そんな色んな些細なことがありながら、ラズハはある地点に向かっていた。
この前、街に寄った時にケルシーが口にしていた墓のことである。
ロドスで亡くなった人を弔うために、ケルシーはアーミヤ、クロージャと共に墓を作ったのだそうだ。誰にも立ち寄らないような、ひっそりとした荒原に。
その荒原も、非オペレーターたちや患者たちを避難させるために、動ける者たちが戦いながら通った道なのだという。トイフェルの奴らは執拗に避難するロドスにいた人たちを追いかけてきた。その道も大混乱だったという。
それも今ではなりを潜めて静かで、生命力の強い雑草たちが荒原を少しずつ埋めようとしていた。頬を撫でる風が、少し冷たいような気がした。
「ここだ」
視界を妨げるものが何もない荒原のど真ん中に、大きな岩が丘の上にあった。その岩に近づくと何か掘って出来たような文字があり……それが名前だと気づいて私はケルシーへ目を向けた。
「これは」
ケルシーは目を伏せた。
「この下に名前のある者全員の遺体がある訳ではない。遺留品なども一緒に埋めてある」とケルシーは話し続ける。「あとは……行方不明や推定死亡した者などの名前もある。アーミヤは全員の名前を記したがったが、それは不可能だった」
私は岩に刻まれた名前に、誰か知っている名前はあるのだろうかと探した。あまりにも名前が沢山並んでいて見落としてしまうかもしれないと、何度も同じところを読んだりして。
「ここが、ロドスにいた人たちの墓なのか……」
スノーグラウスが近づいてきて、大きな岩の墓標を見上げる。スノーグラウスも探しているだろうか。自分の両親の名前がないかどうか。
「あ、見て下さい……ロドスに住み着いていた猫ちゃんの名前があります……」と耳を垂らしながら岩の足元を指差したのはムースだ。「みんな、名前がありますね……あの時の猫ちゃんは、もう……」
「ポピアの名前がないな」
しゃがみ込むムースの後ろで、サンドレコナーがそんなことを言った。ムースがきょとんとした顔でサンドレコナーを振り向いた。
「一匹、身篭っていた猫がいただろう。三毛猫の」
「え、ポピアちゃんはまだ生きてる……?」
「いや、六年の月日を考えるとポピアはもう高齢だろうから、もしかすると……」
「ロドスに、いるんでしょうか……」
ロドスにいつの間にか住み着いていた猫がポピアと名付けられていたことは知らなかったが、二人が猫の話をしている時はいつも顔が綻ぶ。二人とも猫が好きだもんなぁと私はそこから目を逸らし、他の人たちの様子を見てみた。
「こんなに沢山……」
ジェイは言葉少なく、墓石をゆっくりと眺めていて、レオンハルトは誰かの名前を見つけたのか、目を細めて悲しげだった表情を一瞬見た気がする。
ロープは墓石を遠巻きに眺めるばかりでこちらには近づかず、その隣にはネイルが後ろにいて誰かから隠れているようだった。ネイルの目線の先には、スノーグラウスがいる。
そしていつもお喋りなマホガニーはこの時だけは静かにしていて、墓石を熱心に見つめて仁王立ちしていた。この墓石を見て、改めて何かを決心したように見える。
ツルギは、ブラックローズと共に花束を墓石の前に手向けていた。それからお祈りをし、それを見た周りも次々と手を合わせた。
「カランド流の弔いの儀式をしましょう」そこに、ベルを片手にプラマニクスがやって来た。「どうか安らかな眠りを……カランドの祝福を……」
そうしてプラマニクスは、カランド流の祝詞をあげる。定期的に彼女の持つベルの音が鳴り、私たちはプラマニクスの祝詞が終わるまで頭を下げ、手を合わせ続けた。プラマニクスが振る透き通ったベルの音が、どこまでも響くみたいだ。
祈りを終え、私は改めてこの墓参りに来てくれた仲間たちを見渡す。ロドスに元々いた人たちと、ロドスへ向かう人たち。皆それぞれ思いがあってここに立ってくれている。それを、私はしっかり心に刻もうと決めた。
「帰ろう」
本当はイネスも誘っていたのだが、亡くなった人たちのことなんていちいち気にしていられない、と彼女はここには来なかった。彼女なりの気遣いなのか、本当に来たくなかったかは分からないが、あとで声くらいは掛けて置こうか。
私は皆に囲まれながらラズハに帰ろうとした。皆、ここに来るよりずっと口数が少なくなった気がする。
「……?」
その時、真横を歩いていたプラマニクスが突然足を止め、空を見上げた。
「どうしたんだい? プラマニクス」
私が声を掛けると、プラマニクスが一言。
「空が、泣き出しそうです」
「え」
天気の変わる予兆の風でも吹いたのだろうか。私も同じく立ち止まって空を見てみたが、どう見たって雲一つない晴天である。
「雨が降る前に帰ろう」
と私がプラマニクスに言いかけた時だった。
グォッ!!
空気が割れんばかりの音。なんの音かと私がキョロキョロしている間に、スノーグラウスは方向転換して走り出していた。
「スノーグラウス、どこへ……」
私が呼び止めるより早く、スノーグラウスは跳躍して素早くパレットソードを手にしていた。向かっている先は墓石の方だ。私は彼を追いかけようとして……。
ドォオオオオ……!!!!
強い風が起き、私は耐えられなくなってその場で尻もちをついてしまった。マホガニーとツルギがすぐに駆けつけてくれて、風に吹き飛ばされないように支えてくれた。
「何をしている、早く立て」
風が止むとサンドレコナーに手を引かれて私はようやく立ち上がる。両隣で支えてくれていたはずのマホガニーとツルギはもうそこにはいなく、プラマニクスは私の前に立っていた。
「一体何が……」
私はプラマニクスの横から向こうの景色を覗き込んで言葉を失った。墓石の上空には、恐らくスノーグラウスのアーツだろう氷のアーツドームが出来ていて、更に上から降り注ぐ無数の雷を防いでいた。
「アハハハハ! いつまで持つかなぁ、墓を守りながら戦って!」
そしてスノーグラウスは見たこともない人物と接敵していた。そこにマホガニーやツルギも参戦して、三対一の交戦をしている。
「スノーグ!」
私は叫んだ。ここで無闇は戦いは避けたかった。
「先に行け! 墓荒らしは俺がなんとかする!」
スノーグラウスは、私の言葉にそれだけ答えた。