「やっほー、ドクター」
ある日のこと。何か書類の届け物に来てくれたらしいネイルが、そう言いながら執務室に入ってきた。
「やぁ、ネイル。元気そうで何よりだよ」
とネイルが持ってきてくれた書類を確認する。この前のパールホワイト企業からの交渉成立の話の他、アウトロー企業からも返事があるみたいだ。やはり、私の思惑通りケルシーが上手くやってくれたようである。
「ありがとう、ネイル」
と私がネイルに向かって目を上げる。ネイルは時々スノーグラウスの戦隊に加入して任務を手伝うことはあったが、大体はラズハの雑用係をやってくれていた。本当はレオンハルトやロープの任務について行きたいのだろうが、年頃なのもあってあまり一緒にはいないみたいだ。
それにしても今日のネイルは届け物をしただけだというのに、すぐに執務室を出て行かなかった。何か他に用事があるのだろうか?
「あのさ、ドクター、私のこと、何か気づかない?」
「え」
これは私も聞いたことがあるぞ。乙女の変化に気づかないと怒られるやつ。私は注意深くネイルを観察した。
ネイルはいつも、ロープと似たような大胆な格好をしていた。それでいて泥棒をやっていた癖か動きやすい服装である。腰には彼女が愛用している鉤縄がぶら下がっていた。
「えっと、髪の毛を切ったとか?」
と私が言うと、ネイルの片眉がピクリと動いた。
「ち、いや、そうだけど! 違うから! そこじゃなくて!」
「ええ……」
どうやら髪の毛を切ったことは正解らしいが、気づくべき点はそこではないらしい。難しいぞ、年頃の乙女心は。
「もういい! じゃあね!」
ネイルは不機嫌になりながら踵を返した。私は慌てて立ち上がる。
「赤いリボン、似合ってるよ」
「うっ」立ち去り際に掛けた私の言葉に、ネイルは一旦足を止めた。「気づいてるなら先に言ってよね!」
そして走り去って行くネイルの背中を見送って私は小さくため息をつく。髪型に合わせて髪飾りを変えたのかと思っていたが、髪飾りに合わせて髪を切ったのだろう。
「ダメだねー、ドクター。女の子の心、全然分かってないじゃん」
そこにいつの間にかロープが居座っていた。見ると天井の通気口が開いたままだ。
「私には全然分からないよ。通気口から勝手に執務室に入ってくる君の心もね」
それでも私は、こんな何気ない会話が幸せだなと思っているんだ。ロドスの時から、ずっと。
「ふぅん……ま、ぼくは別になんでもいいけど」
そう言うロープの長い耳にも、赤いリボンがついていた。多分だが、レオンハルトが二人にプレゼントしたんだろうなと私は勝手にそう思った。ロープには二つの耳飾りがついている。母娘揃って同じ髪飾りを身につけているところに、私は心の中でホッコリしていた。