ラズハは健康診断の依頼を終えても、しばらくその街に留まっていた。
厨房にいる以外ずっと甲板にいるようになったジェイは、その街を遠巻きでぼんやりと眺めていた。きっと、ローズのことを考えているのだろう。私が声を掛けると、少し元気がなさそうに笑ってジェイが返事をした。
「ローズは、ここで暮らすんだろうか」
私はジェイと並んで街を眺めた。ジェイは、フェンスから上半身を軽く前に乗り出すような体勢になって、どうすかねと答えた。
「でも、ローズにとっちゃ母親は大事っす。薄汚れたスラム街で魚肉団子スープの店番をやらされるより、こっちがマシっすよ」
「ローズにとっては、ジェイのことも大事だと思うけどな」
血が繋がっていないと分かっていてもジェイを父親として慕っていたローズ。私は、六年間ローズの世話をしてきたジェイのことを思った。
「そうかもしれやせんが」
ジェイは口数が少ない。話はそれだけで終わって、あとは一緒に街を眺める。
「……大将、これは俺から話を振った方がいいすかね?」
沈黙に耐えられなくなったのか、ジェイがそんなことを言い出した。私は笑って、首を振った。
「いいや。ただ、ジェイと一緒に静かな時間を過ごしたいだけだよ」
「そうすか」
街では色んな人々が行き通っては立ち去っているのが見えた。駄獣が荷物を引いていたり、手を振って客引きをしている者も見える。その街は、どうやら花の街と呼ばれているらしく、通り過ぎる人々は両腕に花束を抱えていたり頭や衣服に花飾りを身につけていたりしていた。もう少し近づけば、花の香りがしてきそうだ。
そこに、水色のワンピースを靡かせてこちらに走ってくる女の子が見えた。白い髪の少女……ローズだ。
「ローズだ」
私はその名前を口にしてジェイを見やった。一番驚いていたのはジェイだった。ジェイは開いた口も塞がらないまま、迷わず真っ直ぐにラズハに向かってくるローズの姿を見つめた。
「お父さーん!!」
ローズが甲板にいるジェイに気づいて大きく手を振った。ジェイはなんとか手を振り返しているが、困惑は拭い取れない様子。ローズがラズハの下まで来て、大きな声をあげた。
「ウチ、お父さんについてく! ラズハについて行くって決めたから!」
見たこともないデカイ杖を振り回しながら、ローズは楽しそうにそう宣言した。
「お父さん、ドクター、ウチ、今日からブラックローズになる!」
ラズハの甲板にやって来たローズは、私たちを見るなりはっきりとそう言った。
「え……どういうことっすか」
ジェイがよく分からないとローズに聞くと、頭にある髪飾りを指差した。
「お母さんからもらった黒薔薇の髪飾り! で、本当のお父さんからもらった医療用アーツの杖!」
とローズは頭についている黒い薔薇を指した。花の街ならではの風習に倣って、ローズの両親が彼女にプレゼントしたのだろう。彼女の白い髪によく映える真っ黒で精巧なデザインをした薔薇が、ローズによく似合っている。
そして杖は、ローズの二倍以上ある長さに切っ先が独特な形をしている黒と白を基調としたもの。傍から見れば槍にも見える形状だが、水色のアーツユニットが切っ先と柄の間にはめ込まれていて時々光を放つのは杖のような気がした。
「あのね、ウチ、ロドスを取り戻す医療オペレーターになるよ。ロドスを取り戻したら……それでもロドスの力になりたい! 困ってる人いっぱいいるから!」とローズは話し続けた。「それに、エンアールもローズもどっちも大事な名前だから、今日から新しいコードネームになるの! この黒い薔薇に似合う女になるの!」
だから、ブラックローズなのだ、と。
「えっと……」
ジェイは言葉を詰まらせながら私を見やった。私は、優しく笑ってみせた。
「ローズが望むなら、そのように更新して置くよ」
私が言えるのは、これだけだと思ったから。
すると、ジェイも諦めたように笑みを零して。
「そうっすね。ローズが望むなら」
これから先、大変な戦場に向かうことになるだろう。七歳なら、まだ遊んでいたい年頃だろうし、なんならここより外の方が多くの友達が出来るはずで。
彼女がそう望むなら。望んでくれるなら。
「改めて、よろしく頼むよ、ブラックローズ」
「うん!」
私が手を差し出すと、ブラックローズとなった彼女はニコリと笑って私の手を握る。
あまりにも、小さい。
……ありがとう。
絶対生きて帰ろう。
私は言葉にしない誓いを、胸に秘めてブラックローズの手を握り返した。