双星方舟〜ラズハ・シップ〜   作:青瑠璃

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 私はジェイにイネスを抱えてもらい、すぐにラズハに戻った。

 通り過ぎる人たちにその女は誰なのかと聞かれたが私は取り合わずに病室へ向かった。

 そして検査もしてみたが、イネスはボロボロだったが、目立った外傷がなかったのだ。やや栄養失調が見られたが致命的なのは恐らく、疲労だろう。

 一体何があったのかと、私はイネスの病床の横でずっと看病していた。彼女程の実力がある者がこんなにボロボロになるまで体を酷使したのには訳があるはず。

 そうして三日間看病し続けたあと、私が疲労でうっかりその場で眠ってしまった時、彼女は目覚めたらしい。

「ここ……どこ?」イネスの声を聞いた気がする。「ちょっとそこのあなた、起きなさいよ。どういう状況か説明しなさい!」

「ん……イネス?」

 私はイネスの声に起こされて顔を上げる。いつも通りの彼女の顔に私は涙腺が緩み、抑えようと私は眉間に手を当てた。私、こんなに涙腺が弱いんだったか。

「……あなた、ロドスのドクター?」

 驚いていたのは、イネスも同じだったようだ。それもそうだろう。ロドスは見るも無惨に破壊された。お互い生きていると信じている方が不思議だ。

 私はもう一度顔を上げ、小さく頷いた。

「ああ、そうだ」

 私が答えると、イネスはそれでも鋭い眼光で辺りを観察し、警戒しているような表情を浮かべた。イネスは真偽を見抜くのが得意だ。私の言っていることが本当かどうか、そのアーツで探りを入れているのかもしれない。それにここはロドスと比べたら設備が少ないし狭いので、違和感はあるだろう。

「ここはどこよ?」

 イネスはとうとう聞いた。

「ラズハだよ」と私は答える。「ロドス奪還のために、今は医療団体という企業と名乗って活動している」

「ロドス奪還? やめた方がいいわよ」

 調子を取り戻してきたのか、イネスはどんどんとらしさを出てきた。私は更に会話を続けた。

「どうしてそんなことを?」

「あいつらはとんでもない研究をして、恐ろしい化け物を造り出していたわ」イネスは話す。「生命のコピー技術を成功させているのよ。しかも、自分たちに優位になるようなね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは急いで緊急会議を開いた。イネスが、重要な敵の情報を持ち込んだからだ。

 ロドスが襲撃された時、イネスは別の任務で外にいたのだという。ロドスが壊滅したのは驚いたようだが、彼女は傭兵である。ロドスを滅ぼした敵に雇われることとなり、六年間ずっと潜伏していたのだという。

「ロドスを襲ったのはトイフェル。自らを悪魔と名乗るなんて馬鹿げているわよね」とイネスは言った。「目的は世界征服だそうよ。感染者も非感染者も受け入れている辺り、ロドスの活動とは似ているかもね」

「馬鹿げている……」

 イネスの言葉に、ケルシーは小さく呟いた。ケルシーはそういった馬鹿げたことをいつでも見てきたことだろう。

「トイフェルは中で兵士たちの訓練をしているわ。かなり本格的よ」イネスの言葉は続く。「そうして優秀な人選をして、トイフェルの研究室に連れて行かれるの。そこで、私はトイフェルの核心をこの目で見ることになったわ」

 イネスは一つため息をついた。私はイネスの言葉を待った。

「アイツらは、本当に世界征服を目指しているのよ。そのために、ロドスにいたオペレーターたちの情報や……肉体を欲しがっていた」

「肉体?」

 私は恐ろしい単語を聞いた気がして思わず繰り返した。イネスの言葉はまだ続いた。

「アイツらは優秀な人材を犠牲に何人もの同じ人間を造り出しているのよ。アイツらはどうやっているのか、肉体の一部から細胞を増殖させて全く同じ人間を造り出しているの」

「倫理観を逸脱した行為だ」

 とケルシーは言った。私も同感を示すように頷く。確かに、私とそっくりそのままの人間がいたらどれ程仕事が早く片付くだろうかと思ったことはあったが、実際本当にそんなことが出来たら人間辞めたようなものだ。

 だが、あんな残酷な襲撃をしてきた奴らに、法律とか倫理観などを気にはしていないだろう。私は目を伏せた。

「しかも、邪魔な過去や道徳心は捨てるように記憶を抹消し、操作しやすい軍隊を作ろうとしているわ。まさしく、生きたままロボットとなったコピー人間よ」それからイネスはふいと横を向いた。「私も最初は気づかなかったわ。普通に戦っていればいいだけだったもの。私が触れたコップについた指紋、負傷した時の血液……とにかく色んな遺伝子情報を得て、完璧なもう一人の私を造ろうとしていたのね」

 そうしてイネスは、命からがらトイフェルを逃げ出してきた……ということらしかった。

 トイフェルは一度踏み込むとなかなか抜け出すことは難しかったらしい。トイフェルの拠点となってしまった元ロドスの周りには、すでに生きたままロボットと化した人間たちが昼夜問わず警備しているのだという。生きたままロボットという言い方はしているものの、元は優秀な人間の細胞から形成された兵士。それぞれ規則性がある訳でもなく、個体差によっては集団で連携を取るものもいるそうで、イネスはそこから抜け出す時に凄まじい戦闘を息つく暇もないまま続けて疲労が限界に達したのだという。

「それに、あそこから無断で抜け出そうとすると謎の災害に襲われるわ。あれもアイツらの何かのカラクリなんでしょうけど」

 とイネスは言葉を切った。イネスですらはっきりと分からないことなら、私たちはもっと分からない。

「とにかく、無事で良かったよ、イネス」

 私はそう声を掛けたが、イネスはあまりいい顔はしなかった。

「細胞の一部だけでも、コピー人間は造ることが可能だったから、私にそっくりなロボットがいると思うとゾッとするわ」それから私とケルシーを見渡して。「ロドスにいた他の人間たちはどうなったのよ? 襲われたのなら、誰かしらコピー人間がいる可能性があるわ」

「それはないな」

 と言ったのはケルシーだ。皆の注目が一斉にケルシーに向けられる。

「と言い切るのは語弊があったな。もし奴らが本当に、指紋だけでコピー人間が生成出来るのなら、紛い物程度のロドスオペレーターはいるかもしれない」とケルシーは言い直した。「だが、本体……ロドスの土台は破壊すらもされていない。奴らは本当の意味でロドスに取って代わることは不可能だ。何よりロゴスの呪術が掛けられているからな」

「その話はそこのドクターから聞いたわ。生きている人間をそのまま冷却保存? 信じ難いけど、あなたならそういうことも出来るんでしょうね」とイネスの態度は変わらない。「それに、今もそのロゴスは生きているんでしょうね? 敵に渡ったら一巻の終わりじゃない」

「生きてる」

 ケルシーはそれだけ言い放って立ち上がった。

「ケルシー、どこに行くんだい?」

 私はまだイネスからの話を聞いていたいと思っていたが、ケルシーが会議室を出て行こうとしたから呼び止めた。

「会議は終わりだろう。あとは好きに話し合ったらいい」

 ケルシーはそう言い残して会議室を後にした。

「相変わらずよく分からない人ね」

 とイネスは言ったが、今まで珍しく黙っていたクロージャがとうとう口を開いた。

「イネスの話を聞いて明らかに焦ったんだろうね〜。ロドス奪還のために、早くロゴスを見つけなきゃ」

 私はもういないケルシーの背中を振り向いた。ケルシーはケルシーなりに、きっと心配しているのだと思う。ロドスのこと、冷却保存されたままのオペレーターたちのこと、そして、ラズハの未来のことを。

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