「なーに手加減してんだよ、アイディー」
いつの間にこんな間近に敵が潜んでいたのか、頭に角のある男がネイルを背後から羽交い締めにしてナイフを首元に向けていた。ネイルは突然の状況に顔が真っ青になっていた。
「ネ、ネイルさんを離して下さいっ!」
今まで黙っていたムースが真っ先に声をあげたが、男はニヤリと笑うだけだった。
「離す訳ないだろ! なんのために捕まえたってんだよ」男はそう言い、赤毛の女へ目を向けた。「こいつらはその墓に花を手向けていた。ロドスの関係者かどうか、聞き出す必要がある」
ドキリとした。私たちロドスの人間はなぜかトイフェルに狙われている。今ここで私たちがロドスの人間であると相手に知らせてしまえば、どうなるのか想像もつかない。
「はぁ……カジンはいつもせっかちねぇ」赤毛の女、アイディーはため息をついた。「僕たちに取ってソイツらが誰かなんてどうでもいいのよ。必要なのはこっちの墓でしょ」
それからパチンと指を鳴らし、アイディーは墓を襲っていた雷を止めた。緊迫した睨み合いが続く中、雷鳴が収まるとますます閑かだった。
「って訳でこっちも聞くが……お前らはなんなんだ」カジンはネイルにナイフを近づけたまま問い詰めた。「こいつがどうなってもいいなら答えなくてもいいけどなぁ?」
「母さん……」
ネイルは声を絞り出す。ネイルは震えていた。
「ははっ、母さんだと? 母娘揃って墓参りとは仲良しだなぁ! お前の母さんっていうと……ああ、あの女か」カジンがロープを見やった。「どうする? 大事な大事な娘が傷ついてもいいのかぁ?」
「くっ……」
ロープは何か言い返そうとしているものの、言葉は出てこない。ここで下手に刺激を与えれば、敵がどう動くか分からないからだ。
「ネイルを離せ!!」
スノーグラウスが、ぐるぐる巻きのロープを引きちぎってカジンに飛びついた。目にも止まらない早さだった。
「うぐっ?!」
話すことに夢中だったカジンは容易く倒れ、その隙にスノーグラウスはネイルを助け出した。だが向こうには、もう一人敵がいる。
バリバリバリバリ……!!
眩しい光が目前に落ちてきた。私は思わず瞼を覆ったが光はすぐに消え、あとに見えたのは倒れたスノーグラウスだけだった。スノーグラウスの下には、ネイルの姿が。
「スノーグラウス……!」
私は駆けつけようとしたが、プラマニクスに裾を引かれて止められた。まだ敵の攻撃範囲内であることには変わらないのだ。
「いいのかよ、アイディー。結構気に入ってた奴なんだろ?」
カジンはいつの間にかアイディー側に立っていてそんなことを言っていた。アイディーはカジンに取り合わず冷ややかに一言放つ。
「興が冷めた。奴らを捕らえてせいぜい実験体になってもらおう」
実験体……?
なんの話をしているのか私には分からなかったが、ここから今すぐ撤退しなくてはいけないことに変わりはなかった。何か隙を作って逃げなくては……私は仲間たちを見回し、考えた。
「何をしている。早く撤退しろ」
そこに現れたのはケルシーだった。今までどこで何をしていたのだろうか。
「運べ」
「へい」
ケルシーのそばにはジェイもいて、倒れたまま動けないスノーグラウスを背負った。スノーグラウスは息はしているが、一刻を争う状態だろう。
「なんか出てきたじゃん」
「あのフェリーンは……一筋縄では行かないぞ」
一方、カジンとアイディーはそんな会話をしていた。そうか、ケルシーが姿を消していたのは、ロドスの人間だとバレる可能性があったからなのか……。
「レオンハルト、墓石に術攻撃をしろ」
唐突のケルシーの指示。レオンハルトの耳がピクリと動いた。
「いいけど……壊していいの?」
「仕方ないことだ」
レオンハルトは躊躇ったが、ケルシーの決断は真っ直ぐだった。レオンハルトはOKと頷き、槍を構えた。
「ブラックローズ、スノーグラウスに医療アーツを掛け続けてくれ」
「う、うん……!」
立ち竦んでいたブラックローズにケルシーは的確な指示を出し、撤退準備を整える。私は冷静になるよう務めた。
「撤退だ!」
私が声をあげたと同時に、仲間たちは動き出した。向かうはラズハへ。
「逃がさないよ! あはははは!」
アイディーが悦に入ったように笑い、何か仕草を見せた。その直後、空があっという間に黒い雲に覆われ、無差別に雷が降り注いできた。
「ドクター、身共から離れないで下さい」
私はプラマニクスに助けられながらラズハへと向かった。プラマニクスの周りだけ雷を弾いているようだ。だが、雷は地面をも抉り、私たちの退路をも阻もうとしていた。
「アイツの動き止める!」
「お姉さん、離して!」
マホガニーとツルギはロープの両脇で暴れたが今の彼らにアイディーらを止める力はないだろうと思われた。今は何より、主戦力であるスノーグラウスがやられた。他に太刀打ち出来るものはないのだ。
「今だ!」
「OK!」
ケルシーが合図を出した。レオンハルトはすぐに術攻撃を放った。
ドガーン!!
墓石は爆発し、近くにいたアイディーらは瞬く間に爆発に巻き込まれた。今の内に走り出す。
恐らくケルシーは、墓石に爆発物の類を仕掛けていたのだ。それをジェイに手伝わせていたのだろう。先を行くケルシーとスノーグラウスを背負ったジェイを私は見やった。
「何をしている」
退路の地形はますます悪化する一方で、躓きかけた私の手をサンドレコナーが掴む。皆がいなかったら私は雷の餌食となっていただろう。
「そう簡単に逃がすと思う?!」
「……っ!」
爆発だけでは、大した足止めにはならなかったようだ。
エラフィアのような角があるカジンが私たちの行く手を遮ったのだ。
「いつの間に前に……!」
スノーグラウスを背負ったまま包丁を構えたジェイだったが、マトモに戦えはしないだろう。なら、今ここで動けるのは……とマホガニーとツルギに目を向けて私は思い留まる。
ここで更なる負傷者を出す訳には。私は、一瞬でも迷ってしまったのである。
「しっかりしろ!」
サンドレコナーの声が飛び、同時に目の前で何かが弾けた。地面に飛び散った欠片からサンドレコナーのカラクリ羽獣が何かしらの攻撃を防いでくれたらしかった。
「なーんだ、最初から指揮官には当たらないか」カジンがニヤリと笑う。「じゃあこっちにするか」
次にカジンが指差したのはジェイの方だった。ジェイの背中には動けないスノーグラウスがいる……私は、決断を迫られていた。
「マホガニー、ツルギ!」
私は二人の名前を呼んだ。
「「分かった!!」」
マホガニーとツルギは同時にロープの腕から飛び出した。二人の力なら、本当はロープの腕力から抜け出す力はあったのだと思う。ただ、私の指示を待っていただけで。
「援護します!」
そこにムースも飛び出し、ジェイを狙おうとしていたカジンに攻撃を仕掛けた。カジンは身を翻してかわすが、すかさずマホガニーとツルギが迎え撃つ。
「今の内に!」
私は残りの仲間たちを連れてラズハへ急いだ。頼む、無理はしないでくれ……私は彼らを振り向きながら何度も祈った。
カジンとの交戦は、圧倒的にこちらが劣勢であった。その内にアイディーの雷がまた降り注ぎ、状況は悪化するばかり。私は、ジェイがラズハに入ったのを見届けた。
「マホガニー、ツルギ、ムース! 撤退だ!」
私は叫ぶ。
「はいっ」
ムースはカジンの攻撃の合間を縫って戻ってきたが、マホガニーとツルギが撤退しない……違う! カジンはわざとマホガニーとツルギを逃がさないように動いているのだ!
私は振り向いた。後ろには、プラマニクスとサンドレコナーが待機をしてくれているが、今前線に出られるようなオペレーターはいない。ケルシーは一刻も早くスノーグラウスの治療をして欲しいので手は借りられないだろう。だったら……。
その時、私の予想外の人物がラズハから飛び出してきた。それは二人の男女の子どもで……気づいた時には、彼らはマホガニーとツルギの元へ駆けつけていた。
「イウニ、セネト、戻れ!」
まだ彼らは戦闘慣れしていない。それに言語の習得も不十分で私の指示も分かっていないのだろう。
だけどイウニもセネトも、真っ直ぐマホガニーとツルギの元に駆け寄って。
「マホガニー!」
「ツルギ!」
イウニはマホガニーの方へ、セネトはツルギの方へ向かって行った。マホガニーが古代サルカズ語で恐らく来るなと言っているだろうが二人は走る足を止めない。それを敵が見逃すはずがなかった。
「へぇ、子どもがもう二人! 俺のアーツの餌食が増えたな!」カジンの角にぶら下がる鈴が、ここで初めて音を鳴らした。「俺の鈴の音の餌食となれ!」
「おい、カジン! 撤退しろ……」
カジンはアイディーの言葉を無視して何かしらのアーツを放った。それは周囲の空気を裂きながらイウニとセネトに迫った。銀色の弾丸のような攻撃が、二人に……。
「イウニ!」
「セネト!」
マホガニーとツルギは、イウニとセネトを庇うように近づいた。間に合う……? 間に合ってくれ! 間に合ったあとどうなるか想像も出来ないまま。
「ホルス」
それは、マホガニーとツルギが、それぞれイウニとセネトの手に触れた瞬間に唱えられた呪文だった。
見えない壁がカジンの攻撃を防ぎ、それと同時にあの日訓練室で見た鉱石が連なったような攻撃が敵の方に向かっていった。
「うわ、なんだこれ!」
「下がれ! 妙な術だ!」
カジンは引き下がるが鉱石の攻撃は空中まで続き、アイディーが雷を操作して相殺させた。
そのおかげか周りの無数の雷も止み、マホガニーとツルギもようやく戦線離脱、イウニとセネトと共にラズハに帰って来た。
「離れよう!」
私は四人を素早く出迎え、出入口に控えてくれていたレオンハルトが扉を閉めた。敵がラズハに猛攻を仕掛けた音は聞こえたが、そう簡単に破壊される艦ではない。
私は安全なところまで四人を連れて行き、今確かにそこにある生をしっかりと抱き締めた。
「ありがとう、助けてくれて」
マホガニーとツルギは力なく笑った。イウニとセネトには言葉は通じていないかもしれないが、小さな手でそっと抱き返してくれた。みんなの体温が、有難かった。