双星方舟〜ラズハ・シップ〜   作:青瑠璃

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決戦

 

 ドドォ……!

 私たちの背後で、金属やらなんやらが勢いよく落ちて崩れる音が響いた。

 気づけば私はロゴスに抱えられて走っていて、マホガニーとツルギも、イウニとセネトも地面を走っていた。ちょっと待って、私も走ると言いたかったが声が出ない。あの刹那に多くのことが起こり過ぎたのだ。

「もう少しでラズハのはずだ」

 ロゴスが落ち着いた声で走りながら私に言ったのだと思う。私は声も出ないまま向かっている先を見やると、黒いコータスの少年と、青髪のエーギルの姿が見えてきていた。スノーグラウスとブルーグッピーだ。

「敵は?」

 近づくなり、スノーグラウスが訊ねた。そういえばパラレルはどうしたのだろう。カジンやアイディーは? 聞きたいことは山程あったがやはり声は出ず、私はスノーグラウスを見つめるばかりとなった。

「もしかして敵は……あれですか?」

 その場からずっと動かず立ち続けていたのであろうブルーグッピーが、何かを見据えたまま訊いてきた。私はギョッとし、ロゴスが振り向いたままそこにいる誰かを目視した。

 

 紫髪のサルカズの女だった。

 

 長い髪は背中を覆う程で、サルカズの特徴であろう角が二本、先端がわずかに曲がっているのが特徴の女。パラレルだった。

「お前たちも……ワラワを殺せぬというのか」パラレルがぶつぶつと呟く。「だったらお前らを……っ?!」

 パラレルが飛びかかってこようとした寸前、一閃の光が行く手に割り込んだ。気づけば赤毛の女が真っ黒な武器をパラレルの喉に突きつけて後ろから引き止めていた。

「もうやめよう、パラレル。僕はもうキミを止める力がないよ」アイディーだった。「キミはとんでもなく強かった。僕の憧れだった。いつか殺してあげるって夢を叶えてあげたかったけどさ……」

 アイディーは武器を落とし、そのまま倒れてしまった。私はロゴスの腕から下ろしてもらったが、アイディーの元に駆けつけるにはパラレルの前を通らなきゃならなかった。

「君の目的は……自分を殺してくれる人を探すため、だったのかい?」

 私はパラレルに問いかけた。パラレルは、ニヤリと笑った。

「少し昔話をしてやろう、ドクター」パラレルは静かに話し出した。「カズデルには意味の分からない話が何万も潜んでおる。それはそこのバンシーがよく知っているだろう」

 とパラレルはロゴスを一瞥しながら言った。私はパラレルの言葉を待った。

「ワラワのいた集落にもそういった奇妙な話が蔓延っていた。それはまるで呪いのように代々受け継がれ、忌々しい血はこのワラワにも烙印を残した……」

 私はパラレルの言っている話が全く読めなかった。だがロゴスは気づいたらしい。ロゴスは口を開いた。

「もしやうぬは、ヴァルヴォールの者か?」

「え?」

 私はロゴスを振り向いた。

「生まれながらにして罪を背負ったサルカズ……と云われてはおるが、それはもう何百年も前に失ったはず。それに、生まれながらにして罪を背負う者は、例えサルカズだろうと一人も……」

「黙れ!」ロゴスの口を遮ってパラレルは大声をあげた。「ならばこの力はなんだ! なぜワラワは死ぬことが許されぬのだ!!」

 パラレルは背中からいくつもの枝状のアーツを伸ばして騒ぎ立てた。枝状のアーツはまるでパラレルの手足のように震え、それが音もなく静かにイウニとセネトに伸ばされた。

「黒紫のアーツ……そういえば、ワラワの集落にはこのような言い伝えがあったのう」パラレルは悠長に語る。「悪魔は黒紫によって滅ぼされる。我らの願いは黒紫によって救われると」

「離れろ!」

「離れて!」

 マホガニーとツルギが咄嗟の判断でパラレルの枝状のアーツを断ち切った。イウニとセネトの命まで奪われる訳にはいかない。

 だがそんなことはどうでもいいかのようにパラレルは怪しく笑った。

「ワラワの望まぬこの力で、その子どもらの命を奪ったらどうなるだろう? 悲痛で泣き叫ぶだけか? それとも憎悪に狂って、ワラワを殺すと?」とパラレルは話す。「ならばそれでも良い……ワラワの救済は、死のみだからのう」

「どうして……」

「どうして、だと? 笑わせてくれるな!」パラレルは声を荒げた。「この絶望に溢れた世界になんの希望を見い出せと? ワラワの与えられし力は、ワラワに苦痛をもたらした! なぜ、なぜ生きてしがみつかなくてはいけないというのだ!」

 私は首を振った。

「違う」私は静かに言葉を返した。「どうして、周りを巻き込むようなことをしたんだと聞いているんだ」

 するとパラレルは狂ったように笑い出した。

「クククッ、その問いの答えは簡単だ。お前たちは滑稽なものでのう、仲間を一人やると、ワラワを本気で殺そうとするのだ。お前たちもそうだろう? ワラワが憎いだろう?」

 そのパラレルの答えに、私は強く拳を握った。

「マッドグリーンは、そのために体を張った訳ではない」

 マッドグリーンは、帰るつもりだった。きっとそのはずだった。私も、全員を無事に連れて帰るつもりだった。

「ならワラワが、生きていることへの絶望を与えてやろう!!」

 パラレルは素早く両腕を広げた。彼女は、まるでサーカスで催し物を披露する時かのようにケラケラ怪しげに笑いながら紫のアーツを無数に伸ばしたのだ。

「「ドクター!!」」

 瞬時にマホガニーとツルギが私を守ってくれたが、作戦変更をするつもりはなかった。私は後退する。

「戦うな! 撤退だ!」

 そうして私は踵を返し、皆も早くラズハに帰って来いと指示を出した。

 マホガニーとツルギはパラレルのアーツ攻撃を押し返し、立ち尽くしたままだったイウニとセネトを連れて徐々に後退を始めた。後退の補助にロゴスが呪術で助けてくれている。

 イウニとセネトも……セネトの精神的ショックが気にはなったが、彼らも変わらず戦い続けていて、紫光りする黒い鉱石が飛び出しては砕け、パラレルからの猛攻を防いでいた。

 だが、このまま逃げるだけではラズハにも被害が及ぶかもしれない。

 パラレルを撒くしか方法はないが、攻撃は絶え間なく仕掛けられ続け、防御ばかりしているこちらは消耗するばかりだった。

「マホガニー!」

 その時、イウニがマホガニーに呼びかけて襲いかかってきた攻撃を鉱石状の術攻撃で防いだ瞬間、わずかに向こうの動きが鈍くなったのを私は見逃さなかった。振り向いてセネトの術攻撃を見ると、やはりパラレルのアーツの動きを少しばかり鈍くさせている。これはチャンスだと思った。

「イウニ、セネト、壁を作れるか!」

 私は二人に聞いてみた。イウニとセネトは私の突然の問いに驚いた様子ではあったが、答えはYESだった。

「マホガニーとツルギは少し隙を作ってくれ!」それから私は傍らで離れずにいてくれているロゴスを見やる。「ロゴスも補助を頼む」

「うむ」

 マホガニーは私の指示を聞くや否や、武器を持ってパラレルに突っ込んだ。パラレルはすかさず応戦しようと身構えたが、マホガニーの武器から液体が飛び出してきたのは予想外だったらしい。

 パラレルは枝状のアーツで筋弛緩液を防いだが一部がかかったようで体勢を崩しかけた。そこにすかさずツルギが飛び出して斬りかかる。パラレルはよけようと後ろに飛び跳ねたが、着地の体勢は取れずに尻もちをついた。

「戻ってこい!」

 私が言うとマホガニーとツルギは戻ってきて、すぐには術攻撃の準備をしていたイウニとセネトと手を繋いだ。あとは指示通り、大きな壁の生成をするだけだ。

 今の内に、と私たちはラズハへと急いだ。森の中に隠すように佇んでいる戦艦を見つけ、そこに三人のコータスの姿を見た。

「早く、こっちこっち!」

 レオンハルトの声だった。

 レオンハルトがラズハの間近にいるということは、連れ出したオペレーターたちは無事だということだった。レオンハルトのところにはロープとネイルの姿があり、そこまで日にちも経っていないというのに久しぶりな気がした。

「ドクター、早く!」

 とロープが私に手を差し伸ばしてくれたが、後ろのマホガニーとツルギが気になった。

「子どもたちを先に!」

 私は先に走り寄ってきたイウニとセネトをロープに、近くにいるネイルにマホガニーとツルギを任せようとした。だが敵の攻撃は、まだ止まってはいなかった。

「な、何あれ!」

 ネイルが叫ぶと共に、バキバキと木々が次々と折れていく音がこちら側にどんどんと向かって大きくなった。振り向くと目前に嵐が迫っていたのだ。考えなくても分かった。パラレルのアーツだ!

「マホガニー、ツルギ、早く!」

 私は口の中に砂埃が入るのも気にせず叫んだ。アレが天災による嵐ではないのならこのラズハでも耐えられるはずだ。中に入れば大ダメージは避けられる。

「凍てつけ!」

「明鏡留水!」

 スノーグラウスとブルーグッピーが術攻撃を放ったが、嵐は無情にも弾いてこちら側に迫ってきていた。私はマホガニーとツルギに精一杯手を伸ばした。

「こっちだ!」

「「ドクター!!」」

 マホガニーとツルギが、腕をいっぱいに伸ばしている……。

「邪魔だ」

 へ?

 もう少しでマホガニーとツルギの手を掴むというところで、私は誰かにぶつかられてフラついた。誰かがラズハから出てきたのだ……ということだけは分かったが、それが誰かまではよく見えなかった。

 そのまま誰かは嵐の中に突っ込み、私は血の気が引いた。まだ動ける体じゃないはずなのに、どうして……?!

「ソーンズ!?」

 ソーンズは私の声に一度も振り向かないまま、あの独特な形をした武器を振り下ろしていた。すると嵐が唐突に止み、その渦中にいた主が倒れたのだ。パラレルがマホガニーとツルギの真後ろまで迫っていたらしい。それを、ソーンズが一振りでトドメを刺したのだ。

「おいで」

 いつの間にかレッドもいて、立ち尽くすマホガニーとツルギを同時に抱えた。二人には、記憶があったというのだろうか? 自分たちに子どもがいたということを?

「覚えているのか、二人のことを……」

 嵐が止み、静けさだけが支配した世界で私の声だけが響いたみたいだった。

 ソーンズはゆっくりと立ち、動かなくなったパラレルを見下ろしたまま答えた。

「いや、何も。だが、体が動いていた」

 すると、レッドも。

「レッドも、なんとなく」

 ガサガサ……。

 直後、茂みから音がして私たちは素早く目を上げる。フラフラになっているアイディーが、木の枝を使いながらこちらに向かって歩いてきたのだ。まだ戦うつもりなのかと思ったが、ロゴスが呟いた。

「奴にもう戦う力はない」

 私たちはアイディーがパラレルの体に覆い被さるように座り込んだのを見守った。アイディーはこう言っていた。

「ああ、パラレル、また死ねなかったね」

 嘲笑とも取れる笑いを零して。

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