そんなこんなで翌日を迎えた朝。
私が執務室で最後まで出来ることを、と仕事に追われていると、ケルシーが何かを持って入ってきた。
「おはよう、ケルシー。今作戦資料の見直しを……」
「これを」
「……?」
珍しく言葉短く終わったケルシーの言葉に不審さを抱きながらも、デスクに置かれた小さな機械を見やった。……ボイスレコーダーだ。
「これはあの時のボイスレコーダーだ。私が所持していても意味のないものだったが、渡すタイミングというものがあると判断し、ずっとこちらで保管していた。私にはそれをどうするか決断することは出来ない。処分方法はお前に任せる」
そう長々と言い残してケルシーは執務室をあとにした。私はますます不審さを抱きながら、立ち去ったあとのケルシーの背中を見、ボイスレコーダーへ視線を落とす。
再生ボタンを押すと、バタバタという忙しない足音と微かに爆ぜる火の音、そして、ケルシーの声が聞こえたのだった。
ケルシー「早く来い! こっちだ!」
「おい、どこに向かってるんだ。そっちは……」
聞き覚えのある声を今は誰か認識しないようにしたまま、ガタンと重そうな扉が開く音を私は静かに聞いていた。ケルシーの話し相手が一瞬息を飲んだ音を聞いた気がした。
「これは……」
ケルシー「お前にはこれがなんなのか分かるだろう。お前の技術をヒントに密かに作っていたものだ」
「こんなことをするために考えたものじゃない」
ケルシー「だが、今はドクターがいない。お前はその理由を知っているんだろう」
「……」
ケルシーの話し相手は無言を貫く。思考を巡らしているかのようだった。
別の声「やめろって! 俺は入らねーって!」
別の声2「俺だって入りたくねーよ、そんなもん!」
どうやら複数人が近くで暴れているような騒々しさがあった。誰かなのか何かしらの力で抑えているのか、聞こえてくる音は常にうるさかった。
ケルシー「敵の注意は充分気を引いた。二度と同じ損失はしない」
ケルシーの冷静な声はそこでも揺らぎはしなかった。
「……何年だ」
すると、ケルシーに最も近い彼は唐突にそんなことを聞いた。そうか。もう分かっていたのか、彼は……。
ケルシー「五年だ」
その回答に、彼は何か言い返すことはなかった。それを良しと判断したケルシーが、更に話し続けた。
ケルシー「暴れる奴らを抑えて全員を石棺に入れろ。この部屋の安全は保証する」
女性の声「ソーンズ!」
ドキリとした。本当は最初から分かってはいた。ケルシーの話し相手はソーンズで、女性の声で私の認識を明確なものとしてしまう。そして私は、その女性の声が誰かも、もう分かっていたことも。
ソーンズ「……レッド」
レッド「マホガニーもツルギもいないの……!
まだ中にいるのかも! 早く探さなきゃ! あの子たち、まだ赤ちゃんなのに……っ」
泣き崩れたような音がした。レッドのすすり泣きに私はボイスレコーダー越しに胸が苦しくなる。レッドは最後まで、双子たちのことを気にかけていた。知らなかった事実に、私の手はいつの間にか震えていた。
ソーンズ「マホガニーとツルギは大丈夫だ。ドクターと一緒にいる」
その通りだ。
レッド「じゃあ、ドクターのところに行ったら……」
ソーンズ「今は無理だ」
レッド「え」
ソーンズ「ロドスはかなり消耗している。引き返すのは無謀だ」
レッド「じゃあ……じゃあどうしたらいいの、ソーンズ!」
ソーンズ「この中に入れ、レッド」
レッド「嫌だ! マホガニーとツルギも一緒じゃなきゃ嫌だ! レッドだけでも戻っ……」
パチン、と手と手がぶつかるような音がした。私はボイスレコーダーを聞いているだけなのになぜか目の前で映像が浮かび上がる程その時の様子が見えた。ソーンズが、レッドの手首を掴んだのだ。
ソーンズ「最後の別れじゃない。……ただ、五年間眠るだけだ」
レッド「五年……?」
ソーンズ「その時にまた、マホガニーとツルギに会えばいい」
ソーンズの声も、ずっと冷静だった。
「……」
やがて、遠くで暴れているような音も聞こえなくなり、沈黙が横たわる。ただ私がボイスレコーダーを止めなかったのは、レッドが考え事をしている時にやる、靴底で床を擦る音が聞こえたからだ。レッドの足癖だった。
レッド「分かった」
ソーンズ「だったら……」
レッド「ソーンズと一緒のところに入る」
ソーンズ「おい、レッド……」
ドォン……!
激しい爆発音と共に、誰かが近づいてきた。これは、ロゴスの声だった。
「早めに終わらせないと、敵にここのことも明かされてしまう可能性があるぞ」
ロゴスが何かしらの方法で、主要オペレーターたちを冷却保存する部屋を保護しようとしているらしかった。言葉は短かったが、そういうことなのだろうと安易に推測はついた。
「ソーンズ」
ケルシーが呼んでいる。
「分かった」
ソーンズはそれだけ応えて。
「ソーンズ、レッドと一緒?」
「ああ」
……………………。