「侵入者発見、侵入者発見。待機兵はただちにDブロックへ急行せよ──」
トイフェル内はますます騒々しかった。警報と機械音声が常に鳴り響き、マホガニーが感情任せにスピーカーや監視カメラを破壊してもまだけたましく音を発し続けるばかりだった。
「あーもううるさいなぁ!」
とマホガニーが言うのも、彼はループスの耳があって音には敏感だからだろう。とはいえコータスであるスノーグラウスも更に耳がいいような気もするが、彼は冷静だった。
「これくらいは想定範囲内だ」
とスノーグラウスは言って。
「そうだけどさぁ……」
そう言いながらマホガニーは向かい来る敵をひょいひょいと倒していった。息が一つも上がっていない。私は彼らについて行くだけでも息絶え絶えなのに!
「大丈夫? ドクター、息切れがすごいけど?」
いつも私の歩調に合わせてくれているのか、レオンハルトは横から声を掛けて背中をさすってくれる。
「ちょっと、休ませて……みんな走るの早いよ……」
と私はみんなからの有無も聞かないまま立ち止まり、壁に手を当てる。体を鍛える時間も余力もほとんどなかった。完全なる私の運動不足だ。
「ドクター、走るのが大変なら俺の膝の上に乗るか?」
「え」
そんな突拍子もないことを言ったのはスノーグラウスだった。スノーグラウスはもう走って戦える程になっていたのに、すっかりR-0c改を気に入ってほとんどを車椅子で移動していた。だとしても、スノーグラウスの膝の上に乗るのはちょっと気が引ける。私なんかが乗っても潰れる筋肉ではないだろうが、何よりまだ、私の方が背丈があるのだ。
「なんかそれは絵面が良くないっていうか……」
と私が言い淀んだが、スノーグラウスは全く気にしていなさそうに、むしろなぜ嫌がるのかと言いたげに見つめ返してくる。こんなところでもスノーグラウスの天然は本領発揮中だ。
「車椅子の兵士がいるなんて舐められたものだな!」
その時、どこからか声が飛んで来て砲撃の音がした。ロゴスが宙に呪文を描き始めたのが見えた。
「薄明に輝く星、知の黎明よ」
ロゴスの呪文によって無効化された敵からの砲弾が、ゴロンと私の足元で落下してきた時にはギョッとした。人に当てていい大きさじゃない。無論銃弾だって当たりたくはないが。
「チッ、当たらねーか!」
と通路の影から出てきたのは砲撃兵だった。もう新しい援軍が来たというのだろうか。砲撃兵はこんな室内だというのに砲台に弾を込めようとその場にしゃがみ込んだ。
「させねーよ!」
そうはさせないと、マホガニーが一気に距離を詰めたが、まさかここに砲撃兵しかいないという訳ではなかった。砲撃兵を守るようにゾロゾロと近距離戦闘員が流れ込んできたのだ。マホガニーは身を翻して素早く距離を取った。
「こんなにいたのか!」
とは言っても、あまり焦っている様子ではないマホガニー。この程度の数だけの兵士なら、訓練室にいた兄たちの方が勝っているだろう。それに……。
「斬る!」
奇襲攻撃を得意とするツルギは、セネトを背中に背負ったまま天井の通気口から飛び出して敵たちに斬りかかる。
「なんだこいつ、どこから来たんだ!」
「変な技を使うぞ!」
狼狽える敵の兵士たち。ツルギにはセネトがぴったりとくっついているので、彼女の攻撃には不思議な術攻撃も加わっていることだろう。慌てふためく敵はツルギに対策を立てられないまま次々と倒れていった。
「いいなぁ……イウニも行こうぜ!」
ツルギの戦闘スタイルに感化されたマホガニーが、イウニに声を掛ける。イウニは頷いた。
「うん、行こうっ」
イウニはマホガニーと手を繋ぐ。そしてマホガニーが剣を振ると、そこから放出されるのが半透明の液体ではなく、紫光りする鉱石と変化する。
「ひっ、なんだコイツの能力……!」
「うわぁあ、動けねぇ!」
「に、逃げろ!!」
狼狽える一部の兵士たちは、マホガニーとツルギの見たことない攻撃に撤退し始めようとした。撤退してくれるなら丁度いい。無用な戦いをしなくて済む……と思ったが、戦場というのはいつだって思うようにはいかないものだ。
「退くな! 進め!」と誰かの大声が敵側から聞こえた。「俺らを邪魔する奴らは全員蹴散らせ!」
私たちは一斉になって顔を上げた。そこには、角に鈴をつけたエラフィアの男……カジンがいたのだ。
「で、でもあのガキたち、おかしな技を……っ!」
怯えた声で兵士はカジンに抗議をしようとした。だがカジンは、全く恐怖を抱いていなかった。
「あのガキにくっついているサルカズの子どもを狙え! あのサルカズのガキの方が危険だ!!」
見抜かれていたのか……私は予想はしていたが、まさかこんなにも早く見抜かれるとは思ってはおらず、冷や汗を拭うことも出来なかった。
「俺たちの目的を忘れるな! お前らもコピー兵器になりてぇのか!」
とカジンが自らの味方に対して脅迫めいたことを言う。なんてことを言うんだ。彼らだって生きている人間だというのに……。
「落ち着け、ドクター」そこに、ケルシーが私の拳に手を添えてきた。「奴らの言葉にいちいち耳を貸してやるな。今は私たちの目的を果たすんだ」
「……分かっている」
私はなんとかそう返事をし、マホガニーとツルギがイウニとセネトを守りながら敵と戦い始めたのを見守った。ここを突破するにはカジンたちの敵陣を突っ切るしかないようだ。私は冷静に、ここからの突破方法が他にないかと考えを巡らせる。
と交戦中の彼らを注意深く観察している時、カジンの姿がいつの間にかないことに私は気がついた。私は声を張り上げた。
「カジンがステレスしている可能性がある! 気をつけて!」
直後、それを見抜いたのは私の後方にいた人物だった。
「三時の方向だ!」
トターの声だった。
マホガニーとツルギは訓練で散々練習していたのか、同時に反応した。ツルギは大きく跳ねて後退し、その後ろにいたマホガニーがイウニを抱えたまま片腕で剣を振った。何もなかった空間に、誰かがいきなり現れて倒れたのだ。
「うっわ、なんだよこの液体! 気持ち悪いな!」
カジンはすぐに体勢を持ち直しながら羽織っていた上着を脱ぎ捨てる。上着に筋弛緩剤が掛かったのだ。
「次こそは……!」
そして瞬く間にカジンは空気中へ姿を消した。まるでロドスにいるサヴラの彼みたいだ。
「見えているぞ! 十時の方向だ!」
しかしトターはスコープもなしに裸眼でカジンを目視した。次はツルギが攻撃を仕掛ける。血がわずかに飛んだ。かすり傷を負わせたようだ。
「今の内にこっちから行こう」
別のルートを見つけたケルシーが、私たちを呼ぶ。私はとめどなく流れてくる兵士たちと戦い、カジンの相手もしているマホガニーとツルギたちを見やった。出来ることなら私は彼らを連れて行きたかった。
「私は……」
私が言いかけた時だった。
「お前ら、コイツからやれ!」
カジンの声が間近から聞こえたのだ……!