私はそうして、艦内に残ってくれたオペレーターや新しく来てくれたオペレーター、以前はロドスにいたオペレーターたちの行動や戦闘スタイルから多くの作戦資料の製作や作り直しを何度も繰り返していた。
おかげで夜が来てもあーでもないこーでもないと考えてしまい眠れない日々を送る中、ふと外を見やると微かに何かの旋律を聴いた気がした。私は防護服を羽織って甲板に出る。やはり旋律の主は夜の空気に佇んでいた。
「……眠れないのか」
私がその主に近づくと旋律は止み、こちらに目もくれないまま私にそう問い掛けた。私は、彼の横顔を見つめた。
「ロゴス」
「なんだ?」
ロゴスはようやくこちらを向く。ほの暗い灰色とも青色とも取れるロゴスの髪の毛を月明かりが照らしてほんのりと彼の存在を夜から浮かび上がらせている。ロドスで羽織っていた制服は六年前に失ったのだろうが、ロゴスの身につける衣装は特別なもので作られた羽衣のようだった。まるで彼の身につけるものは袖の先すらロゴスの一部であるかのように気品に溢れ、何気ない動きさえ見落とすことの出来ない神秘性に包まれていた。
「ドクター、うぬが我の目を好ましく思っているのは分かってはおるが、少しの言葉くらい聞かせてもらってもよいのではないか?」
「ああ、ごめん」
私は夕焼け時のような色をしているロゴスの目が好きだ。虚ろとも、真っ直ぐとも見て取れるその眼差しに私はつい吸い込まれてしまう。
「ロゴスの音を聴いた気がして。なんとなくここに来たらいたからさ、つい」私は体ごと横に向け、そこにある柵に両肘を預けた。「ロゴスって、とても夜が似合うよ。ああ、いや、サルカズだからって意味じゃないよ? 本当にそう思ったんだ」
「そうか」
ロゴスはフルートを下ろし、私の傍らに並んだ。夜の帳ってこんな感じなのかな。ロゴスが使う呪文を思い出しながら、ゆっくりと息を吐く。
「うぬが種族を気にして差別するような者ではないことは知っている」ロゴスの回答はそれだった。「眠れぬなら我が安眠の呪術を施そうか」
「いや、いいよ」
少なくとも、今は。
私が首を振ると、ロゴスの衣装が、動きや風もないのに揺れた気がした。私はやはり、ロゴスの衣装には特別な何かがあるのではと錯覚してしまう。
「……?」
ロゴスは不思議そうにこちらを見つめた。綺麗な顔に見つめられると男の私でも少し慌ててしまう。ロゴスって、男なんだよな……? 私、大丈夫だよな?(セクハラにならないよな?)
「どうやらうぬは、我の目以外も好ましく思っているようだな」
私の目に何が書かれていたというのか、図星を突かれて否定が出来ない。
「そうはっきり言うなよ、恥ずかしいな……」
ロゴスに言葉で勝った試しはない。いや、実力も彼の方が上か。
「我は恥ずかしいと思ったことはないが」
でしょうな。ロゴスにもう少し羞恥心があったなら、昼夜問わずフルートを吹いていたりしないのだ。
「でもまぁ、ロゴスとこうしてゆっくり話せるタイミングがあって良かったよ」
私は夜の空気を眺めながら言った。ロゴスが来て早々、矢継ぎ早にラズハの話をし、休まる暇もないまま色々なことが起こり過ぎた。ロゴスは私の横で自分の片肘を抱いた。
「ドクターが小さき子になっていた時は、声を掛けようか躊躇したが……見ているだけで滑稽だったな」
「うっ……見ていたなら助けてくれよ」
「楽しんでいるようにも見えたが」
「まぁ、そうかも」
そのあと夜風が吹いてきて私たちの頬を撫でた。風ってこんなに心地がいいんだっけ。それともロゴスの隣が居心地がいいのかな。
「ありがとう。ロゴスと話していたら、少し気持ちが和らいだよ」
それは不思議なことだった。ロゴスが夜の沈黙を大事にするからかもしれない。
「我は何もしていないぞ?」
ロゴスは私の心境を知ったのかどうなのか、あまり変化のない顔を向けた。私は出来るだけ優しく笑ってみせた。
「そういうところがいいんだよ」
「そうか」
それからまた私の周りには沈黙が横たわって、ロゴスはおもむろにフルートを口に当てた。静かで綺麗な音だ。ボーッと聴いていると久しぶりに眠気を感じて深呼吸をする。それが呪術だったりするのかな? 私にはさっぱり分からないが、しばらくロゴスの笛の音を聴いて部屋に戻った。
脳内で繰り返すロゴスの笛の音で、私はようやく眠りについた。