「ふぅ、ありがとう、二人とも」
私は子艦からトイフェルの甲板に飛び移って着地した。イネスとムースに助けられてではあったが、何度やっても高いところから飛び降りる行為は慣れないと思う。
「先に行ってるわ」
私がトイフェルの甲板に着地するなり、イネスがそう言って瞬く間にその場から立ち去った。イネスの行動は大体が単独行動だった。偵察兵ならではといったところだろう。
「行こう」
「はいっ」
私はムースを連れてトイフェルの内部へ侵入しようとしたが、その前に気になることがまだあった。
「ムース、トイフェルが真っ二つになった理由を何か知ってるかい?」
と私は聞いてみたが、ムースは俯くばかりだった。
「ごめんなさい、ムースもよく分からなくて……」とムースは答える。「ムースは、サンドレコナーさんと敵の捕虜を誘導していました。そんな時、トイフェルが横から真っ二つに切られていて……」
「何か異変はなかったのかい? 例えば、音がしたとか」
「音……そういえば轟音のようなものが聞こえたような……」
とムースが考え込んだところで甲板にある扉がガタン! と開いた。
「アハハ、気づいちゃった?」甲板に上がってきたのは、赤毛のアダクリスだった。「そう、僕がやったんだよ?」
「アイディー……」
私は赤毛の彼女を睨みつけてみた。だがアイディーはそんなものは全く怖くないと言うかのようにヘラヘラと笑みを崩さなかった。
私は庇うように前に出てくれたムースに目を向ける。スノーグラウスですら苦戦した相手を、ムース一人に負わせるのは酷だ。だが私には戦う術はない……思案している間にも上空ではどんどんと黒い雲が広がり始め、ここは彼女のテリトリーなのだと改めて思い知ってしまう。
「アイツをやれ!」
アイディーの声を合図に、後ろで控えていたらしい彼女の部下がゾロゾロと流れ込んできた。敵の数は圧倒的に多い。こっちは私とムースだけだ。
私はこの状況をどうにか打破する方法はないかと甲板を見回した。私たちの後ろ側にも扉があることを発見するが、ここで少しでも動けば何かしらの遠距離攻撃を放たれるのは目に見えていた。何かきっかけがなければ動けない……。
「我らが神よ、お聞き下さい……」誰かの声が近づいてきた。「鈴の音来たりて、風雪を纏う」
その声は徐々にこちら側に近づきながら、上空で立ち込めていた暗雲がたちまち白く輝き始めた。
それがなんなのかと私が見上げると、その雲からハラハラと白い雪が降り始め、私たちとアイディーたちの間にいる白い影がはっきりと見え始めた。
「不浄は清めなければなりません」と言いながら白い影がベルを掲げる。「ここは身友にお任せ下さい、ドクター」
「プラマニクス……!」
白い影はプラマニクスだった。
どうやってここに来たのか分からないが、今は気にしている場合ではないだろう。私はプラマニクスを見、敵の数を確認する。……いくらプラマニクスが相当な巫術を使うとしても、あの数を倒すには一筋縄ではいかないはずだ。
「何ボーッとしてるの??」
「ドクター!」
考え込み過ぎたようだ。アイディーがいつの間にか目の前まで詰め寄ってきて、そばにいたムースが迎撃をする。アイディーは易々とかわしたが、次には敵の兵士がゾロゾロと流れ込み、私たちは後退せざるを得なかった。
ゴロゴロ……!
頭上では雷が轟き、それを塞き止めるように白い雲が割り込んだ。アイディーの雷のアーツはもうじき落ちてくるだろうが、このままだと味方もろとも巻き込むのではないだろうか?
「はぁ!」ムースが一人の兵士を倒し、私を振り向く。「ドクター、あちらのドアの方まで行きましょう!」
とムースに手を引かれて私は走り出した間際、倒れた兵士の項が見えた。項にはトイフェルのマーク……炎の形をした入れ墨が刻まれていて、彼らは造られた生命体なのだと私は気づいた。
「早くしなさい、こっちよ!」
もう少しで扉に辿り着くところでイネスが出てきて私たちを呼んだ。と同時に空から雷が無差別に降ってきた。敵は雷によって何人か倒れたが、私たちの行く手も阻んでいる!
「カランドの神々よ、どうか我らに祝福を!」
そこを切り裂くように降ってきたのは、プラマニクスの張り上げた声だった。少し離れたところから聞こえる声は鈴の音と共に広がり、それはやがて上空から降り注ぐ雷雲を覆い尽くした。雷が止んだのだ。
「「ドクター!」」
その時、イネスの足元からマホガニーとツルギが飛び出してきた。良かった。二人はちゃんと、イウニとセネトと共にいる。私は扉に向かって走りながら、次の指示を出した。
「イウニ、セネト!」
私がこう呼ぶ時、どうしたらいいのか子どもたちにはすでに伝えていた。マホガニーとツルギはイウニとセネトを連れて一歩前に出てくる。そのすれ違いに私は扉の奥へ飛び込んだ。
後ろではイウニとセネトが、マホガニーとツルギにそれぞれ手を繋いで立っていた。イウニとセネトの術攻撃は、ブルー生命体に効果的だった。ブルーグラスいわく、ブルー生命体を造り出す時に用いる再生する金属が、イウニとセネトが放つ鉱石のような術と磁石のような反応を示すらしい。
たった今アイディーが引き連れていた部下たちはブルー生命体のマークがあったことは確認済みだ。だが全員がブルー生命体ではないのかも……と半分自信はなかったが、結果は予想通りだった。
イウニとセネトの突き出した手中から飛び出した紫光りする黒い鉱石が、空中で塊を作って静止した。それに反応するかのように次々と敵は黒い鉱石に吸い寄せられ、全員の兵士たちの動きを封じたのだ。
「何があった!?」
アイディーは驚き、狼狽えている。私は子どもたちに声を掛けた。
「行こう」
あとはプラマニクスに任せ、私たちは扉をくぐった。これから階段を下りる。目的地はもうすぐそこだ。