私たちラズハがやるべきことはまだ山程あった。
捕虜の男、マッドグリーンの療養だけでなく、ラズハで預かる患者たちの中には、心の病気を抱える者も多くいた。
なのでケルシーは簡易的な植物管理室を用意していたのだが、療養庭園の需要性が高まり、ある人物にその製作を頼んだのである。
私はその日、ラズハの療養庭園が出来たとのことで見に行くことにしたのだ。カードキーの製作も完了している。ノックをすると、療養庭園の主が返事をした。
「はーい」
カードキーのロックを解除すると、そこにいたのは小さな女の子、ローズだった。ローズは花や植物に詳しかったのだ。ジェイが稼いだお金で、ローズに花の図鑑をよくプレゼントしていたおかげかもしれない。
「最初のお客さんはドクターだね! って言いたいんだけど……」とローズは話す。「実はもうお客さんは来てるの。ほら、あそこ……静かにね?」
「……?」
なんだろう、とローズに案内されるまま植物棚の裏を覗き込む私。そこにはまだ成長を始めたばかりの植物が植木鉢に並んでいて、横になることが出来るソファベンチも置いてあった。
そのソファベンチに眠りこけている人が一人……スノーグラウスだ。
ローズのイタズラなのか、スノーグラウスは色んな花だらけになっていた。それでも気づかずに眠っている彼の姿を見るとなんだかおかしくて……泣けてきそうで私は顔を引っ込めた。
「ドクター、泣いてるの?」
ローズが心配そうに覗き込んできた。七歳の子どもに気遣われるなんて情けないと思いながら、私は首を振った。
「いや、泣いてはいないよ……」
エアースカーペとフリントが付き合い始めたのも、確かあんな感じなのがきっかけだった。執務室で居眠りをしていたエアースカーペに、フリントがやって来て花だらけにしたのだ。それがどうして付き合うことになったか私は詳細は知らないが、二人が仲良くなったのはロドス中知れ渡っていたことだった。
「……あれ、ネイル?」
そこにちらっと、ネイルの姿が見えた気がした。茶髪のコータスといえばラズハにはネイルしかいないのだが……彼女も療養庭園が気になっているのだろうか、と考えて私は振り向いた。
そこにはまだ、花だらけでもなお眠っているスノーグラウスがいる。
まさか、ね?
「ドクター、自らラズハに加入したいと言いに来た人がいるんです」
ラズハには、私たちにぜひ同行したいと願う者たちを受け入れるようになり、ロドスにあった時のような人事部も出来ていた。
その人事部の者が、わざわざ執務室まで来て履歴書を持ってきたということは、相当重い内容なのだろう。私はその履歴書を受け取った。
「断りたい理由があるのかい?」
「いえ、そういう訳ではなく……」
と私が履歴書を見て息を飲んだ。その履歴書には、見覚えのある顔と見覚えのある名前が書き記されていたのだ。
「サンドレコナー……」
姿形ほとんど変わっていない彼の写真に、私は思わず指で撫でた。人事部の者は話を続けた。
「彼には問題はなさそうなんですが、実は……彼の知り合いが鉱石病のようでして」と人事部の者は言う。「知り合いと共に受け入れるならラズハに加入したいと申しているのです」
「私が直接会いに行くよ」
私は席を立つ。あなたがわざわざ行かなくても、と言われたが、大半は私の私的感情だった。
彼に会いに行きたい。ただそれだけ。
話を聞くと、彼は面会室にいるとのことでそちらに向かっている途中、一匹の三毛猫が現れた。
「ニャー」
「野良猫か? ……迷子なのかい?」
その三毛猫は人馴れしているのか、私の足元にすり寄って来た。今街に停留中だからそこから迷い込んできたのかも、と猫を両手で抱えて持ち上げた。珍しい。黄色と青のオッドアイだ。
「失礼。うちの眠獣が邪魔をし……」
通路の角から飛び出した一人のリーベリの男。私も目が合い、一瞬時間が止まったようにお互い言葉を失った。
「サンドレコナー」
「ドクター」
次に交わした言葉は私も相手も同時だった。私はついサンドレコナーに抱きつこうとしたが、華麗にかわされてしまった。
「そのようなことをして、私があなたに向けて刃を向けていたらどうなっていると思う?」
相変わらずの強めの口調。私はそんな口調すら懐かしくて、何度も頷いて泣きそうになるのを堪えた。
そんな様子をサンドレコナーは不審と思わなかったのか、早速話を振ってきた。
「あなたはここの責任者なのか? ならば話が早い。私と共に来たある人物も、このラズハの一員にしてもらいたい……その眠獣も」
さっきからサンドレコナーが言っている眠獣とは恐らくこの三毛猫のことである。私はサンドレコナーの要求を全て快諾した。
「全員受け入れるよ」
すると、サンドレコナーはわずかに驚いた顔をして、疑い深そうにもう一度訊ねた。
「もう一人の人物に会ってもいないのに、構わないというのか?」
「サンドレコナーが連れて行きたいというなら連れて行くよ。どんな人だい」
私はロドスにいたオペレーターたちを全く疑っていなかった。彼が連れて行きたいのなら、猫だろうとなんだろうと思っていたのだが、次にサンドレコナーが放ったその名前に、また私の時間が止まることとなる。
「ムースだ。鉱石病が進行している。街で出回る薬はほとんど効果がなかった。ロドスにあったような薬は、ここでは手に入るんだろうな?」