教会の中も、ボロボロの家具と瓦礫が散らかっているばかりだった。
外からは植物が好き放題伸びていて、もう長く人が使っていないということは一目瞭然だった。しかし不思議なのは、解呪しないと入れなかった教会に、植物だけは侵食しているということだ。これこそ未だ謎に満ちている巫術というものなのだろうと思う。
そして教会の奥、私たちを出迎えるように立っていたのは女神のような石像だった。風化して削れたり色落ちしたりしているが、優しそうな眼差しでこちらを見下ろす石像はうっかり見取れてしまいそうになる。
「あまり見つめるでない」
とロゴスに言われて私が慌てて下げた視線に、茶髪の子どもを見かけた。
「マホガニー!」
私は駆け寄った。ようやく見つけたのだ。
「マホガニー、マホガニー、しっかりするんだ!」
私は膝をつき、マホガニーの肩を揺さぶった。反応がない。ツルギも私から離れて一緒になってマホガニーに声を掛けた。
「マホガニー、あたしだよ? ツルギだよ……!」
ツルギは今にも泣きそうな顔をしていた。
私は冷静になってマホガニーの容態を確認する。息はしている。脈もあるようだ。意識を失っているだけだろうか?
「ドクター、ツルギさん!」
その時、マッドグリーンが私たちの方に飛び込んできた。私は咄嗟の判断で伏せ、マホガニーとツルギを庇う。
「くっ……大丈夫ですか?!」
私たちの上に覆い被さるように盾を構えたマッドグリーンは、何かの衝撃に耐えるような顔をしていた。私は大丈夫という合図の代わりにグットサインを出す。
マッドグリーンの視線の先には、黒いモヤのようなものが渦を巻いていた。そこにロゴスが近づいてきた。
「この辺り一帯の巫術の正体だろう。正しく儀式を行なわれなかったことによって、歪んでしまったのかもしれないな」とロゴスがマッドグリーンの横に並ぶ。「一筋縄ではいかないだろう。……ドクター、指揮を」
そう言われ、私は自分が指揮官だったと思い出す。そうだ、私は指揮官なのだ。私は立ち上がる。
すると、敵対する黒いモヤも呼応するかのように何か形になっていった。人のような足、人のような手、そして人のような顔を見て私は再度息を飲み込んだ。
「ソーンズ……?!」
「パパ……?」
私が思わずそれを口にしてしまったことで、ツルギはすぐに反応をした。
わずかな黒いモヤがチラつくものの、それは確かにソーンズそっくりのエーギルへと姿を変えたのだ。私はソレが偽物だと分かっていても、気持ちが追いつかなかった。
「惑わされるではない。アレは、ドクターたちが恐ろしい姿として形だけを成しているだけ」とロゴスが言った。「ドクター、指示を」
「分かってる……」私は足元のツルギを見やった。「ツルギ、動けるか?」
「うんっ!」
ツルギは力強く頷いてナイフを取り出した。
私はしっかりと、マホガニーを横に抱えた。
「ツルギ、前へ!」
「分かった!」
ツルギは飛び出した。ツルギの特技は、敵への奇襲攻撃だ。
「ロゴスはツルギの補佐を!」
「うむ」
ツルギの攻撃に合わせて、ロゴスは素早く宙に呪文を描き始めた。私はマッドグリーンを見やった。
「マッドグリーンはツルギを守りつつ前進を!」
「分かりました」
私の指揮に応じて動く三人は、上手く連携をし始めた。マッドグリーンはツルギの動きに慣れているだろうが、すごいのは初見のツルギに動きを合わせられるロゴスだ。さすが、ロドスのエリートオペレーターだ。
しかしソーンズの姿をした闇も一筋縄にはいかなかった。ツルギが飛び込めば直前で霧散し、後ろに回り込んで反撃を仕掛けてくる。しかも相手はソーンズそっくりの動きをしてくるのだ。目視することが難しい奇妙な形の武器を振りかざして、毒と見立てたのであろう黒い弾丸が飛んでくる。
その度にツルギは上手くかわすが、間に合わない時はマッドグリーンがカバーする。次の瞬間にはロゴスの術攻撃が放たれ、ツルギがそこへ突っ込んだ。
寄りにもよってソーンズの動きを真似たものが敵なのは厄介だった。敵の防御の姿勢も出来ている。大打撃を与えるのはツルギでは無理だ。だがこのまま戦いが長引けば、明らかにこちら側が不利だ。何より相手は、生きている誰かではない。得体の知れない何かだ。
「ドクター! それ貸して!」
「えっ」
ツルギの突然の発言に私は一瞬困惑した。私の片手にはマホガニーの武器がある。きっとツルギは、この武器のことを言ったのだと気づいた。
そうか。マホガニーのこの武器なら大ダメージを与えられるはず。
「ツルギ、受け取って!」
見た目より軽いのは、私が持ちやすいように作ったからだ。私がマホガニーの武器を放り投げると、ツルギは瞬時に手に取って攻撃の姿勢を取った。
「本当のパパなら、マホガニーの武器でやられたりしない!」
ツルギはそう叫び、偽物のソーンズへ斬りかかった。ソレはまた闇のモヤとなって散り散りになろうとしたが、ロゴスはその隙を見逃さなかった。
「頬を撫でる薄絹、命運の帳よ」
ロゴスの呪文だ。
ソレは中途半端な人の姿を成しながら動きを止めた。ロゴスの呪術は効いているようだ。そこにツルギの一振りがお見舞いされた。
「はぁああああ!!」
闇は、真っ二つに裂けて粉のように飛び散った。
やった! と喜ぶのもまだ早かった。ロゴスが言葉を放つ。
「巫術の核を壊さなければここからは出られないぞ。ツルギ、あの石像の足元を」
「分かった!」
唐突のロゴスの指示にも柔軟に対応したツルギは、返事をするなり女神の石像にも斬りかかった。石像はかなりあっさりと壊され……こっちに倒れかかってくる!
「ツルギー!」
私は呼びかけた。急がなければツルギは石像の下敷きになってしまう!
「お任せをっ」
そこにマッドグリーンが飛び出し、盾を上に構えながらツルギを抱え上げた。私も助けに行きたかったが、隣にいるロゴスに腕を引かれて教会を脱出する。
次の瞬間、教会は目の前で崩れた。粉塵が舞い上がり、私は瞼を腕で覆う。
落ち着いた頃に顔を上げると、ツルギを抱えたマッドグリーンの姿があり、私はようやく安心した。
何度見ることがあっても、戦場の光景は見慣れないものだ。見慣れてはいけないものと知ってはいるが。
「ドクター、大丈夫?」
ツルギがマッドグリーンの腕の中でそう問いかけた。