私はケルシーに頼み、捕虜の男の部屋に入れるようにしてもらった。何かあった時のため、ケルシーとスノーグラウスがガラス部屋の向こうにいるが。
捕虜の男は、もう暴れたりはしなかった。私は話しかけながら男に近づき、手首の鎖を外す。男は、今まで暴れて出来た手首に残る鎖の跡を不思議そうに眺めていた。
「あなたの名前は?」
私は問いかけたが、男は俯いて首を振るだけだった。
さっきのは偶然話せただけで、男は何か言いたそうに口を開くものの、言葉は出てこなかった。私は話し続けた。
「なら、私が名付けてもいいかな」
私はゆっくり話すように心がけながらそう聞いた。男もゆっくりと同じくらい顔を上げて、頷くような仕草をする。
私は彼を注意深く観察した。よもぎ色の短い髪に、ペッロー特有の耳が二つある男。耳や顔には大きな古傷があったが、私はそれを恐ろしいとは思わなかった。古傷のあるオペレーターなら、何人も見てきたし。
「マッドグリーンってのはどうかな。あなたの髪の色は豊かな木の葉のようだから」
と私が言うと、たった今名付けられた男は、静かに頷いた。私も頷きを返し、ガラス部屋を後にした。スノーグラウスは何も言わなかったが、横にいるケルシーは無抑揚な言葉で、
「敵にまで心を開かせるとはな」
と言った。
「心は開いてはいないだろうよ」私はそう返した。「ただ、言語療法を受けたら次第に話せるようになるかも。記憶喪失かもしれないが、トイフェルの情報は聞き出せるかもしれない」
ケルシーは意味深そうな目を向けてきたが、それ以上何か言ってくることはなかった。私が病室を出ると、スノーグラウスがついて来た。
「あんたの話は聞いていたが、そういう療法を心得ているのは知らなかった」とスノーグラウスが切り出した。「俺は実際見たことはないが、ああいうのは脅迫や拷問をするものだと聞いていた。あんたがドクターなのが分かった気がする」
「そんな大したことじゃないよ」私は歩きながらスノーグラウスに答える。「ただ私は、話し掛け続けただけ。それだけだよ」
そうやってロドスのオペレーターたちもだんだんと信頼してくれたんだよな、と思うと心苦しくなってくる。あの時言葉を交わした仲間は、あの人は、全員は冷却保存されていないのだろうと思うと、ますます。
「すまない。余計なことを言ったな……」
スノーグラウスが察したのか、その長い耳を更に下に垂らして謝ってきた。私は首を振った。
「ううん、スノーグラウスのせいじゃないよ。私が……弱いだけで」
今は出来ることをしよう。私は足を止め、スノーグラウスを振り向いた。
「いつもありがとう、スノーグラウス」
と私が言うと、スノーグラウスの耳はピクリと揺れ、目を大きく見開いた。それからスノーグラウスは目を伏せて。
「感謝を伝えたいのは俺の方だ。俺ならきっと、もっと力技でアイツを脅迫させていただろうからな」スノーグラウスは思った以上に大人だ。「それと、俺の本名はグラウスなんだ。二人きりの時は、そう呼んでも構わない」
「え」
「仕事を思い出したから先に行くな」
私が何か言うより早く、スノーグラウスは早足でその場を立ち去って行った。私は彼の背中を見送りながら、信頼関係を築けているのは、何も過去だけではなかったと改めて感じたのだ。
「グラウスか」
綺麗な名前だ。