ある日、ラズハは街からの依頼で子どもたちの健康診断を提供することとなった。
その街にいた病院の医師が何者かに誘拐されてしまい、健康診断すらも出来なくなったと依頼が来たのだ。
医師の誘拐事件は各地で起こり続けていて、トイフェルが何かを企んで動き始めているのだと思うと私も内心焦ってはいた。ただ、焦っているだけでは何も助けられない。今出来ることを精一杯やろう。
「次の方〜」
そうして私が子どもたちの健康診断の医者をやっていると、移動式カーテンの向こうからいきなり怒声が聞こえてきたのだ。
「あなたでしょう?!」
何事か、と私は立ち上がり、カーテンの隙間から声の方を覗き込む。そこには、街の人だろう女性が甲高い声でその地域特有のスラングらしき罵声をあげながらケルシーに掴みかかっていた。
いつもどこかで何かをしていて忙しいケルシーは、今日は手が空いたのかなんなのか、私たちと共に医療サービスを提供していた。足元にローズがいるところ、医療についてあれこれ教えていたのかもしれない。
ケルシーに掴みかかっている女性は更なる怒鳴り声を続けた。
「あなた、見たことあるわ! ロドスにいたフェリーンでしょう!?」と女性は言う。「ロドスには私の大切な娘がいたのよ! あの時あの事件で……娘は……っ!」
それからズルズルと崩れるように女性はその場で崩れた。私は助けに行こうと飛び出したが、ケルシーが一喝した。
「来るな」
こちらに目を向けず女性を見下ろしていたケルシーは、周りに人は多くいたが私に言ったのだというのはすぐに分かった。私は立ち止まる。ケルシーの表情は、冷酷に変わらなかった。
「我々は努力を務めた。ロドスの襲撃で罪のない人々が亡くなるのは誤算だった」ケルシーは淡々と話す。「だが、しっかり守れなかったのは私たちの失態だろう。そこは謝罪する」
「謝罪しても娘は返って来ないのよ!!」
女性はまたケルシーの胸倉を掴んだ。女性は、酷く悲しんでいた。ケルシーは、わずかに目を伏せた。
「私たちはロドスがあった近いところに弔いの墓を作った。その場所に、分かるだけの名前を記してある。……娘の名前を、聞いてもいいか」
それは知らなかった。私は二人の会話の行く末を見守った。
「……エンアール。一歳だったのよ」
エンアール。
聞いたことのある名前に、私はケルシーから足元のローズを見やった。ローズも同じくショックを受けているかのようにケルシーの後ろに隠れていたが、ようやくそこで泣き喚く女性が誰なのか分かって、一歩前に出た。
「お母さん、ですか?」
「え……」
女性は、小さな白衣に身を纏った少女を見つめた。見れば女性の特徴は白い髪のウルサスであり、それはローズの顔にその面影を残していた。
ローズは、言葉を続けた。
「ロサって人が……ロドスの人が、ウチを助けてくれたんだって」とローズは話す。「ロドスの人は頑張ってくれてたんだよ。ウチ、ロドスにいた時のことは覚えていないけど……でも、お父さ……ジェイは色々教えてくれたし美味しいご飯だってくれたから、ロドスの人は悪い人たちじゃないんだよ」
「ああっ……!」
女性は何も言わず、ただただ六年振りに出会えた大きくなった娘を抱き締めた。他にはただ、ごめんなさいとか、良かったとか、そんな言葉だったと思う。
私はカーテンの裏に下がり、順番待ちをしている患者さんを呼んだ。ローズも、いい子に育っている。それは何より嬉しいことだった。