないかなって見張ってたよ」
とレオンハルトは爽やかな笑みでそんなことを言い出す。
「なんにもヤバいことなんてないよ、父さん」
そう言ってレオンハルトの腕を小突くネイルを見て、この二人も普通の父娘としての関係を取り戻そうとしているんだなと私は思った。
「ネイルがそう言うならそういうことにするけど……」とレオンハルトの視線は私に向けられる。「俺とのカウンセリングはしてくれないのかな? ね、ドクター」
「君はいつも色々話してくれるから必要ないかと……」
「えー! もっと話そうよ、俺と! どうしても話したいこととかあるでしょ? ね?」
と言うなりレオンハルトは私の首に腕を巻きつけてきた。
「ちょ、首締まる締まる……!」
ギブアップだから、と私がレオンハルトの腕を叩くと、目の前のネイルは声をあげて笑った。
「ふふふっ、何やってんの、二人とも」
ネイルのその笑顔を見て、私は彼女と初めて会った時の顔を思い出していた。いつも装うように笑っていたあの時の泥棒コータスとは違う。私は彼女たちの笑顔を、ちゃんと守りたいと思った。
「ドクター? 俺の娘に惚れたらダメだからね?」
「そうじゃないよ……って力入れないで」
こんなじゃれ合いも、私は結構好きなんだよな。