さて、用事があったのはスノーグラウスたちではなく、ローズの方である。
私はローズにいくらか話をしてみて、あることを頼んでみた。ローズは迷いもせず「やってみる」と快諾してくれたので、私は一緒に訓練室に向かった。
訓練室には、ジェイがあらかじめ用意してくれたダミー人形が四方向置かれてあった。
「用意して置きやした」
「お父さん!」
ジェイからはローズを訓練してみていいかという話にOKをもらっている。というかジェイは「ローズがそう望むなら」ということで許可をもらっていた。
私は、ダミー人形がそれなりにボロボロになっていることを確認した。私はローズが、療養庭園で来る患者たちのカウンセリングをしたり、植物たちの管理をする能力に才能を感じていた。今日はそれをテストするためにローズを訓練室に連れてきたのである。
「それじゃあやってみてくれるかな? その人形が傷ついた患者さんだと思ってみて」
私はそう言ってみる。ローズは頷き、人形たちの真ん中へ進み出た。
それからローズは目を閉じ、両手を合わせてそこに額を当てた。それはまるで祈っているかのようだった。
私のこんな漠然とした言い方でアーツがすぐ使いこなせるとは思えない。それに、今からやってもらおうとしているアーツは非常に難しい部類である。
しばらくして、フワッと風が起きた。冷暖房機は天井側にあるというのに、風はローズの足元から吹き出していて……。
心から温かい何かを感じ取り、私はホッと息をつく。この安堵感はなんだろう。不思議な感覚に目を上げると、ローズの周りにあるボロボロだったはずのダミー人形が四体、全て直っていたのである!
「すごい……」
私は言葉を零す。ローズはようやく顔を上げ、私とジェイを交互に見上げた。
「お父さん、ドクター! ウチ、上手に出来た?」
「上手に出来てるよ!」
私はローズの頭をくしゃくしゃに撫で、ジェイも嬉しそうに笑ってくれた。これから厳しい戦場に出ることになるけれど、彼女こそが前線を切る戦闘員たちの支えとなるのだ。
ローズの職業は医療、職分は群癒師。ロドスの療養庭園にいたあるオペレーターと同じ職業と職分に、私は思わず眉間に手を当てた。
そうして、少しずつ、確実に力をつけているラズハには、今日も色々と忙しさが私のところに押し寄せてきていた。
許可書や報告書だけでなく、外からの医療支援依頼や護衛依頼などなど。私は常に書類の山に埋もれるような形となった。
一方、イウニとセネトは、ケルシーの献身的な治療でもうそこら中を走り回れるくらい体力がついてきていた。ただ、まだ言葉の習得まではいかず、イウニとセネトはいつも一緒に行動していた。
「あ、ドクター、”不明の言語”にある本取ってくれる?」
ある日のことだった。マホガニーとツルギ、イウニとセネトと共にまだ整備されていない部屋で本の整理をしていると、マホガニーが私に聞いたことのない言葉を使ったのだ。
「え、なんて?」
「”不明の言語”……あ、棚のことだよ。古代サルカズ語で、棚のことは”古代サルカズ語”って言うんだって」
古代サルカズ語は発音しにくく、また聞き取りにくい言葉が多かった。私は何度聞いてもマホガニーの使う古代サルカズ語は聞き取れなかったが、隣にいうイウニが何か話し出し、なんとマホガニーと普通に会話し始めたのだ。
「え……マホガニー、古代サルカズ語を勉強したの?」
私は驚きを隠せないまま聞いた。マホガニーはいたって普通の顔で頷いた。
「うん。ぼく、イウニが教えてくれた言葉をいっぱい紙に書いて覚えたんだ。だからぼくも、ぼくの言葉を教えてるんだよ」
と言ってマホガニーがイウニと顔を見合わせる。するとイウニが何か言ったのち、私を見上げて、
「ドクター」
と呼んだのである。
子どもの成長というのは大人が思っている以上に早いのかもしれない。私はマホガニーの頭を撫で、それからそっと、イウニの頭に触れてみた。
イウニはもう、怖がったり怒ったりしなかった。イウニには、額側の頭と左右に四本の角があるが、一本は欠けていて折れている。だけど私は、そういった角を怖いと思ったことはない。
「イウニ」
その内にセネトもやって来て、私のことをドクターと呼んだ。セネトの頭も撫でてみたが嫌がる反応は見せなかった。子どもなのに感情が死んでいるのか、嬉しそうにする様子もなかったが、これは彼らがラズハに暮らすための第一歩だと思う。あともう少ししたら、彼らの事情も分かってくるのかもしれない。私は、セネトの真っ直ぐな角を優しく撫でた。