ラズハの戦力も安定してきて、私たちはいよいよあの場所に訪れていた。
マッドグリーンと最初に会った場所、天災偽造現場である砂漠の街である。
復興は進んでいないどころか全く人気がなく、それがまた返って不気味な廃墟となっていた。国によると避難民の支援活動や医師誘拐事件などで、復興作業は手をつけられず、一般人の立ち入りは禁止しているらしい。私たちも国の手続きを終えてからこの廃墟の探索許可を貰っていた。前に医療支援をしていたおかげで、スムーズに許可を貰えたが、ここから見える街の建物だけでも無惨に破壊し尽くされ、瓦礫は無造作に散乱しているのが遠目からでも見えていた。
「マッドグリーン、何か思い出したことは?」
私は隣にいるマッドグリーンに声を掛けた。そう。私たちがこうしてここにやって来たのは、マッドグリーンの失った記憶の手掛かりを探すためである。
「いえ、何も……申し訳ありません」
しかしマッドグリーンは、砂漠の廃墟を見ても何も思い出せず首を振るばかりだった。
「記憶、少しでも戻るといいですね……」
とマッドグリーンに気遣う言葉を掛けてくれているのはムースだ。最初ここに近づいた時、マッドグリーンたちが襲撃してきたことから、ラズハの中では危険地帯と認識していたのだ。だから私たちは、総戦力を持って砂漠の廃墟にやって来たのである。
「砂漠の寒暖差は激しいからな。暗くなる前に片付けよう」
砂漠の地形や気候に慣れているサンドレコナーも同行している。心強い仲間だ。
「へへ、でもここでお兄さんやお姉さんたちの戦い方が見られると思うとワクワクするな〜」
とマホガニーがそんなことを言い出した。すっかり戦闘狂みたいじゃないか、その発言。
「何も敵が潜んでいると分かった訳じゃ……」
と私が言いかけたところでツルギに裾を引かれた。
「スノーグたちが戻ってきた」
ツルギに言われ目を上げると、こちらに向かって歩いてくるスノーグラウスと片手を大きく振るレオンハルトの姿が。
「おーい、中は誰もいなさそうだから皆で行くよ〜」
とレオンハルトの明るい声が聞こえた。
「……誰もいやせんね、ここ」
この砂漠廃墟の探索に同行してくれているジェイも、辺りを見回しながらそう言った。そこにスノーグラウスの言葉が続いた。
「だが、生活の痕跡がほとんどそのままだ。突然、天災のような何かが起きたのは本当のようだ」
見たところ、建物は高いところの破損が酷く、落雷のような何かが起きたのは確かなようである。私はレオンハルトを振り向いた。
「人為的に雷をいくつも起こすことは可能なのかい?」
「うーん、相当難しいだろうけど、特殊なアーツユニットやものすっごく優れたアーツ使いなら出来るかもね」
とレオンハルトが答える。
「アーツ……」
ツルギはぼそりと呟いた。ツルギにもアーツの素質があると分かったので、彼女もアーツを使いこなしたいのだろうなと私は思った。
「こういった建物を、オレが壊したということなのでしょうか……」
周りの酷い有り様を見ながらマッドグリーンが呟く。するとスノーグラウスが首を振った。
「いや、俺たちは天災のようなものがあった後に街に近づこうとしてマッドグリーンに襲われたから、壊したのはあんたらではないだろう」とスノーグラウスは言う。「隠し事があったから天災を偽造した……それが街を破壊する理由になったんだろう」
「スノーグ、ちゃんと頭もいいんだね」とレオンハルトが話を続けた。「俺もスノーグと同じ考えでさ、隠し事があったから天災のようなことをした。例えば、マッドグリーンは重要な秘密を本当は知っていた、とか」
レオンハルトはマッドグリーンへ視線を移した。マッドグリーンのペッローの耳がピクリとする。
「オレが、重要な秘密を……」
とマッドグリーンは俯いた。その視線の先に、空き家となった建物を覗き込むコータスの姿が見えた。
「ロープ、金目のものがあっても盗んじゃいけないよ」
私が呼び止めると、ロープは明らかに動揺した。
「いやいやいや、まさか! 盗もうとした訳じゃないって! ただちょっと、誰かいないかな〜って思って……」
ロープが両手を前に振る。昔からの手癖は直りにくいだろうが、六年経っても変わらないようだ。
そんな会話をしながら廃墟の中心街へと近づいた時、異臭が立ち込めてきて私は防護服を着ているというのに鼻を塞ぎたくなった。
「あ」先を歩いていたジェイが何を見たのか、そう言ってこちらを振り向いた。「マホガニーとツルギは、ああいうの見ても大丈夫すかね」
「え……?」
私はジェイの忠告に嫌な予感がして、両手にいるマホガニーとツルギの手を握り締める。この臭いはもしかして……私はだんだん分かり始めてきて足を止める。
だが二人は、しっかりしていて。
「アレの臭いだろ? ぼく、ループスだから分かるよ」
「うん。あたしも、大丈夫」
とマホガニーとツルギは私を真っ直ぐと見つめた。
……きっとこれからも、この戦場に立つ時は何度でも目にすることだろう。
「行こうか」
私は意を決し、二人を連れて前に進んだ。この状況、どこかに似ていると私が考えていてあることを思い出した。残酷な景色を目の当たりに、アーミヤの両目を覆った時だ。
私たち一行は、街の中心にある広場の目の前で立ち止まった。広場の真ん中には砂に埋もれた黒っぽい何かの山が出来ていて、異臭はそこから放たれていた。
「……人だ」
スノーグラウスがとうとうその山の正体を口にした。他には誰も何も、言わなかった。
黒っぽいそれは、折り重なって息絶えている人々の山だったのだ。亡くなってからだいぶ月日が経ったのだろう。そこから異臭が放たれていた。
「これって……」
ムースは真っ青な顔をして口元を覆ったが、冷静なサンドレコナーが遺体を遠目で観察しながら、
「明らかに天災が原因の遺体ではない」
と言い切った。ここには、戦場慣れしているロドスオペレーターだった戦闘員が大半だから、皆よく知っているのだろう。
「うわぁ……」
一方、あからさまに嫌な顔をしたのはネイルだった。そばにいるロープの後ろに隠れるように引き下がるが、ロープだっていい顔はしていない。そこにレオンハルトが前に出た。
「天災の跡地でも、遺体がこんな風に山になっているのは見たことがないよ」とレオンハルトが言った。「誰かが人為的にやったとしか……」
「待て、レオンハルト」こんな残酷な景色を初めて見るだろうスノーグラウスの声は、落ち着いていた。「源石があるかもしれないんだろう? ちゃんと防護服を着ることだ」
「分かってるって」
いつも軽装なレオンハルトの注意だったらしい。なんだかそこの二人はいつも通りでなんだか安心する。
マホガニーとツルギは大丈夫だろうかと私が足元の彼らを見やると、二人とも口を固く閉ざし、遺体の山をただ静かに見つめ続けていた。六歳からしたら信じ難い光景だろう。これから彼らは、このような景色を何度も目にするかもしれないが……。
マッドグリーンの様子は、と私が目を上げると、そこには静かに涙を流す大男の姿があった。私は思わず呼び掛けた。
「マッドグリーン?」
するとようやくハッと我に返ったように私の視線に気づき、マッドグリーンは慌てたように涙を拭った。
「すみません、なぜか涙が……」マッドグリーンの言葉は途切れる。「何か、大事なことを忘れている気がして……」
その時、ガサリと何か音がし、皆は一斉に攻撃体勢に入った。
「……っ!」
建物の影から出てきたのは、二人の小さな男女の子どもだった。見る限りサルカズの子どもだったが、私はなんだか二人がマホガニーとツルギの姿に重なって一瞬動きを止める。
「〜〜っ!!」
何か聞き取れない言葉を言い放って、二人はその場から立ち去った。あの子どもをどうするか、と皆私の方に視線を向けた。
「追いかけよう。この辺りのことを知っているかもしれない」
私がそう指示を出すと、彼らはそれぞれのやり方でサルカズの子どもたちを追い掛け始めた。
スノーグラウスは地面を走り、その後ろをマホガニーとツルギが追い掛けた。ロープとネイルは建物に入って行ったから上から追い掛けるようだ。
サンドレコナーはカラクリ羽獣で追従させ、それを頼りにムースも走り去って行った。
私の元にいるのはレオンハルトとジェイ、マッドグリーンとなった。レオンハルトは後から追いつくタイプなのは私も知っているから構わないのだが、ジェイが行かないのは不思議だなと思った。
「あのー、大将……俺が追ったら、怖がられやしないすかね」
どうやらジェイは、生まれつきの強面を心配して追わなかったらしい。子どもを気遣うところ、ジェイらしいなと私は思った。
「そんなことないと思うけど……ま、たまにはゆっくり追い掛けようか」
と私が言うと、ジェイはヘイと返事をした。
「きっと、ジェイの魚肉団子食べたら安心してくれるよ、ね?」
レオンハルトはそんな感じでいつも明るかった。私は、泣き腫らした顔のままのマッドグリーンを振り返る。大丈夫です、と言うかのようにマッドグリーンは私に頷いた。
私は歩を進め、先に行った仲間たちを追った。コピー人間にもこうした感情はあるのだ。私は記憶喪失の中で忘れてしまった自分の中に、研究者魂が揺れていることを自覚した。