「ロゴス、どうしてここに!?」
私は駆けつけ、ロゴスの前に来ると何かを踏んだ。
「我の衣装を踏んでいるぞ、ドクター」
いつもの口調で返してくるロゴス。私は慌てて足を上げた。
「ごめんっ」
しかしロゴスはあまり動かない表情で、おもむろに細身の笛を取り出した。六年前もロゴスが持っていた同じ横笛だ。
「ここは古代から謎に巫術が掛かったままの一帯でな。たまに迷い込んだ者が幻覚を見るようなのだ」とロゴスは話す。「今周囲だけでも解呪しよう」
そう言うなりロゴスは横笛を口に当てた。私はそれを一旦止めた。
「待って、ロゴス……今私の目の前に見えているのは、本当に、本物のロゴスかい……?」
彼が本物のロゴスだとしても、どうしても最初に聞かなければならない質問であった。ロゴスはわずかに目を見開いたが、すぐに取り繕って深く頷いた。
「我は確かに本物のロゴスだ。だがうぬには何か別の事情で、我にそう聞かなければならないようだな」と言うロゴスの声は落ち着いていた。「どのように証明をしたらよいだろうか?」
その声も、優しさも、全てがロゴスだと脳も身体も分かっていながら、私はプラマニクスに言った言葉を、彼にも向けた。
「……首の後ろを見せてくれるかい」
「構わないぞ」
私が疑っていることに気を悪くすることなくロゴスは答え、その場で両膝をついた。彼を纏う衣がふわふわと舞う。今こんな状況じゃなかったから、顔の綺麗な王子か何かが私の前に膝まづいているというロマンチックなシーンのようだ。私はそんな彼に見取れてしまう気持ちをなんとか押しやって、慎重にロゴスの後ろへ回り込んだ。首の後ろを確認する。ロゴスは首の後ろが見えやすいように長めの髪をめくってくれていた。
ロゴスの首の後ろには……トイフェルのマークは、ない。
「ありがとう。君は本当にロゴスなんだね」
私は酷く安堵しながら息を吐く。ロゴスもこの緊張感が解れたと分かると立ち上がり、先程と同じ言葉を私に問いかけた。
「周囲だけでも解呪しようか?」
「その必要があるなら、頼むよ」
「うむ」
ロゴスは私の失礼さを全く気にしないまま、手にしていた奇妙な形をした横笛を口にあてがった。途端に流れる美しい音。ロゴスの奏でる音色はいつでも心に染みるみたいだ。六年前に聴いていた音色を今ここで聴けることになんだか泣けてきた。会えて良かった。
そしてそれが解呪となるのか、周りの霧はどんどん薄れていき、数分もするとすっきりと晴れてきた。霧のせいでよく分からなかったが、この辺りはかなり明るい森のようだ。
「ツルギ!」
そこに、地面にうずくまる銀髪の女の子を見つけた。ツルギは私の顔を見上げたが、焦点が合わずボーッとしている。
「幻覚を見ているようだな。すぐに解呪しよう」
と言うなりロゴスは膝をつき、ツルギの頬に触れた。
すると、ツルギの目から光が戻ってきてようやく私たちと目が合った。それからツルギが瞬きをする。
直後、ツルギがロゴスの手を振り払って後ろへ大きく跳ねた。次には素早くナイフを構える。
「誰っ?!」
「落ち着いて、ツルギ! この人がロゴスお兄さんだよ!」
ツルギはようやく私を目視したみたいで、肩に力を抜く。それからツルギはナイフを仕舞い、私のところに近づいてきた。
「ごめんなさい、ロゴスお兄さん」
ツルギは落ち込んだように下を向く。ロゴスはというと、あまり怒ってもいなかった。
「驚いたのはそちらだろう。あまり落ち込むでない」ロゴスは落ち着いていた。「それより、ドクターたちはなぜここに?」
「それが……」
「ドクター、ツルギさん!」
そこに、巨体な緑髪のペッローが走り寄ってきた。どうやらマッドグリーンは、この辺りの巫術に掛かっていなかったらしい。
「マッドグリーン!」
そうして私たちはマッドグリーンとも合流したが、肝心のマホガニーは近くにはいないみたいだった。
「マッドグリーン、この人がロゴス。私たちが探していた人物だ」
「初めまして、マッドグリーンです」
マッドグリーンは律儀に会釈をした。
「うむ」
ロゴスの返答は短かった。恐らく私が焦っていることに気づいているのかもしれない。
私はツルギを抱えた。
「ロゴス、この子と似たような顔をした男の子を見掛なかったか?」
早速、私はロゴスに聞いてみた。マホガニーにはループスの耳はあるが、顔はツルギと大体似ているはず。
「男の子……我がここを訪れた時にはイネスの部隊しか見掛けなかったが……」
「イネスと合流したのか」
「うむ。イネスが連れていた部下たちが巫術に掛かっていたからな」
ということは、この辺りの巫術に掛かりやすい人間と掛からない人間がいるということなのだろう。私はそう考えた。
「この辺りの巫術は、どういう幻覚を見るんだい?」
マホガニーを探すヒントを得ようと私はロゴスに質問をする。ロゴスはアーツや巫術について詳しいはずだ。
ロゴスは横笛を持ったまま手を顎に当て、こう答えた。
「本人が最も見たいと願う甘い幻覚のようだ。亡くなった人や帰れない場所の景色、もしくは一番親しいと思っている人物の影とか」
「なるほど……」
だから私は、ケルシーの幻覚を見たのだろう。ケルシーに会いたかったというより、なんだかんだ一番頼りにしている人物、となると納得がいく。
そうなると、ツルギがマホガニーの姿を見たという幻覚に掛かっていてもおかしくないのだろう。マッドグリーンには過去がそこまで多くなかったから巫術に掛からなかった……そうなるとマホガニーが見た幻覚は──。
「ソーンズかレッドの幻覚を見たのかもしれない」
写真などがなかったから、マホガニーもツルギも両親の顔すら知らない。だが巫術に騙されて、または潜在的な記憶を汲み取って、本当に両親の姿に似た幻覚をマホガニーは見たのかもしれない。
「この幻覚を見るとどこに連れて行かれるのだろう?」
私は疑問を口にしたが、これもロゴスが答えてくれた。
「ドクターのように死へ誘う可能性もあるが、巫術が迷い込んだ者を気に入れば、どこかで保存しようとするかもしれないな」
「保存……?」
巫術が保存したがるとか、意味の分からない単語に私は困惑するばかりだ。
「この先に湿地帯がある。マホガニーという男の子も、そちらに連れて行かれたかもしれぬ」
「湿地帯?」
「湿地帯は植物の成長が早い故、保存も容易いということだ」
「……?」
ロゴスはいつも、何を言っているのか分からない。
「何をしている。探しに行くのではないか?」
「あ、ああ、行くよ。マッドグリーン、行こう」
「分かりました」
私の胸にいるツルギが、きゅっと顔を寄せてきた。元々あまり喋る子じゃないけど、不安なのだと思う。私はツルギの背中をさすった。